これで会うのは3度目だね。
でも残念、最近は私の所に相談に来る人が減ってね…。
どうも、猿夢の件で来たあの3人が原因らしいよ。
ほら、3人とも死んじゃったじゃない?それで、この事務所に相談に来ても解決せず、死んじゃう。
って噂が出ちゃったんだってさ。
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でもまぁ、折角だし…昔話でもする?
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これは、十年前の話。
「霊が視える女の子」がいた。
その子は幼い頃から霊を視る事ができた。
当然、まだ霊と人間の区別がつかず、時折危ない目にあったりもした。その度、彼女は親に怒られたり、心配をかけたりしてしまった。
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暫くして、霊と人間の区別がある程度わかるようになった時、彼女は既に孤立していた。
彼女の周りの人間は、自分に視えないものが視えるその彼女を恐れ、不気味がり、そして拒んだ。
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当時、その彼女は17歳。みんなに拒絶され、恐れられたその子は、既に人間に対しての感情がほとんど無く、ただ、つまらない世界を眺めているだけだった。そんな時…。
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「こんにちは。君は、霊が見えるんだって?」
帰りのHRが終わり、彼女が帰ろうとした時、彼が現れた。彼は彼女と同じ17歳。
彼女はまた、からかいに来たんだな、となんとなく思っていた。だから、冷たく返した。
「………だから?」
そんな彼女の態度にも不満を示さず、彼は続けた。
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「実は、僕も視える…という程ではないけど、そういうものの気配、とでも言おうかな?まぁとにかく、それを感じることが出来るんだ」
彼女は驚いた。何故なら、そんな突拍子も無いことを言い始めたのだ。しかも、初対面で。思わず、
「はぁ?」
と素っ頓狂な声を上げた。
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彼は苦笑し、
「ごめん、いきなりで驚いたよね…。でも、本当だ。君は、僕よりも感受性が高いから視ることが出来るんだろうけど…。僕は、視る事が出来ないんだ」
「……本当に?」
「え?」
「本当に感じるの?」
彼女は彼をまだ疑っていた。長い間拒まれ、恐れられてきた彼女は、そう…人間不信になっていた。
「………やっぱり、信じられない、かな?」
彼はそう言って、悲しそうに笑った。
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「証拠」
「え?」
彼女はボソッと、小声で言った。
「本当、なら、証拠見せて」
そう言うと、彼は俯き、黙った。
ほらね、やっぱり感じることが出来るなんて嘘じゃないーーーーーーそう言おうとした時、彼は顔を上げた。
「残念だけど、今証拠を見せることは出来ない。だって…」
「………なに?」
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「だって、今、この場には霊が存在しないから」
「………………」
今度は彼女が黙る番だった。事実だ。今この場には霊はいない。
「わかった、信じてあげる」
彼女はそう言って、微かに微笑んだ。
「あ、うん…ありが、とう……」
彼は少し赤面しながら彼女に礼を言った。
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それから、彼女と彼は時間さえあれば霊のいる場所に赴き、色々な噂の真相を確かめた。
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例えば、昔そこで殺され、恨みを持って現れる女性の霊の噂。
例えば、もう数十年誰も住んでない廃墟に出る謎の人影の噂。
例えば、霊の通り道、所謂霊道に夜な夜な霊の群れが出る噂。
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ほとんどがデマカセだったけど、彼女は楽しかった。一緒に歩いて、一緒に話して、一緒に笑って……。そんな『普通』の事が、楽しくて、嬉しくて、彼女はいつしか、彼に恋慕を抱いていた。
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彼も同じく、彼女に恋慕を抱いていたらしく、二人はすぐに恋仲になり、共に同じ家で暮らし始めた。それが、彼女の幸せの絶頂だった。
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二人は妙な噂を聞いた。
どうも2人の住んでいる家のすぐそばにある廃墟。そこに、霊がいるという噂。
二人は昔のように、噂の真相を探りに行った。しかしどうも他の場所と様子が違う。
二人は確信した。
『ここは本物だ』と…。
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「ねぇ……」
彼が声を発する。
「なに?」
彼女は周囲を警戒しつつ、彼に答える。
「速く、此処を出よう。嫌な感じがする。」
それは彼女も感じている。しかし、彼女は一つだけ疑問があった。
(彼はこんなに臆病だったっけ?)
