俺が二台目の母さんを破壊したあと、家族は、家を捨て逃げた。
この地域は危険だ。
母と家族の思い出が残るこの家を捨てるのは、悲しかった。
だが、感傷に耽っている場合ではない。
俺達は生きなければならないのだ。
父は長年勤めた会社を辞め、田舎に帰って実家の農業を継いだ。
元々は、よく実家の家業を手伝っていた父だから、すぐに農業に馴染んだ。
俺と妹、弟は転校を余儀なくされたが、皆それぞれ、学校では上手くやっているようだ。
ただ、いくら電脳ゾンビとはいえ、母さんを破壊した時のトラウマはある程度あるようで、特に末っ子の和真は時々、夜中に泣き叫んでは、寝ぼけることもあった。それは、仕方ないことだ。和真はまだ小学5年生なのだから。
国が秘密裏に人口調整のために開発している、電脳ゾンビ。
それはまだまだ不完全なものであるがゆえ、人格チップの形成はお粗末なものであった。
国の財政は、国民の平均寿命の延長、出生率の低さにより、逼迫していた。
増えすぎた人口を調整するために、殺人マシンとして、秘密裏に電脳ゾンビなるものを開発していた。
不可解な殺人事件、そして、失踪。電脳ゾンビは、暴走を止められない粗悪品だった。
年長者も、若者も、お構いなしに殺戮を繰り返すので、問題の解決にはまったくならなかったのである。
国策の失敗。
そうだ。お粗末だから、壊した。
俺達のように、完璧では無い、ただの電脳ゾンビ。
俺達は特別な存在だから、生き続けなければならないのだ。
こうして、俺が十回目の、高校二年生、美波は十回目の、中学二年生、和真も十回目の小学五年生、そして父は十回目の四十五歳を迎えた。
俺達は、国の息のかかった、お粗末な研究所で作られた電脳ゾンビとはワケが違う。
俺達は、某国に旅行中に、母以外はテロリストによって、命を奪われた。奇跡的に、遺体はあまり損傷しておらず、すぐに俺達の脳は冷凍保存され、持ち主の人格チップを接続し、人工肉体に移植された。
もちろん、家族は自分達がテロにあって死亡した記憶は消されているが、俺の記憶の消去はどうやら完全ではなかったらしく、俺だけが真実を知っている。だが、俺は家族のため、そして自分の身の保身のため、記憶が残っていることを黙っていた。俺達は、時間の概念を奪われている。
だから、永遠に同じ年であっても違和感を持たないようにプログラムされている。学校も皆同じ境遇のAIによる不老不死の措置を施された人間が集まっており、こちらも、わが国には秘密裏に某国により運営されている研究施設内にある。
すなわち、俺達家族は、作り物である。家族ごっこを完全にこなしていた時に、母の突然の病死。母の体は、無惨にも、あの粗悪な電脳ゾンビに改造されてしまった。母を研究施設内の病院へ入れなかったことへの後悔ばかりが押し寄せた。
母は、ニセモノの家族でも幸せであったのだろうか。
これは、俺が、一生自分の中だけにしまっておく真実だ。
人間であれば、墓場まで持っていく、ということになるのだろうが、俺は死なない。破壊されない限りは。
作者よもつひらさか
あれの続きです。「張り詰める食卓」