桜色のカーテンがひらひらと風に揺れる。こぼれる冬の朝日が君を包む純白のシーツを照らした。
何よりも愛おしい君、安物のカメラなんかでは到底見ることが出来ないほどクリアに僕は君を見続けている。どんな小さな寝息一つも、聞き逃す事は無い。
このポイントからだと君の寝顔は見れないが、ゆっくりと上下する布団が君という天使の存在を証明していた……
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ジリリリリッ!
目覚まし時計が鳴り響く。もそり、と小さな山から白く透き通った腕が伸び、ガシリとそれを掴んで布団の中へと引きずり込んだ。
音が止む、再び雲のように柔らかな静寂が部屋に満ちる。
一分…、二分…、五分…、十分……
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がばっ
不意に布団が宙に舞った。揺れるカーテンがその勢いに隙間を広げ、色付く楓のようにべっとりと赤い寝巻きを着た君を、透明な光が照らし出す。
あわあわと慌てた君の表情、手にはまだ目覚まし時計を持っていた。胸もとの一つ多く外れたボタンに、僕は少しドキドキする。
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「やばっ、二度寝した……!」
君は慌ててベッドから跳ね起きると、雲のような掛布団から脱出する。ひゅう、と冬の風が背中をなぞった。
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「さむっ!、なんで窓開けっぱなしなの?!」
君は不用心にも、昨日部屋の窓を開けっぱなしにしていた。夜中まで頑張って作業して、部屋の換気にと開けたまま眠ってしまったのだ。
ブルブルと、まるで子ウサギように体を震えさせ、君は窓を閉める。
「あ、昨日お風呂入ってない......」
君は窓に反射する自分のボサついたショートヘアを見て、もぉと鳴くように風呂場の方へと走って行った。
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もしかして昨日の内に僕の体液が混ざった浴槽に浸かるのだろうか、そんな期待が頭を過ぎり、嬉しいような恥ずかしいようなこそばゆい気持ちになる。
少しバタついた朝だけれど、今日から始まる君との生活に僕は心躍らせる。
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これからは僕が君を守ってあげるからね。
僕は、両親ともが海外出張で家に一人きりの君が心配なんだ。
だから、君は、瑞穂あゆかは、僕が守らなくちゃいけない。
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当然だよね。だって、僕が一番、君を愛しているんだから。
君は、僕がずっと君を見ている事に気が付かないほど鈍感だし、窓を開けっぱなしにしちゃうくらい不用心だ。
こうして僕が君を見守っていなければどうなってしまうことやら……
いや、もしかしたら、こうなるように運命が働いたのかもしれない。君の身の安全を僕が見守り、僕は君とずっといられる。
互いが互いを思いやって、まさに両思い。そうだ、これはやっぱり運命なんだ。
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シャワーからあがってきた君は、高校の制服に着替え始めた。僕は紳士だからちゃんと君が着替える時は目をつぶる。
そして、君は朝食にと小さな菓子パンを頬張り、やや大きめのリュックを背負って学校へと向かった。
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勿論、そのリュックの中からも僕は君の安全を確認する。
でも、僕のせいで重たくないかな…….
やや急ぎ足で登校する君の歩調は少しばたついている。ガサガサと暴れた教科書が立てる音が少し大きいような気がした。本当は君の顔が見たいのに、その肩を支えてあげたいのに、鞄の中からだとそんな音が聞こえるだけで、僕は君の背中から音を拾うことしかできないのがもどかしかった。
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どれくらいか経ったら、君は自分の教室にたどり着いた。リュックが机の横にかけられ、どたばたという音が無くなると外の様子が聞きやすくなった。
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「おはよーあゆか〜、お?昨日まで暗い顔してたのに、今日は何か楽しげじゃん。なにかいいことあった?もしくは片想い中の彼とまたあらぬ妄想でもしてたー?」
前の机から声がする、このアホみたいに明るい声、おそらく石田さんだろう。
「あ、おはよう。って何よ“また”って私そんな妄想癖無いから!
