午後の陽気に眠気を誘われつつ、自室にて読書を楽しんでいた。
気を抜けば眠ってしまいそうだ、だがそれも悪くない。
昼寝でもしようかとパタン、と本を閉じると同時、バタン!と大きな音を立てて玄関が開いた。
「あーもう!むかつく!なんなのホント!禿げろ!禿げろ!」
人の部屋に入ってくるなり憤慨し出したコイツは倉科と言う、ウチで雇って居るバイトだ。
否、部屋に来る前から憤慨していたのか。
「大体さぁ!そんな事言ってるといつか大変な事になっても私知らないよ!店長もそう思いますよね?」
なんなんだコイツは、何に怒っているのかも解らないのにいきなり同意も求められても困るのだが。
頭に花でも咲き誇っているのだろうか。
「舐めてると痛い目に遭うんだからね!遭っちゃえ!」
お前も大概俺の事を舐めているだろう。
「あ、倉科です、お邪魔してます。」
我に返ったのかようやくまともな挨拶が飛んでくる。
「おう、邪魔されてるぞ。それで?人の休日をぶち壊しておいて何の用だ?」
それはそれはさぞ有意義な話題を持ってきてくれたのだろう。
叩き返してやってもいいのだが、生憎と眠気は吹き飛んでしまった。
それに、コイツのつまらん話も暇つぶしにはなる。
あぁ、矛盾しているようで腹立たしいが、コイツと話している時間はそれなりに楽しい、不本意ではあるが。
それで、倉科の話を簡単に纏めるとだ。
この春、倉科の所属するオカルトサークルに新入生が入ってきた。
それ自体は良い事ではあるのだが、問題はその中の1人である。
こういった集まりが出来れば常に湧いて出て来るタイプのヤツ。
そう『自称視える人』である。
新歓も兼ねてスポットに行った時なんかは、何もない所を指さして、あそこはうんたら、そこになんたら。
と、言う事らしい。なんともまぁけったいな奴である。
「怖い物知らずなヤツだな。」
倉科が怒るのも無理はないのだろう。
「そうなんですよ!しかもそれでサークル内で結構人気者になってるのがもう!」
コイツの怒りは当分静まりそうにない。
この日は倉科の愚痴を聞くのに大半を費やしたのだった---
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そんな倉科の怒りの日から数日後。
何故か、そう、何故か!
俺は件の人気者の高城君を助手席に、後部座席に倉科、そして同じく新入生で美人ちゃんの三井さんを乗せ、車を走らせていた。
実はこの野郎、おっと失礼、高城君はかなり整った顔立ちをしており・・・あぁ、イケメンなんだよムカツク。
言ってしまえばプレイボーイなのだろう、綺麗所の女子を誘って心霊スポットに行こう、と言い出したらしい。
そこに何故か俺が倉科から誘われて参加しているのである。
倉科なりに高城君に痛い目を見て欲しいのだろうか?保険として俺が呼ばれたのでは?と思うのだが。
単純に足に使われているだけな気もするのが否めない。
高城君の地元にあると言う廃アパートに向けて車を走らせているのだが。
いやはや倉科の言う通り、この男中々に滅茶苦茶なヤツである。
「そこの交差点、男の霊が出るんだぜ」等と宣っておられる。
ちなみに指射した先には男の霊など居ない、居るのは片腕がない不気味な女だ。
「深夜交差点通ると男の霊がフロントガラスに!」
出ないから、お前が指射したせいで助手席のサイドウインドゥに女が張り付いているだけだ。
そんな高城君の与太話に三井さんはしっかりと反応している。可愛い。
「まぁ今日はいないから大丈夫っしょ!」
大丈夫じゃねぇよ、窓越しにガン見されてるぞ。
本当に痛い目に遭った方がいいのではないだろうか?
