トイレの花子さん、という怪談がある。
誰でも一度は聞いたことのある、あの話だ。
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話は多少変わるが、僕の通っていた小学校の同クラスに、『田中花子』という今時珍しく、そして極めて平凡な名前だ。
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珍しく、そして平凡な名前とはいじられるもので、その子もクラスの男子からからかわれ、いじめられていた。そのいじめは過激なもので、靴を隠す、髪を引っ張る、授業中、後ろから消しゴムや紙くずを投げる、挙句の果てには『トイレの花子さん』というあだ名をつけられ、トイレに軟禁状態にされることまであった。
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当然、その子は苦しみ、悲しみ、そして他人を恐れるようになった。
しかし子供とは残酷なもので、その反応までもいじりはじめる。そして……。
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その子が精神を病み、入院してもその子供たちは何も思わない。なぜ休んでいるのかを疑問に思う程度だった。しかし、その子の事もやがては忘却の彼方へ置き去り、時は流れていく……。
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僕が大人になり、家族が出来ても、彼女のことが忘れられなかった。何故、僕は彼女を助けてあげられなかったのか…。後悔だけが僕を苛む。
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やがて、僕にも子供ができ、小学生になった。
子供は当然、学年が上がる。
そして、彼女と同じクラスになった学年の時…。
「ねぇ、お父さん」
「ん?なんだ?」
「わたしの学校にね、お化けが出るんだって」
何処の学校にもある、七不思議だろうか?
「へぇー、どんなお化け?」
「えっと、『トイレの花子さん』っていうオバケ!」
「え……?」
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僕は戦慄する。いやまさか、でも…。
色々な思考が
巡る。
巡る。
巡る。
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もしかしたら、その話の元は、彼女なんじゃ…?
「お父さん?ねぇ、お父さん?聞いてる?」
「あっ、あ、あぁ、聞いてるよ、それで、トイレの花子さんがどうしたんだ?」
「そのトイレの花子さんはね、昔いじめられてて、ふくしゅう?っていうのをやるんだって!」
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間違いない、彼女だ。僕は確信した。
彼女が、復讐をしようとしている……。
「へぇ、怖いねぇ」
「うん!」
「さ、もうすぐ時間だ、学校に行っておいで」
「いってきまーす!」
………彼女は、どうやって復讐をするつもりなのだろうか?いや、中には遠くへ行ってしまった者もいる、僕の考えすぎだろうか…。
しかし、それにしては…
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shake
『プルルルルルル、プルルルルルル』
「うわぁ!び、びっくりした…」
電話か…全く、間の悪い電話だな。
「……はい、もしもし」
「あ、こんにちは、突然すみません、実は…」
「え……?」
まさか、そんな馬鹿な…!
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急いで学校へ向かう。
走る。
走る。
走る。
学校へ、速く学校へ…!
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「あ、こっちです!こっち!」
僕の娘の担任だ。担任に促されるまま、僕は目的の場所………トイレへ向かう。
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人が集まっている。当然だ、何故なら、僕の娘が、“トイレに腕をひっぱられるようにずるずると滑っている”のだから。
「お父さん!おとうさぁん!」
娘は泣き叫んでいる、まさか、こんな復讐の仕方をするなんて…!
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『…ミン……………アソ…………カッ………タ』
何か聞こえる。なんだ?これは…。
これは……これは……………彼女だ。
耳をすます。
『ミン…ナ…トアソ…ビタカッタ…』
聞こえる、これは彼女の声だ。心の声。
苦しみながらも、耐えながらも、皆と、同じように過ごし、そして遊びたかったのだ。
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「ごめん…ごめん、ごめんね、田中さん」
『ナ…ンデ…ワタシ…ガアン…ナメ…ニアワナク…チャ…イ…ケナ…カッタ…ノ……?』
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娘は引っ張られる。しかしそれでも、彼女は僕に話しかける。
なんで僕は…彼女のことを守れなかった?彼女を救えなかった…いや、救おうとしなかった?簡単だ。巻き込まれたくなかった、怖かった、なにか誤解を受けたくなかった、そんな…そんな僕の勝手な都合で彼女を…見殺しにしたんだ。
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「ごめんね…でも、それでも、僕の娘を、うばわないでほしいんだよ…。僕を、僕がそっちに行って、君に償うよ、だから…!」
『………ゥ』
瞬間、娘を引っ張る力が消えたのか、後ろ向きに転んでしまう。
「お父さん、おとうさぁん!」
泣きついてくる、でも……。
「……ごめん、怖い思いさせてごめんな、でも、もう、二度と怖い思いはさせないから……僕は、少し出かけてくるよ。大丈夫、すぐに戻るよ」
「……おとう、さん?」
「行ってくるよ」
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そして僕は、彼女の元へ向かう。
「……ごめんね、田中さん。でも、僕に償わせてほしい。僕が…そっちに行くから、だから…」
『……ト…ウ』
「…え?」
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見れば、彼女は笑っていた。笑顔だった。そして……泣いていた。可愛らしく笑いながら、泣いていた。
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『ありがとう…でも、キミの気持ちは、苦しみは、いらないの……私は、キミを、恨んではいないから…だから、キミの娘も返すよ……ありがとう………さようなら』
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そう言い残し、笑いながら、泣きながら、彼女は消えた。僕の苦しみを無くして。
…………およそ、僕が知っているような、よく聞くような話とは似て非なる出来事だったけど、その出来事は、僕の苦しみを消してくれた。
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でも、彼女の恨みや悲しみは、本当に、消えたのだろうか……。
作者プリンヒルデ
初めてなので、文章を書く練習に、有名な怪談をいじりました。
あ、ついでに言うと完全フィクションです。
トイレの花子さん…。彼女の想いと、願いはなんなのか、それは果たして、私達に、なにをもたらすのか…。