私は30年ぶりに、この森に来ている。
遠い記憶を頼りに秘密基地の場所を探していた。
お盆の連休、実家に家族とともに帰省し、田舎ゆえ、何も娯楽がなく、息子がカブトムシを探しに行きたいというので、仕方なく、この森に連れてきたのだ。
くぬぎの木を探すふりをしながら、私はあの秘密基地の場所を探していた。
この30年間、ずっとSのことはひと時も忘れたことはない。
私は、この森に、秘密基地を作って、SとTと一緒に遊んでいた。
ある日、秘密基地で遊んだ帰りに、Sが自転車の鍵をなくしたといって、引き返した。
ところがSは、穴に落ちてしまい、彼を助けようと、祖父を呼びに行って、戻ってきた時には、その穴もSも消えていたのだ。
結局、Sはあのまま行方不明になり、いまだに見つかっていない。
大規模な捜索が行われたにも関わらず、手がかりは何も見つからなかった。
罪の意識を感じていた。あの時、Sを誘わなかったらよかった。
あの時、Sと一緒にチャリの鍵を探しに行けばよかったとか。
30年前の記憶はすでに曖昧になっており、秘密基地の場所は思い出せなかった。
「おとうさーん、カブトムシ、いたよーーー!」
少し前を勇んで歩いていた息子が、大きな声で私を呼んだ。
まだ、この森にもいるものだな。
私は、声のするほうに、網を携えて歩いていった。
「ほら、あそこ。」
息子が指差す先を見た。
意外と古い木らしく、幹は節くれだっていて、木の幹の節から若干の蜜が出ており、そこに黒くて大きなカブトムシがしゃぶりついていた。
「お父さん、とって。」
息子が声を潜める。
「よし、待ってろ。」
私も声を潜めて、そーっと網をカブトムシに被せると、驚いたそれは、羽をばたつかせたので素早く網を翻して閉じ込めた。
「やったあー!」
無邪気に喜ぶ息子。私も30年前には、こんな時代があったのだ。
Sの不在が私の心を締め付ける。
「お父さん、また明日の朝も来ようね。」
「ああ、次はもっとたくさん取れるように、ここに傷をつけておこう。」
私は、落ちていた尖った石で、幹の皮を削り、傷をつけた。
(痛いよ)
その時、不意に私の耳に声が聞こえた。
私はあたりを見回したが、私と息子のほかには誰もいない。
「何か言ったか?」
息子に尋ねるとキョトンとしてううん?と首を横に振った。
気のせいか。
私と息子は戦利品のカブトムシをカゴにいれ、手を繋いで家へと帰った。
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次の日の朝も、息子に早く早くと急かされて、眠い目をこすりながら、森へ向かった。
確か、この木だ。
だが、傷をつけた所には、コガネムシすらたかっていなかった。
もう少し、深く傷をつければよかったのかも。
「居た!」
息子が声を潜めた。
すると、はるか上のほうに、確かに大きなカブトムシがうごめいていた。
「んー、ちょっと高いなあ。網、届くかな。」
そんなことを言いながら、ふと木の上のほうを見て、何となく違和感を感じた。
木のはるかこずえの辺りに、小さな帽子のような物が刺さっているのだ。
黒いキャップ。かなり色あせてボロボロだ。遠くてよくわからないのだが、あれはGとYを重ねたオレンジのマーク。あの球団のマークだ。
私の30年前の記憶が、水の底から水面に浮かぶように蘇ってきた。
Sは、大の巨人ファンだったのではないか。
いつも巨人が負けた勝ったと、喜んだりへこんだりしていた。
私の背中を嫌な汗が伝う。
「お父さん?」
立ち尽くす私を、息子が怪訝な顔で見上げた。節くれだった木のこぶをよく見ると、昨日は裏に回らなかったから気付かなかったけど、何か布のようなものが、木の洞にとらわれている。
そのオレンジの布は、くぬぎの木と一体化しており、そこには小さく、GIANTSと黒い刺繍の縫い取りが施されている。私の推測は、確信に変わった。
「S君・・・。」
私は小さく呟いた。
(ようやく、見つけてくれたんだね。酷いな、君は。昨日、僕の体に傷をつけただろう?
僕、気付いた時には、こんな姿になってたんだ。なあ、助けてくれよ。僕は30年もここで一人ぼっちでどんなに寂しかったか、君はわかるかい?)
私は、息子の手を引くと、脱兎のように走り出した。
「お父さん、どうしたの?カブトムシ、とらないの?」
不満そうに、息子が私に畳み掛けてくる。
にわかに空が掻き曇った。
大粒の雨が私達の背中を叩く。
まるで、逃げる私を責めるように。
おいていかないで。おいていかないで。
風が鳴る。
森を渡る風が、ごうごうと叫んでいる。
おいていかないで。おいていかないで。
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「どうしたの?」
ようやく家にたどりつくと、妻が驚いて、タオルを差し出してきた。
「急に嵐になっちゃって。」
私が弱々しく呟くと、
「あなた、具合が悪いの?顔が真っ青よ。」
と妻が言った。
「大丈夫だ。この子を着替えさせてやってくれ。風邪をひいてはいけないから。」
そのあくる日、地元に残って、土建屋を継いだTに電話をして、あのくぬぎの木の話をすると、根元を掘ってみようと言い、トラックと小さなユンボを都合してくれた。
しかし、根本をいくら掘っても、Sの死体は見つからなかった。
根本を掘っている途中で、そのくぬぎの木は老朽化が激しかったのか、倒れてしまった。
仕方なく、Tがそのくぬぎの木をチェンソーで切断して細かく分けていると、年輪に何か異物が巻き込まれていることに気付いた。
「なんだろう、この白いの?」
腐りかかった木の部分を穿って、白いものを取り出すと、私とTは悲鳴をあげて、それをほうりだしてしまった。
それは、明らかに何かの骨だった。
木を切って行くと、何本も何本も白い骨が出てきた。
「こ、これって・・・。人間、じゃないか?」
Tが震える声で私に告げると、どこからともなく、声が聞こえた。
(ありがとう。これでやっと、僕はうちに帰れるよ。)
作者よもつひらさか
ビビっときちゃいましたw
綿貫一様 秘密基地 http://kowabana.jp/stories/25830