【ウメル】
「ねえ、どうだった?」
みなみはドキドキしながら、優香に訊ねた。
すると優香は一瞬眉が下がり
「うーん、教えてくれなかった。」
と答えた。
みなみは落胆したが、すぐに笑顔に戻った。
「そっかぁ~、やっぱ教えてくれないよねー。いくら優香が幼馴染だからって。もしかしたら、幼馴染の優香には教えてくれると思ったのになあ。ざんねーん。」
みなみはそう言うと、小さな舌をペロっとだした。
みなみは、優香に、冬馬の好きな人を聞いて欲しいと頼んだ。
だが、冬馬にうまくはぐらかされたようだ。
「ごめんねえ、聞きにくいことお願いして。お詫びにパフェでもおごらせて。いこっ!」
みなみは、優香の手を引くと、ファミレスへと駆け出した。
みなみと優香は大の仲良し、親友だった。
小学三年の時に、みなみが転校してきてから、ずっとクラスが離れても友達でずっと仲良しだった。
高校も二人揃って同じ高校を受験し合格。幼馴染だった冬馬も一緒だった。
みなみは冬馬に好意を寄せていた。
冬馬は、ずっとモテモテで、今までいろんな女子と付き合ってきたが、中学卒業と共に、中学で付き合っていた女の子とは別れたと聞いていた。みなみは、もしかしたら自分にもチャンスがあるのではないかと思って、思い切って、今、好きな女の子がいるかどうか、優香に聞いてもらおうとしたのだ。
みなみも、そこそこモテるほうだった。だが、みなみはずっと冬馬が好きだったので、誰とも付き合うことはなかった。みなみは、ずっとその気持ちを隠していたが、親友の優香にだけは告げていた。
優香も応援してくれていた。みなみなら、絶対に大丈夫だよと言われたけれど、今までずっと冬馬には別の彼女が居たので、言い出す勇気がなかったのだ。
それに、最近、冬馬の視線を感じるようになった。
もしかして、私のこと。みなみは淡い期待を抱いていたのだ。
それから数日後、みなみは冬馬に呼び出された。
放課後、隣のクラスの冬馬がたずねてきて、
「ちょっと話があるんだけど。」
と呼び止められたのだ。
みなみは、胸が高鳴った。こんなことは初めてだったのだ。
三人で遊びに行くことはあったが、みなみだけが一人で呼び出されることはなかった。
期待で胸が痛いほど、ドキドキしている。
「あのさ、この前、優香から、好きな人いる?って聞かれたんだ。」
心臓が鼓動を増し、耳が赤くなるのを覚えた。そうだ、それは私が優香に頼んだから。
「だから、俺、言ったんだ。」
そう言えば、優香、はぐらかされたって言ったっけ。
「俺が好きなのは、お前だって。」
えっ?お前って。
私が理解できないでいると、
「俺、優香に告白した。」
私の目の前の冬馬が突然遠くに引いて見えた。今なんて言った?
私が言葉を発せないのを不思議な面持ちで冬馬が見ていたので、初めて自分がぼんやりしていたのに気付いて慌てて言葉をつないだ。
「へ、へえ~、そうだったんだ。で、優香はなんて言ったの?」
そこで冬馬は唇をかみ締めて言った。
「振られた。好きなやつ、居るらしい。」
優香、私に何も言ってくれなかった。優香が嘘をついた。
「そうなんだ。」
優香は優香なりに、私を気遣って冬馬にも嘘をついたのだろう。
優香から好きな男の子の話なんて聞いたことがない。
「なあ、優香の好きなやつって、誰か知ってるか?」
逆に冬馬から、私が聞かれる立場になってしまった。
「ううん、知らない。」
「本当か?お前ら、仲がいいから知ってるのかと思ってた。俺、本当はずっと優香が好きだった。でも、ずっと言い出せなくて。そうこうしているうちに、どんどん他の女の子が近寄ってきて。俺は、どの子とも何となく付き合ったから、すぐに別れた。女はそういうの、敏感だからな。」
冬馬の口からそんな言葉、聞きたくないよ。私は涙が溢れそうになるのを必死で堪えた。
「そろそろ、気持ちにケリをつけて、今度こそちゃんと告白しようと思った矢先に、あいつのほうから好きな人いるかって聞くから、俺はチャンスだと思って思い切って告白したんだ。」
冬馬の独白にみなみはうつむいて聞いていたら、悲しみがだんだんと憎しみに変わっていった。
優香が私に、嘘をついた。
私は、耐え切れず、駆け出した。
「あ、おい、待てよ。どうしたんだよ!」
冬馬の声を無視して走り出した頃には、涙がもう零れ落ちていた。
許せない。優香。
私がどれだけ、冬馬のことをずっと好きだったか知ってるくせに。
みなみが泣きながら走っていると、優香が呼び止めた。
「どうしたの?みなみ。」
心配顔で、後ろから問いかけている。
みなみは、涙でぐしゃぐしゃになった顔で優香を睨みつける。
「私は、さぞ滑稽なピエロだったでしょうねえ。本当は振られてるって知ってたくせに。
どうして嘘をついたの?」
それを聞くと、優香は青ざめた。
「ごめんなさい。でも、みなみがずっと冬馬を好きだった気持ちを知ってたからこそ、言えなかった。」
「いい子ぶらないでよね。本当は、私のこと、あざ笑ってたんでしょう?」
「そんなわけないじゃん!友達だもの!」
「嘘ッ!冬馬から告白されて、まんざらでもなかったんじゃあないの?」
「違うっ!」
「本当に優香は昔っからいい子ぶりっこだよね。私を哀れんで、好きな人がいないくせに、好きな人が居るフリをしてくれたんでしょう?友情に涙がでちゃうわよ。」
みなみは皮肉たっぷりに優香を揶揄した。
「本当だよ。好きな人はいるよ。黙ってただけだもん。」
「私がちゃんと冬馬のことを好きなことを、優香だけに教えたのに?
