明日にでも、この村を出よう。
そんなことばかり考えながら、私は、上 真理子のあとを付いて歩いた。
私には、帰る理由がある。
はっきり言って、これは騙されてこの地に連れて来られたのだ。
もっと私は、怒って良いはずなのだが、真理子のどこか悲しそうな顔を見ると、つい何も言えなくなってしまった。
それに、まだ私は、この話を全て鵜呑みにはできずにいた。
もしかして、これから、隕石のある場所に案内してくれるのではという、淡い期待を抱いていたのだ。
生い茂る森の中に、その洞窟はあった。
こんな所に、これほどの大きな洞窟があったとは。
山口県の秋芳洞にも匹敵する、大きな洞窟だ。これほどの洞窟なら、国定公園に指定されていてもおかしくないはずなのに、誰にも知られていないのか。
「ここは、シャンの神殿です。この奥にご神体があります。」
先ほどまで、あれほど帰りたいと思っていた私だが、この神秘的な洞窟にすっかり魅了されていた。
ご神体という言葉にも興味を示した。
「ご神体?」
「ええ。この奥に、ザーダ=ホーグラ像が祭られています。私達、宇宙の外なる神、アザトースの化身です。」
「アザトース?」
「ええ、全ての始まりであり、全てを終わらせる存在。」
私はこのあたりで、新興宗教を疑った。
どこかの新興宗教で、そういった思想を聞いたことがある。
一旦世界は終わり、その宗教を信仰するものだけが、輪廻転生して世界を造るというものだ。
これはヤバイことになってきた。この娘がいくら可愛いからといって、こんなイカれた宗教に勧誘されるのはまっぴらだ。
「新興宗教の誘いなの?それならお断りだ。悪いけど、私はそんなものには興味が無い。」
私が冷たく言い放つと、真理子はとても悲しそうな顔で私を見て、首を横に振った。
「着きました。」
いつの間にか私達は、洞窟の一番奥にたどり着いていた。
私は、あまりの大きさに圧倒された。
洞窟の天井に今にも届きそうなほど、およそ10mはあろうかと思われる巨像が私達の前にそびえたっていたのだ。それは、何対ものしなやかな脚によって支えられた二枚貝の貝殻だった。半ば開いたその貝殻からは、先端にポリプ状の付属肢のついた、いくつかの節を持つ円筒状のものが何本か伸び出ていた。そして貝殻の内部の闇の中には、その知性を欠く様は身の毛もよだつほどの、深く窪んだ眼を持ち、輝く黒髪に覆われた、口の無い顔が見えたように思われた。
なんともおぞましい姿だ。これほどの物を造るとは、新興宗教も侮れない。
「私達シャンは新興宗教の団体ではありません。私達は、宇宙からの入植者です。
私達の遠い祖先は、エメラルド色の二つの太陽を持つ世界、シャッガイからこの地球にやってきました。
手紙に書いてあった地名を覚えておられますか?」
「ああ、確か、見たこともないような村の名前だった。地図でも調べたが見つからなかった。」
「当然です。ここは、次元の狭間の地なのですから。内野羅戸手布(ナイヤラトテップ)村 字遠須(あざとおす)。」
「そんな突拍子も無い話が信じられると思うか?君の話は滅茶苦茶だ。じゃあ、どうやって手紙が届くというのだ。」
「この地には、次元の抜け道があります。先生は気付かれなかったと思いますが、この地には、人の目にはみえない裂け目があり、そこが開くのは、私達の意志により誘われたもののみが通ることができるのです。」
戯言だ。そろそろ私の理性も弾け飛びそうだ。イライラが頂点に達してきた。
「そんな夢物語はもういいよ。とにかく、私は帰る。」
「ごめんなさい。でも、先生は、まだ帰ることができません。何故なら、村の意思が時空の裂け目を閉じていますから。」
「なんだって?最初から私を、監禁する目的でここに誘ったのか?」
彼女はついに泣き出してしまった。
「泣いたって誤魔化されないよ。女はズルイ。すぐにそうやって涙を武器にするから。」
「・・・ごめんなさい。でも、隕石は本当に降り注ぎます。これは本当なのです。流星群とともに、緑色に輝く、隕石がこの地には降り注ぎます。」
そう真理子が言いながら、ある写真を取り出して、私に見せてきた。
「こ、これは。本物なのか?」
真理子が黙ってうなずく。
先ほど見せられた隕石は、くすんだ緑色だったが、この隕石は、緑の輝きを放っている。
輝きというよりは、表面がヌラヌラと濡れて、ゼリー状に見える。
「落ちたばかりの隕石は、こうなっているのです。しかし、この時に触れることはできません。危険です。
人を焼き尽くしてしまいますから。」
とても、加工した写真のようには見えなかった。
加工しようにも、見たところ、あの古民家には、パソコンはおろか、テレビすらなかったのだから。
「お願いです。一晩だけでも、ここに居てください。そして、私を、ここから連れ出して欲しいのです。」
真理子は涙ながらに懇願した。
「連れ出して欲しい?」
「ええ。」
真理子はそう目を伏せた。
「連れ出すも何も、君は、駅まで私を迎えに来たじゃないか。
意思があれば、この地から自由に出れるんじゃないの?」
「私達、シャンがこの地を出れるのには、時間の制限があります。シャンの者は、一定時間村に帰ってこないと、強制送還されるのです。でも、私がもし、シャンの者では無い者の種を受ければ、その効力は薄れます。」
そう言うと、真理子は服を脱ぎ始めた。
「な、何を!」
「先生、私を抱いてください。」
一糸まとわぬ姿になった真理子は私にすがりついて、潤んだ目で見上げてきた。
「私に、先生の種をいっぱいください。そうすれば、私は、この村から出ることができます。」
「そ、そんなことはできない!君はもっと自分を大切にしなければならないよ。」
そう言いながらも、私の意志に反して、下半身は固くなっていた。
「私、生贄にされるんです。明日・・・。先生、私、死にたくない。」
真理子はそう言うと、わっと泣き崩れてしまった。
作者よもつひらさか
山口県の秋芳洞は素晴らしいところです。
ぜひ皆様も訪れてください。
魚も旨いです。
① http://kowabana.jp/stories/25829
③ http://kowabana.jp/stories/25838