あれ?また会ったね。
また会ったのも何かの縁だし、また私の話でも聞く?
これは……そう、奇妙な話だったね…。
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気が付くと、俺は電車に乗っていた。
しかし困ったことに、俺は電車に乗った記憶はない。つまり、これは夢だ。
そして、俺はある憶測をしていた。
(…これは、ただの夢じゃない)
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俺がそう考えたのには理由がある。
実は、俺は怪談や怖い話が大好きなのだ。だからだろう、すぐにある怪談を思い出した。
(これは……猿夢、なのか?)
そう、思った時…。
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『ザザ、ザー、次は〜、活け作り〜、活け作り〜』
スピーカーからアナウンスが聞こえる。
『活け作り』確かにそう言った。
もちろん、そんな駅名など聞いたことがない。
(やっぱり、これは…)
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「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
不意に叫び声が聞こえた。驚き、そちらへ目を向けると、そこには痩せこけて、ボロ布を纏った猿のような生き物がいた。その手には肉切り包丁や糸ノコギリ、さらにはナイフなど、実に様々な刃物が握られている。その生き物が去った後、そこには正に活け作りにされた男だった物が置かれていた。
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「やっぱり、これは猿夢だ…」
状況を整理する。確か、この次は『抉り出し』だ。
『ザザ…』
(来たな……)
『えー、お客様に申し上げます〜、只今〜、不慮の事故のため〜、暫く停車致します〜、ご了承くださ〜い』
「え……!?」
なんだこれは?こんなものは聞いたことがない…!
なんなんだ?フェイクか!?
だが確かに、電車は速度を落としている。
「う……ん、なんだ…………?」
突然、聞き覚えのある声が、聞こえた。
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「は……?親父?」
「んー?おぉ、慎一(しんいち)か!」
「やっぱり…親父なのか!?」
猿夢を2人が同時に、しかも同じ場所に…?
『お…やぁ?おふたりは親子なんですかねぇ?』
アナウンスが聞こえた……いや、目の前に、あの猿のような生き物が、ニタニタと笑顔を浮かべながらいた。
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「なんなんだ……これ」
『あぁ〜、これはこれは、珍しいこともあったものですね〜、え〜、次は抉り出し〜、抉り出し〜』
「おい……なんだ、なんなんだよお前は!」
俺はソイツに向かって怒鳴る。しかしソイツは怯むことなく、ニタニタと笑顔を浮かべたまま、こちらを向いた。
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『いえいえ〜、お気になさらず〜』
「なんだと……?」
後ろから悲鳴が聞こえた。振り向くと、女性が目と内臓を抉られている。しかし今は、それらに構っている暇がない。
ソイツは…いや、アナウンスが、響く。
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『ザザ、次は〜、挽肉〜、挽肉〜〜』
「……………おいおい、マジかよ…」
あの生き物が、来る。ミンチマシーンやバカでかい鉈を持って。
「なぁ、慎一、何が起きてる?一体ここは、なんなんだ?」
親父は混乱している。当たり前か…。
普通に考えれば、冷静な俺がおかしい。
そして、あの生き物が、鉈やミンチマシーンのようなものを振り上げ、迫ってくる…。
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目が覚めた。
…………覚えている。
俺はそのことを確認、そして、最も重要なことを確認しに行く。部屋を出て、階段を降りる。
「……親父」
「んぁ?なんだ、慎一か。どうしたんだ?」
親父には特に変わった様子はない。
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「……親父。昨日、何か夢を見たか?」
「どうしたんだ?いきなり……まぁ、見たよ。変な夢だったなぁ。俺な、気付いたら電車に乗ってたんだよ、寝起きみたいな感じだったなぁ、で、そこにな、なんとお前が居たんだよ」
「……」
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「な?ビックリだろ?で、その後は……うーん、よく覚えてないんだよなぁ……なんか、サルみたいな動物がいたのは覚えてるな」
「……そうか」
「で?その夢がどうかしたか?」
いや、なんでもない…。とは言えない。だから俺は、一言だけ言った。
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「親父、今日は一緒に出掛けよう」
「ん?なんだ、珍しいな、お前から遊びに誘うなんて。いいぞ、会社も適当に理由をでっち上げてサボるよ」
「……サンキュ」
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「ふーん、猿夢ねぇ…」
私は例の事務所で、その親子の話を聞いた。
父親の方はぽけーっとしてたけど、息子の方が事細かに話してくれた。正直、二人同時にみる猿夢が珍しいなー、とは思ってたんだけど…。
「……で、俺は大体の事は把握してたんですけど、そこに親父もいて…」
「ちょっと待って」
「はい?」
「お父さんとあんたが、同じ猿夢の中にいたの?」
「はい、そうです」
驚いた。そんなの初めて聞いたから。
「ひゃー、これは大変だなぁ…。しかも親子。うーん…“呼ぶ場所を間違えたんだねぇ……”」
「…え?」
「あ」
どうやら私の無意識の言葉に驚いたようだ。
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「いや、なんでもない。でもまぁ、私から言えることは…まず、次の猿夢は耐えて。3回目、つまり次の次では逃げる。そして駅に着いたら降車して、出口まで走る。これで生き延びられるはず」
「随分と詳しいですね…」
「まぁ、前回も猿夢の件で話を聞いたからね。その時に“噂”が真実だと分かったんだよ」
