ナズさんから聞いた話だ。
その男は、一人の女の子を家で預かる事になった。
その男の姪にあたる子で、名前はミオ。
前に住んでいた町の小学校でちょっとした事件があり、転校させて自分の家に住まわせる事にした。
昔はもっと子供らしく無邪気で、少し気の弱い大人しい子だったのだが…夏休みのある日を境に、悟りを開いたように落ち着いた子になってしまった。
昔の大人しいとは違う。どちらかと言えば、冷めているような、冷たいような雰囲気。
少し寂しいものもあるが、それでも大事な姪である事に変わりはないし、感情が乏しくなった感じがしても根がいい子なのは変わらない。
環境の変化に戸惑う事もなく、転校先の学校でも友達が出来たようで、平和に過ごせていた…ある日。
その男…伯父は、学校に呼び出された。
どうやらミオが友達と揉めたらしい…珍しいことだった。
夕方の小学校の応接室に通されると、担任とその上司らしき教師、泣いている女の子とその母親らしき人、そして大人しくソファに座るミオ。
てっきり、『うちの子は悪くないわよ!』的なモンスターペアレントの母親が喧嘩に対して荒れくるってるのかと思ったがそんな雰囲気でもなく、困った表情で我が子を見ていた。
「遅くなってすみません。何があったんですか?」
「こんにちは若戸さん。それがですね…」
「ほんとうだもん!!」
叔父が担任に事情を聞こうとすると、泣きながら母親と話していた女の子がヒステリックに叫び始めた。
「ハナちゃん…だからそれは…」
「ほんとうだもん!こっくりさんがいるの!私にとりついちゃったんだもん!」
「とりついてないよ。」
「ミオちゃん嘘つかないで!ミオちゃんもみたでしょ!?一番最初に指離したの私だもん!だから死んじゃうんだ!」
女の子はぎゃあぎゃあと泣き叫び、とても死にそうな感じはしなかった。
大体の察しはついたが、詳しく聞くと。
クラスの女の子達数人でこっくりさんをして遊んでいた。
夢中になって遊んでいる時、後ろから先生が『なにをしてるの?』と話しかけた。
驚いた女の子たちは、ほとんどが十円玉から指を離してしまったらしい。
こっくりさんをするなら誰もが知っている禁忌をおかしてしまった訳だ。
女の子達の中には具合が悪くなり保健室に行く子、中にはそのまま早退する子までいたらしい。
この子はそんな友達をみてパニックになったようで、『こっくりさんはとりついてないから大丈夫』と言い続けるミオを叩いたらしい。
子供の思い込みとは恐ろしいものだ。
「(自己暗示ってやつかなぁ。)」
平成生まれでもこっくりさんとかやるのかぁと言う感想はさて置き。
恐らく全員〝気にし過ぎ〟だろう。
ルール違反をおかすとペナルティが起きてしまうという事が頭に残っていた。
更に、みんな子供だった。
心配が過度になったストレスの体調不良。それを目の当たりにした事で【コックリさんのせいだ】と思い込んでしまったのだろう。
「ミオは?こっくりさんやったのか?」
「やってた。なんともないよ。」
「叩かれた所は?」
「へーき。もう痛くない。」
曰く、ミオは先生が来た時に『あ、先生が来たからやめないと』くらいの気持ちで自ら手を離したらしい…本当に落ち着いている。
比べて、ミオを叩いたらしい子はパニックだ。逆に可哀想になる。
とりあえず両者の保護者が揃い、叩かれた本人がもういいと言っているので解散…としたいようなのだが。
「やだやだ!帰ったらこっくりさん家に着いて来ちゃう!」
というハナちゃんの主張で、皆気を使って帰れずにいた。
母親が無理矢理連れて行こうにも、ハナちゃんのパニックが増すばかりでどうしようもない。
「(参ったなぁ。)」
「おじさん。ちょっと待ってて。」
叔父が早く帰って夕飯の準備したいなぁと考えていると、ミオがスタスタと部屋を後にした。
程なくして帰ってくると、手には何やら一枚の紙。
「教室から取ってきたよ。ハナちゃん。こっくりさんしよう。」
とんでもない事を言い出した。
当然ハナちゃんは激しく首を振る。
「いやだ!」
「ハナちゃんはなんで怖いの?こっくりさんが帰ってないから怖いんでしょう?」
「そうだよ!だから…」
「なら、帰って貰えばいいじゃん。ほら。」
「え?」
「私もやるから帰って貰おう。」
そう言ってソファの間にある木製のテーブルに紙を置き。
「あ、おじさん十円ある?」
「え?ああ…うん。あった。」
