ええ、二番手を務めます、小笠原 勇 といいます。宜しくお願いします。
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怖い話・怖いものと言っても、何を怖がるかはまさしく十人十色です。定番としまして幽霊や化物等の異形、ゴキブリや毛虫等の虫類、蛇や蛙を嫌う人も多いですね。
因みに俺が怖いのは・・・いえ、やっぱり止しておきましょう。個人名だから下手に口に出すとどうなるか分かったもんじゃない。と、まぁ、何々が怖いというよりは個人を怖がるような人間も居るものでして・・・。
そうなって来ますと、いよいよ《怖い話》とは何かということになって参ります。当初は在り来たりな話で茶を濁そうと思っていたのですが、他の面子が全員新しい話を仕入れるって言い出しましてね。そうなると、一人だけ既存の怪談話じゃ、格好が付かないでしょう?
確かに、長く受け継がれている話も良いもんです。けど「ああ、こいつだけ、話を見付けられなかったんだな」なんて思われたらね。どうにも癪ですから。
ですから、もう仕方無いから他人に色々と《何が怖かったか》《何が怖かったか》って聞き回りましてね。でも、そうそうお誂え向きの話は見付かりません。
やれ「粉末ココアに虫が涌いてた。」だの「山で黒服の男達が何か大きな物を埋めてるのを見た。」だのね。ある意味恐ろしげな話は有りましたが、文化祭の出し物でする話じゃないでしょう。まぁ、そんな中からどうにか話しても問題の無さげな物を選び出した次第でして。これは、俺の母が語ってくれた話です。
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えー、俺の家は和菓子屋・・・というか、甘味処を営んでいます。営業時間は午前九時から午後の六時まで。人気の商品は・・・今は丁度、水羊羹が人気ですかね。
滑らかなこし餡を、寒天でギリギリ形を保てる固さに固めた一品です。店内で召し上がる場合には薄くかき氷を掛け《残雪》という名でお出ししています。
個数は一日限定二十個までとさせて頂いています。これは中々に好評を博しておりまして、大抵午前中には売り切れてしまいます。売れ筋の品は基本的に直ぐ無くなってしまうものです。
随分と繁盛しているらしいと、そう思いましたか?
けれど、それは逆に言いますと、売れ筋ではない商品の中には、閉店まで売れ残ってしまう品も有るということなんです。そうなると、残った品は翌日には持ち越せません。生物ですからね。
まぁ、中にはそれを防ぐ為に、閉店間際になると安売りを始める店もあるそうですが・・・。当店では、それは品だけでなく店の安売りであるというモットーから、行っておりません。
では残った商品はどうなるかと言いますと、基本的には全て廃棄ということになります。けれど、捨てるのは勿体無いと、従業員が持ち帰ったり食べることもありまして・・・。
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うちの店に以前居た、従業員の女の人の話です。
名前は・・・美恵さんとでもしますか。特に理由は有りませんがね。 彼女は、俺を妊娠していた母の、所謂ヘルプとして雇われました。和菓子・・・というか甘い物に目が無くて、余った廃棄品を毎日嬉しそうに持ち帰っていたそうです。
けれど、彼女はある日を皮切りに、ふつりと廃棄品を持ち帰らなくなってしまいました。それだけではありません。挙動不審になり、昼休み等に矢鱈と辺りを見回すようになりました。そして元々・・・何と言いますか、多少ふくよかな体格だったのが、日に日に痩せ衰えてきたのです。
最初はダイエットか何か始めたのだろうと思っていた両親でしたが、明らかに異常な痩せ方や行動から、そのうち、薬物か何かに手を染めてしまっているのではないかと考えたそうです。
心配した両親は美恵さんに問い掛けましたが、彼女は最初、頑として口を開こうとしませんでした。曰く「とても信じて貰えないだろうから。」だそうで。然し、何度も説得を続ける内に、ポツリポツリとではありましたが、話を始めました。
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とある冬の日、彼女が何時ものようにアルバイトをしていると、閉店間際に一人の女性客が来たそうです。女性は団子を一本買うと、美恵さんに尋ねました。
「この品物、閉店まで誰も買わなかったらどうなるの?」
美恵さんは、全て廃棄すると伝えたそうです。
「随分と勿体無いことをするのね。」
「古くなった品を、お客様にお売りする訳にはいきませんから。」
「お店の人が持ち帰ったりは?」
「致しません。」
「じゃあ、私に頂戴。少しちょろまかすぐらいなら、きっと大丈夫よ?」
「廃棄される品は、個数まで管理されておりますので。」
「えー、頂戴、頂戴。私に頂戴。」
「致しかねます。」
これは、実際は従業員の持ち帰り可だとしても、こう答える決まりになっています。何故かと言いますと、廃棄品を持ち帰って良いことを教えると、従業員のことをずるいと主張するお客も居るからです。
従業員が廃棄品を貰えるのに、どうして自分は貰えないのか、ということなのだそうですが・・・。普通の人に、ただで配ってしまったら、商売になりませんよね。
・・・さて、女性は暫く眉を潜めて唸った後、ポツリと呟き、店を出て行きました。
「捨てるぐらいなら、私に頂戴よ。ケチ。」
その時、はその女性を、極普通の・・・まぁ、強いて言えば少し面倒なお客だとしか思わなかったと言います。そして、その日も美恵さんは廃棄品を貰い家路に着きました。
