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長編22
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ヒッチハイク

今から7年ほど前の話になる。

俺は大学を卒業したが、就職も決まっていない有様だった。生来、追い詰められないと動かないタイプで(テストも一夜漬け対タイプだ)、「まぁ何とかなるだろう」とお気楽に自分に言い聞かせ、バイトを続けていた。

そんなその年の真夏。悪友のカズヤ(仮名)と家でダラダラ話していると、なぜか「ヒッチハイクで日本を横断しよう」と言う話に飛び、その計画に熱中する事になった。

その前に、この悪友の紹介を簡単に済ませたいと思う。このカズヤも俺と同じ大学で、入学の時期に知り合った。コイツは根は底抜けに明るく、裏表も無い男なので、女関係でトラブルは抱えても、男友達は多かった。

そんな中でも、カズヤは俺と1番ウマが合った。そこまで明朗快活ではない俺とはほぼ正反対の性格なのだが。

ヒッチハイクの計画の話に戻そう。計画と行ってもズサンなモノであり、まず北海道まで空路で行き、そこからヒッチハイクで地元の九州に戻ってくる、と言う計画だった。

そんなこんなで、バイトの長期休暇申請や(俺は丁度別のバイトを探す意思があったので辞め、カズヤは休暇をもらった)、北海道までの航空券、巨大なリュックに詰めた着替え、現金などを用意し、計画から3週間後には俺達は機上にいた。

札幌に到着し、昼食を済ませて市内を散策した。慣れない飛行機に乗ったせいか、俺は疲れのせいで夕方にはホテルに戻り、カズヤは夜の街に消えていった。その日はカズヤは帰ってこず、翌朝ホテルのロビーで再開した。

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さぁ、いよいよヒッチハイクの始まりだ。

ヒッチハイクなど2人とも人生で初めての体験で、流石にウキウキしていた。

何日までにこの距離まで行く、など綿密な計画はなく、ただ「行ってくれるとこまで」という大雑把な計画だ。まぁしかし、そうそう止まってくれるものではなかった。1時間ほど粘ったが、一向に止まってくれない。

「昼より夜の方が止まってくれやすいんだろう」等と話していると、ようやく開始から1時間半後に最初の車が止まってくれた。同じ市内までだったが、南下するので距離を稼いだのは稼いだ。距離が短くても、嬉しいものだ。

『夜の方が止まってくれやすいのでは?』と言う想像は意外に当たりだった。1番多かったのが、長距離トラックだ。距離も稼げるし、まず悪い人はいないし、かなり効率が良かった。

3日目にもなると、俺達は慣れたもので、長距離トラックのお兄さん用にはタバコ等のお土産、普通車の一般人には飴玉等のお土産、と勝手に決め、コンビニで事前に買っていた。特にタバコは喜ばれた。普通車に乗った時も、喋り好きなカズヤのおかげで、常に車内は笑いに満ちていた。

女の子2~3人組の車もあったが、正直、良い思いは何度かしたものだった。

4日目には本州に到達していた。コツがつかめてきた俺達は、その土地の名物に舌鼓を打ったり、一期一会の出会いを楽しんだりと余裕も出てきていた。

銭湯を見つけなるべく毎日風呂には入り、宿泊も2日に1度ネカフェに泊まると決め、経費を節約していた。

ご好意で、ドライバーの家に泊めてもらう事もあり、その時は本当にありがたかった。

しかし、2人共々に生涯トラウマになるであろう恐怖の体験が、出発から約2週間後、甲信地方の山深い田舎で起こったのだった。

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その日の夜は、2時間前に寂れた国道沿いのコンビニで降ろしてもらって以来、中々車が止まらず、それに加えてあまりの蒸し暑さに俺達はグロッキー状態だった。

