私が、今、住んでる借家に移り住んだ日の夜の話です。
同じ町内での引越しだったので、
引越し代をかけないためにも、
ありとあらゆる家具や電気製品を、自分で運びこみ、
片付けをし、電気だ、やれ水道だ、ガスだとあちこちに連絡を取り、
クタクタになりながら近所に挨拶に行き、
夕飯を作り…、
お風呂に入った時には、日が回っていて、
どうやら私は、こたつに入って眠ってしまった様でした。
一階の居間で寝ていたわけですが、
カチャカチャ…、
ガチャ…、
キィー…、
と玄関の扉の開く音がしました。
私は、ハッと、こたつの上に乗せてた頭を上げて、
玄関の方に目をやりました。
居間と玄関への廊下は、アコーディオンカーテンで仕切られています。
アコーディオンカーテンは閉められていて、もちろん向こう側にある玄関は見えませんが、
でも、確かに今、玄関の扉が開く音がした…、
私は、娘が起きて、
外に出て行こうとしてるのではないかと思い、
『コラァ〜』
と言いながら、立ち上がってアコーディオンカーテンを開けました。
開けるとすぐそこに玄関があるのですが、
玄関の扉は、
閉まっていました。
でも…確かに聞こえたのに…。
絶対に、聞き間違えじゃなくて、
扉が開いた…。
私は、なぜか娘がコッソリ家から出たのではと疑り、靴を確認しました。
娘の靴は、全て、靴箱の中に、綺麗に揃えて入っていました。
それでも、念のため、
二階の娘の部屋を確認に行くと、
娘は、イビキをかいて眠っています。
あれ〜?
もう一度、一階に降りて、玄関を確認しました。
鍵…、ちゃんと閉まってる…。
おまけに、チェーンまでしてある…。
仮に、娘が外から帰ってきたとしても、
鍵と扉の開く音の後、
パタンと閉じる音や、チェーンをかける音、居間のすぐ横の階段を上がり、部屋の扉の開け閉めをする音…、
これらは一切、聞こえなかったのです。
…私、疲れてるんだ。
明日、休みで良かったぁ。
そう思いながら、
居間に戻り、また、こたつに入って、
テレビを見ていました。
『朝まで生放送』を見て、
政治家や偉い先生方が、一生懸命話してるのを、ボーッと見ていると、
カッ…チャ…
ガチャッ…、キー…
間違いなく、玄関の扉の音がしました。
私は、その瞬間に立ち上がり、
バッ!とアコーディオンカーテンを開けました。
ところがまた、
玄関は、鍵のかかった状態で、
チェーンもしっかり掛かっており、
なんの姿も、ありはしませんでした。
だって、開く音がしたじゃないの…。
念のため、また娘の部屋を確認に行くと、
相変わらず、グーグー寝ています。
訳、わからない…。
なんか、やな感じ…。
そう思った私は、娘の部屋のゴミ箱に刺さったままになっていたバトミントンのラケットを持って、
もう一度、居間に戻りました。
そして、今しがたの事とその前の事をよく思い出してみました。
一度目の扉の開く音の時、
私は確かに寝ていましたが、音がして、そう時間をおかず、玄関を確認に行きました。
玄関は、鍵がかかっていたし、チェーンもかけられていた…。
引越しに興奮して寝付けない娘が、近くの自販機にでも行こうと企んだかと部屋に行くと、
大イビキで寝ていた…。
階段を駆け上がったり、靴をしまう音は、一切しなかった…。
居間に戻る前に、玄関を再度確認してる。
その時にも、鍵とチェーンが掛かってる事を確認してる…。
なのに、さっきまた、扉が開いた…。
扉は、絶対、開いた…。
だって私は、次は寝てはいなかったし、
それに…、
それに……、
チェーンの音が、全くしなかった…。
チェーンを掛けているのに、
扉は…、
開いてた…。
どういう事?
考えて、思い返すと、余計、訳が分からなくなりました。
なんだ、この家。
もしかして、誰か、私の他に鍵持ってる人がいるのかしら。
でも、それならチェーンで引っかかり、
開かないはず。
扉は…、開ききってた…。
外から、入ってこれるはずはないのです。
どうしよう。
気持ち悪い…。
引っ越したばかりなのに…。
この家、何かあった家なの?