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帰り道のことです。美恵さんが道を歩いていると、後ろからコツコツと足音が聞こえ始めました。
最初は、単に後ろに人が来たのだろうと思っていた美恵さんでしたが、軈て可笑しなことに気付きました。
通っていたのは片側を崖、もう片側を田んぼに挟まれた一本道でした。しかし、その足音は遠くから近付いて来たのではなく、数メートル後ろから突然聞こえて来たのです。
不気味に思った美恵さんでしたが、もし後ろの人物が単なる歩行者だったらと考えると、走って逃げ出すことも出来ません。
後ろの人物は、依然として数メートル後ろを歩いています。
いっそ、どんな人なのか振り返って確認してみようか・・・けれど、振り返ってどうすれば良いんだろう。何事も無かったかのようにまた前を向くのは、何だか失礼ではないだろうか。けどやっぱり不気味だし・・・・・・。
遅く歩いていれば、追い抜かしてくれないだろうか。速く歩けば、引き離すことは出来ないだろうか。そんなことを考えて、歩く速度を変えてみたりもしたのですが、どんなに遅く歩いても速く歩いても、足音は遠ざかりも近付きもせず、数メートル後ろから離れようとしないのです。
いよいよ不気味です。
どうしようか考えながら歩いていると、前方に明かりが見えました。自動販売機です。
美恵さんは思い付きます。そうだ、彼処に寄って通り過ぎてくれるのを待とう。明るいから怖さも薄まるし・・・。
足を早めて自販機の前に向かい、小銭を投入口へと押し込みます。
並ぶ飲料の中から、何かを探すか選ぶかの振りをして、今まで歩いていた道の方へと視線を走らせました。
点々と設置された、いまいち光度の足りない街灯達。その下の薄く照らされた地面には
誰も居ませんでした。
自分の気の所為だったか。ホッと息を吐くと、体から力が抜けて行きます。勢いでつい、指で何処かのボタンを押してしまいました。
ゴトン、と缶の落ちる音がして、何を買ってしまったのか確認して…………こう、自販機の取り口を覗きます。どうやら緑茶のようです。丁度良かった、貰って来たお菓子と食べよう。取り口の蓋を開けながら缶に手を伸ばす。温かい商品だったようで、じんわりと手に熱が伝わります。
その温もりになんだか安心して、ほぅ、と溜め息を漏らし取り口から缶を取り出そうとしますと、急に缶がグッと重くなりました。
・・・いえ、重くなったのではありません。何かが缶を引っ張っているのです。誰が入ること物出来ないだろう自販機の中から。
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「頂戴。」
呻くような声が、聞こえました。
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…………それからというもの、何かを口にしようとする度に何処からか「頂戴。」「頂戴。」と声が聞こえるようになったと美恵さんは言うのです。
「気の所為じゃないの?」
そう母が言うと、必死の形相で首を横に振ります。
「聞こえるんです。本当に。」
「他の人にも?」
「分かりません。」
言い淀む彼女に、母は店の方から団子を一本持って来て手渡しました。
「食べて。本当に声が聞こえるか、聞いててあげる。」
「でも…………」
「別に疑ってる訳じゃないの。ただ、誰かと一緒なら大丈夫かも知れないし、だったらちゃんと食べた方がいいから。聞こえたら、食べるの止めて捨てちゃっても構わないからね。」
美恵さんは其れから数分間、じっと団子を見詰めていましたが、軈て覚悟を決めたように頷き、大きな口を開けて団子を頬張りました。
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部屋の中を木霊する、くぐもった叫び声。
声の主は美恵さんでした。口から団子を吐き出し、串を放り投げ、立ち上がります。そして靴も履かずに店の外へ…………。身重の母は追うことが出来ず、声を聞き付けた男衆が店を飛び出しました。
残されたのは、呆然とする母。
仕方無いので、吐き出された団子と串に残った団子を掃除しようと辺りを見回しますが、どちらも見付かりません。
「あら、何処に…………」
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ポト
背後から微かな音が聞こえました。
振り返ると、畳に団子の串が落ちています。
「え?」
綺麗な串です。団子の欠片すら付いていません。四個刺しの団子の内、美恵さんが食べたのは一つだけなのに。
店の外から、つんざくようなブレーキ音が聞こえました。続いて絹を裂くような悲鳴。男達の怒号。
「なに??なんなの?!」
串を手放し、もう一度振り返ります。
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「ご馳走さま。」
耳元から聞こえた声は、低い女の声でした。
作者紺野
どうも。紺野です。
随分と遅くなってしまいました。少しごたごたが起きてしまい、それに巻き込まれていました。リレーの方、遅くなりましたが行こうと思います。
相変わらず人物の書き分けが出来ません。前回とは別人ですよ。小笠原さんです。
小笠原さんの所の水羊羹は美味しいです・・・が、それを僕がつらつら書き連ねても全く美味しそうに見えなくて困っています。
この度、無事高等学校を卒業致しました。三年間もの間支え続けてくださった皆様に、改めてお礼申し上げます。本当に有り難う御座いました。もし宜しければ、此れからも御愛顧を賜りたく存じます。
自動車教習が予想を遥かに越えて難しいです…………。伯母のドライヒングテクニックを馬鹿にしていた自分が恥ずかしい。路上教習怖いです。