暑さと疲労の為か、俺達は変なテンションになっていた。

「こんな田舎のコンビニに降ろされたんじゃ、たまったもんじゃないよな。これなら、さっきの人の家に無理言って泊めてもらえば良かったかなぁ?」とカズヤ。

確かに先ほどのドライバーは、このコンビニから車で10分程行った所に家があるらしい。

しかし、どこの家かも分かるはずもなく、言っても仕方が無い事だった。

時刻は深夜12時を少し過ぎた所だった。俺たちは30分交代で、車に手を上げるヤツ、コンビニで涼むヤツ、に別れることにした。コンビニの店長にも事情を説明したら「頑張ってね。最悪、どうしても立ち往生したら俺が市内まで送ってやるよ」と言ってくれた。こういう田舎の暖かい人の心は実に嬉しい。

それからいよいよ1時間半も過ぎたが、一向に車がつかまらない。と言うか、ほとんど通らない。

カズヤも店長とかなり意気投合し、いよいよ店長の行為に甘えるか、と思っていたその時、

1台のキャンピングカーがコンビニの駐車場に停車した。これが、あの忘れえぬ悪夢の始まりだった。

運転席のドアが開き、コンビニに年齢はおよそ60代くらいかと思われる男性が入ってきた。男の服装は、カウボーイがかぶるようなツバ広の防止に、スーツ姿、と言う奇妙なモノだった。

俺はその時、丁度コンビニの中におり、何ともなくその男性の様子を見ていた。

買い物籠に、やたらと大量の絆創膏などを放り込んでいる。コーラの1.5?のペットボトルを2本も投げ入れていた。

その男は、会計をしている最中、じっと立ち読みをしている俺の方を凝視していた。何となく気持ちが悪かったので、視線を感じながらも俺は無視して本を読んでいた。

やがて男は店を出た。そろそろ交代の時間なので、カズヤの所に行こうとすると、駐車場でカズヤが男と話をしていた。

「おい、乗せてくれるってよ!」

どうやら、そういう事らしい。俺は当初は男に何か気持ち悪さは感じていたのだが、間近で見ると、人の良さそうな普通のおじさんに見えた。俺は疲労や眠気の為にほとんど思考が出来ず、「はは~ん、アウトドア派(キャンピングカー)だからああいう帽子か」などと言う良く分からない納得を自分にさせた。

キャンピングカーに乗り込んだ時、「しまった」と思った。

「おかしい」のだ。「何が」と言われても「おかしいからおかしい」としか書き様がないかもしれない。

これは感覚の問題なのだから…ドライバーには家族がいた。もちろん、キャンピングカーと言うことで、中に同乗者が居る事は予想はしていたのだが。

父 ドライバー およそ60代

母 助手席に座る。見た目70代

双子の息子 どう見ても40過ぎ

人間は、予想していなかったモノを見ると、一瞬思考が止まる。

まず車内に入って目に飛び込んで来たのは、まったく同じギンガムチェックのシャツ、同じスラックス、同じ靴、同じ髪型(頭頂ハゲ)、同じ姿勢で座る同じ顔の双子の中年のオッサンだった。

カズヤも絶句していた様子だった。いや、別にこういう双子が居てもおかしくはない、おかしくもないし悪くもないのだが…あの異様な雰囲気は、実際その場で目にしてみないと伝えられない。

「早く座って」と父に言われるがまま、俺たちはその家族の雰囲気に呑まれるかの様に、車内に腰を下ろした。

まず、俺達は家族に挨拶をし、父が運転をしながら、自分の家族の簡単な説明を始めた。

母が助手席で前を見て座っている時は良く分からなかったが、母も異様だった。ウェディングドレスのような、真っ白なサマーワンピース。顔のメイクは「バカ殿か」と見まがうほどの白粉ベタ塗り。極めつけは母の名前で、「聖(セント)ジョセフィーヌ」。

父はちなみに「聖(セント)ジョージ」と言うらしい。

双子にも言葉を失った。名前が「赤」と「青」と言うらしいのだ。

赤ら顔のオッサンは「赤」で、ほっぺたに青痣があるオッサンは「青」。普通、自分の子供にこんな名前をつけるだろうか?