優香は、自分の好きな人の事は私に言わないんだね。所詮優香にとって、私ってその程度のものよね?」
「違う!違う!」
とうとう優香も大粒の涙を流し始めた。
「もうたくさん。二度と話しかけてこないで。」
そう捨て台詞を残し、みなみは優香をその場に残して去った。
その日から、みなみは優香を徹底的に無視した。
何度か優香からラインや電話が入ったが、それも全て無視して、とうとう携帯からも優香を消した。
別のクラスだったのが救いだった。
優香が嘘をついたことが許せないのか、冬馬が優香を選んだことが許せないのか。
みなみは、そんな自分にも嫌気が差していた。
もう、死にたい。
優香が悪くないことなんて、わかってる。
でも、もう今更優香と仲直りなんて無理。
学校の帰り道、あたりはすでに暗く、河川敷には賑やかな屋台の灯りが煌々と川を照らしていた。
そっか。今日はお祭りの日だったんだっけ。
毎年お祭りには優香と出掛けたな。今年も本当なら、優香とおそろいの浴衣出かける予定だった。
胸に寂しさが押し寄せてくる。
でも、やはりそれ以上に冬馬への長年の思いは断ち切れなかった。
冬馬に、あんなに仲が良かったのにどうしたんだと聞かれた。
いい加減気づけよ、この鈍感男。
知ってても、私の気持ちに答えられないからとぼけているのかもね。
どうあがいても、冬馬の気持ちは優香にあるのだ。
やはり優香だけは許せない。
また優香への憎しみが沸々とわきあがってきた。
いつの間にか誘われるように、祭りの人ごみの中をぼんやりと歩いていた。
すると、煌々とした屋台の中に、他の屋台よりも明らかに薄暗い店が佇んでいた。
そこには、男とも女とも若いとも老いてるともわからない店主が座っていて、店先には真っ白な卵が所狭しと並んでいた。
「おや?お嬢ちゃんは、この店が見えるんだね?」
その店の店主は不思議なことを言ってきた。
「見えます。どういうことですか?」
みなみは、怪訝に思い訊ねた。
「お嬢ちゃんは、第四の色を見ることのできる瞳を持っていると見受けた。」
「第四の色?」
「そう、第四の色。世の中の色が、赤、青、黄色で出来てるってことは知っているだろう?」
「ええ。三原色」
「ごくまれに、その色以外の色を見ることができる人間がいるのさ。つまり、この店は、その第四の色で出来ているのさ。かくいうアタシもね。」
「そんなバカな。」
みなみはからかわれているのだと思って、その場を去ろうとした。
すると店主は卵を差し出してきたのだ。
「持ってお行き。これは、夜の卵。願いを叶えてくれる卵だよ。御代はいらないよ。ただし、タダではないけどね?」
そう言うと店主はニヤリと不気味に笑った。
もうみなみはどうでも良くなり、その場を早く去りたくて、卵を受け取った。
みなみは卵を弄びながら、呟いた。
「夜の卵、ねえ。願いなんて、叶うはずないじゃん。」
その時、みなみの記憶の底から、以前本で読んだ知識が浮かび上がってきた。
願いは叶わないかもしれないけど、卵のおまじないなら知ってる。
それは、相手に呪いをかけること。
みなみは家に帰ると、サインペンを机の引き出しから出し、卵に優香のフルネームと生年月日を書いた。
そして、上の部分に小さな穴を開ける。
その卵を、庭の土の中に埋めた。腐っていくうちに、その名前を書いた相手が病に侵されるというのだ。
私の苦しみを知りなさい、優香。
若干の罪悪感はあったが、みなみはあの冬馬の思いつめた顔を思い出し、冬馬を苦しめたことすら優香の所為にして、優香を憎んだ。
ところが、その翌日、みなみは突然の出来事に愕然とする。優香が昨日、自殺したというのだ。呪いがこんなに早く効くとも思わなかったし、優香を殺したいとまでは思わなかった。ただ、病気になればいい、程度にしか思っていなかったのだ。しかも、優香が死亡推定時刻は昨日の夕暮れ。つまりは、みなみがあの怪しげな店で卵を手にする前である。みなみは、酷く動揺した。
私の、所為だ。優香を私が、追い詰めた。
みなみは、後悔して泣いた。
ごめん、ごめんね、優香。
その日から、みなみは床に伏せてしまった。原因不明の高熱が続き、ついに入院し、原因がわからぬまま、見る見る衰弱してしまったのだ。卵を庭に埋めた日から21日目の夜。みなみの意識は暗闇へと深く吸い込まれて行った。卵の穴から、闇がうずまき、みなみを飲み込んで行ったのだ。
