長編12
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役立たず

大学二年の冬の話だ。

 

 

朝晩は寒いけど昼はあったかくて着る服に悩む面倒な時期になった頃。

この季節になるとサークルのキャンプ合宿が入る。

とはいっても活動を頑張るためにやるものではなく、ただ単に飲み会や遊び目的のものだ。

キャンプって夏にやるもんじゃね?と昔は思っていたのだが、曰くオフシーズンにキャンプに行くとほかの客も少なく、夜は空気が綺麗に澄んで星がよく見えるのだ。

何より料金も安くなる。

そんな点から、我がサークルではキャンプ合宿は冬間近に行われていた。

 

今年は山奥にある綺麗なコテージだった。まだ少し紅葉が残っていて、地面には所々茶色いものの葉っぱの赤いじゅうたんが敷き詰められていた。

すぐ近くに広い湖もある。なかなかいいところ。

まあ結局、バーベキューやら酒やらでこれらのいいとことはかき消されてしまうのだろうが。

ぶっちゃけ俺も風景より肉と酒の方がいい。

  

「おーい野郎どもは火ぃ起こすぞ。レディたちは食材切ってくれ。」

「レディたちの負担大きくない?」

「じゃあ野郎ども何人か手伝え。」

「古賀君レストランでバイトしてるんでしょ?手伝ってよ。」

「あーい。」

 

レディの同級生や先輩に呼ばれ、俺は食材を切ることになった。めんどくさい。

でもむさくるしい野郎どもに混ざって火おこしするより、中身はどんなであれレディ(仮)と作業できた方がいいっちゃいい。

  

「皮向いたらこっちに頂戴。」

 

俺が玉ねぎの皮を剥いていると、横に来たレディに言われた。

よく知るレディだ。

 

「ワカさん。あざす。」

「ん。」

 

一つ上の先輩のワカさんだ。

今年の夏ごろから話すきっかけが増え、今では大分打ち解けた…気がする。

会話は続くように(ほぼ一方的だけど)なった…気がする。

不愛想で口は悪いが、悪い人ではない。

 

「ワカさん来てたんスね。サボるかと思いました。」

「叔父さんがうるさかったから。」

「うるさい?」

「イベントごととか参加しないと、行け楽しめ思い出作れってホント煩い。」

 

ああなるほど…なんとなく想像がつく。

ワカさんは心底うんざりしたようにため息を吐いた。

 

「ま…まあまあ。ナズさんも心配してるんスよ。可愛い姪なんだし。」

「ここ皮残ってる。」

「会話してワカさん。」

「ああ剥がしにくい。もうここ全部切る。」

「会話してよワカさん。」

 

とりとめのない話をしていると、隣のレディ達(ニンジン・とうもろこし係)の所から、きゃあ!と大きめの悲鳴が聞こえた。

 

「どうしたんスか?大丈夫?」

 

てっきり指でも切ったのかと声を掛ける。

でもそうではないらしく、きゃあきゃあ騒いでいた数人がこちらを向いた。

 

「あ!ごめん違うの~。」

「もう!メグが変なこと言うから!私怖いの駄目なんだからやめてよね!」

「怖いの?怖い話でもしてたんですか?」

 

ちょっと興味を持って聞いてみた。

俺は今まで数回、怖い体験をしている。

だがもともとは怖い話が好きなので、怖いの自体が嫌いなわけではない。

 

「さっき機材借りに行った時に、バイトのお兄さんに聞いたんだ~。」

そう言って話すのは、皆からメグの愛称で呼ばれている先輩だった。

 

「この近くに湖があるじゃない?あそこ…でるらしいよ!」

 

再び、レディ達のきゃあという声が上がった。

 

 

 

*****

 

 

なんでも昔、結婚を約束していた若いカップルがいたという。

だが双方の親に反対され、いくら話しても認めてはもらえず…随分と憔悴しながらも愛し合うことを諦められなかった二人は…とうとう心中することを決意してしまった。

森の中にある湖。二人でよく訪れた、思い出の場所だった。

ここでの入水自殺を決めた二人だったが、約束の日の夜。

カップルの男の方が、死ぬことに怖気図いてしまった。

男は女を説得しようと試みたが女の意思は固く、次第に口論になる。

そして女は無理矢理心中しようと、男を掴んで湖に身を投げた。

だが…男は死ぬ物狂いで女の手から逃げ出す。

女の足には…重しが付いていた。

女は泳ぐことも浮かぶこともできないまま、暗い水底に落ちて行った…。

 