俺達はこの時点で目配せをし、適当な所で早く降ろしてもらう決意をしていた。狂っている。

俺達には主に父と母が話しかけて来て、俺達も気もそぞれで適当な答えをしていた。双子はまったく喋らず、まったく同じ姿勢、同じペースでコーラのペットボトルをラッパ飲みしていた。ゲップまで同じタイミングで出された時は、背筋が凍り、もう限界だと思った。

「あの、ありがとうございます。もうここらで結構ですので…」

キャンピングカーが発車して15分も経たないうちに、カズヤが口を開いた。

しかし、父はしきりに俺達を引きとめ、母は「熊が出るから!今日と明日は!」と意味不明な事を言っていた。俺達は腰を浮かせ、本当にもう結構です、としきりに訴えかけたが、父は「せめて晩餐を食べていけ」と言って、降ろしてくれる気配はない。

夜中の2時にもなろうかと言う時に、晩餐も晩飯も無いだろうと思うのだが…

双子のオッサン達は、相変わらず無口で、今度は棒つきのペロペロキャンディを舐めている。

「これ、マジでヤバイだろ」と、カズヤが小声で囁いてきた。

俺は相槌を打った。しきりに父と母が話しかけてくるので、中々話せないのだ。

1度、父の言葉が聞こえなかった時など「聞こえたか!!」とえらい剣幕で怒鳴られた。その時双子のオッサンが同時にケタケタ笑い出し、俺達はいよいよ「ヤバイ」と確信した。

キャンピングカーが、国道を逸れて山道に入ろうとしたので、流石に俺達は立ち上がった。

「すみません、本当にここで。ありがとうございました」と運転席に駆け寄った。

父は延々と「晩餐の用意が出来ているから」と言って聞こうとしない。母も「素晴らしく美味しい晩餐だから、是非に」と引き止める。

俺らは小声で話し合った。いざとなったら、逃げるぞ、と。

流石に走行中は危ないので、車が止まったら逃げよう、と。

やがて、キャンピングカーは山道を30分ほど走り、小川がある開けた場所に停車した。「着いたぞ」と父。その時、キャンピングカーの1番後部のドア(俺達はトイレと思っていた)から「キャッキャッ」と子供の様な笑い声が聞こえた。まだ誰かが乗っていたか!? その事に心底ゾッとした。

「マモルもお腹すいたよねー」と母。マモル…家族の中では、唯一マシな名前だ。幼い子供なのだろうか。すると、今まで無口だった双子のオッサン達が、口をそろえて「マモルは出したら、だぁ・あぁ・めぇ!!」とハモりながら叫んだ。

「そうね、マモルはお体が弱いからねー」と母。

「あーっはっはっはっ!!」といきなり爆笑する父。

「ヤバイ、こいつらヤバイ。フルスロットル(カズヤは、イッてるヤツや危ないヤツを常日頃からそういう隠語で呼んでいた)」

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俺達は、車の外に降りた。良く見ると、男が川の傍で焚き火をしていた。まだ仲間がいたのか…と、絶望的な気持ちになった。異様に背が高く、ゴツい。2m近くはあるだろうか。父と同じテンガロンハットの様な帽子をかぶり、スーツと言う異様な出で立ちだ。

帽子を目深に被っており、表情が一切見えない。

焚き火に浮かび上がった、キャンピングカーのフロントに描かれた十字架も、何か不気味だった。

ミッ○ーマ○スのマーチ、の口笛を吹きながら、男は大型のナイフで何かを解体していた。毛に覆われた足から見ると、どうやら動物の様だった。イノシシか、野犬か…どっちにしろ、そんなモノを食わさせるのは御免だった。

俺達は逃げ出す算段をしていたが、予想外の大男の出現、大型のナイフを見て、萎縮してしまった。

「さぁさ、席に着こうか!」と父。大男がナイフを置き、傍でグツグツ煮えている鍋に味付けをしている様子だった。「あの、しょんべんしてきます」とカズヤ。「逃げよう」と言う事だろう。俺も行く事にした。

「早くね~」と母。俺達はキャンピングカーの横を通り、森に入って逃げようとしたその時、キャンピングカーの後部の窓に、異様におでこが突出し、両目の位置が異様に低く、両手もパンパンに膨れ上がった容姿をしたモノが、バン!と顔と両手を貼り付けて叫んだ。

