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長編14
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地獄のクリスマス

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街を埋め尽くす、赤、白、緑。

華やかなイルミネーション、賑やかなBGM。

12月24日。

今日は何の日だったけか?

近所のスーパーの特売日だったっけか。

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shake

「ケーキセットいかがですかー?あ、そこのお兄さん、ケーキいかがですか?」

ケーキ屋の前を通り過ぎようとしたところ、トナカイのコスプレをした可愛い女の子に声をかけられる。

俺は立ち止まり、ちらとショーケースの中を覗き見る。

そこには、一人では食べるにはやや大ぶりの、色とりどりのケーキの数々。

二人だったらちょうどよさそうな大きさの――。

俺が視線を逸らすと、店員のトナカイは俺に興味をなくしたようで、別の通行人に声をかけている。

いたたまれず、足早にその場を立ち去る。

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夕闇に包まれた通りは、人であふれていた。

寒さも増してきたが、それでも人々は笑顔を浮かべている。

俺はややうつむきがちで、コートに顔の下半分をうずめながら、家路を急ぐ。

その進路をふさぐように、手をつないだカップルが何組も、俺の前を歩いている。

中にはいわゆる、『恋人つなぎ』なる手のつなぎ方をしているカップルも見えて、心がささくれ立つ。

あえてカップルの間を、つないだ手を弾くように進みたいという邪心が湧くが、通報されたくないのでぐっと我慢する。

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ああ、そうさ。わかっている。

とぼけたって無駄だ。目から耳から、世界が俺に問いかけてくる。

『どーして君は今日、ひとりでいるの?』

『今日は恋人と一緒に過ごす日でしょ?恋人との素敵な時間を過ごす、聖なる夜でしょ?』

『そんな日に、君はどうしてひとりなの?ねえねえ、どうしてひとりなの?』

俺の名前は神田タケシ。26歳、彼女なし。

12月24日。

今日はクリスマス・イヴだ。

shake

知ってるよ、クソッタレ!

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一人暮らしの部屋に帰りつき、コンビニで買ってきた弁当を食べ、大量の酒とつまみを横に置きながら、PCにかじりつく。

いいんだいいんだ。俺は今夜は一晩中、ネットの連中と楽しくニコニコ過ごすんだ。

ネットの中には俺と同じ、ひとりでイヴを過ごす連中であふれている。

俺にはこいつらがいる。こいつらには俺がいる。

みんな仲間だ。ひとりもの仲間。

ひとりもの万歳だ。

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大体、昨日と今日で世界の何が違うってんだ。たかが年末の一日に過ぎないじゃないか。

今日は絶対、恋人と過ごさなきゃいけないなんて、誰がいつ決めたんだ。

ひとりでいちゃいけないなんて、法律で決まっているわけでもあるまいに。

あれか、神様が決めたとでも言うのか?だとしたら、酷い神様もいたもんだ。

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そんな神様には、俺が文句言ってやる。責任者出てこいってんだ。

なんで俺たちがこんなに肩身が狭い思いをしなけりゃなんないんだ。

俺たちに何の罪がある。

俺たちの罪は――、

罪は――、

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シングルベール……シングルベール……鈴が鳴るー……

低い、うめくような声が聞こえる。

俺は、いつの間にか眠ってしまったのか?