「その人、どこに住んでるんですか?」
恐らくは、ヒントなどを聞きたいのだろう。でも残念だったね…。
「死んだよ」
「え…?」
「タブーを犯したんだ。タブーを犯して、ミンチにされて死んだよ」
「そんな……」
「悪いね、これ以上は何も言えないし、助言もできない。でも、タブーを犯さなければ大丈夫だから」
それだけを告げると、私は後ろを向く。
やがて、親子が帰っていく足音だけが、私の事務所に響いた。
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「う……?」
気が付くと、そこは電車の中。
「くそ、またか……。親父、親父、いるか?」
「ふわぁぁ…なんだ?」
呑気にあくびなんかしてる。
「親父、一つだけ伝えておく。これはただの夢じゃない」
「…………つまりぃ?」
親父は少し眠そうに聞いている。
「ここで死んだら、俺達も死ぬ。実際に」
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ここでようやく、親父は眠気から覚めたようだ。
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「じょ、冗談じゃない!お前、なんのためにそんな下らない事を言うんだ!?」
親父は激昂した。しかし、声も、体も、握りしめた拳も、震えている。怖いんだ。俺と同じように。
「親父」
「………」
今度は無視を決め込む。子供かよ…。
「親父!」
「……なんだ」
「これは冗談じゃない。本当だ。今日聞いたろう?あの女の人に。猿夢を三回見ると、死ぬんだ」
「………俺はそんなもの信じない」
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「分かってる、わかってるけど…」
『次は〜、抉り出し〜、抉り出し〜〜』
アナウンスが、響く。
「チッ、親父、とにかく見ろ。これが、正に『悪夢』だ」
親父は無言で、しかしそちらを見た。
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猿のような生き物が、女性に近付く。そして、手に持ったスプーン(大きさは段違いだが)のようなもので女性の目を、内蔵を抉りとる。
「あ、あぁぁあぁぁぁああぁあ!!!」
親父は叫ぶ。そうだ、これは…現実だ。
夢だけど、この感触、臭い、光景、これは全て…現実だ。
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「うあぁあぁぁぁぁああぁぁぁぁ!!」
親父は叫びながら隣の車両へと逃げ込む。
「親父!」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、うっ、ゲェェ!」
親父はその場に吐いた。当然だろう、あんな光景、見たくないし、想像もしたくない。それが当然だ。
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『次は〜、挽肉〜、挽肉〜〜』
来た…。
あの生き物が、迫る。ミンチマシーンのようなものと、鉈を持って。
しかし、逃げない。逃げられない。
「し、慎一…」
「…なんだ?」
言葉少なに返す。
「俺達、夢を見てるんだよな?悪い夢を」
「あぁ、そうだ」
「だったらさぁ……」
「何考えてる、親父」
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親父は床に落ちている硝子の破片を手に取る。尖っている。
「ここで死んでも…いいよな?」
「ダメだ!」
親父はビクッと反応し、硝子を落とす。
「ダメだ……ここで死んだら、本当に死ぬんだよ。親父、頼むから…俺を1人にしないでくれよ、な?」
無言でコクコクと頷く。
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ミンチマシーンと鉈に挽肉にされる寸前、目が覚める。
「親父…」
思わず、呟いた。そのまま着替えもせずにリビングへ行く。
「……親父」
「………………あぁ、慎一か……」
見るからに衰弱している。
精神ダメージが大きかったのだろう。
「親父、もしかしたら…今夜も見るかもしれない。そしたら、逃げよう。逃げて、駅の出口まで走るんだ…それで俺も親父も助かる」
「…………………あぁ、そうだな…」
俺は親父の代わりに親父が務めてる会社に電話し、今日は体調が優れない、と伝えておいた。
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「で、今度はあんただけで来たの?もう教えられることは教えたつもりだけど?」
「頼む、本当に次で終わるのか…もうネットの情報は信用出来ない、教えてくれ!」
敬語を使うのも忘れ、必死に頼んでくる彼は、そう……昔の私を見ているようで、妙にイラついた。
「……なにか、勘違いしてるよあんたは」
「勘、違い…?」
「そう、勘違い」
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苛立ちを隠すことなく、私は話し続ける。
「あのね、私がこういう仕事をしてるのは、人を助けたいとか、そういう気持ちがあるからじゃないの」
「え…?」
「あんたは、人を助けたいとかそう考えるかもしれない。でも、私はそうは思わない。思えないんだよ。例えば…“目の前で人が殺されそうになってて、殺されそうな人がこちらに助けを求めても、”私はそれを、無視するんだ」
「…」
彼は黙る。
「じゃあ…」
「ん?」
「じゃあ何でこんな仕事をしてるんですか?本当にそう思ってるなら、こんな仕事はしないと…」
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「…残念だけど、現実はマンガやゲームのように甘くない。あんたがそう思うのは勝手だけど、それを、その考えを私に押し付けられるのは…迷惑なんだ」
冷たい目で、冷たい声で、身も心も凍るんじゃないかと思うほど、冷たくて突き放すような言葉。
その時の私はそんな感じだったと思う。
「…っ!」
彼はゾッと、それこそ恐ろしいものを見たような顔で私を見つめる。
「………悪いけど、もう帰ってくれない?私も忙しいんだ」
「………はい」
彼は後ろを向き、急いで帰っていく。
私はその背中を、冷たい目で、見送った。
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「ここは……夢か?」
電車の中だ。夢に違いないはずだ。でも俺は、まだ眠った記憶が無い。じゃあ何で…?