俺も苛々してるのか、アクセルを踏む足が少し強くなった気がした---
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それからしばらく高城君の案内の元、車を走らせていたのだが。
あ、ちなみに女の霊は無視してたらどこかに消えた。
「そこの交差点を右折すれば左手に見えるっす!」
そんな声で、ようやくコイツの相手しながらの運転も終わりか。
等と、緩んだ俺の気持ちは、されど一瞬にして引き締められた。
嗚呼、此処はやばい、否、此処ではない、厳密に言えばこのアパートの1室が。
アパートの南側から向かっている俺達、2階建て、ベランダが3つある事から両階共3部屋なのだろうが。
その中の1つ、2階のこちらから見て1番右側の部屋が真っ黒なのだ。
時刻は夜なのだから暗いのは当然なのだが、そうでは無い。
その部屋が、否、その空間そのものをまるでペイントで塗りつぶしたかのように黒く潰されている。
夜の闇よりも更に深い漆黒。
言い得て妙だがブラックホールの様だ、と思えてしまうようなそれは文字通り吸い込まれたら出ては来れないだろう、そう思わせる程には強烈なモノだった。
「ちょっと、店長アレやばいですよ。」
倉科も同じ思いなのだろう、後ろの席から声をかけてくる。
「やばいのわかります?いやぁまじでやばいんっすよココ!」
そう言って彼が指射すのは1階の左端の部屋、相も変わらず適当である。
「見て行くのはあそこだけでいいのか?」
「そうっすね!あそこ以外は何も無いんで!」
それならば大丈夫だろう。もし2階も無駄に探索するようであれば無理にでも引き返す所だが。
もう使われていないアパートの駐車場に車を停め、俺達は探索へと向かう。
彼が言うその部屋、103号室であるが。
まぁ、案の定なにもない、家具類もなければ変なモノも存在していないが。
痴情の縺れで女性が殺され、その無念が~等と話している。
三井さんはその話を聞いて結構ビビっているのだが。
倉科を見れば完全なジト目である。
「何にもないな?」
早く切り上げたくてそんな事を口にする。
「そうっすねぇ、残念っす。」
「時間も時間だし、解散するか。」
ここは大丈夫だとしても、2階にあんな所があるのだ、長居はしたくない。
俺の提案が通り、結局この日は解散。
倉科と俺は車で、高城君は三井さんを送る事に。
まぁ、お持ち帰りコースだろう、これが目的だったのだろうな。
そんな下衆の勘繰りをしながら、俺達は来た道を引き返すのだった---
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「ね?ムカツクでしょ?」
行きとは違い、助手席に乗った倉科が声をかけてくる。
「まぁ、こんな事やってりゃいつか痛い目に遭うんじゃねぇかな?」
正直舐め過ぎだとは思うのだが、その来るべき時に誰かを巻き込むんじゃないかと不安でならない。
「大体みっちゃんもあんな男のどこが!」
みっちゃんとは三井さんの事である。
「まぁ見てくれは良かったからなぁ・・・あぁ現実って・・・」
「ちょっと!店長落ち込まないで!・・・お?」---ピリリリ
そんな倉科の慰めは電子音にかき消される。
倉科の携帯に着信があったのだ。
「噂をすればみっちゃんだ!はっ!まさか襲われた!許せん!」
早とちりすぎだろ。
まぁしかし無い・・・とは言い切れない、男なんてそんなもんだ、なのでスピーカーモードで電話を取らせる。
「みっちゃんどったの?」
「それがね・・・」
通話に出た三井さんの声は少し怯えていた。
「あの後、やっぱり何も無いのはつまんねぇ!って言って高城君がアパートの他の部屋を探索し出したの。」
おいおい、まさかとは言うけどなぁ・・・
「それで私怖かったから外で待ってたんだけど、201号室に入ってから出てこないの。」
そのまさかでした。
「大丈夫かな?私も見に行った方が---」
「絶対に行くな!いいな!絶対に行くな!」
彼女の声を遮って俺が怒鳴りつける。
クソが、何もこんな形で痛い目に遭わなくてもいいだろうが。
「アパートに着く前の交差点にコンビニがあっただろ?そこで待ってろ。」
「わ、わかりました・・・あ、高城君からキャッチが---」
「出るな!無視しろ!いいからコンビニに向かえ!」
さっきよりも語気を強くする。
なんでこう・・・面倒ばかり!