顔の下がいやに固く、ゴツゴツして痛い。まるで岩場の上にいるようだ。

それに、身体を包む空気が熱されたように暑く、体中がベトベトした汗で濡れている。暖房を強くし過ぎたのだろうか。

そして、硫黄泉の脇にいるような、卵の腐ったような、饐(す)えた厭な臭い。

ダメだ、とても寝ていられない。

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「んん……」

思い切って顔を上げる。

次の瞬間、俺の眼に映ったもの。

それは見慣れた部屋の景色ではなかった。

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一面に拡がる殺風景な岩石地帯。

そこここから吹き上がる、もうもうとした熱気、ガス。

グラグラと煮立った、真っ赤な池。

そして、半裸で逃げ回る、大勢の人。

それを追いまわし、大きな手で身体を捕まえ地面に押し倒し、首や手に縄をかけて引きずっていく、大男たちの姿。

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それは絵本やなにかで知る、地獄の景色によく似ていた。

ただ、よくよく見てみると、違っている点がちらほらあった。

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人々を追い回す、角の生えた大男たち。

その角は牙を逆さにしたような、そんな形ではなかった。

枝分かれした細い棒のような。

そう、それはトナカイの角だった。

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それもそのはず、大男たちの半分は、トナカイのコスプレをした鬼たちだった。

今日、街のケーキ屋で見かけた女の子のような……。

こちらは大男たちの隆々とした筋肉で、コスプレ衣装がピチピチになっている。

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そしてもう半分はサンタコスをした鬼たちだった。

真っ赤な衣装に白いトリミング、三角形のナイトキャップ。そしてナマハゲのような牙を生やした怖い顔。

とんでもなくアンバランスだった。

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岩場の奥にそびえたつ、刺々しいシルエットの山。

最初は地獄然として光景に、針の山かと思っていたが、よくよく見てみるとそれはなんと巨大なモミの木だった。

黒々とした木の枝には、様々な飾り付けがしてある。どうやら巨大なクリスマスツリーのようだ。

ただ、その飾りが腹を枝に刺された本物の人でなければよかったのだが。

してみると、木のてっぺんに燦然と輝くのはベツレヘムの星ならぬ、死兆星か。

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shake

「な、なっ……!」

あまりのことに俺は言葉にならない声を漏らす。

立ち尽くす俺を、ぬっと巨大な影が覆い隠す。

振り返って見上げると、サンタ姿の鬼が俺をじっと見降ろしていた。

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逃げる間もなく、あっさり俺は捕まった。

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首に縄をかけられ、俺は犬のように鬼に引き連れられる。

血のように真っ赤に染まった、地獄のような景色の中を、ただ黙って歩かされる。

俺の耳には亡者たちの悲鳴と吹き上がるガスの音、それに、鬼の口から洩れる、低い、うめくような歌が聞こえている。

『シングルベール……シングルベール……鈴が鳴るー……』

先ほど夢うつつに聞いた歌。こいつらが歌っていたのか。

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やがて俺の目の前に、巨大な朱塗りの門が見えてきた。

なんだこれは。天国の門ならぬ、地獄の門か。

地獄に獄舎、となると次にくるのは――。

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shake

「よくぞ来たな、罪人番号57896番。貴様の名前は【神田タケシ】か。

何故自分がこの場に連れて来られたか、貴様の罪がわかっておるか?」

巨大な人影。俺の横に並ぶ、鬼たちよりもさらに巨大な。まるで一つの山のような巨体。

憤怒の表情で亡者の罪人を裁く、地獄の裁判長といえば、いわずと知れた閻魔大王――、

ではなかった。

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そこに鎮座していたのは、真っ赤な服に白のトリミング、三角形のナイトキャップに、腹までかかる真っ白なひげをたくわえた、憤怒の表情のサンタクロースだった。

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「貴様はこの聖なる夜に、恋人と過ごすことなくひとりでおった。

そもそも貴様には恋人と呼べる人間はおらん。

この怠惰、この不敬。

貴様の罪は海よりも深く、山よりも高い」

そう言い放ったサンタ閻魔に、俺は恐れを忘れて思わず噛みついた。

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「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ!

なんか色々と間違っていてツッコむ気も失せるが、それでもひとつ言わせてくれ!

なんで、クリスマスにひとりで過ごすことが罪なんだ!

