【保管スル】
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ーそこの僕。
そう、君だよ。
僕にいいものをあげるよ。これはね、ただの卵ではないんだよ。
願いを叶えてくれる卵さ。 夜の卵だよ。-
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僕は、いま、今にも倒れそうなアユの震える肩を抱いている。
彼女の目からは、永遠に止まらないのではないかと思うほどの涙があとからあとから零れている。
「どうして!どうして!タクヤ!タクヤ~~~!」
タクヤの遺体は惨い状態だった。婚約者のアユにとっては残酷すぎる仕打ちだ。
不幸な事故だった。普段そんなに飲まないタクヤだったが、アユとの結婚も間近で嬉しかったのかもしれない。
酒気帯び運転による、ハンドル操作ミス。ゆるやかな海辺のカーブのガードレールを突き破って、車は大破し、即死状態。
「アユ・・・。」
僕はかける言葉すら見つからず、アユが倒れないように支えるのが精いっぱいだった。
僕とタクヤ、アユは幼馴染だった。幼いころから、よく三人でつるんで遊んだ。男女の友情など、中学生ともなれば、自然になくなるものだけど、僕ら三人のそれは、中学になっても変わらなかった。
変わったのは、高校生になってからだ。僕はT大学への進学率が高い私立高校へ入学し、アユとタクヤは、地元の普通高に進学。それから、アユとタクヤ、二人は付き合うようになったようだ。お互いがそれぞれ、違う大学に進学したが、それでもまだ二人はずっと変わらず付き合い、ついにゴールイン。来月挙式予定だったのだ。
事故当日、僕とアユはなじみの喫茶店に居た。僕らは、結婚前にタクヤを喜ばせるためのサプライズを考えるために、いろいろ計画を練っていた。ちょうどそのときに彼女の携帯に、タクヤの事故を知らせる電話が入ったのだ。
「ありえない。絶対おかしい。」
アユの唇はわなわなと震えている。
「え?何が?」
僕はアユを支えながらたずねた。
「タクヤが飲酒運転なんてありえない。飲んだら絶対に乗らないはずよ。」
彼女は固くこぶしを握り締めた。
タクヤは慎重な男だった。でも、気持ちが緩んでしまったのかもしれない。
「私、絶対につきとめる。タクヤをこんな姿にしたやつを。」
アユの目は怒りに燃えていた。
警察の捜査では、やはり酒気帯び運転の事故として片づけられた。
遺体と車の損傷は激しかったが、タクヤの体からは基準値を大幅に上回るアルコールが検出されたのだ。
葬儀がとり行われ、初七日までは、まるで抜け殻だったアユが突然動き始めた。
アユは、タクヤの死因に納得していなかった。アユの両親も同じだった。アユと両親は、独自に捜査を始めた。
それがアユが生きる原動力になればいいと思った。僕の一番の気がかりは、アユがタクヤを追って自殺することだったから。
僕にとってもアユは特別だった。
僕の母は、僕が小学1年生の時に死んだ。母は再婚だったため、母の連れ子だった僕は、血のつながらない父の庇護を受けるしかなかったのだ。父親は医師だったので、経済的には恵まれていた。僕は、経済的には何不自由なく育てられ、十分な教育を受けることはできた。
母の死だけでも、ショックだった僕は、それからの地獄をまだ知らなかった。僕はまるで女の子のような容姿だったので、よく女の子に間違われた。僕は、この容姿が恨めしく思うのは母の死後からだった。最初は、父親の自分にしてくる行為の意味がわからず戸惑った。血のつながらない父親の手によって、いろんな辱めを受けたのだ。徐々にそれが、性的虐待であることを理解できるようになった。
一度、それをクラスメイトに目撃されてしまい、そこからはまた違う地獄が待ち受けていた。友人からのからかい、大人からの同情という名の興味の目にさらされた。死にたいと何度も思った。僕はクラスでどんどん孤立して行った。だが、今までと変わりなく接してくれたのは、アユだけだった。
小学三年の時に、タクヤが転校してきた。タクヤは、誰とでもすぐに仲良くなり、悪意のあるやつに僕のことを吹き込まれても、僕に話しかけてきてくれた。それどころか、タクヤは悪意を向けるやつには徹底抗戦して、僕をかばってくれた。僕らの友情は、永遠に続くと思っていたのに。
「ケント、やっぱりタクヤは、誰かと一緒だったのよ。」
ある日、アユが僕を呼び出して、アユの両親が地道に聞き込みをして、とうとう情報を得たようだ。
「あの日、タクヤは誰かと飲んでいたの。どうやら男と一緒だったみたい。その時、一緒の店に居た人たちが、自分たちの写真を撮って、タクヤがそれに映り込んでたらしいの。今、それを画像解析してもらってる。もうすぐ、真実が明らかになるわ。」
僕はその夜、引き出しからあるものを取り出していた。
あの店の店主は、嘘つきだ。僕は、この卵を十年も保管していたというのに、願いはちっとも叶わない。
僕の願いはただ、一つ。
「アユが僕のものになりますように」
僕は十年間、この卵にずっと祈り続けていた。
僕を真っ黒な感情が満たす。
父親の虐待は、僕に甚大な障害を与えた。体だけではなく、心も傷つき壊れた。僕には人格が二つできた。父親の虐待におびえる僕と、冷酷で残忍な僕。最初は二重人格だった。だが、それは思わぬ副産物を伴った。どうやら僕は生霊を飛ばせるらしい。時々、僕をいろんなところで見たと言われ、不思議に思っていたのだ。
