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サークル(テーブル・マジック同好会)の後輩に、俺が「先生」と慕うイケメンがいる。
父親が有名なマジシャンで彼の腕も既にプロ級。実際にもうあちこちのクラブに呼ばれてかなりの額を稼いでいる。俺は一応先輩だが、生まれつき手先が不器用なのを自覚しているから、彼に対するジェラシーなんてものは微塵も無い。まあ、微塵も湧かないくらい差があるって事だ。
先生の得意分野は他にもあって、マジックの腕よりもその能力の方が俺をいたく刺激しているのだが、それについては後で話す。個人的に彼の事を『先生』と呼んでいるのは、実はその才能による所が大きいのである。
夏休みも終わりに近付き、ミンミン蝉の勢力が次第に衰えてきたある日、俺は新潟の実家から送られた“コシヒカリ”10kgをバイクに載せ先生のマンションに向かっていた。俺の方が遥かに貧乏だがそこは先輩、結構気を使っているのだ。
途中、目印のコンビニを曲がろうとした時、店の駐車場に一際目立つチャリを発見。先生いわく最高級ロードバイクらしいが興味無いからママチャリとの区別は見た目だけだ。
「よ、先生」
「先輩、早いっすね」
相変わらずのイケメンぶりに何時もの事ながら内心、負けた、と思う(嫉妬ではない…多分w)。
「あのう、公共の場で先生はちょっと…」
「わりぃわりぃ、つい癖で」
見ると先生、カゴにアルコール類を山積みしている。
「今夜はバーベキューっす。ワイン、ビール、焼酎飲み放題」
「マジか」
「昨日チップだけで三万入ったんで」
「三万!?」
「ホストクラブですよS区にある」
「わお!!じゃあ、遠慮しねえぞ。アイスも頼むわ。ついでにケーキと、プリンもな」
「どんだけJKなんすか…」
先生の部屋はいつ行ってもおそろしく整然としている。いわく「潔癖症がマジシャンの最低条件」らしい。
たらふく食って酔いが回った頃、夏休み直前に催された麻雀大会の話になった。その大会で先生は「麻雀なんかした事ない」と言いながら断トツの優勝だったのだ。
「何かいろいろ裏でやってたんだろうが全く見抜けなかった」
「視線ですよ重要なのは。リーチを掛けたら掛けた人間や宣言牌に目が行く。これはまあ当然ですが、大事なのは目の動きとは別に心の視線というものがあるって事です。誰かが「腹減った」と言えば目は動かさなくても心がその誰かに向く。同時に視線もそっちに飛ぶんです。すると視界に一瞬空白ができる。簡単に言えば注意力が散漫になるんですよ。そんな時です捨て牌取り放題なのは。捨て牌だけじゃない。前の山からも左右の山からもバンバン持って来て不要牌と入れ替えます」
「だろうと思って注意して見てたんだけどな」
「先輩は僕の真後ろにいて、僕の手が変わっていくのに全然気付かなかった。散漫過ぎますよ」
「…………」
「人間って、見てるようで見てなかったり、見てないようで実は見てたりする。ギャラリーの心の視線を自在に操れるようになれば、人の目を欺くのは意外と簡単なんです。これって、マジックの基本ですよね」
「心の視線ねえ…」
「先輩?」
「ん?」
「常に周囲の視線を意識してると…人間以外の視線にも敏感になるんですよ」
「待ってました~先生の怖い話」
「霊とは限りません。犬や猫だったり、烏だったり、物だったり、山だったり、いろいろですよ。植物の時もあります」
「植物!?」
「あ、先輩、ひとつ実験しましょう」
先生は立ち上がると奥の部屋に行き一冊のアルバムを持って来た。
「これ、僕の中学の卒業アルバムなんですが、ええとですね…」
「…………」
「クラスは違うんですけど、ああ、これこれ、三年四組。この中で視線を最も強く感じる生徒選んで貰えます?」
「え?勘でいいのか?」
「勿論です。ちなみに正解なんてありません。人それぞれの主観で変わるでしょうから」
先生はそう言うと立ち上がった。
「そろそろデザートの時間すね」