誰に迷惑をかけたわけじゃない。誰が決めた法でもない。

それなのに何で俺が裁かれなきゃいけないんだ!」

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shake

「だまらっしゃい!」

火山の噴火のように、腹に突き抜けるような大音量で、サンタが一喝した。

「クリスマス・イヴは恋人と過ごす。これは儂が決めた儂の法なのだ。皆が幸せになるようにな。

それが証拠に、恋人と過ごす彼ら彼女らは、誰も一様に幸せそうではないか。

恋人との楽しいデート、素敵なディナー、相手を想ってのプレゼント、夜のお楽しみまで。

ほれ見い、誰もがハッピーじゃ。

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それを貴様らのようなひとりで過ごす連中は、カップルを憎み、世を恨み、負を振りまいて生きている。

これが罪でなくてなんとする。

よって儂が貴様らを裁く。貴様の罪を数えろ。

さあ選べ。罰も様々なバリエーションを取り揃えておる」

そう言うと、サンタ閻魔は背後から巨大なフリップを取り出してこちらに向けた。バラエティー番組の司会者のようだ。

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「その一、本日カップル予約でいっぱいの高級レストランに、おひとり様で予約を取っておる。

夜景の綺麗なムーディな店内、出されるのはフランス料理のフルコースじゃ。

周りの席は、愛を語らい見つめあうカップルばかり。

そんな中、砂を噛むような、涙の味のフルコースをご賞味ください」

――厭すぎる。拷問のような時間だ。即刻退店したい。

「シェフはコース料理を平らげるまで貴様を逃がさない」

――ダメだった。

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「その二、本日カップルでいっぱいの、東京湾ネズミの国へ、おひとり様でご招待。

ナイトパレードを最前列で見せてやる。

色とりどりのイルミネーション。夢のような音楽。

寒くても、ふたり手をつなげば心まで温かい。

ああそうだ、貴様はひとりぼっちだったな」

――イルミネーションが涙でにじんで、さぞかし綺麗なことだろう。

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「その三、真冬のレクリエーション、大迷路大会。

渋谷、池袋、鶯谷の、予約いっぱいのラブホ街の小路を、ひとりウロウロをさまようのだ。

変にまばゆいラブホの建物の照明の中、貴様の姿はカップルたちにどう映るかな」

――リビングデッドみたいな異分子感だな、きっと。

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「さあ選べ。さあ、さあさあ」

サンタ閻魔はフリップを俺の顔に近づけ、選択を迫ってくる。

このまま俺は、罪を償わされるのか。

クリスマスでひとりでいた罪を。

罪――、

罪――?

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shake

「ちょっと待てよ!」

俺は吠えた。

このままひどい目に遭うくらいなら、せめて言いたいことを言ってから捕まってやる。

第一、俺は納得していない。

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「大体、なんでクリスマス・イヴを恋人と過ごさなきゃいけないだ!

お前が決めた?知らねーよ!法律で決まってるわけでもないし、決められる筋合いもねーよ!

大体、いつから恋人と過ごす日なったんだ?そんなのマスコミと、飲食産業と、貴金属販売店と、ラブホ業界の陰謀じゃねーか!

クリスマスなんて年末のただの一日に過ぎない!

元々クリスマスなんて、日本に存在しないイベントだったんじゃないか!

ハロウィンもそうだが、クリスマスにしろバレンタインにしろ、外来のイベントが幅を利かせやがって!

それでもいて盆踊りとか除夜の鐘とか、日本の伝統的な行事を騒音問題とひっかけて文句を言う頭のおかしいクレーマーが湧くんだからやってらんないね!

江戸時代にクリスマスがあったか?そんなときに恋人たちが愛を語りあってたか?

ぽっと出の外来イベントに毒される日本人の悪しき風習だよまったく。

それに、少なくとも子供の頃のクリスマスはもっと夢にあふれてたぞ!

家族でパーティをして、子供がプレゼントを楽しみにしながら、枕元に靴下さげて寝る、そんな日だろ?

ラブホでサカるための日じゃねーんだよ、クリスマス・イヴってのは!」

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ハアハアと息を切らしながら、俺は一気に言葉を吐き出した。

俺の剣幕にひるんでいたサンタ閻魔だったが、やがてブルブルと震えながら顔を怒りで真っ赤に染めた。

――やられる!