「マーマ!!」

もはや限界だった。俺達は脱兎の如く森へと逃げ込んだ。

後方で、父と母が何か叫んでいたが、気にする余裕などなかった。

「ヤバイヤバイヤバイ」とカズヤは呟きながら森の中を走っている。お互い、何度も転んだ。とにかく下って県道に出よう、と小さなペンライト片手にがむしゃらに森を下へ下へと走っていった。

考えが甘かった。小川のあった広場からも、町の明かりは近くに見えた気がしたのだが、1時間ほど激走しても、一向に明かりが見えてこない。完全に道に迷ったのだ。

心臓と手足が根をあげ、俺達はその場にへたり込んだ。

「あのホラー一家、追ってくると思うか?」とカズヤ。

「俺達を食うわけでもなしに、そこは追ってこないだろ。映画じゃあるまいし。ただの少しおかしい変人一家だろう。最後に見たヤツは、ちょっとチビりそうになったけど…」

「荷物…どうするか」

「幸い、金と携帯は身につけてたしな…服は、残念だけど諦めるか」

「マジハンパねぇw」

「はははw」

俺達は精神も極限状態にあったのか、なぜかおかしさがこみ上げてきた。

ひとしきり爆笑した後、森独特のむせ返る様な濃い匂いと、周囲が一切見えない暗闇に、現実に戻された。変態一家から逃げたのは良いが、ここで遭難しては話にならない。樹海じゃあるまいし、まず遭難はしないだろうが、万が一の事も頭に思い浮かんだ。

「朝まで待った方が良くないか?さっきのババァじゃないけど、熊まではいかなくとも、野犬とかいたらな…」

俺は一刻も早く下りたかったが、真っ暗闇の中をがむしゃらに進んで、さっきの川原に戻っても恐ろしいので、腰を下ろせそうな倒れた古木に座り、休憩する事にした。一時はお互いあーだこーだと喋っていたが、極端なストレスと疲労の為か、お互いにうつらうつらと意識が飛ぶようになってきた。

ハッ、と目が覚めた。反射的に携帯を見る。午前4時。辺りはうっすらと明るくなって来ている。横を見ると、カズヤがいない。一瞬パニックになったら、俺の真後ろにカズヤは立っていた。

「何やってるんだ?」と聞く。

「起きたか…聞こえないか?」と、木の棒を持って何かを警戒している様子だった。

「何が…」

「シッ」

かすかに遠くの方で音が聞こえた。口笛だった。ミッ○ーマ○スのマーチの。CDにも吹き込んでも良いくらいの、良く通る美音だ。しかし、俺達にとっては恐怖の音以外の何物でもなかった。

「あの大男の…」

「だよな」

「探してるんだよ、俺らを!!」

再び、俺たちは猛ダッシュで森の中へと駆け始めた。辺りがやや明るくなったせいか、以前よりは周囲が良く見える。躓いて転ぶ心配が減ったせいか、かなりの猛スピードで走った。

20分くらい走っただろうか。少し開けた場所に出た。今は使われていない駐車場の様だった。街の景色が、木々越しにうっすらと見える。大分下ってこれたのだろうか。

「腹が痛い」とカズヤが言い出した。我慢が出来ないらしい。古びた駐車場の隅に、古びたトイレがあった。俺も多少もよおしてはいたのだが、大男がいつ追いついてくるかもしれないのに、個室に入る気にはなれなかった。

俺がトイレの外で目を光らせている隙に、カズヤが個室で用を足し始めた。

「紙はあるけどよ~ ガピガピで、蚊とか張り付いてるよ…うぇっ 無いよりマシだけどよ~」

カズヤは文句を垂れながら、糞も垂れ始めた。

「なぁ…誰か泣いてるよな?」と個室の中から大声でカズヤが言い出した。

「は?」

「いや、隣の女子トイレだと思うんだが…女の子が泣いてねぇか?」

カズヤに言われて初めて気がつき、聴こえた。確かに女子トイレの中から女の泣き声がする…

カズヤも俺も黙り込んだ。誰かが女子トイレに入っているのか?何故、泣いているのか?