ああ、呪いが自分にかかってしまったのだなあ。混沌とした意識の中でみなみは夢をみていた。
優香が手招いている。
待って、今からそこに行くから。
******
優香は祭りの準備を始めた屋台を見つめていた。
毎年、みなみとおそろいの浴衣で出掛けたっけ。
思い出して優香は、涙ぐんでいた。
みなみに嫌われた。死ぬ理由はそれだけで十分だ。
私の好きな人は、みなみだ。
こんな気持ち、言えるわけがない。
自分でも異常だとわかっている。女が女に恋をするなんて。
自分でもその気持ちに気付いた時には戸惑った。
優香はその気持ちは一生、自分の中にしまっておくつもりだった。
それが、優香がみなみの側にずっと居られる条件のような気がしていたから。
でも、みなみのから嫌われた今は、もう生きる意味がない。
まだ夕暮れというのに、立ち並ぶ露店の中に、薄暗い店がぽつんと見えた。
優香が目をこらすと、男とも女とも若いとも老いてるともわからない店主がこちらに気付いて手招きをした。
「お嬢ちゃん、この店が見えるんだねえ。」
不思議なことを言う店主だ。
「お嬢ちゃんは、第四の色を見ることができる瞳を持つ者と見受けた。」
「第四の色?そう、第四の色。この世の色は三原色、赤、青、黄色で出来てるだろう?ごくまれに、人にはそれ以外の色を見ることのできる人間がいるのさ。それがアンタさ。この店はそんな色でできている。かくいうアタシもね。」
「この世の色じゃないということは、あの世の色なのかしら?」
「さあね。それはご想像に任せるよ。」
店主はニヤリと笑った。そして、真っ白な卵を手渡してきた。
「今日は特別にそれをあげるよ。持ってお行き。夜の卵さ。」
「夜の卵?」
「そう、願いをかなえてくれる卵さ。御代はいらないよ。ただし、タダとは言わないけどね?」
御代は要らないのにタダではないとはどういうことなのだろう。
優香は卵を受け取ると礼を言った。
「どう使うかはアンタしだいさ。」
そう言うとまた店主はニヤリと笑った。
卵なんかで願いが叶うはずないじゃない。
私はただもう生きる希望が持てない。
せめて願うなら、来世はみなみとずっと居られますように。
そう願いを込めて卵を胸に抱いた。
そして、公衆トイレのドア枠に縄を輪にして通し、首をかけ、椅子を蹴った。
すると卵が胸で割れ、中から闇が渦巻いて優香を飲み込んでいった。
********
あたたかい。あたたかいね。
そうだね。
やっとふたり、ひとつになれた。
うん。
私ね、ずっとみなみとこうして一つになりたかったの。
女の子と女の子が一つになんてなれないのに、ずっと夢みてた。
気付かなくて、ごめんね。優香。
ううん、私、願いがかなって、幸せだよ。
だって、こうしてみなみと一つになれたんだもの。
********
「お兄さんは、この店が見えるんだね?」
冬馬は、露店の中で唯一薄暗い、真っ白な卵が所狭しと並んだ店先に立っていた。
一年前に優香とみなみが死んでからはしばらく落ち込んだが、ようやく立ち直ることが出来た。
三人でこの祭りに来たこともあったっけ。そう思い出に耽って歩いていてふと足を止めたのがこの店だ。
「お兄さんは、第四の色を見ることが出来る瞳を持ってると見受けた。」
その男なのか女なのか、若いのか老いてるのかわからない店主はニヤリと笑い不思議なことを言う。
「第四の色?」
「そうさ。この店は、人間の見ることのできる色、赤、青、黄色以外の色で出来ている。かく言う、アタシもね?」
冬馬がぼんやりとしていると、店主は卵を手渡してきた。その卵だけは、他の卵と違い、より白く輝いていた。
卵の中から、二つの色が透けて見える。黄身だろうか。あたたかく柔らかな光に魅了された。
「珍しいね。卵がアンタを呼んでいるみたいだ。夜の卵だよ。持ってお行き。」
「夜の卵?」
「そうさ。願いが叶う卵だよ。御代はいらないよ。ただし、タダではないけどね。」
店主は不気味に笑った。
「冬馬、私達とひとつになろう?」
卵が囁いたような気がした。
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【怖話】夜の卵 其の四 http://kowabana.jp/stories/26134 よもつひらさか著
作者よもつひらさか
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