本屋で見た。駅前に居た。学校を病気で休んで居る時も、学校には出席していたり。そこで、僕は意識して、自分をその場所にイメージすると、そこに生霊が飛んで行くことに気づいたのだ。そんな能力は、なんの役にたつというのだろうと、思っていたが、この能力を使う時がきたのだ。
アユがタクヤのものになるなんて、絶対に許さない。
僕はあの日、タクヤを誘った。正確に言えば、僕の生霊が誘ったのだ。タクヤに、結婚前に、アユにサプライズをしようと持ち掛けて、居酒屋に誘った。珍しくタクヤは酒が進んだ。よほど婚約がうれしかったのだろう。僕にとってはそれが好都合となったわけだ。酔いつぶれてとても運転できる状態ではないタクヤは、運転手だからと飲まなかった僕を信じ切って、車の中で寝てしまった。僕は、海辺のゆるやかなカーブに差し掛かると、アクセルを踏み込んだ。そして、ガードレールにまっすぐに突っ込む。今でも、驚愕の表情で僕を見たタクヤの顔がスローモーションで再生される。
これで、アユは僕のものになる。そう思っていた。
居酒屋の写真の解像度をあげれば、タクヤと会っていたのが僕だということがバレるだろう。
僕は、深夜、灯油タンクを自分の車のトランクに乗せ、家を出た。そして、その灯油をアユの家の裏手にまくと火を放った。あっという間に火は家の一階部分を包んだ。アユは二階の自室に寝ているはずだ。
火の手はあっという間に二階にまで及んだ。けたたましいサイレンの音。僕は、アユの自室のそばの電柱を登り始めた。アユ、君だけはきっと助ける。
アユは窓から、必死に助けを求めていた。
僕は決死の思いで、アユの部屋の窓の下の軒に飛び移った。
「アユ、早く!僕の手につかまって!」
「ケント!」
必死に手を伸ばすアユ。
でも、君は、まだ、タクヤが好きなんだろう?
冷酷な僕が顔を出す。
そして、アユを引き寄せると、僕の足はアユの足に倒れるてくるように燃え盛る柱を蹴った。
「ぎゃああああああ!」
アユが絶叫した。
僕はアユを抱きしめると、屋根をけり、地上へと飛び降りた。
アユの体をかばったので、たぶんあばらが折れただろう。
「早く!アユを、病院へ!」
そう叫ぶと、救急隊員は、急いでアユをタンカに乗せて、救急車へと運んだ。
アユは助かるだろう。両親はダメだろうけどね。
僕の生霊が寝てる間に息の根を止めてたから。
アユは僕の思惑通り、命は助かったが、車いすでの生活を余儀なくされた。
むろん、タクヤを僕が殺したことも、誰も知らない。
アユ、君は、もう僕無しでは生きられないんだよ。
大事にする。君は僕のもの。
アユは抜け殻の人形のようになったけど、僕はアユがどんなになろうとも、永遠に愛することができる。
車いすを押して、僕らは、思い出の河原の散策路を散歩している。
「アユ、僕は、君がいれば、何もいらない。」
僕がアユに語り掛けると、アユは焦点の定まらない目で僕を見てにっこりとほほ笑んで言った。
「うん、タクヤ、私もだよ。」
どうして。
どうして、僕じゃだめなんだ。
高架橋の下まで、車いすをついて行き、僕はアユの胸にナイフを突き立てた。
アユは驚愕の表情で僕を見た。
そのナイフを引き抜くと、僕は、自分の腹に突き立てる。
そして、震える手で携帯を出して、ある番号に電話をかけた。
「ああ、父さんかい。僕だよ。今、人を殺した。迎えに来てほしいんだ。」
すぐに父親がかけつけて救急車を呼ぼうとしたが止めた。
「父さん、この娘の肝臓を僕に移植してほしいんだ。僕は、いま、的確に自分の肝臓を貫いた。人に見られないうちに、早く車に乗せてくれ。さもないと、父さんも人生を棒に振ることになるよ。」
僕の言わんとすることはすべて理解したようで、父は黙って、僕らを車に乗せ、自らの病院で自分の手で、僕に彼女の肝臓を移植した。
僕は病院の個室で目を覚ました。
もうこれで、完全にアユは僕のもの。
僕と君は、一つになれたんだ。
「そうかな。」
いつの間にか、僕の病室の椅子に見知らぬ少年が腰かけていた。
長身で痩身、黒髪に長く切れ上がった目には漆黒の瞳。
「だれ?」
僕が訪ねると、その少年は立ち上がった。
「アンタみたいなクズに名乗る名前はないね。」
そう言うと冷ややかにほほ笑んだ。
クズか。
「僕はこの世で一番アユを愛していたんだよ。」
僕がそういうと、少年は僕を見下ろして言った。
「違うね。アンタが一番愛しているのは自分さ。」
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少年の背中から漆黒の濡れ羽がバサリと広がる。
死神か。
「黄泉先案内人さ。」
そう答えた。
そうか、僕は死ぬのだな。
アユを体に宿して死ぬのもいいかも。
少年は、黙って僕の体をさわると、お腹のあたりで手を止め、一気に腹を突き破って背中に腕を貫通させて、肝臓を引き抜いた。
「悪いが、そうはいかないんだ。こっちの仏さんも、案内しなくちゃなんないからね。」
僕らは、永遠に一緒にはなれない運命なんだね。
手には10年前に夜店で買った、白い卵が握られていた。
あの卵屋め。僕を騙したな。
僕は手の中で、ゆっくりと卵を握りつぶした。
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いらっしゃい。よくこの店にたどり着いたね。
今日は特別な卵を用意してあるんだよ。
今朝生まれたばかりさ。
なんせ10年物だからね。
作者よもつひらさか
今更ながら、怪談師様、アワード受賞、おめでとうございます。