どうしよう、何なの、一体…。
そんな事を考えながら、私は、
眠ってしまっていました。
鼻に、
何かが触り…、
こそばい感じがして、目を開けると、
電気を付けて寝たのに、
私の視界は暗く、何か黒いものに覆われていました…。
何?
何か、顔にかかってる…。
これは…、
……?
薄っすら開けた、寝ぼけ眼で見ているそれが、
髪の毛だと気づくまで、
さほど時間はかかりませんでした。
私は最初、自分の髪の毛が顔にかかっているのかと思い、髪をかき上げたのですが、
私の目の前にある黒い髪の毛は、
1本も…
動きはしませんでした。
2回、3回…髪をかき上げて、
そういえば、髪の毛、くくってるなァ
お風呂に入った時、洗ってそのままだわ、
…、……、
……これ、
私の髪の毛じゃ、…無い。
ようやく私は、私の視界を遮る髪の毛が、
自分のものでないことに気づきました。
そして、そう分かった瞬間、
頭が、さーっと目覚め…、
私は、ガバッと起き上がりました。
後ろを振り向き、天井を見上げ、
こたつの中まで確認しましたが、
居間には私しかいません。
でも、確かに、
私のものではない髪の毛が、
私に覆いかぶさっていた…
私の手で、触ることは出来なかったけれど、
その髪の毛は、確かに私に触れていた…
こたつに足を入れて、座った状態で寝ていた私を…、
髪の毛が、髪の毛の束が…?
覆ってた…?
全身が粟立ち、無性に胸が悪くなり、一頻り胃の中のものをトイレで吐き出し、
私は娘の部屋に行きました。
娘は、私の二階に上がる音で目が覚めたらしく、
部屋に入ると、
『どうしたのぉ〜?』
と、起きたての声で聞いてきました。
気持ち悪い…、
そういう私に、娘は、
『だってお母さん、夜なのに、バタバタ、玄関開けて、ウロウロしてたでしょ?
風邪、引いたんじゃ無いの?』
と言うのです。
あんた、いびきまでかいて寝てたじゃ無いの…。
『でも、お母さんが出たり入ったりしてたのは知ってるよ?
まだ、何か掃除してるのかなと思って、
うるさかったよ?』
…してないよ、掃除なんて。
…外にすら、出てないよ。
『ウソォ。ずっと、玄関の開いたりしまったりする音、聞こえてたもぉん。』
娘は、寝ようとウトウトし出した頃から、
玄関が開け閉めする音が聞こえていたと言うのです。
そっと開け閉めする音が聞こえてたと。
お母さんじゃ無いよ、お母さんもその音、聞いたもん!
私は、大人気なく、興奮して娘に言いました。
娘は、目を大きくして驚いたような顔を一瞬しました。
そして、
『この事、夢にする?本当にする?』
と聞いてきました。
意味がわからない私に娘は、
『お母さん、この事、夢にする?本当にする?』
ともう一回聞いてくるので、
私は、
『夢に、する…?』
と、聞き返したのですが、
娘は
『分かった。これは夢!
もう一回寝たら、怖くなくなる。』
と言って、布団に潜って行きました。
意味がわからないでいる私に、
娘は布団の中から、
『早く寝て、夢にしてしまおうよ。』
と言ってきたので、
私は娘にくっついて、ぎゅっと目を閉じて眠りにつきました。
起きると、昼を回っていましたが、
昨晩の事はまだ、頭に残っていました。
娘に、
『あんた、この家大丈夫?怖くない?』
と聞くと、
娘は、
『あれは夢だから、もう怖くないよ。
ここに住んでるのは、私とお母さんだから、他の人が入ってこれるはずないじゃない。』
と、
あっさり返されました。
その娘の返事に、私は何故か、
それも、そうだな。
と妙に納得したのでした。
それから、もうすでに5年、住み続けていますが、
あの日以来、ただの一度も、
家族以外の誰かが、
夜な夜な、玄関を開け閉めする事はなく、
どの部屋で、どんな格好で寝ていても、
髪の毛に覆われる事はありません。
5年経ち、もう直ぐ私たち家族は、この家を引っ越す事になりました。
次に住む家では、
気持ちの悪い『夢』を見ないで済むように、引越しした日は、さっさと寝てしまおうと、
固く心に決めています…。
作者にゃにゃみ
のほほん長女と、私が2人で暮らしていた頃の話です。
気持ち悪い…、2人で見た…、『夢』のお話です。