思い出話を一つ。
妹のひなが殺されてから二年が経ったある日。季節は春で、俺が高校一年生になったばかりの頃の話だ。
生まれつき霊感の強かった俺は、知り合いである神主の長坂さんからお祓いを手伝わされることが時々あった。長坂さんにはお世話になっており、特に断る理由もないので頼まれればいつでも引き受けていた。勿論、謝礼も貰えた。
その日も、長坂さんに頼まれてお祓いを手伝うことになっていた。
「心霊スポットへ遊び半分で行ったらしい。悪質な霊が憑いておった」
そう言って長坂さんはため息を吐いた。
「アハハ、またそういうのですか。祓えそうなのですか?」
「うむ、お前がいるから楽勝だろう」
長坂さんは俺を見てそう言った。俺は苦笑して「どうですかね」と言った。
俺の祖父は有名な祓い屋で、当時は雨宮家もその業界では栄えていたらしい。しかし、それが続いたのも祖父の代までだった。祖父の息子である俺の親父は能力に恵まれず、祓い屋の道は諦めざるを得なかったのだそうだ。
じきに祖父は他界し、雨宮家はもう終わったと、誰もがそう思っていたところに、“見える”力を持つ俺が生まれたのだ。
長坂さんは、能力のある俺に霊感の使い方を教えてくれた、今思えば師匠のような人だ。祖父のこともよく知っており、一緒に仕事をしたこともあったのだそうだ。
神主の行うお祓いと、祓い屋と呼ばれる者たちのお祓いは少しタイプが違うらしいが、長坂さんは神主ながら、少し祓い屋に近い技術を駆使していたのだと、今になって思った。あまりよくない噂も聞く人だが、少なくとも俺にとっては恩師のような存在で、とても優しい、勇敢な人だ。
○
依頼人は、俺と同じ高校の同じクラスに通う男子生徒だった。山岡というやつで、友人と三人で心霊スポットへ行ったところ、痛い目にあったのだそうだ。今日来ていない二人の友人は軽い霊障を受けただけだったので、長坂さんが簡単なお祓いを一人で済ませたらしい。
「な、なぁ、君って、同じクラスの雨宮くんだよなぁ」
山岡が俺の方を見て言った。
「うん、そうだよ」
「なんで、君がいるの?」
「お祓いの手伝い。バイトみたいなもんだよ」
俺がそう言うと、山岡は驚いたような顔をした。
「マジで!?除霊とかできんの?」
俺は頭を振った。
「いや、まだそんなのはできない。それと、今日やるのは“除霊”と。違うんだよ、この二つは」
以前、長坂さんから教わったことがある。“除霊”というのは、とり憑かれた人間の中から霊を追い出すことで、完全に霊を消滅させるには“浄霊”をしなければならないのだそうだ。
それを山岡に説明していると、お祓いの準備を終えた長坂さんが俺達の元へ戻ってきた。
「さぁ、二人とも社殿の中へ」
長坂さんに促されて社殿に入ると、何やらいつもと違う仕掛けのようなものがあった。
「少し手強いから、仕掛けを使おうと思ってな。しぐる、そこに立っててくれないか?」
俺は長坂さんに言われた場所に着いた。そこには、仕掛けに繋がる縄のようなものがあり、俺がなんだろうと眺めていると、長坂さんは「それを引っ張ると仕掛けが作動するから俺が合図したら引っ張ってくれ」と言った。
長坂さんが山岡を座らせ、その向かい側に立つ。
「始めるぞ」
そう言って長坂さんは呪文を唱え始めた。すると山岡は俯き、何かをブツブツと呟きながら身体を小刻みに震わせた。山岡の声は次第に大きくなり、ふと止まったかと思うと、突然「やめろっ!!」と叫んだ。その声は、もう山岡のものでは無かった。
長坂さんが呪文を唱える声を大きくすると、山岡の中から何かが出てきた。それはモヤモヤ沸いてきたかと思うと、突然ものすごい勢いで飛び出してきた。
「しぐる!今だっ!」
長坂さんに言われた通り、俺は縄を強く引いた。すると文字のようなものが描かれた紙が等間隔で付けられた縄が周囲に張り巡らされ、結界を作り出した。
山岡の中に潜んでいたものは、結界の中央で小刻みに震えながら唸っている。そいつは黒い人型だけで表情のようなものは分からず、やがてその影が薄くなり、最後は断末魔の叫びと共に除霊されていった。
俺と長坂さんはホッとため息を吐いた。山岡は気を失って倒れている。
「やりましたね・・・」
「うむ、助かったよしぐる。よく怯まなかったな」
「アハハ、慣れちゃってますからね・・・」
いつから慣れてしまったのか。異形のモノは怖いけれど、それらを見るのは嫌いではない。
もし、ひなが霊として今も存在しているならば、俺は会うことを望むのだろうか。それとも・・・。
作者mahiru
雨宮しぐるの過去の話。