俺には霊感なんてものは無い。しかし、40以上はある顔写真の中で一人だけ目を引く女生徒がいた。見た目は極々普通。姓名もありきたりだ。写真写りも他と変わらない。特段目力があるとも思われない。それなのに何故かその生徒から目が離せない。
カップアイスを手に戻って来た先生は、俺の意見を聞きもせずに呟いた。
「彼女、卒業式の帰り、列車に飛び込んだんです」
「判ってたのか!?どれを選ぶのか…」
「佐伯春菜。虐めが原因だとの噂はありますが、真相は闇の中です」
「…………」
「どうぞ」
目の前に置かれたアイスだが、何かざわざわ寒気がして手を付ける気にならない。
「視線ってね、おかしいんですよ。その生徒にしたって別に撮影者を睨み付けてるわけじゃない。目の迫力だけを言うなら他にも候補者は沢山います」
「確かにな」
「ヒトラーの写真見て恐がる日本人、あまりいないんじゃないですかね。でも、ユダヤ人なら違う筈です。自分を見ている、と感じてしまうんですよどうしても」
「なるほど…」
「でもね先輩、その生徒は先輩とは縁もゆかりも無い。それなのに選んだ。不思議ですよね?」
「…………」
「答えは簡単、その生徒が先輩を見てるからですよ」
「やめてくれよ先生…気味の悪い」
「卒業式の日を敢えて選んで自殺した。言い換えれば卒業という行事は彼女にとって特別な儀式だった筈です。考えてみれば、卒業写真に彼女の思いが籠るのは当然なんですよ」
「この写真に魂が宿ってるって事?」
「先輩、これ、前にも言ったかも知れませんが…僕は親父を尊敬しています。マジシャンというよりはお笑い芸人に近い親父ですが、僕には到底敵わないキャラがある。あの路線で勝負してたら一生勝てません。だから僕は一心不乱に本格派を目指したんです。やっぱり負けたくないですからね」
「…………」
「そこで、まず指先の感覚を研ぎ澄ます訓練をとことんやったんです。シャーペンの芯、上から軽く触れただけで太さが判るようにするとか、水温を指先で当てるとか。方法は自分で考えました」
「スゲーな先生はやっぱ」
「でね、触れると判るんですよ。その生徒の写真だけ、温度が低いのが」
「マジ!?」
「それに、僅かですが風を感じます。洞窟とかで奥の方から吹いてくるような、じめっとした感じの…」
「こわ…」
「科学的に調べたら立証出来るんじゃないですかね。それくらい温度に差がある。風も。僕の錯覚なんかじゃないと思いますよ。最先端科学の研究チームに調査を依頼したいなあ…霊の存在が意外と簡単に解明される気もするんですけど」
「でもまあ、却下されるよな~普通…」
「先輩、おかしくないすか?ニュートリノが発見されてるってのに霊の存在は完全にスルーされてる。写真に写ったりするんだから分子レベルで調べたら一発だと思いますけどね。学部の選択ミスったかな(笑)」
「先生が世界的なマジシャンになったら、話聞いてくれる科学者が現れるかもよ?」
「ですね~じゃあ取り敢えずそれ目指しますか。先輩、アイスがシャーベットになってますけど」
俺が彼を「先生」と呼ぶ所以、それは異界の存在を彼独自の感覚で察知する能力が尋常じゃないからに他ならない。幽霊をはっきりとは見た事無いらしいから、単純に、霊感のある人間だとは言い切れない。だが妙に説得力がある。そんな所についつい尊敬の念を抱いてしまったのだ。
シャーベットを飲み干したら今度はケーキが食いたくなった。キッチンで後片付けをしている先生に声を掛けようとして、ふとテーブルに置かれたままのアルバムが目に入る。唐突に先生の言葉が蘇った。
「その生徒が先輩を見てるからですよ」
改めてゾッとする。という事はその写真、自殺した女生徒の幽霊その物って事じゃないのか!?酔いがさめてきた事もあるのだろうが、そう考えてしまうと、再度ページをめくって彼女の写真を見るなんて恐ろしくて到底出来ない。さっきのヒトラーの話じゃないが、先入観で、同じ写真でも印象が変わるのだとつくづく思う。
