激しい揺れで、私は夜中、目を覚ました。
まただ・・・。ここのところ、何度も地震がある。
まるで、あの震災の時の前触れのように。不気味な予兆はここ1ヶ月間ずっと続いていた。
寝ぼけ眼で時間を確認すると、朝の5時半だった。
やれやれ、この時間だと、もう寝ても仕方ない。のろのろと体を起こすと、携帯がメールの受信を告げていた。
私の携帯に一通のメールが届いた。
久しぶりの出版社からメールで、手紙が届いているので、立ち寄って欲しいという内容だった。
随分前に、一冊だけ著書をその出版社から出したことがある程度であった。
観測天文学を実際に学んだわけでもなく、あくまで趣味が高じて程度であり、
その出版も、ほぼ自分で偶然見つけた、小惑星のことを書き記した程度で、
天文学の本というよりは、素人が小惑星を見つけたサクセスストーリーのような仕立てになっていた。
一応、自分の名前のついた小惑星はあるのだが、そんな人間は、世の中にごまんと居る。
手紙の内容を見ると、ファンレターであったので、私の疑問はますます深くなった。
しかも、自分の村は、よく隕石が落ちてくるので、取材に来てほしいという内容。
村の畑に落ちた、無数の隕石の写真は、非常に興味深かったし、その手紙の差出人本人の写真も添えられており、その姿は、黒目がちの美しい女性であったのも興味を引いた。
怪しげな手紙とは、思いつつも、どうしようもなく、この村に興味を魅かれた。
北海道××市 内野羅戸手布村 字遠須 上 真理子
名前の読みは、ウエ マリコで良いのだろうか?
それにしても、聞いたことの無い名前の村だ。
地図で調べても見つからなかった。
俺はその手紙に返事を書いた。
本当に届くのだろうか。
同じ道内に住んでいるし、その不思議な地名にも興味があり、私は承諾の返事をしたのだ。
それから程なくして、その女性からの返事があり、私が場所がわからないと書いたので、最寄の駅まで迎えに行くとのことだった。
ちょうど有給の消化でどこかに旅行にでも行こうかと考えていたところだ。私は、思い切って、1週間の休暇を取った。この村を取材し、あわよくば、もう一花咲かせたいと思っていた。前の著書はほとんど売れなかったが、また何かを書いてみたい。今度はきっちりとした取材と研究により、本格的な天文学の本を出したい。私の中に小さな野望の火が灯ったのだ。
その女性は、遠目からも美人とわかる風貌だった。漆黒の肩までの髪。黒目がちの瞳。ほっそりと伸びた白い腕。人を惹きつけて止まないオーラを纏っていた。
「こんにちは。中丸先生ですね?」
「先生だなんて、よしてくださいよ。えーと、ウエさんとお呼びしてよかったですか?」
「すみません、上と書いて、『シャン』と読みます。」
「ああ、これは失礼しました。」
シャン。珍しい読み方だ。外国人だろうか。
私は、彼女の小さな軽自動車の助手席に乗り込んだ。
密室になると、彼女の髪の良い匂いが、車内に充満した。
彼女はこんな田舎にまですみませんと言い、私に微笑んだ。
私は頭を振り、村に落ちた隕石に興味を持ったことを告げた。
彼女に興味を持ったのは、もちろん内緒だ。
「うちの村は、里と離れていて、陸の孤島みたいなものなんですよ。だから、村人は、ほとんどが、姓が「上(シャン)なんです。」
はにかみながらそんな話をし、車は山の中へ入っていく。
だんだんと道が細く、心細いにも関わらず、慣れた様子で彼女は車を走らせた。
随分と山の中へ分け入って行くと、わずかな谷あいに集落が開けていた。
民家より、畑のほうが多いような気さえする。
その集落を見て、私は、すぐに違和感を覚えた。
畑というものは、作物が育っているのではないのか。
見た目、畑というのはわかるのだが、どの畑にも作物が実っていない。
一つくらいはどこかに作物があるだろうと思って見渡しても、耕した土があるだけで見渡す限り何も無い。
今年は、作物が不作だったのか。それとも、休耕田ならぬ、休耕畑?