…というか、私ってそんな顔に出やすい?」
「分かりやすいっていうかなんていか…、はっ!もしかしてついに彼に告白する気になったとか!?」
「えっ?こ、告白?!」
君はその言葉に強く反応する、初々しい反応だ。
「私にはわかるのだよ、いつもより大きめのリュックなんて持ってきちゃってさぁ、さてはプレゼントでも用意しちゃってるんじゃないのー?もう!クリスマスはもう少し先だぞーっ!!」
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石田さんはよくこうやって君をからかっては、わたわたと慌てる君の様子をひやかす。君のかわいさを知る一人ではあるが、空気も読めない。
「そ、そんなんじゃないって…!」
「なはははー冗談冗談っ、いやぁ恋する乙女はかわいいですなー」
「もぉ、すぐそうやって人をからかう。」
「ごめんってー、でも、あゆかは奥手だから、ストレスでヤンデレ化しないか、お母さん心配だわ〜」
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もしこの人が母親だった場合の方が心配である。
「はいはい、ストーカーになんてならないので安心してください。」
「でも、なんて言ったって妄想クイーンだし。」
「それも違うって言ってるでしょ!」
「ほんと?心配だわ、あゆか、学校生活は充実してる?宿題はちゃんとやったの?」
「はい、ちゃんとやりましたよ、数学のプリント、提出期限今日ですし。」
「……え?」
「…え?」
石田さんが硬直する。その様子に君も思わず聞き返してしまった。
「……提出期限、今日だっけ?次の授業までじゃないの?」
「赤井先生言ってたじゃん、身内の結婚式でいないから明日集めて提出するようにって。」
「…マジ?」
「マジですよお母さん、授業中寝るからそうなるのです。」
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キーンコーン、カーンコーンー、
無情にもホームルーム開始の鐘が鳴った。
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詰んだー!とうるさく喚く石田さんが、ちょうど教室に入ってきた担任に一喝されるのが聞こえたが、そんなことはどうでもいい。
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ホームルームが終わり授業が始まると、さらさらとノートの上で君がペンを走らせる音がする。
こうやって君と同じものを聞き、感じることができる幸せを、僕は噛みしめる。君と僕はずっと違うクラスだったから、この状況が未だに信じられない。つい昨日までだったら、学校を休んでこんなことをしているなんて考えられない僕だったけれど、今はこれでよかったと思っている。僕は幸せだ。
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四度目の授業終了の鐘が鳴ると、途端に教室は騒しくなる。
君は石田さんと机を合わせ、隣の教室からやって来た山下さんと三人で昼食を取る。中学からのいつもの三人だ。
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「っていうかさー、数学毎回課題多過ぎなんだって〜」
石田さんはまだなんか言っている。そこに山下さんが反応する。
「こっちのクラスだとそんなこと無いけどね。」
「ウソッ!それずるく無い!?」
「でも担任ゴリアゴだよ?」
「え〜宿題多いのよりマシじゃんかー」
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全くもって低脳な会話である。君にまでその低脳が移らないか心配だ。
「ねえ〜あゆかも一緒にヤマヤマのクラスになろうよ〜」
「なんで私まで?」
「だってー、隣のクラスには愛しのカレがいるじゃない!」
「なっ!いいわよ別にそんなの!」
「毎日部活で会ってるもんねー」
「ちょっとヤマヤマまでー!」
「そう言えば、彼今日休みだったんだよね、あゆかなんか知ってる?」
「……いや、…知らない……」
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むすっとした声で君は答えた。教室のあちこちから聞こえるザワついた騒音がうるさい。
「それじゃあ今日告白出来ないじゃんかー!」
「だから違うって言ってるでしょ!」
「ほうほう告白とな、それは聞き捨てならないねぇ」
「そうなんだってっ、わざわざ彼と選んだリュックで来ちゃってさぁー」
石田さんと山下さんが勝手に盛り上がっている。
「もうーだから違うって!」
「このカバンの膨らみ、やはり告白用のプレゼントでも用意してたんじゃない〜?」
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「もう課題のプリント見せてあげない。」
「調子乗ってすいませんでした。」
君の言葉に石田さんが即答する。
「…よろしい。」
優しい君は石田さんをすんなり許すと、カバンを膝の上に乗せてチャックを半分くらいまで開く。
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「あっ」
「どうかした?」
「プリント入れてたファイル、部室みたい……」
「なんだ、あゆかもドジっ子じゃん」
「うるさいっ、ちょっと取って来る。」
「いってら〜」
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君はリュックを再び机の横に掛け席を立つと、教室を出て行った。ガラガラという音。残された二人はお喋りを続ける。
「あーあ、あの二人もやっとくっ付くと思ったんだけどな〜」
「まあ、あゆかが告白しても振られるかもしれないけどね。」
「それなー、でもあゆか去年からずっと片想いじゃんか……そうだ!せっかくだから用意したプレゼント確認しよーよ!」
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……は?
その言葉に僕の思考は一瞬止まった。
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……こいつ、今なんて言った?
まさか、このリュックの中身を確認しようとしているのか?このリュックの中身を勝手に?
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「えー本当にプレゼントなの?さっき違うって言ってたじゃんか」
「いや、こう見えて私鋭いカン持ってるって言われるし、絶対なんか入っているって」
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訳が分からない。こいつは一体何を言っているんだ。
やめろっ!そんな事はするなっ!そう声を出そうとしても、悲しい事に声帯が震える事が無くて焦ってしまう。
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「でもあとで怒られない?」
「大丈夫、大丈夫、バレないってー」
そう言って机の横に掛けられてリュックのチャックに手がかけられる。
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触るなっ!!思わずそう叫ぶ。しかし肺から喉へ空気が送られない。
マズイ、見つかる。このままじゃあ見つかってしまう。こいつの事だ、何をしでかすか分かったもんじゃない。もしかしたら大声で喚くかもしれない、そうなったら最悪だ。
ジジジジッとチャックが開く音、リュックの中に、霞んだ様な白い光が入り込んでくる。
やめろっ!開けるなっ!!見るなっ!!!
やめろっやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろっ!!!!!
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だが、カバンは開かれた。
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石田さんの腕が邪魔な教科書をどかし、その下にあるものが白日の下に晒される。
平和だった教室に、布を裂く様な絶叫が響いた。
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…
…
…
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12月14日、つい昨日の事だ。
僕はある女の子に告白された。
美術部の活動が終わって、いつものように同学年の瑞穂あゆかさんと一緒に帰る所だった。
美術部は全員で4人しか居ない小さな部活で、その中でも2年生は僕と彼女の2人だけ。
だからか、あまり女性と関わりを持たなかった僕も、彼女とは仲良く話すことが出来た。
でも、その瑞穂さんが僕をずっと好いていた事は知らなかったし、彼女の事は一番仲の良い女友達だと、ずっと僕は思っていた。
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告白してきたのは、知らない1年生だった。
下駄箱で2人並んで帰る所に、その子は待ち伏せていた。
その顔が熟れたリンゴのように赤かったのは、夕陽のせいだけでは無いのだろう。
僕と瑞穂さんと1年の女の子、3人しかいない昇降口は、やけに寒くて静かだった。
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女の子は僕のことを好きだと言った。一目惚れだと、そう言っていた。付き合って下さいとまるで鉛筆で描かれたような影がかった手が突き出される。
僕は、よく分からなかった。好きという事がどういう事か。貴方を想うと胸が熱くなると言われても何もピンと来ない。
僕は否定も肯定も出来ないまま、付き合うか断るかはっきりしないまま、その場をやり過ごしてしまった。今思えば、酷い事をしてしまったと思う。
帰り道、はっきりしなかった僕に瑞穂さんは何も喋らず一緒に帰路についた。いつものT字路で、また明日ねと手を振った。
何故だかやけに気まずくて、薄暗い空を背景に歩く君の後ろ姿を見ると、胸が締め付けられる様に苦しかった。
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その晩、僕は何だか眠れなくて、瑞穂さんにLINEを送った。どうすればいいか僕が相談出来るのは彼女だけだった。
彼女は相談に乗ってくれた。でも、どこか不機嫌そうだった。
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そして、ウチに来て、と言われた。
もうすっかり夜中だったけれど、両親はもう寝ていたし、彼女が一人暮らしをしていると知っていた僕は、何も考えずに彼女の家へ向かった。
だけど、心の何処かでは行かないといけない気がしていた。
瑞穂さんは寝巻き姿のまま僕を招き入れると、リビングへと通した。四人掛けの机に、向かい合って座る。
そして、彼女は僕に尋ねる。
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あの子の事をどう思っているのか
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なんと答えるつもりなのか
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他に好きな人がいるのか
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……私の事をどう思っているのか
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僕はその全てに、分からないと答えた。
そうとしか、答えられなかった。
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彼女は全ての質問の答えを聞くと、俯いたまま黙ってしまった。その顔は前髪に隠れて伺い知れない。ただ、両の肩が震えている。
彼女は席を立ち、俯いたまま台所の方へと歩いて行った。そして、何かを取り出しリビングに戻って来た。
右手には冷たく光る包丁が一本。
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彼女が俯いた顔を上げる。唇の端がきゅっと締まって、瞳には大粒の涙が溜まっていた。
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「ずっと、好きだったんだよ……」
か細く、震えた声が耳に届く。
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彼女は両手で包み込む様に包丁を握って、僕の胸元に突き刺した。
…僕は、何も出来なかった。
だけど、ズキンと痛む胸から血が流れ、僕はこの時初めて自分の気持ちに気が付いた。
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……そうか、僕はずっと前から、君の事が好きだったんだ……。
胸に広がる痛みを僕は熱いと感じた。靴箱であの1年生が言った胸が熱いという感覚が解った気がした。
君は側にいてくれた、何かと世話を焼いてくれて、いつも僕に笑い掛けてくれていた。君の涙を見て、君の想いが聞けて、やっと僕は初めて気が付いた。
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でも…、遅過ぎたなぁ……
薄れゆく意識の中で、僕は微笑みながら言った。
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「ずっと君が好きだった……」
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…
…
…
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『次のニュースです。
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12月15日、◯◯県◯◯高校でリュックに詰められた遺体の頭部が発見されました。
リュックの持ち主である瑞穂あゆか容疑者(17)は同日、警察に取り押さえられ、殺人の容疑で逮捕されました。
警察の取り調べに対し被告は、「彼は私の事が好きだった、こんな姿になっても私の事を見守っていた」などと妄言しており、
また彼女の同級生は「彼女の一方的な恋だった、まさか殺すなんて思わなかった。」とショックを隠せない様子で、また、「昔から妄想癖のある子だった」と証言しており…………
作者ふたば
お好きな様に読み取り下さい。
最後まで読んで下さった皆様ありがとうございます。
誤字脱字、日本語間違い等御座いましたら遠慮無くお申し付け下さい。
ちなみにヒトの頭部は5〜6kgほどらしいです。