 

*****

 

「…で、女の人は未だに彼を連れて行こうとしてて、湖に近付くと誰彼構わず引きずり込もうとしてくるんだって!」

「もー!怖いからやめてー!」

「へー。」

 

一通り話し終えると、レディ達はまたきゃあきゃあ騒ぎ始めた。

湖に引きずり込む幽霊か…確かに怖い。

カップルの男もちゃんと助けてやれよという突っ込みは置いておいて、確かに怖い。

まあ、この手の話は何かしらの事故に尾ひれがついた可能性が高いけど…。

下手したらバイトの兄ちゃんは営業妨害だよな。

女子大生との話題が欲しかったのかな。

 

「怖いッスねーワカさん。」

「あー玉ねぎばらばらになっちゃった。もういいや。」

「会話してワカさん。」

 

ワカさんは今日もマイペースだ。

そして、意外と不器用だ。 

 

 

 

*****

 

 

 

なんとかバーベキューの準備は完了し、無事に食事を済ますことができた。

軽い片づけをして時間がたち、今度は酒飲みがメインのキャンプファイヤーが始まる。

準備はキャンプ場の人たちがしてくれるらしいが、さすがに目の届かないところではやらせてもらえないらしく、全員で指定の場所へ移動になった。

各々荷物を持ち、ほとんど日が落ちてしまった薄暗い道を歩く。

その途中で、件の湖の横を通った。

 

湖はそんなにきれいなものには見えなかった。

暗いせいでしっかりとは見えないが、多分茶色と緑を混ぜたような淀んだ色だ。

それなりに広く、周りは森に囲われている。

 

「(…幽霊ねえ。)」

 

…湖に一人沈んだ女は、どうやって沈んでいったのだろうか。

こちらから見るに、湖の淵は浅瀬になっている。

真ん中あたりまで行かないと深くないんじゃないだろうか。

聞いた話の全てが真実ではないだろうから、何かしらの違いがあるのだろうけど。

入水自殺…溺死、か。

 

…ごぽり

 

溺死は苦しいと聞く。

息が出来ず、呼吸しようとすれど入るのは水ばかり。

なのに意識はなかなか途切れないのだとか。

 

ごぽり…

 

話だと、夜だったらしいな。

湖も、その周りも闇だ。真っ暗だ。

体がどんどん沈んで、意識はあるままなのに。

暗くて、暗くて。

 

ごぽり…

 

水の中で助けを呼ぶ事も出来なくて。

聞こえるのはそう…

 

ごぽり…

ごぽり…

 

自分のもがく音。

肺から空気が抜けていく音…。

 

 

ごぽり

 

「…っいっだ!!」

 

ぼんやりと湖を眺めていると足元に痛みが走った。

近くにいた奴がうっかり俺の足を踏んだらしい。

 

「あ!ごめんごめん。」

「あーいや、いいよ。」

 

自分もぼーっとしていたし、特に気にしなかった。

またちらりと湖を見る。

そして皆に続いて、また歩き出した。

 

 

*****

 

 

キャンプファイヤーとは名ばかりの盛大な飲み会は進み、時刻はすっかり夜中になっていた。

負けたら一気飲み(今は禁止が多いけど、この頃は割とやってた)をしないといけないうちのサークルの恒例であるミニゲーム。所々に泥酔した奴やテンションが壊れた奴、挙句には外なのに熟睡する奴などが現れ始め、綺麗なキャンプファイヤーの周りはカオス化していた。

 

「寝た奴ちょっと連れてってきまーす。」

「おー頼んだ!!」

 

飲んでいるとはいえ夜はやっぱり冷え込む。その辺に眠って体調崩してもいけないので、潰れた奴はそいつの友人が介抱するのがうちの暗黙のルールだった。

俺は酔ってはいたが意識は全然はっきりしている。

眠ってしまった友人叩き起こしながら、俺は時間を掛けながらコテージに向かった。

そこそこの距離を半分意識のないやつを連れて歩くのはなかなか疲れる。

コテージには飲み飽きたり先に潰れた奴らが雑魚寝していた。

友人をそこへ適当に投げ飛ばし、俺はまたキャンプファイヤー(もとい飲み会)に戻る。

 

「(…ねむ。)」

 

道をとぼとぼ歩く最中、少し睡魔が襲ってきた。

でもまだ飲みたいし遊びたいし…。

せっかくのキャンプ、というのが頭に強くあったため、俺は多少ふらつきつつも夜道を歩いた。

その時。

 

