猿夢、という怪談をご存知?
知らない人のために簡単に話の流れを説明する。
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猿夢、それは悪夢である。
夢の中、自分は電車の中にいる。
そして、自分以外にも複数の人間がいて、皆無言で乗っている。暫くすると、アナウンスが流れる。
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『次は〜活け作り〜活け作り〜〜』
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そして、そのアナウンスの直後に1人がその通りに殺され、そして自分へと近づく、というものであり、この夢を三回見ると死ぬ、と言われている。
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さて、それがどうした、という話だけど、その猿夢に悩まされた1人の人間の話をしてあげる…。
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え?私の名前?
さぁね……話の中で、出てくるかもしれないし、出てこないかもね?
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彼女の名前は『佐藤 彩香(さとう さいか)』。
彼女は、人生において絶望や悪意に晒されることは少なかった。
そしてそのまま、小学校、中学校、高校、大学、そして就職。全ては順調であり、幸せな生活だった。
でも、ここでありがちな事が起こる。
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夢。それも悪夢を見た。
夢の中で私は、電車に乗っていた。
「なに……此処?」
当然だだが、夢とは気付かない。
「なんで、電車に乗ってるの…?」
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『ザザ…ザザーーー…ガチャン』
そこで、スピーカーから雑音がした。
『つ…ぎは〜、活け作…り〜、活け作り〜……』
「活け…作り……?」
私は当然、最初は魚料理だと思ってた。でも、すぐにその考えを訂正した。
何故なら…。
「うぁ…ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「!?」
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突然の悲鳴。私は悲鳴のした方へ顔を向ける。
そこには、ボロ布を纏い、痩せこけた猿のような生き物が肉切り包丁、糸ノコギリを持って、男性を囲んでいた。血が飛び散り、酷い悪臭が鼻をつく。
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「……ひっ!」
その猿のような生き物が去った後、そこには…。
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“魚の活け作りのように切り刻まれ、船を模した皿に盛り付けられた男性の肉”
が、あった。
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「なんなの……なんなのよこれぇ!」
私は取り乱し、夢なら覚めろと、願った。
しかし非情にもアナウンスは流れる。
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『ザザ…次は〜、抉り出し〜、抉り出し〜…』
「抉り……?」
なにを抉るというのだろうか?という考えと、先ほどの光景による吐き気が襲ってきた。
「う……うぅっ!」
私はその場で嘔吐した。キモチワルイ、ナンデワタシハ、コンナトコロニ…。
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「いや…いやぁぁぁ!あっ、ぁぁあぁぁあぁああ!!」
今度は女性だ。なにが…何が起きている?私は自分でもよくわからないまま、その方向へ目を向けた。
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その女性は、目を、内臓を、抉られていた。
「うぅっ!うぁ…!あぁ……!」
涙と嘔吐物で汚れた自分の服と顔を気にする暇もない。それほどまでに、目の前の光景は残酷で、残忍で、無残で、凄惨なものだった。
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『次は〜、挽肉〜、挽肉〜〜』
そのアナウンスが流れ、例の猿のような生き物は…私の眼前へ迫っていた。私は直感的に悟った。
(次は…私……?)
いやだ、死にたくない。死にたくない。
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死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないシニタクナイ。
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その考えだけが思考を埋め尽くす。そして、ミンチマシーンのようなものが私に触れる直前…、目が覚めた。
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「はぁっ、はぁっ、はぁ………夢…だったの……?」
ベッドの中で、呟く。
全身に冷や汗をかき、そして涙を流し、嘔吐していた。
「いいえ…ただの悪夢じゃないのね……?」
そう、感じた。
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「……………で?私に何の用?」
ここで、彼女は私の元へ訪れたってわけ。私はいわゆる、『見える人』だったから、そっち専門の事案を解決する事務所を開いていた。あぁ、場所は聞かないで。興味本意で来られると鬱陶しいから。
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「その、夢を…見ました」
「夢?ただの夢ならこんな所に来るはず無いよ。どんな夢?」
彼女はたどたどしく話し始める。その内容はまさに『猿夢』そのものだった。
「へぇ……あなた、見たんだ?」
私は見たことがない。だから生きている、とも言えるのだが。
「は、はい…。あれは、ただの夢なんでしょうか…それとも、心霊的なものなんでしょうか…」
「心霊、かな?どちらかというと」
実にあっけらかんとしている。自分でもそう思う。彼女は不安そうに私に言う。
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「あの夢は、見たら死ぬんですか…?それとも、逃げられるんですか…?」
「死ぬよ。確実にね」
「………」
可哀想だが、事実だ。あの夢から逃れる術はない。しかし……。
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「ねぇ、佐藤彩香さん?」
「はい…」
「いいことを教えてあげようか」
「いいこと…ですか?」
「そ、いいこと」
見たら確実に死ぬ猿夢だが、一つ、興味深い“噂”を聞いたんだ。
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「あと2回その夢を見るとあなたは死ぬ。でもね…3回目の時、あなたは逃げて。とにかく電車の中を逃げ回るんだ。そうすると、駅に着く。そこで降りて、駅の出口まで“振り返らず”に走る。それであなたは二度と猿夢を見ないし、死ぬこともない。それと、2回目の夢では逃げてはいけないよ。そしたら、死ぬから」
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「本当…ですか?」
「あくまで噂。確証は無いよ」
「私…死なないなら、やってみます!」
「ま、せいぜい頑張りな」
ひらひらと手を振って見送る。彼女は果たして、生き延びられるのかな?
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「また…だ」
2回目の夢。多分、そろそろ活け作りのアナウンスが流れる、そして…。
『ザザ、ザザーー…次は〜、抉り出し〜、抉り出し〜…』
「……え!?」
なんで、一つ前からなの!?
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「いやぁ!やめて、痛…あぁぁあぁぁぁああぁあ!!」
前とは違う人だ…。そして、次は私…?
「いや…、いや……!」
私は恐怖のあまり、失禁してしまっていた。このまま、3回目ではなく、ここで、今回で殺されるんじゃ…?
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そんな考えが膨らむ。そして私は…。
『次は〜、挽肉〜、挽肉〜〜』
逃げた。もう逃げるしかない。そう考えたのだ。
『……おやぁ?どおして逃げてるんです?大人しく挽肉になってくださいよ〜』
「いや…死にたくない、死にたくないよぉ…!」
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『死 に ま す よ ? 絶 対 に ね…』
耳元で、声がした。
「え……?」
振り向くと、そこには、ハンマーのようなものを持った、あの生き物がいて、それを振り上げていて、私に向かって
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shake
グシャァッ!
グチャッ!
グチャッ!
グチャッグチャッグチャッ!!
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「あーあ、あんなに言ったのに…2回目で耐えきれなかったかぁ…」
私はそう、呟いた。笑いながら。
「ふふっ、まぁ…噂は事実ってことで♪」
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キミも、気をつけた方がいいよ?いつ、猿夢に“呼ばれるか”わからないから…ね。
作者プリンヒルデ
今回は有名なあの怪談、猿夢をモデルに書いてみました。さて、語り手は誰だったのか…?
そして、その目的とは…?