俺は大学を無事に卒業して、都内の製薬会社に就職した。
無理をすれば実家からでも通えない距離ではなかったが、俺は念願でもあった一人暮らしを始めた。
しかし初任給なんてたかが知れている。
とても贅沢なんて出来ないので、築年数の古い七階建ての古びた外観のマンションに決めた。
部屋の間取りは1DKだが、風呂とトイレは別々だし、ロフト付きだし、作りも内装もお洒落なので気に入っている。
ただ、地元の自動車部品メーカーで働く彼女に、月に一度のお互い休みが会う時にしか会えないというのが少々辛いところだ。
彼女とは高校時代からの付き合いで、将来の約束もしている。
仕事は順調で、人間関係等も問題はなく、あっと云う間に一年が過ぎた。
突然の彼女の訃報を聞いたのは、何でもない平日の昼間だった。
通勤中での交通事故だった。
会社を早退して病院に駆けつけた時にはもう、彼女の顔の上には白い布が置かれていた。
それからというもの心の中にポッカリと穴が空いたようで、会社で些細な失敗を繰り返すようになった。
毎夜、彼女の遺品を眺めては涙を流し、知らない間に朝が来ているという情けない日々が続いた。
俺はこれ程までに彼女が好きで、執着していたのかと彼女を失ってから思い知らされた。
連絡のない俺を心配してか、母からの着信が何件も表示されているが、今はまだ彼女を知る人間とは、例えそれが親であろうとも話したくなかった。
そんなある日の会社帰りの事、エレベーターの扉が開いた向かいにある一室から、えも知れぬ強烈な視線を感じた。
確かこの部屋には若い大学生カップルが住んでいる筈だ。仲が良さそうに腕を組んで歩いているのをよく見かける。
俺はドアの前で呆然と固まってしまった。
向こうに誰かがいる。
内側から張り付いて、この小さな覗き穴から瞬きもせずにジッと俺を見つめている。
恐ろしいまでの殺意を込めて。
その日を境に、エレベーターが開く度にそれを感じるようになった。
俺はその度に金縛りにでもあったかの様にそこから動けなくなり、得体の知れない視線を受けるようになったのだ。
ふと気がつくと、辺りは薄暗く、時計を見ると俺はもう30分近くもそのドアの前に立ち尽くしていたようだ。
いそいそとその場を離れ、横並びにある離れた自室へと身を隠した。
ガチャ
「行ったか?」
「ええ」
エレベーター前の一室のドアが開き、大学生カップルが顔を出した。
「やっぱりお前の言う通り、あの男はこのあいだ部屋で自殺した奴に似てるな」
「だから言ったでしょう?絶対にそうだって。でもなんでよりにもよって私たちの部屋の前ばかりに来るのかしら?」
彼氏はスマホを眺めながら言った。
「ほら、Ya◯ooニュースにも出てるけど、恋人の事故死を苦に自殺したってあるから、仲の良い俺たちが羨ましいんじゃないのかアイツ?」
「そうなのかしら、もう勘弁して欲しいわよね。毎日怖くてしょうがないわ」
その時、背後から喉を潰したような割れた声がした。
「ありがとう、やっと開けてくれたね」
びっくりして二人同時に部屋の中へと視線を向けると、廊下の向こうに不自然に首を傾げた男が立っていた。
なぜか、首から上はボヤけ表情を伺い知る事が出来ない。
左手には真っ白なロープ、右手には包丁を握っている。
男は二人にこう言った。
「君たち、痛いのと苦しいのと、どっちがいいかな?」
【了】
作者ロビンⓂ︎
この後どうなったのでしょうか?救いはあるのかな?ψ(`∇´)ψげーひ