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数分後、俺達がコンビニに辿り着くと、三井さんはしっかりとそこで待っていた。
車から降りた俺達に駆け寄ってくる。
「こ、これ・・・」
そう言って渡されたのは彼女の携帯、そこには高城君からの着信。
「あれからずっと電話が掛かってきて・・・」
舌打ちをひとつ、彼女の電話を受け取り、通話ボタンを押す。
「もしもし?」
「あれぇ?三井さんじゃないぃ?その声は店長さんですねぇ?」
「あぁ、彼女もいるが、どうした?」
「まぁ、いいやぁ、みんなでこっちに来てくださいよぉ・・・ここ凄いっすよぉ?」
「断る、出て来いよ?」
「なんで?なんで?こここここここいよおおおおお!ほらぁ、こんなに沢山んんんんn」
そこまで聞いて電話を切り、そのまま電源を落とす。
もう最後は彼の声ですらなかった。
彼女達にも聞こえていたのだろう、三井さんは半分泣いてるし、倉科もさっきまでの怒りはどこかへ行っている。
「店長?どうするんですか?」
倉科に聞かれるが。
「どうも出来んだろ、無理だ、あんな所入りたくもない。」
あそこに入るくらいなら素っ裸で南極の海を寒中水泳した方がマシだろう。
「でも・・・」
でも、もクソもないだろうに。
溜め息ひとつ、嗚呼今日は溜め息やら舌打ちやらが多い。
今時にしては珍しい、コンビニに設置してあるデジタル式公衆電話に向かう。
金は必要ない受話器をあげ3桁の番号を押すだけだ。
「○○にある廃墟のアパート○○の201号室に数人の男が入って行きました。その後叫び声や凄い物音が聞こえるのですが調査して貰えませんか?」
言うや否や電話を切る。
自分の身元が割れれば後がめんどくさい。匿名の通報でいいだろう。
未だ怯えている三井さんに向き合う。
「今日の事は忘れろ、明日以降高城君に会ったとして、彼がどうなっていても気にするな。君のせいじゃないし、どうにも出来ない。」
「高城君はどうなるんですか?」
「知らん、いいか?気にするな。今日は送ろう。」
納得はして貰えないだろうが、それでもゴリ押すしかない。
無理矢理車に乗せて、彼女家へと案内して貰うのだった。
無言の車内には、遠くから聞こえるパトカーのサイレンだけが聞こえた---
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後日、店の開店作業中に倉科が話を振って来た。
彼の---高城君の事だ。
あれから数日後、彼は学校に姿を見せた。
が、彼の様子はやはりおかしかった。
常に誰かと一緒に居る様になったようだ。特に会話の頻度が半端なくなったと。
どうも1人なったり気を抜くと声が聞こえるとか。
「来いよ」「あそぼ?」「おいで?」等々。
周りの連中は最初は面白がっていたようだが、ずっと続けられると飽きてくるのだろう。
段々彼から離れて行ったようだ。
「ねぇ?店長?」
「ん?」
「自業自得・・・と、言うにはあまりにも・・・」
そうだな、確かに酷いもんかも知れないな。
流石に俺も、めんどくぇ・・・とは思えなかった---
作者フレール
こんばんは毎度紅茶のフレールです。
書こう書こうと思ってる長編に行き詰っているので此方を先に投下!
う~ん・・・テーマとしては『絶対に足を踏み入れては行けない場所』ですかね。
意外と皆さんの身近にもあるのではないでしょうか?
入るまでは解らないかもしれませんが、勇気のある方は是非探してみては?(絶対にしないで下さい)