彼はいつも、堂々としている。物言いこそ穏やかだが、その心には自分の信念を持っている、強い人だった。
「どうしたの?いつもより随分と怯えているようだけど」
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「本当に、嫌な予感がする。…………まるで、此処の霊が僕達を殺そうとしているような…そんな感じがするんだ」
「………あなたの言うことはもっともだね。わかった、戻ろう」
その時だった。
『………逃がさない』
誰かの…否、何かの声が、聞こえた。
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「……え?」
思わず漏れ出た声。そしてそれをかき消す音が響く。
ギィィィィ…バタン!
扉が閉まる音、そして「何か」の声。
『ここからは、出られない』
瞬間、二人は後悔した。
(こんな所に来なければ…!)
『あなたたちは、もう、出られない…ここで………死ぬ』
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「………どうしよう」
彼女は困り果て、彼はずっと黙ったままだった。
やがて、彼が決心したように上を向き、何処へともなく話しかける。
「……悪いのは、僕だ…。呪うなら、殺すなら、僕だけにしてくれないか?」
「……何を言ってるの?」
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「彼女は悪くない、全て僕の責任だ。僕が彼女の身を案じないで、半ば遊び半分で此処に来てしまった……彼女の方がずっと、ずっと怖くて、覚悟があったというのに…僕はそれを踏みにじったも同じだ。だから……」
「………いい加減にして」
静かな、それでいて確かに怒りの色を孕んでいる声が聞こえた。言うまでもなく、彼女だ。
「私は、あなたのおかげで、今もこうして生きている。今、笑っていられる。それなのに……心の依代でもあるあなたがいなくなったら、私は、私は……!」
怒り、そして悲しんでいながらも、自分の想いを伝える。彼は微笑み、
「大丈夫…」
と、一言だけ言った。
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『あなたたちは、逃がさない。1人も』
「いいや………逃げられないのは、僕だけさ」
『……………』
何かの声が沈黙を放つ。
『ではこうしよう……あなたたちのどちらかは死に、どちらかは呪いを受ける…』
「もちろん、死ぬのは僕だ」
「いいえ、死なせない」
彼の覚悟を決めた言葉を、それでも彼女は否定する。
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「何故?僕は…死ぬことより、君を失うのが怖いんだ。だから、僕が代わりに…」
「違う」
「……え?」
「あなたは、私を失うのが怖いと言ったよね?でも……それは私だって同じ。何故、死ぬより辛いことを私に押し付けるの?共に生きるか、共に死ぬか…。その二つで十分」
彼は黙る。静かに、彼女の話を聞いている。
「…………私を置いて、1人だけ死のうだなんて……あなたまで、私を苦しめるの?悲しませるの?」
「それは……」
彼が答えを言おうとする。
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姿を見せない何かは、二人の様子を静かに見守っていた。これから2人は何を企むのか。それを知るために。
「………わかった…」
やがて、彼女がため息混じりに何かへの同意の意思を示すと…。
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『では、答えて。あなたたちのどちらが死んで、どちらが呪いを受けるか』
「…………死ぬのは」
「…………呪われるのは」
二人は同時に喋る。まるで、合唱のように、それは旋律を奏でていた。
「……彼だ」
「彼女だ」
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それは、お互いにとって、何処までも残酷で、悔しくて、恐ろしくて、そして、悲しい、選択だった。
そして、彼は死んだ。
そして彼女は呪われた。
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何かは、彼女に最後の言葉として、こう伝えた。
『その呪いは、あなたの大事なものを失わせる。たとえこの先、恋人が出来ても、それが失われる…。あなたに、幸せになる資格なんてない』
彼女は、これでよかったと思った。
(私は、彼以外を、愛せない……でも、それでいい。それで…………)
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そして、彼女は彼を死なせたのは自分だと、ずっと思っているんだ。そう、今この瞬間も、彼女は彼への謝罪で心が埋まっている……。
これが、彼女の人生なんだよ。
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私の、過去。
決して消せない、罪。私は今も、彼を想っている。これからも、ずっと、ね。
作者プリンヒルデ
はい。遂に【神成弥子シリーズ】という名に決めたので、これからも少しずつ書いていきます。
ついに明かされた、彼女の過去。しかし、まだ彼女には秘め事がある。それは……。