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「VR?」
俺が間の抜けた声を出すと、友人Mは「知らねーのか、やれやれ」と大袈裟なジェスチャーで応えた。
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「要はヴァーチャル・リアリティだよ。
最近、VRゲームが熱いんだよ。
こう、頭にヘッドマウントディスプレーを被るとさ、目の前にCGの世界が360度広がって見えるわけ。
顔の向きによって見える景色が変わって、けっこうマジで別世界って感じだぜ?」
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Mは先週末、秋葉原のPCショップで店頭ディスプレイの機体を試したらしく、興奮気味に講釈を垂れる。
要するに、俺にもそれを体験させたいようだ。
暇な大学生で、ちょうど午後の講義もなかった俺は、Mとともにその日、秋葉原に向かうことにした。
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駅に着き、大通りを進んでから1本裏の道に入ると、PCグッズショップやら、同人誌や同人ゲームなんかを扱ったオタク向けショップやら、様々な店が軒を連ねていた。
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平日の午後だというのに、そこそこの人通りだ。
普段こういうところに来ない俺は、物珍しさもあって、ついキョロキョロしてしまい、先を歩くMに遅れをとってしまう。
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「おい、遅せーよ!こっちだこっち」
MがPCショップの前で、俺を呼ぶ。
その店はそれほど広くはないが、内装が黒一色で統一されており、最新型のPCが整然と並べられた、洒落た感じの店舗だった。
問題のVR機は、入り口の一番手前に置いてあった。
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「ほれ、これを着けるんだよ」
マネキンの頭が被っていた、ヘッドマウントディスプレーとヘッドフォンを外して、Mがこちらに差し出す。
ディスプレーの方は、手に持つと思ったより重量感があった。
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「本体はこのPCだ。いくつかVRゲームのデモ映像が入ってるから、とにかくお前はそれを被れ」
Mはニヤニヤしながら言った。
言われた通りに装着する。
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「お、お!?」
いきなり映像が始まっていた。
それはジェットコースターの映像だった。
目の前をレールがうねうねと曲がりくねって伸びており、その上を自分が乗り込んだコースターが、すごいスピードで進んでいる。
ヘッドフォンからはゴーという走行音と、風を切る音。
俺自身は止まっているのに、視界だけは猛スピードで走るコースターの上だ。そのギャップに、思わずふらついてしまう。
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一度落ち着いてから、ゆっくり視界を巡らす。
コースターは今、狭く暗い洞窟の中を疾走しており、石造りの壁や天井が、ライトに照らし出されている。
顔の向きによって、きちんと景色が変わる。
面白い。
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やがて洞窟を抜け、広々とした神殿の内部のような場所に出た。
空中をレールが伸びており、足下を覗くととんでもない高さだ。
内臓がスッカリ空になってしまったかのような、心もとなさ。
本物の俺の足は、ちゃんと床を踏みしめていると言うのに。
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ヘッドフォンの向こうから、Mの声が聞こえる。
「どうだ?すげーだろ?そろそろ別のに切り替えるぞ?」
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その後に続いた映像も、どれもすごかった。
レーシング、
ジャングル探検、
和室で美少女に膝枕される、なんて映像もあった。
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「はー、すげえもんだな」
「だろ?じゃあ、次、これな」
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映像が切り替わり、画面が暗くなる。
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薄暗闇。
そこに浮かび上がったのは、廃墟となった洋館の、真っ直ぐに伸びる長い廊下だった。
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右手には、剥がれかけの壁紙。等間隔で連なったドア。
足下には、埃まみれで、瓦礫や蟲の死骸が転がった床。
左手には、ガラスの割れた窓。その外には鬱蒼とした黒い森が広がっている。
館に吹き込む風が、亡者のうめき声のように、高く、低く、断続的に響く。
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なるほど、ホラーゲームか。
確かに、このジャンルも、VRで作れば面白いゲームができそうだ。
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俺が感心していると、右手の、ずっと奥のドアがゆっくりと開いた。
なにかがその中から出てくる。
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それは床をズルズルと這う、女の上半身だった。
腕の力で重そうに身体を引きずったかと思うと、陸に打ち上げられた魚のように、ビチビチと上半身全体で床を跳ねた。
気持ち悪い。
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上半身がドアから覗いた位置で、女は暫く止まったかと思うと、奥からヌルリと蛇のように長い胴体が現れた。
女はまさに蛇のように胴をくねらして、距離を一気に縮めて来た。
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女の顔が目前に迫る。
なんだこいつ、顔中、口しかないじゃないか。
女の真っ赤な口が視界を埋めつくし、
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………
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………
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………
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「――おい、おいって」
声が聞こえる。
目の前にMがいた。
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「ゲームの体験版でなにマジでビビってんだよ」
俺の顔をニヤニヤ笑っている。
「え?俺、一瞬意識飛んでた?」
ふらつく頭で視界を巡らせば、Mだけではなく、店員も、店内の客も俺の周りを取り囲んでいる。
けっこう大事になってる?
マジか、恥ずかしい!
いくらVRのホラー映像が迫力があったとしても、作り物の映像に失神してしまうとは。
恥ずかしさから、思わず顔を伏せてしまう。
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「まさか大学生にもなって、ゲームで失神とかなぁ」
Mの声がする。
自分が、耳まで真っ赤になっているのがわかる。
「俺はよう、恥ずかしいぜ?友達としてだな――」
死者に鞭打つようなMの言葉に、徐々に怒りがこみ上げてきた。
だいたい、Mが俺をこんなところに連れて来なければ、俺はこんな大勢の前で、恥をかかずにすんだのに。
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「なあ、お前は昔から度胸が――、」
「おい!テメェ、いい加減にしろよ!」
堪忍袋の緒が切れて、勢いよく顔を上げる。
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Mをはじめ、大勢が俺を見ていた。
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ただ、その顔は皆一様に、ジャガイモのようにボコボコしており、凹凸に埋もれて目も鼻もない。
ただ、人をあざける真っ赤な口だけが付いていて、俺を、
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アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
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………
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「おい、いつまで被ってんだよ。もう終わったぞ」
視界が暗い。
Mの声がした。
頭に手を当てると、ヘッドフォンとヘッドマウンテンディスプレーが装着されている。
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俺はゆるゆるとそれを外す。
目の前に、Mが立っている。
先ほどまでの店内。
特段、店員や他の客が、俺の周りに集まっていたりはしていなかった。
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Mはポリポリと頭を掻きながら、
「悪かったな。お前にはVRは合わなかったみたいだな」
そう言って、いつも通りの表情で笑った。
作者綿貫一
こんな噺を。
先週、やってきました。