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いらっしゃいませ おでん屋でございます。
大根、牛すじ、ちくわにはんぺん...各60円で販売しております。
60円がないお客様には特別に、おでん1つにつき怖い話1つで販売しております。
今日は話したくて仕方が無い小杉さんのお話です。
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私が幼稚園児くらいの頃、曾祖母のお葬式で田舎に行った時の話なんだけどね...
曾祖母の家は自然に囲まれてるって言えば聞こえはいいけど、正確には人が住めるの?っていうくらいの山の中にあるの。
大人達はお葬式の準備や挨拶なんかで忙しくて私はすごく退屈していて、近くの小川や草むらを探検することにしたの。
家からさほど離れていない草むらで、可愛い花やドングリを拾っているとリスが現れたの。
絵本でしか見た事がなかったからすごく嬉しくて、リスを追いかけて森の方へ走っていったの。
森へ入って少しするとリスを見失ってしまって一人ぼっちになった。
まだ昼間とはいえ森の中は薄暗くてすごく静かで、当時の私にはとても恐ろしく感じたわ。
夢中で追いかけていたから帰り道も分からなくて、ひたすら辺りをうろうろしていたの。
そうしたらどこかから「カクレンボ カクレンボ」って聞こえてきたの。
もちろんそんな得体の知れない声とかくれんぼする気なんてなかったわ。
声を無視して帰り道を探してた。
それから何分経ったのか、未だ森を抜けられないでいると
さっきと同じ声で「ミツカッチャッタ」って聞こえたの。
帰り道がわからないことと得体の知れない者の存在に、私はその場で立ちすくんで泣いてしまったの。
「ナカナイデ ナカナイデ」
そんな言葉と共に目の前に黒いナニカが現れた。
大きな頭部に寸胴な身体。短い足と細い指。
全身にモコモコとなにかがくっついているようなそいつは、私と遊びたいようだった。
「カクレンボ シヨウ」
私はこんなのとかくれんぼなんてしたくない。
すぐにでも逃げ出したかったけれど、恐怖で足は動かないままだった。
「カクレテ」「サガス」
どうやら私が隠れる側のようで、そいつはくるりと後ろを向いて数を数え始めたの。
目をそらされたことで少し緊張が解けたのか、体を動かせるようになった私は今の内に逃げようと全速力で駆け出した。
方向なんてわからないけど、とにかくあいつから逃げられればそれで良かったの。
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走り疲れて立ち止まった。
気が付けば辺りは更に暗くなり、再び不安がこみ上げてきた。小さな私は泣くしかなかった。
泣いたところで誰も助けになんて来られないのだけど、それでもお父さんやお母さんが来てくれると信じていたの。
数分後、「ミツケタ」そう言って私を迎えに来たのは、父でも母でもなく真っ黒いあいつだった。
もう助からない、こいつに食べられて死ぬんだって思った。
でもそいつは泣きわめく私に小指をぐいっと近付けて、
「ナカナイデ ヤクソク」と野太い声で優しく言ったの。
頭をカクカクと動かし、困ったような素振りを見せるそいつに、私は思わず笑ってしまった。
そしてそいつと指切りをしたの。
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もう泣かないっていう、約束。
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1人でいるのとそいつと2人でいるの、どちらが怖いのか分からなくなるくらい時間が経ち、森は暗くなった。
おかげで真っ黒いそいつは少し見えにくくなった。
「ドングリ ドングリ」
そいつがそう言うので、持っていたドングリを全て渡した。
優しさなんかじゃない。単にそいつが怖かったから。
一瞬笑えてしまったとはいえ、怖い事には変わりはない。
逃げられないのなら、せめて明るくなるまでこいつの機嫌を損ねないようにしようと思ったの。
「スナ クズス」
そいつがそう言えば砂で山を作って頂上に木の枝をさして、順番に崩して遊んだし
「イシ ツム」
と言えば、石を交互に積んで倒れたら負けという遊びをした。
遊んだと言っても、やはり怖くて楽しめない。
幼いながらに接待のように、わざと負けていた。
眠くなっても必死で目を開いてそいつと遊び続けた。
「タノシイ タノシイ」
そいつは上機嫌な様で、特になにかされるってことはなかった。
何時間も遊び続けていると、だんだん辺りが明るくなってきた。
するといきなりそいつは遊びをやめて、私の顔をぐぐっとのぞき込んだ。
そしてしばらく黙り、「ミサヨ アッチ」と言って左の獣道を指さした。
私はミサヨさんではないけれど、帰り道を教えてくれているのだと分かり、
初めてそいつにお礼を言って全速力で獣道を走った。
得体の知れない者から開放されることと、きっと帰れるであろうことが嬉しくて私はまた泣いていた。
「ヤクソク」
後ろから小さく聞こえたその声で、泣いたら針1000本飲まされると思った私はぐっと涙をこらえて走ったの。
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しばらく走ると遠くにお父さんやお母さん、親戚の人達が見えたの。
あっちも私に気付いたようで、目が合うと急いで走ってきてくれた。
私もお父さんも泣きながら抱きしめあって、抱っこされたまま皆で曾祖母の家に戻った。
沢山心配されて、少し怒られた。
私のせいで遅れた葬儀も無事終わり、皆にさよならを言って神奈川の自宅へと帰った。
それから20年以上経つけど、あの黒いやつにはあれっきり会ってないの。
泣いても声も聞こえないしね。
大人になって分かった事は、私の曾祖母が美沙代さんって名前だったことくらいかなぁ。
曾祖母が生きてる内に会ってたら正体聞けたかもね。
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そう話終えると、小杉さんはウィンナー巻きを食べて帰っていきました。
作者おでん屋
指切りげんまんって今考えると気軽にできるような内容の言葉じゃないですね。