先生は恐くないのだろうか!?その生徒は列車に飛び込んでバラバラになっているのだ。顔写真に視線を感じた時点で俺なら捨てる。とてもじゃないが傍に置いたまま生活なんか出来ない。
「先輩、10時のおやつですよ」
見ると、ケーキとコーヒーを盆に乗せて先生が笑っている。たまに、先生は心が読めるんじゃなかろうか?と感じる瞬間がある。確認はしてないが。
「あのな、先生…そのアルバム、どっかやってくんねえ?…ケーキが不味くなる」
「あ、先輩、もしかしてビビってます?」
「先生が恐がらせるからだろうが…」
「大丈夫ですよ。まだ気付かれてませんから」
「はあ!?だってよ、俺を見てるって言ったじゃん」
「間違いなく視界には入ってますね。でも、電車の窓から外の景色眺めてて、遠くでトンビが飛んでたって気付かないでしょ?先輩はまだ、そのトンビに過ぎないすから」
「…………」
「でもね、そのトンビが妙な動きをしたら、気付くかも知れません」
「どゆこと?」
「ん~例えばですねえ、彼女を罵りながら写真をアイスピックで突き刺すとか、試しにやってみます?」
俺は当然断わった。
「先生はどうなんだ?気付かれてんのか?」
「多分、いや、確実に」
「マジか…」
「当時は僕も中学卒業したばっかですから、ショックは大きかったですよ。同じクラスにはなってなくても廊下ですれ違ったりして顔は知ってましたから…」
「先生イケメンだから目立つしな」
「残念ながら今も昔も全然モテませんけどね」
「だろうな(笑)、実際はそうでもないけど、見た目いかにも神経質そうだもんな」
「正直、興味も無かったんです。マジックのネタ集めに忙しくて。今考えると、異性に関心を持ったのはあの事件が初めてのような気もします」
「…………」
「小学校は違ったんですけど隣町の娘ですから…彼女にしてあげる事が何か無いか、やっぱり考えるんですよ。で、取り敢えず花でも、と。家の玄関の花瓶から一輪くすねて踏切に持って行くわけです。警報器の下にはいつも新しい花が供えられてて、そこに置いて手を合わせる。それを何回か繰り返した時でした。ふと視線を感じたんですよ。不思議と恐くはなかったなあ…」
「へえ~先生の意外な一面発見ってとこだな」
「それまでオカルトとかあまり信じてなかった僕が、ああ、霊の世界って本当にあるんだと妙に納得しましたね。それからですよ。周りの視線を気にし始めたのは」
「何で死んじゃったのかは結局分からんの?」
「遺書は無かったみたいで噂だけです。でも、個人的には虐めが原因だとは思えないんですよ。恨んでるって感じはないんで」
「それ聞いて何か安心した」
「アルバムの写真に視線感じたの、実はつい最近なんですよ。先週帰省した時に久しぶりに開いて」
そこまで話すと先生、何を思ったのかいきなり立ち上がった。
「今、思い付いたんですが、僕の言った事証明出来るかも知れません」
「言った事?」
「風ですよ。ちょっと待ってて下さい」
「…………」
「エアコン切りますね」
先生がケーキ用の蝋燭を手にしているのを見て、俺は納得すると同時に戸惑った。興味はあったが、深入りはしたくない。オカルトへの傾倒は、あくまでも距離を置いて楽しむのが前提で、信憑性は必ずしも重要じゃなかったからだ。
それにもし、無風の状態で蝋燭の火がユラユラ揺れたりしたら自分の中で何かが変わってしまうという妙な危惧があった。
「あ…」
「どした!?」
「やっぱり、やめときましょう。第一失礼だし…」
「だよな…俺もヤバい気がする」
内心ホッとする。
「動機が何にしろ、列車に飛び込むって、よっぽどだからな…」
「ですよね…先輩、何か感じません?」
「え!?またまた~ったく、性格直した方がいいぜ」
「ならいいんです。近い内に、一緒に花、手向けに行きません?」
先生には、断われない雰囲気が漂っていた。
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作者オイキタロウ