叔父がポケットからジャラジャラと取り出した小銭から、十円を受け取った。
「ほら。ハナちゃん。」
「…。」
ハナちゃんはしばらく母親にしがみつき、こっくりさんの紙とミオを交互に見ていた。
ミオはじっとハナちゃんを見ている。
まるで否定や拒否を許さないような空気だった。
その空気に根負けしたのか、意を決したようにハナちゃんはテーブルに近付くと、おずおずと手を伸ばす。
「こっくりさん、こっくりさん…ほら、ちゃんとして。」
「…うん。」
ミオの淡々とした行動に大人達は何も言えず、こっくりさんをする少女達を大人達が囲んで見守るという不思議な図が出来上がった。
しんとした空気の中、こっくりさんがはじまる。
【こっくりさんこっくりさん。どうぞおいでください。おいでくださいましたらはいへお進みください。】
……
……
しんと静まる部屋。しばらく時間が掛かった。
だが数分後、するすると十円玉が動き出す。
ハナちゃんは可哀想な程青くなり震えている。大人である叔父でさえ、少しぞっとした。
十円玉は、【はい】の位置へ。
【こっくりさんこっくりさん。こっくりさんは先ほどから近付くにいましたか。】
…【はい】
【どこにいらっしゃいましたか?】
…【ま ど の そ と】
【こっくりさんは、儀式を途中で辞められて怒っていますか?】
…【いいえ】
【ありがとうございます。途中で辞めてしまってごめんなさい。鳥居にお戻りいただけますか。帰って頂けるなら鳥居にお戻りください。】
始まりは二人だったが、質問は全てミオがしていた。
皆が固唾をのんで見守る中、十円玉は【はい】の位置へ移動してから、鳥居の印へ…
…
…
しばらく沈黙が続いた。
ミオが十円玉から手を離す。
「はい、終わり。帰って良かったね。」
沈黙を破ったのはミオだった。
ミオの言葉で、しばらく呆然と十円玉を見つめていたハナちゃんは、大声を上げて泣き出した。
こっくりさんが帰った事に安堵したからだろう。
相当怖かったのか泣き叫んでいて、もう話が出来る状態ではない。母親がハナちゃんを抱え、解散する事になった。
叔父は先生やハナちゃんの母親に挨拶をすませ、ミオと一緒に自分の車へ乗り込んだ。
ミオは、おとなしく叔父に続いていた。
******
「それにしてもビックリしたな。こっくりさんって動くもんなんだな。」
エンジンを掛けながらミオに話しかける。車はゆっくり学校の外へ出た。
「そうかもね。まぁ、さっき動いてたのは私が動かしたんだけどね。」
「ふーん…え?そうなん?」
車が車道を走り出した時、何事でも無いようにミオがさらりと言う。
「ハナちゃん落ち着かせなきゃ帰れなそうだったから。それっぽく動かしただけだよ。」
「それって大丈夫なのか?」
「さあ。大丈夫じゃない?私聞いた事あるけど、こっくりさんって狐と狗と狸なんでしょ。」
「あー…聞いた事あるなあ。」
これは叔父も聞き覚えがあった。
元は動物などの低級霊を呼ぶ儀式だとか…叔父としたら、狐のイメージが強いが。
「で、それならなんで大丈夫なんだ?動物なら勝てそうとか?」
「ううん。だって」
ハナちゃんを見ていたのは女の人だったよ。
「…へ?」
「ハナちゃんの事見てたのは、こっくりさんじゃなかったよ。見た事ない女の人が、ハナちゃんの顔をじっと見てただけ。」
「え…ん?いや、それって…」
「大丈夫。ハナちゃんがどうしてもとりつかれるのがイヤだって思ってるから、そのうち居なくなるよ。」
赤信号で車を止め、ちらりと姪を見る。
姪は心配している風でも、慌てている風でも無い。いつも通りだ。
ハナちゃんを見ていたのは女の人…だから、こっくりさんではない。
ミオがハナちゃんに言った通り。確かに…“こっくりさんは”ついていない。
「………ねえミオさん。」
「なに?」
「今日疲れちゃったから、外食でもいいですか?」
「いいよ。…なんで敬語なの?」
「いや、なんとなく。」
叔父は先程ミオから返された十円玉を意識する。
…ルールは守らなければいけない。
さて…これを今日中に使ってしまわなければ。
作者みっきー-3
お久しぶりです。九度目まして、みっきーです。
初めましての方は初めまして。以前の投稿を読んで頂いている方はいつもありがとうございます。
今回は“叔父さんとミオちゃんの話”でこっくりさんの話でした。
自分はこっくりさん経験小学生止まりです。
自力で動かしまくっていた記憶があります。良い子は真似したらいけない。