都心からさほど離れていないこの駅もあながち捨てたものではない。今日というこの日を盛り上げる為の煌びやかな電飾たちが至る所に散りばめられて華やかだ。
電光掲示板によるとあと三分程で急行がやってくるようだ。
最期の晩餐。
私は飴玉を一つ口の中へ放り込むと、ベンチに腰掛けイヤホンを耳に当てた。マッキーがチキンライスがどうのこうのと歌っている。この曲は私のお気に入りだ。
「クリスマスか」
高台にあるだけあって、このホームから見える景色は中々の絶景だが、吹き上げてくる風が強くて長時間いるにはかなり堪える。外も寒いが私の心も寒い。家に帰ったとて、私を迎えてくれる家族などいないからだ。
私はこのホームから線路に飛び込み、数分後にやってくる電車に轢かれて死ぬつもりだ。
こんな簡単な事で私は今までの苦しみから解放され、楽になれるのだ。35年の長い人生に幕を閉じる。なに、喜ぶ者はいれど悲しむ者なんて一人もいない。
ひやりと冷たいものが顔に当たり、見上げると風の中に雪が混じっていた。
「…電車まだかな」
顔を上げたついでにもう一度電光掲示板へ目をやる。ようやく電車は一つ前の駅を通過したようだ。
「あの夜もこんな…粉雪の混じるとても寒い夜じゃった」
不意に聞こえたその声に、私の身体は一瞬、ビクっとなった。
見ると、いつの間にそこに座っていたのか、小豆色のジャンパーにニット帽を目深に被り、丸眼鏡に白ひげの老人が私のすぐ隣りに座っている。
「ワシがまだ若い頃じゃ。こうやって電車を待っておると、ホームの下から女の啜り声が聞こえてきての。何気なく線路の方を覗き込んだんじゃが…」
勝手に話し始めた老人の話を聞きながらも、イヤホンからは丁度いい具合に達郎さんのクリスマスイブの前奏が始まった。
この曲もド定番だが、私のお気に入り曲だ。
「ワシはあんな恐ろしいモノを見たのは後にも先にもあの時だけじゃ。胸から下のない血だらけの女が両手だけで線路を這っとったんじゃ」
いやはや、鬱陶しいジジイに絡まれてしまった… しかもなぜか私達の周りに人がいない。普通ならこの時間はホームに人が溢れかえっている筈だ。
顔にかかる雪の粒が大きくなってきた。
今夜は吹雪くのだろうか?
「ワシも馬鹿じゃ、すぐに目を反らせればいいものを。その女はワシと目が合うなり「助けてくれ!」と言わんばかりに手を伸ばしてきおったんじゃ」
おかしい、あれからずいぶん時間がたっている。電車はまだこないのか?私はイヤホンから流れ出した「白い恋人達、清水翔太バージョン」を口ずさみながら、今一度、電光掲示板を見上げた。
「な、ないだと?!」
驚いた事に、そこにある筈の電光掲示板はなく、不気味なほどに大きな月がぽっかりと浮かんでいた。
ベンチから立ち上がり周囲を見渡してみれば古びた木製のホーム、前にも後ろにも鬱蒼と木々が生い茂り、目の前を横切る単線の線路は月の光に照らされて鈍い光を放っていた。
「ど、どこだよここ!!」
「どこだっていい。とにかくワシの話を聞きなさい」
老人はどうしても最後まで話したいようだ。
「女は上半身だけで器用に線路から這い上がってきてワシの腕を掴んだんじゃ。『痛い、痛い、痛い、痛い』と繰り返しながらの」
老人は血迷ったのかなんなのか、急に私の腕を掴んで引っ張った。強烈な血と生乾きの匂いが漂う。気持ち悪い、離せ!!
イヤホンからは入れた覚えのないB’z先生の「いつかのメリークリスマス」が流れている。古っ!ま、まあ淳一の「クリスマスキャロルの頃には」よりマシか…
「や、やめろ!離せ!!!」
しかし、老人は物凄い力で私を線路へと引っ張っていく。
「女はワシに言った。一緒に逝こうとな」
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン
遠くで遮断機の閉まる音がした。
プアン!と危険を知らせる警笛が鳴る。
「ワシは女に殺されたんじゃよ。痛かったなー、いや、一瞬の出来事じゃったから痛みを感じる暇もなかったかも知れんな、ふおっふおっふお」
「どっちだよ!」とツッコミを入れたい所だが、老人の目がマジなのでやめておいた。てか、つまりこやつは私も電車に轢かせて、こいつらの仲間にでもしようと言いたいのだろうか?
「さあ、一緒に逝こう」
「やっぱり!!」
足元の枕木がガタガタと振動し、明るい光が目前まで迫っている。電車が来る!やめろ離せ!私はまだ死にたくない!た、助けて!助けて!助けて!
「助けてくれーーー!!!」
…
…
痛みも寒さも感じない。
私は死んだのだろうか?
「ふおっふおっふお、目を開けなさい」
そこには赤い帽子を被った丸眼鏡に白ひげの老人が微笑んでいた。
「さ、サンタクロース?」
「ふむ、人間界ではワシの事をそう呼ぶそうじゃの」
意味深な老人の言葉に軽く苛立ちを覚えたのだが、私も大人なので、老人の次の言葉を待つ事にした。
「今日は聖夜じゃ、ワシもこの世に留まった魂の回収で大忙しじゃ。お主は人生に絶望し、あのホームから飛び降りるつもりでいたんじゃろ?」
「……… 」
「ふおっふおっ、何も死を急ぐ事はない、実際お主もまだ死にたくないと言っておったではないか… この世には生きたくてもそれが叶わない人間が沢山おるんじゃ。
何があったかは知らんが、ワシの仕事をこれ以上増やさんでくれ」
サンタはそう言うと、赤い帽子を取って私に向かってウインクをした。
「メリークリスマス♪」
「つか、帽子とったらカーネルサンダースじゃねえか!!」
…
…
私は駅長室で目を覚ました。
目撃者の話によると、私はホームギリギリの所で立ちすくみ、涙を流しながらBoA先生の「メリクリ」を口ずさんでいたそうだ。
私はあの日以来、フライドチキンが大嫌いになった。
そして私はその翌年に結婚し、二人の子供を授かった。
長男が4歳になった時「サンタクロースさんは僕の所にも来てくれるかな?」と言った。
少し考えて、私は「そんなもんいねーよ!」と叱った。
【了】
作者ロビンⓂ︎
こんな噺を…ひひ…