その時、アナウンスが流れた。
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『おやぁ?今回はあなただけなんですかぁ?』
ねっとりとした、あのアナウンスだ。
『どうやら、あなたの家族はまだ眠っておられないようで……おや』
アナウンスがなにかに気づいたように声を上げる。
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『あぁ、なんだ…家族もご一緒なんですねぇ、良かったですねぇ』
「え…?」
後ろを振り返る。そこには…。
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「〜♪〜♪♪」
鼻歌を口ずさむ親父の姿。
「おや、じ…?」
『おやおやぁ、どうやら先日の夢であなたが見せたあの光景で精神が参ったみたいですねぇ?』
「え?」
俺が、見せた、あの光景…。
女性が、惨殺される光景。飛び散る血液。女性の悲痛な叫び。溢れ出る内臓。
「俺の、せいで…」
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『まぁ〜、気に病む必要はありませんよ〜、二人仲良く死ねるのですから〜』
ふざけるな…!あれはお前達が原因だろ…!!
湧き上がる怒りと憎しみをスピーカーへ向ける。
『ふふ…次は〜、挽肉〜、挽肉〜』
ちくしょう、もうかよ!
「親父、しっかりしろ、逃げるぞ…親父、逃げるんだよ!」
「〜♪ あぁ、慎一、聞いてくれ、実はな、俺に奥さんが出来た。とてもいい人でなぁ…」
「親父…」
俺はいかれてしまった親父をおぶり、逃げる。後ろから奴らが来るのがわかる。逃げなきゃ…!
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『次は〜、終点〜、地獄〜、地獄〜』
地獄!?くそ、生き延びられるんじゃなかったのかよ!
こうなりゃヤケだ!もう死んでもいい、出口まで走るんだ!
電車が、止まる。そして俺は…。
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結果として、電車の外には出た。でも…。
「はぁっ、はぁっ、出口、出口は何処だ!?」
出口を探す。その時。
ドンッ……と、誰かに押された。
「え……?」
振り返ると、そこには親父が両手を前に突き出した状態でふらふらしている。
「親父…?」
「慎一……ごめんなぁ、一人にして、ごめんなぁ……」
そう言うと、親父は、後ろから迫る奴らに、倒れ込むように、飛びかかり、そして……無残に殺された。
「親父…う、うぁああぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
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奴らはそのまま、俺の方に顔を向けた。
もう、走るしかない!
俺は我武者羅に走った。でも、走っても走っても、出口が見えない。そして、やっと出口が見えた時…。
「あ、あぁ、これで、これで助かる!」
俺は安堵のあまり、『後ろを振り向いた』
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shake
グシャッ!
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「え"…?」
見ると、俺の腹には、穴が、あった。俺の、手のひらよりも、大きな、あ、なーーーーーー。
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「美しき親子愛……しかしそれでも、怪異は襲いかかる。そう、あの時みたいに……」
少し、過去に想いを馳せる。
「じゃあね」
私は彼に、彼の父親に、別れを告げる。
どこまでも冷たい、声で。
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そう、前回言いそびれたから教えてあげる。私の『名前』
私の名前はね…。
作者プリンヒルデ
猿夢【1】の続編のようなもの。少しだけ明かされた、彼女の想い。その想いは、誰に、馳せたものだったのか……。
彼女の名前は、【神成 弥子(しんじょう みこ)】
彼女の目的は、なんなのか…。