…ぱしゃ…

「ん…?」

 

水音が聞こえ、音の方を見た。

いつの間にか、例の湖の前に来ていたらしい。

さっきは運ぶのに必死だったし忘れていたが、ふと…先ほど聞いた怖い話を思い出した。

でも、微塵も怖いとは思わなかった。

 

「わあー…」 

 

昼間や薄暗かった時にはただ濁った湖だった。

 

「…綺麗じゃん。」

 

それが今は、キラキラと美しく輝いていた。

 

当然だが、湖の上に木は生えていない。

水面に空からなんの妨げもない月の光が反射して、湖事態が輝いているように見えた。

町中の様な人工的な光もない。

本当にただ、綺麗だった。

 

「すげー…。」

 

ふらり、と。

俺は湖に近付いていた。

だって

綺麗なんだ

とても

 

…ぱしゃ

 

綺麗に光って、輝いて、夜なのに眩しいくらいで…

 

…ぱしゃ

 

…水面に佇む女の、表情もよく確認出来ない。

  

…ぱしゃ

 

水面に、女が立っている。

このとき俺は何故か、何も違和感を感じていなかった。

こんな夜中に、こんな所でどうしたんだろうと…ただ、思っていた。

 

…ぱしゃ

 

「きれ…い」

 

眩しい。

綺麗だ。

綺麗な人だ。

そう思った。

 

そして

表情も見えないというのに、彼女は泣いているんだと思った。

 

「ど…うし…」

 

どうしたの?

なんでこんなところで泣いて…

 

…ぱしゃ

 

「あ…れ?」

 

いつからだろうか。

先ほどから聞こえていた水音。

水の音源は…俺だ。

いつの間にか、俺は湖の淵に来ていた。

今俺の足は水にくるぶしくらいまで浸かっている。

それでも、驚きはしなかった。

寒くもなかった。

ただ、あの人が綺麗で、近付きたくて。

 

「まって…」

 

少しずつ…

確実に…

彼女の所へ…

 

 

 

 

…バシャ!!

「…っ!?」

視界が大きく揺れた。

突然くる衝撃。俺は尻もちをついたらしい。

反射的に顔を上げるとそこには…ワカさんが、いた。

 

「ワカ…さん。」

「なにしてるの。」

 

ワカさんの声は冷たかった。

すごく怒ってる感じがした。

でも…なぜか怖くない。

いつもならあの冷たい目つきだけでもビビるのに。

 

「…行かないと。」

「は?どこに。」

 

俺はふらつきながら立ち上がる。

尻もちついたせいでズボンがびしゃびしゃだった。

でも、気にならない。

 

「むこう…いかないと。」

 

湖を見ると、まだ彼女はいた。

…行かないと。

早く

早く

 

「行って何になるの。」

 

ワカさんの声が遠い。

立ち上がった俺は水面に佇む彼女にしか目が行かなくて、ワカさんの顔は見えない。

 

「泣いてる…から。」

 

ふらりとまた一歩踏みだす。

 

「おれが…なんとか…」

 

そうだ、泣いている。

彼女が泣いているから。

とても綺麗なのに。

泣き止んだらきっと、もっと綺麗だ。

見たい。

もっと近くで見たい。

だから。

 

「助けて…」

 

助けて、あげたい。

…のに

 

「馬鹿じゃないの。」

 

再び俺は、湖の浅瀬に転ばされた。

激しい水音。衝撃。

そして、覆われる視界。

 

「古賀。」

 

視界を覆っているのは…ワカさんの手だった。

視覚を奪われ、耳だけが聞こえる音に集中する。

 

「あんたは」

 

ただ、ワカさんの声だけに。

 

「あんたは、役立たずなの。」

 

冷たい、冷たい声に。

 

「あんたが行って何になるの?何ができるの?なんの役に立つの?」

「そ…れは…」

「具体的に何もないんでしょう。やっぱり役立たずじゃん。口ばっかり。」

 

冷たく、鋭い声。

 

「何も言い返せないなら認めなさい。あんたは役立たずだって。」

 

どこか

 

「…早く。」

 

どこか、必死な声。

 

「早く!!」

 

ワカさんに耳元で叫ばれ、心臓が跳ね上がった。

 

「す…すみません!!俺…なんも出来ない…です。」

跳ね上がった勢いで、そんな事を口走った。

耳元でワカさんが、息を吐いたのが分かった。

 

「…ほら、こいつは何の役にも立たない。消えなさい。あんたを助けてくれる奴はここにはいない。」

 

未だに視界を塞がれてわからないが、ワカさんは何かと喋っている。

気配でそう思った。

そして次第にその気配は…すっと、消えた。

 

 

「…う。」

 

視界が開く。

眩しい程キラキラ光る水面。

怒っているようなワカさんの顔。

そして俺の頬を襲った、右ストレート。

 

「…っぃいったあ!?」

 

痛い!超痛い!ワカさんが殴った!?本気殴り!?