「なぁ…お前確認してくれよ。段々泣き声酷くなってるだろ…」

正直、気味が悪かった。しかし、こんな山奥で女の子が寂れたトイレの個室で1人、泣いているのであれば、何か大事があったに違いない。俺は意を決して、女子トイレに入り、泣き声のする個室に向かい声をかけた。

「すみません…どうかしましたか?」

返事はなく、まだ泣き声だけが聴こえる。

「体調でも悪いんですか、すみません、大丈夫ですか」

泣き声が激しくなるばかりで、一向にこちらの問いかけに返事が帰ってこない。

その時、駐車場の上に続く道から、車の音がした。

「出ろ!!」

俺は確信とも言える嫌な予感に襲われ、女子トイレを飛び出し、カズヤの個室のドアを叩いた。

「何だよ」

「車の音がする、万が一の事もあるから早く出ろ!!」

「わ、分かった」

数秒経って、青ざめた顔でカズヤがジーンズを履きながら出てきた。と、同時に駐車場に下ってくるキャンピングカーが見えた。

「最悪だ…」

今森を下る方に飛び出たら、確実にあの変態一家の視界に入る。選択肢は、唯一死角になっている、トイレの裏側に隠れる事しかなかった。

女の子を気遣っている余裕は消え、俺達はトイレを出て、裏側で息を殺してジッとしていた。

頼む、止まるなよ、そのまま行けよ、そのまま…

「オイオイオイオイオイ、見つかったのか?」カズヤが早口で呟いた。

キャンピングカーのエンジン音が、駐車場で止まったのだ。ドアを開ける音が聞こえ、トイレに向かって来る足音が聴こえ始めた。このトイレの裏側はすぐ5m程の崖になっており、足場は俺達が立つのがやっとだった。

よほど何かがなければ、裏側まで見に来る事はないはずだ。もし俺達に気づいて近いづいて来ているのであれば、最悪の場合、崖を飛び降りる覚悟だった。飛び降りても怪我はしない程度の崖であり、やれない事はない。

用を足しに来ただけであってくれ、頼む…俺達は祈るしかなかった。

しかし、一向に女の子の泣き声が止まらない。あの子が変態一家にどうにかされるのではないか?それが気が気でならなかった。

男子トイレに誰かが入ってきた。声の様子からすると、父だ。

「やぁ、気持ちが良いな。ハ~レルヤ!!ハ~レルヤ!!」と、どうやら小の方をしている様子だった。

その後すぐに、個室に入る音と足音が複数聞こえた。双子のオッサンだろうか。最早、女の子の存在は完全にバレているはずだった。女子トイレに入った母の「紙が無い!」と言う声も聴こえた。

女の子はまだ泣きじゃくっている。やがて、父も双子のオッサン達(恐らく)も、トイレを出て行った様子だった。

おかしい。女の子に対しての変態一家の対応が無い。やがて、母も出て行って、変態一家の話し声が遠くになっていった。気づかないわけがない。現に女の子はまだ泣きじゃくっているのだ。

俺とカズヤが怪訝な顔をしていると、父の声が聞こえた。

「~を待つ、もうすぐ来るから」と言っていた。何を待つ、のかは聞き取れなかった。どうやら双子のオッサンたちが、グズッている様子だった。やがて平手打ちの様な男が聴こえ、恐らく、双子のオッサンの泣き声が聴こえてきた。

悪夢だった。楽しかったはずのヒッチハイクの旅が、なぜこんな事に…

今まではあまりの突飛な展開に怯えるだけだったが、急にあの変態一家に対して怒りがこみ上げて来た。

「あのキャンピングカーをブンどって、山を降りる手もあるな。あのジジィどもをブン殴ってでも。大男がいない今がチャンスじゃないのか?待ってるって、大男の事じゃないのか?」

カズヤが小声で言った。しかし、俺は向こうが俺達に気がついてない以上、このまま隠れて、奴らが通り過ぎるのを待つほうが得策に思えた。

女の子の事も気になる。奴らが去ったら、ドアを開けてでも確かめるつもりだった。

その旨をカズヤに伝えると、しぶしぶ頷いた。それから15分程経った時。

「~ちゃん来たよ~!(聞き取れない)」母の声がした。待っていた主が駐車場に到着したらしい。何やら談笑している声が聞こえるが、良く聞き取れない。再び、トイレに向かってくる足音が聴こえて来た。

ミッ○ーマ○スのマーチの口笛。アイツだ!!