そんなことを思いながら、窓の外を見ていると、大きな古民家の前で車が止まった。
「ここが私の家です。宿泊施設が無いので、古くてむさくるしいところですが、こちらでご宿泊ください。」
彼女が家の中へ入るように促した。
「お世話になります。」
私が挨拶をすると、中から老夫婦が相好を崩して出迎えてくれた。
「こんな田舎によくおいでくださいました。さあ、あがってあがって。」
両親とも、彼女によく似た、黒目がちで、日本人離れした顔立ちだった。
やはり外国人なのかもしれない。
何もありませんがと、お茶とお茶うけの菓子でもてなされて、少し休んだあとに、件の隕石を見せてもらった。
隕石というと、大気圏を突入するさいに、真っ黒に焼けたような石を想像していたが、この石は、緑色のような、玉虫色のような、不思議な色の隕石だった。ただ、エメラルドのような輝きはなく、鈍く光っていた。
「知り合いに、こういう隕石を研究しているヤツがいるんです。よろしければ、これを一つ、お譲り願えないでしょうか?」
そう申し出ると、快く承諾してくれた。
「この村では、流星群が見られる夜、度々、隕石が落ちてくるんです。今夜はその流星群が見られるはず。この村では、空気が澄んでいるので、肉眼ではっきり見えますし、先生のものに比べたら恥ずかしいくらい精度の低いものかもしれないのですが、我が家にも天体望遠鏡がありますので、ご使用ください。」
「ありがとうございます。楽しみです。」
私が満面の笑みでそう答えると、心なしか、彼女が赤面したような気がした。
私の著書のファンであるということは、私のファンに成り得ることもあるわけで、若干の下心が無いとはいえない。
彼女はそれまで、村を案内しますというので、私は喜んでお供した。玄関を出ると、地面がグラリと揺れた。
地震?まただ。外に居るには問題のない程度だが、確かに体に感じるほどの揺れはあった。
「最近、地震が多くて。怖いですね。」
私が世間話のように、彼女に告げると、彼女が曖昧な笑みを返してきた。
彼女は、この揺れを感じなかったのだろうか。
村の案内とはいえ、本当に何も無い所だった。これといった産業もなさそうだし、農業の方も見てのとおり、何も作物を育てていそうもない。私はただただ、彼女と、この荒れ野のような畑の一本道を山の麓へと歩いて行った。そんな私を見透かすかのように、彼女が口を開く。
「何も無いところでしょう?今年は、世愚外素生誕の年なので、作物は植えてはならないことになっているんです。」
突然、彼女が聞いたことも無いような言葉を口にしたので、私はきょとんとしてしまった。
「ヨグソトス?」
私が聞き返すと、彼女は一瞬間を置き、静かに話し始めた。
突然そんな突拍子もない話をされても、私には何も答えることができなかった。
正直、ここに来たこ「私達一族が、こんな山の中へと追いやられたのも、私達の信仰が原因なのです。」
彼女が悲しそうな顔でうつむいた。
「私達、シャン一族が信仰しているのは、邪神信仰なのです。」
「邪神・・・ですか?」
「そう、邪神です。人にとっては、邪神ですが、私達の信仰は宇宙にあるのです。
外なる大いなる神を信仰し、畏れ、あがめています。大いなる宇宙の神により、
私達は死んだら、時空を超えた世界へと旅立つことが出来ると信じているのです。」
私は、思わず黙り込んでしまった。この娘はヤバイのかもしれない。
「頭がおかしい、って思いますよね。」
彼女が全てを見透かしたような悲しみに満ちた瞳で私を見つめる。
「当然、先生だけじゃなく、周りの人も同じ気持ちだったと思います。
人は、自分の思いも寄らない思想を示されれば、誰だって気持ち悪いって思いますよね。」
「そ、そんなことは・・・。」
私は情けないことに二の句が継げなかった。
「本当はね、私、嘘をついています。」
「嘘?」
「先生に私、隕石のことで取材に来て欲しいと言いましたが、あれ、嘘なんです。」
「と、言うと?」
「実は、本当に先生に書いて欲しいことは、私達の一族のことです。
私達の一族は、もうすぐ滅亡します。」
あまりの唐突な言葉に、私はますますわけがわからなくなった。
彼女はさらに続けた。
「太陽が第五宮にあって土星が三分一対座にあるとき、炎の五芒星型を描き第九詩篇を三度唱えよ。天球層の外に生まれいずるものあり、との神からの啓示があったのです。」
「それはどういうこと?」
「世愚外素の召喚、つまり生誕です。私達、シャン一族だけがその呪文を正確に唱えることができるのです。
ただし、それには自分達の体が破壊される危険が伴います。私達の体は恐らく滅びるでしょう。
しかし、それが私達、シャンの運命なのです。私達シャンは、確実に次なる次元への輪廻転生が約束されていると信じています。私達が、犠牲になることで、この世界の均衡は保てるのです。」
「そんなことは・・・」
「信じられませんか?」
すかさず彼女は私を真剣な目で見つめてきた。
正直、ここに来たことを後悔し始めていた。
「世愚外素の召喚により、今、地殻変動により、人類が滅亡することを、先延ばしできるのです。」
そういえば、最近、地震が頻発していた。そんな、バカな。
「ついて来てください。」
彼女が私の先を歩く。
いったい、どこへ行こうというのか。
作者よもつひらさか
② http://kowabana.jp/stories/25833
③ http://kowabana.jp/stories/25838