せめて女の子は平手打ちじゃないかな!?

混乱する俺の胸倉をワカさんが乱暴に掴む。

情けなくもヒッと上ずった声が出た。

ほんとなんなのこの人超こわい!

 

「今、あんたが何を見たか言いなさい。」

「…へ?」

「わかりにくい?今見たものを具体的に言いなさい。」

「へ…き…きれいな…ひと?」

「具体的に!!」

「はぃい!!」

 

眼力だけで人殺せるんじゃないかという圧力。

俺は気迫に押されて口を開く。

 

「え…えと!水の上に女の人が…!か…髪が、黒くて」

 

髪が、黒く長くて

 

「それで……あれ…」

 

髪が黒く、長くて

 

「え…?」

 

所々…

所々、それが、抜け落ちていて

 

「…。」

 

見えている地肌も剥がれていて

 

「え…待って…」

 

目の所は窪んでいて

 

「何…さっきの…」

 

それと対象に顔はパンパンに膨れ上がっていて

 

「待って…」

 

顔だけじゃなく、体も膨れているのに

 

「待って…待て待て!!!」

 

所々ずる剥けていて…骨みたいなのが…

 

「…つ!!」

 

これの

これのどこを、俺は綺麗だと思ったんだ

 

「ぅ…っ」

 

途中で思い出したくないと願っても、俺の頭は今見たものを勝手に、鮮明に思い出し、俺はたまらずその場で嘔吐した。

食べたものが水面に落ちる…そうだ、湖の中。

途端に体が震えだす。

寒い。

水が冷たい。

 

「…その様子なら、もう頭は正常みたいだね。」

 

ワカさんが俺の背中をさする。

…ワカさんまで、水浸しだ。

 

「落ち着いたら立ちなさい。…早く離れた方がいい。」

 

当たり前だが、ワカさんも寒いようで震えている。

それなのに…俺が吐き出している間、ワカさんは傍にいてくれた。

 

 

 

*****

 

 

 

ワカさんに腕を引かれながら、俺はコテージに向かって歩いていた。

俺は大分消耗してしまい、俯きながらのろのろと歩く。

前を行くワカさんの顔は、見えない。

 

「…あんたは。」

 

ワカさんの声に、俯いていた頭をあげた。

彼女はこちらを見ずに話す。

 

「あんたは、中途半端すぎる。」

 

たしなめる様な言い方だった。

 

「…ああいうのに触れる機会が増えると、無意識に見方が分かってしまう。でも、あんたは見え始めだから、どれが何なのかなんて判断が出来ない。対処もわからない。すごく面倒だよ。」

 

俺を引っ張るワカさんの手に、力が籠った気がする。

 

「…拒絶しなさい。」

 

少しだけ、声にも力が籠った気がする。

 

「おかしなものは全部、拒絶しなさい。それは泣いているかもしれない。困っているかもしれない。それでも全部拒絶しなさい。否定しなさい。それが小さな子供でも、動物であっても、隙を見せては駄目。だから片っ端から拒否しなさい。…私は、そうしてきた。」

 

ワカさんが立ち止まり、くるりとこちらを向く。

その表情は…いつもと同じ。

 

「あんたになんとかできる力は絶対にない。もちろん、私にも。」

 

いつもと同じ、無表情。

 

「…返事。」

「…ウス。」

 

俺に返事をさせて満足したように頷くと、ワカさんはまた歩き出した。

 

「…。」

 

恐らく、これが現実なのだろう。

漫画やゲームみたいに、どうにか出来る力なんか俺たちにない。あたりまえだ。

追い払ったり、除霊したり、未練を消して成仏なんて出来っこないのだ。

だから否定して、拒絶して…逃げるしかない。

たとえ目に映ってしまったのが泣いている子供の霊でも、お腹を空かせた子犬の霊でも。

すべて、見て見ぬふりをするしかないんだ。

 

だって

俺たちはただの…役立たずなのだから。

Concrete
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