軽快に口笛を吹きながら、大男が小を足しているらしい。

女子トイレの女の子の泣き声が、一段と激しくなった。何故だ?何故気づかない?

やがて、泣き叫ぶ声が断末魔の様な絶叫に変わり、フッと消えた。

何かされたのか?見つかったのか!?しかし、大男は男子トイレににいるし、他の家族が女子トイレに入った形跡も無い。やがて、口笛と共に大男がトイレを出て行った。

万が一女の子がトイレから連れ出されてはしないか、と心配になり、危険を顧みずに一瞬だけトイレの裏手から俺が顔を覗かせた。テンガロンハットにスーツ姿の、大男の歩く背中が見える。

「ここだったよなぁぁぁぁぁぁぁァァ!!」

ふいに、大男が叫んだ。俺は頭を引っ込めた。ついに見つかったか!?カズヤは木の棒を強く握り締めている。

「そうだそうだ!!」

「罪深かったよね!!」と父と母。双子のオッサンの笑い声。

「泣き叫んだよなァァァァァァァァ!!」と、大男。

「うんうん!!」

「泣いた泣いた!!悔い改めた!!ハレルヤ!!」と、父と母。双子のオッサンの笑い声。

何を言っているのか?どうやら俺達の事ではないらしいが…

やがて、キャンピングカーのエンジン音が聴こえ、車は去ってった。

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辺りはもう完全に明るくなっていた。変態一家が去ったのを完全に確認して、俺は女子トイレに飛び込んだ。全ての個室を開けたが、誰もいない。鍵も全て壊れていた。そんな馬鹿な…

後から女子トイレに入ってきたカズヤが、俺の肩を叩いて呟いた。

「なぁ、お前も途中から薄々は気がついてたんだろ?女の子なんて、最初からいなかったんだよ」

2人して幻聴を聴いたとでも言うのだろうか。確かに、あの変態一家の女の子に対する反応が一切無かった事を考えると、それも頷けるのではあるが…しかし、あんなに鮮明に聴こえる幻聴などあるのだろうか…

駐車場から上りと下りに続く車道があり、そこを下れば確実に国道に出るはずだ。

しかし、再び奴らのキャンピングカーに遭遇する危険性もあるので、あえて森を突っ切る事にした。街はそんなに遠くない程度に見えているし、周囲も明るいので、まず迷う可能性も少ない。

俺達は無言のまま、森を歩いた。約2時間後。無事に国道に出る事が出来た。

しかし、着替えもない、荷物もない。頭に思い浮かんだのは、あの親切なコンビニの店長だった。

国道は、都会並みではないが、朝になり交通量が増えてきている。

あんな目にあって、再びヒッチハイクするのは度胸がいったが、何とかトラックに乗せて貰える事になった。ドライバーは、俺達の汚れた姿に当初困惑していたが、事情を話すと快く乗せてくれた。

事情と言っても、俺達が体験した事をそのまま話してもどうか、と思ったので、キャンプ中に山の中で迷った、と言う事にしておいた。運転手も、そのコンビニなら知っているし、良く寄るらしかった。

約1時間後、俺達は例の店長のいるコンビニに到着した。店長はキャンピングカーの件を知っているので、そのまま俺達が酷い目にあった事を話したのだが、話してる最中に、店長は怪訝な顔をし始めた。

「え?キャンピングカー?いや、俺はさぁ、君達があの時急に店を出て国道沿いを歩いて行くので、止めたんだよ。俺に気を使って、送ってもらうのが悪いので、歩いていったのかな、と。10mくらい追って行って、こっちが話しかけても君らがあんまり無視するもんだから、こっちも正直気ィ悪くしちゃってさ。どうしたのさ?(笑)」

