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中編5
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Sの木

私は30年ぶりに、この森に来ている。

遠い記憶を頼りに秘密基地の場所を探していた。

お盆の連休、実家に家族とともに帰省し、田舎ゆえ、何も娯楽がなく、息子がカブトムシを探しに行きたいというので、仕方なく、この森に連れてきたのだ。

くぬぎの木を探すふりをしながら、私はあの秘密基地の場所を探していた。

この30年間、ずっとSのことはひと時も忘れたことはない。

私は、この森に、秘密基地を作って、SとTと一緒に遊んでいた。

ある日、秘密基地で遊んだ帰りに、Sが自転車の鍵をなくしたといって、引き返した。

ところがSは、穴に落ちてしまい、彼を助けようと、祖父を呼びに行って、戻ってきた時には、その穴もSも消えていたのだ。

結局、Sはあのまま行方不明になり、いまだに見つかっていない。

大規模な捜索が行われたにも関わらず、手がかりは何も見つからなかった。

罪の意識を感じていた。あの時、Sを誘わなかったらよかった。

あの時、Sと一緒にチャリの鍵を探しに行けばよかったとか。

30年前の記憶はすでに曖昧になっており、秘密基地の場所は思い出せなかった。

「おとうさーん、カブトムシ、いたよーーー!」

少し前を勇んで歩いていた息子が、大きな声で私を呼んだ。

まだ、この森にもいるものだな。

私は、声のするほうに、網を携えて歩いていった。

「ほら、あそこ。」

息子が指差す先を見た。

意外と古い木らしく、幹は節くれだっていて、木の幹の節から若干の蜜が出ており、そこに黒くて大きなカブトムシがしゃぶりついていた。

「お父さん、とって。」

息子が声を潜める。

「よし、待ってろ。」

私も声を潜めて、そーっと網をカブトムシに被せると、驚いたそれは、羽をばたつかせたので素早く網を翻して閉じ込めた。

「やったあー!」

無邪気に喜ぶ息子。私も30年前には、こんな時代があったのだ。

Sの不在が私の心を締め付ける。

「お父さん、また明日の朝も来ようね。」

「ああ、次はもっとたくさん取れるように、ここに傷をつけておこう。」

私は、落ちていた尖った石で、幹の皮を削り、傷をつけた。

(痛いよ)

その時、不意に私の耳に声が聞こえた。

私はあたりを見回したが、私と息子のほかには誰もいない。

「何か言ったか?」

息子に尋ねるとキョトンとしてううん?と首を横に振った。

気のせいか。

私と息子は戦利品のカブトムシをカゴにいれ、手を繋いで家へと帰った。

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次の日の朝も、息子に早く早くと急かされて、眠い目をこすりながら、森へ向かった。

確か、この木だ。

だが、傷をつけた所には、コガネムシすらたかっていなかった。

もう少し、深く傷をつければよかったのかも。

「居た!」

息子が声を潜めた。

すると、はるか上のほうに、確かに大きなカブトムシがうごめいていた。

「んー、ちょっと高いなあ。網、届くかな。」

そんなことを言いながら、ふと木の上のほうを見て、何となく違和感を感じた。

木のはるかこずえの辺りに、小さな帽子のような物が刺さっているのだ。

黒いキャップ。かなり色あせてボロボロだ。遠くてよくわからないのだが、あれはGとYを重ねたオレンジのマーク。あの球団のマークだ。

私の30年前の記憶が、水の底から水面に浮かぶように蘇ってきた。

Sは、大の巨人ファンだったのではないか。

いつも巨人が負けた勝ったと、喜んだりへこんだりしていた。

私の背中を嫌な汗が伝う。

「お父さん?」

立ち尽くす私を、息子が怪訝な顔で見上げた。節くれだった木のこぶをよく見ると、昨日は裏に回らなかったから気付かなかったけど、何か布のようなものが、木の洞にとらわれている。

そのオレンジの布は、くぬぎの木と一体化しており、そこには小さく、GIANTSと黒い刺繍の縫い取りが施されている。私の推測は、確信に変わった。

「S君・・・。」

私は小さく呟いた。

(ようやく、見つけてくれたんだね。酷いな、君は。昨日、僕の体に傷をつけただろう?

僕、気付いた時には、こんな姿になってたんだ。なあ、助けてくれよ。僕は30年もここで一人ぼっちでどんなに寂しかったか、君はわかるかい?)

私は、息子の手を引くと、脱兎のように走り出した。

「お父さん、どうしたの?カブトムシ、とらないの?」

不満そうに、息子が私に畳み掛けてくる。

にわかに空が掻き曇った。

大粒の雨が私達の背中を叩く。

まるで、逃げる私を責めるように。

おいていかないで。おいていかないで。

風が鳴る。

森を渡る風が、ごうごうと叫んでいる。

おいていかないで。おいていかないで。

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「どうしたの?」

ようやく家にたどりつくと、妻が驚いて、タオルを差し出してきた。

「急に嵐になっちゃって。」

私が弱々しく呟くと、

「あなた、具合が悪いの?顔が真っ青よ。」

と妻が言った。

「大丈夫だ。この子を着替えさせてやってくれ。風邪をひいてはいけないから。」

そのあくる日、地元に残って、土建屋を継いだTに電話をして、あのくぬぎの木の話をすると、根元を掘ってみようと言い、トラックと小さなユンボを都合してくれた。

しかし、根本をいくら掘っても、Sの死体は見つからなかった。

根本を掘っている途中で、そのくぬぎの木は老朽化が激しかったのか、倒れてしまった。

仕方なく、Tがそのくぬぎの木をチェンソーで切断して細かく分けていると、年輪に何か異物が巻き込まれていることに気付いた。

「なんだろう、この白いの?」

腐りかかった木の部分を穿って、白いものを取り出すと、私とTは悲鳴をあげて、それをほうりだしてしまった。

それは、明らかに何かの骨だった。

木を切って行くと、何本も何本も白い骨が出てきた。

「こ、これって・・・。人間、じゃないか?」

Tが震える声で私に告げると、どこからともなく、声が聞こえた。

(ありがとう。これでやっと、僕はうちに帰れるよ。)

Concrete
コメント怖い
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コメント、怖い、ありがとうございます。
にゃん様
悪い病気が出ました。というか、最近、あの方の病気が発生しないので少し寂しいですねw
本当に、こんな話にしてしまい、綿貫様には申し訳がないです。
まりか様
やはり、死しても、親の元へ帰りたいですよね。30年の孤独、私だったら狂いますね。
綿貫様
本当に、こんな話にして申し訳ありません。
きっと何かある森です。山や森って、興味をそそられる場所ですが、いざ一人で入ってみると、あの何とも言えない鬱蒼とした森の雰囲気と草に飲み込まれてしまいそうで、怖いですよね。
mami様
読んで回ってはおられるようですが、最近、ご執筆がないようですね。
またロビン様のお話が読める日を心待ちにしましょう。

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ロビン様ぁ、呼ばれておりますよぉ。

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『Sの木…Sの…( ゚д゚)ハッ!!Sとはもしかして!』と、走って(気持ちです)やって参りました。
トリオでリレーのリンク…突発的に楽しみがやってきて、嬉しいです。
もちろん、作品も素敵でした。

では…このお噺のアンカーは、あの方でしょうか…
Ψ( ̄∇ ̄)Ψ

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