…どういう事なのか。俺達は、確かにあのキャンピングカーがコンビニに止まり、レジで会計も済ませているのを見ている。会計したのは店長だ。もう1人のバイトの子もいたが、あがったのか今はいない様だった。

店長もグルか??不安が胸を過ぎった。カズヤと目を見合わせる。

「すみません、ちょっとトイレに」とカズヤが言い、俺をトイレに連れ込む。

「どう思う?」と俺。

「店長がウソを言ってるとも思えんが、万が一、あいつらの関連者としたら、って事だろ?でも、何でそんな手の込んだ事する必要がある?みんなイカレてるとでも?まぁ、釈然とはしないよな。じゃあ、こうしよう。大事をとって、さっきの運ちゃんに乗せてもらわないか?」

それが1番良い方法に思えた。俺達の意見がまとまり、トイレを出ようとしたその瞬間、個室のトイレから水を流す音と共に、あのミッ○ーマ○スのマーチの口笛が聞こえてきた。

周囲の明るさも手伝ってか、恐怖よりまず怒りがこみ上げて来た。それはカズヤも同じだった様だ。

「開けろオラァ!!」とガンガンドアを叩くカズヤ。ドアが開く。

「な…なんすか!?」制服を着た地元の高校生だった。

「イヤ…ごめんごめん、ははは…」と苦笑するカズヤ。

幸い、この騒ぎはトイレの外まで聞こえてはいない様子だった。

男子高校生に侘びを入れて、俺達は店長と談笑するドライバーの所へ戻った。

「店長さんに迷惑かけてもアレだし、お兄さん、街までお願いできませんかねっ これで!」と、ドライバーが吸っていた銘柄のタバコを1カートン、レジに置くカズヤ。交渉成立だった。

例の変態一家の件で、警察に行こうとはさらさら思わなかった。あまりにも現実離れし過ぎており、俺達も早く忘れたかった。リュックに詰めた服が心残りではあったが…

ドライバーのトラックが、市街に向かうのも幸運だった。タバコの贈り物で終始上機嫌で運転してくれた。

いつの間にか、俺達は車内で寝ていた。ふと目が覚めると、ドライブインにトラックが停車していた。

ドライバーが焼きソバを3人分買ってきてくれて、車内で食べた。

車が走り出すと、カズヤは再び眠りに落ち、俺は再び眠れずに、窓の外を見ながらあの悪夢の様な出来事を思い返していた。一体、あいつらは何だったのか。トイレの女の子の泣き声は…

「あっ!!」

思案が吹き飛び、俺は思わず声を上げていた。

「どうした?」とドライバーのお兄さん。

「止めて下さい!!」

「は?」

「すみません、すぐ済みます!!」

「まさかここで降りるのか?まだ市街は先だぞ」と、しぶしぶトラックを止めてくれた。

この問答でカズヤも起きたらしい。

「どうした?」

「あれ、見ろ」

俺の指差した方を見て、カズヤが絶句した。朽ち果てたドライブインに、あのキャンピングカーが止まっていた。

間違いない。色合い、形、フロントに描かれた十字架…しかし、何かがおかしかった。車体が何十年も経った様に、ボロボロに朽ち果てており、全てのタイヤがパンクし、窓ガラスも全て割れていた。

「すみません、5分で戻ります、5分だけ時間下さい」とドライバーに説明し、トラックを路肩に止めてもらったまま、俺達はキャンピングカーへと向かった。

「どういう事だよ…」とカズヤ。こっちが聞きたいくらいだった。

近づいて確認したが、間違いなくあの変態一家のキャンピングカーだった。周囲の明るさ・車の通過する音などで安心感はあり、恐怖感よりも「なぜ?」と言う好奇心が勝っていた。錆付いたドアを引き開け、酷い匂いのする車内を覗き込む。

「オイオイオイオイ、リュック!!俺らのリュックじゃねぇか!!」カズヤが叫ぶ。

…確かに俺達が車内に置いて逃げて来た、リュックが2つ置いてあった。

しかし、車体と同様に、まるで何十年も放置されていたかの如く、ボロボロに朽ち果てていた。中身を確認すると、服や日用雑貨品も同様に朽ち果てていた。

「どういう事だよ…」もう1度カズヤが呟いた。何が何だか、もはや脳は正常な思考が出来なかった。

とにかく、一時も早くこの忌まわしいキャンピングカーから離れたかった。

「行こう、行こう」カズヤも怯えている。車内を出ようとしたその時、キャンピングカーの1番置くのドアの奥で「ガタッ」と音がした。ドアは閉まっている。開ける勇気はない。

俺達は恐怖で半ばパニックになっていたので、そう聴こえたかどうかは、今となっては分からないし、もしかしたら猫の鳴き声だったかもしれない。が、確かに、その奥のドアの向こうで、その時はそう聴こえたのだ。

「マ ー マ ! ! 」

俺達は叫びながらトラックに駆け戻った。すると、なぜかドライバーも顔が心なしか青ざめている風に見えた。

無言でトラックを発進させるドライバー。

「何かあったか?」「何かありました?」

同時にドライバーと俺が声を発した。ドライバーは苦笑し、「いや…俺の見間違いかもしれないけどさ…あの廃車…お前ら以外に誰もいなかったよな?いや、居るわけないんだけどさ…いや、やっぱ良いわ」

「気になります、言って下さいよ」とカズヤ。

「いやさ…見えたような気がしたんだよ。カウボーイハット?って言うのか?日本で言ったら、ボーイスカウトが被るような。それを被った人影が見えた気が…でよ、何故かゾクッとしたその瞬間、俺の耳元で口笛が聴こえてよ…」

「どんな感じの…口笛ですか?」

「曲名は分かんねぇけど(口笛を吹く)こんな感じでよ…いやいやいや、何でもねぇんだよ!俺も疲れてるのかね」

運転手は笑っていたが、運転手が再現してみた口笛は、ミッ○ーマ○スのマーチだった。

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30分ほど無言のまま、トラックは走っていた。そして市街も近くなったと言う事で、最後にどうしても聞いておきたい事を、俺はドライバーに聞いてみた。

「あの、最初に乗せてもらった国道の近くに、山ありますよね?」

「あぁ、それが?」

「あそこで前に何か事件とかあったりしました?」

「事件…?いやぁ聞かねぇなぁ…山つっても、3つくらい連なってるからなぁ、あの辺は。あ~、でもあの辺の山で大分昔に、若い女が殺された事件があったとか…それくらいかぁ?

あとは、普通にイノシシの被害だな。怖いぜ、野生のイノシシは」

「女が殺されたところって」

「トイレすか?」カズヤが俺の言葉に食い気味に入ってきた。

「あぁ、確かそう。何で知ってる?」

市街まで送ってもらった運転手に礼を言い、安心感からか、その日はホテルで爆睡した。翌日~翌々日には、俺達は新幹線を乗り継いで地元に帰っていた。

なるべく思い出したくない悪夢の様な出来事だったが、時々思い出してしまう。

あの一家は一体何だったのか?実在の変態一家なのか?幻なのか?この世の者ではないのか?あの山のトイレで確かに聞こえた女の子の泣き叫ぶ声は、何だったのか?ボロボロに朽ち果てたキャンピングカー、同じように朽ちた俺達のリュックは、一体何を意味するのか?

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先日の合コンが上手く行った、カズヤのテンションが上がっている。たまに遊ぶ悪友の仲は今でも変わらない。コイツの底抜けに明るい性格に、あの悪夢の様な旅の出来事が、いくらか気持ち的に助けられた気がする。

30にも手か届こうかとしている現在、俺達は無事に就職も出来(大分前ではあるが)、普通に暮らしている。

カズヤは、未だにキャンピングカーを見ると駄目らしい。俺はあの「ミッ○ーマ○スのマーチ」がトラウマになっている。

チャンララン チャンララン チャンラランララン チャンララン チャンララン チャンラランララン♪

先日の合コンの際も、女性陣の中に1人この携帯着信音の子がおり、心臓が縮み上がったモノだ。

今でもあの一家、とくに大男の口笛が夢に出てくる事がある。

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