俺は死を覚悟したが、言いたいことを言い切った満足感も同時に感じていた。

と、

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shake

バカーン――!

背後の巨大な門が、音を立てて開いたかと思うと、雪崩のように亡者が押し寄せてきた。

閻魔も、獄卒の鬼たちも驚いて慌てている。

亡者の一人が俺の肩を力いっぱい叩いて叫んだ。

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「よく言ってくれた!

俺たちもクリスマスにひとりだからといって、この地獄に堕とされた者たちだ。

男も女も、老いも若きもいる。

アンタの言葉、皆感動したぜ。

そうだ、俺たちは悪くない!悪いのは『クリスマスは恋人と過ごすもの』と決めつけ、それに従わせようとする奴ら、それに盲目的に従っている世の馬鹿どもだ!

さあ、アンタが俺たちを率いてくれ!ともに閻魔を打ち倒そう!」

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皆の視線が俺に集まる。

突然のことに戸惑っていた俺だが、やがてうなづいて手を挙げた。

そしてそれをサンタ閻魔に向かって突きつける。

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shake

「俺たちは悪くない!ひとりのクリスマスは悪くない!ひとりはみんなのために、みんなはひとりのクリスマスのために!

俺たちのクリスマスを取り戻せ!

悪しきサンタ閻魔を打ち倒せ!」

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shake

オオーーーー!

武将の号令に鼓舞された軍勢のように、鬨(とき)の声をあげて亡者たちが閻魔庁に乗り込んでくる。

サンタコスやトナカイコスの鬼たちを押し流し、本丸たるサンタ閻魔の元へ濁流となって。

山のような巨体の閻魔の身体に、蟻のような亡者たちが、這い上る。

それはやがて巨体を足元から徐々に覆い尽くし、大男を地面に押し倒した。

――もう一息だ!

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地獄でそのような騒ぎが起こっていた、ちょうどその頃でございます。

御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、おひとりでぶらぶらお歩きになっていらっしゃいました。

池の中に咲いている蓮の花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色の蕊ずいからは、何とも言えないよい匂いが、絶間なくあたりへ溢れております。

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 やがて御釈迦様はその池のふちにおたたずみになって、水の面を覆っている蓮の葉の間から、ふと下の様子をご覧になりました。

この極楽の蓮池の下は、ちょうど地獄の底に当っておりますから、水晶のような水を透き徹して地獄の景色が、ちょうど覗き眼鏡を見るように、はっきりと見えるのでございます。

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 するとその地獄の底に、神田タケシという男が一人、ほかの罪人と一緒に蠢うごめいている姿が、御眼に止まりました。

この神田タケシという男は、クリスマスをひとりで過ごすという罪を犯した罪人でございますが、それでもたった一つ、善い事を致した覚えがございます。

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と申しますのは、ある時この男が友人に誘われて、数合わせで合コンに参加した時のことでございます。

男女三対三で始まった飲み会でございましたが、男女それぞれ、ひとりは数合わせ要員ということで、神田タケシと雲野ハル子は、場の雰囲気になじめず、それぞれちびちび酒ばかり飲んでおりました。

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やがて一次会はお開き、そのまま二次会にという頃には、ハル子は酒が弱いこともあって、グロッキーになっておりました。

他の四人はそんなハル子のことを内心邪魔だと思いましたが、ただひとり、神田タケシだけは彼女の身を案じて、あれこれ介抱してやり、家へと送り届けてやりました。

まあ、後日、泥酔していた彼女に介抱された時の記憶はなかったのですが――。

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御釈迦様は地獄の容子を御覧になりながら、この神田タケシ(以降カンダタ)にはハル子を助けた事があるのをお思い出しになりました。

そうしてそれだけの善い事をした報いには、出来るなら、この男を地獄から救い出してやろうとお考えになりました。

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幸い、側を見ますと、蓮の葉の上に、極楽の蜘蛛が一匹、美しい銀色の糸をかけております。

御釈迦様はその蜘蛛の糸をそっとお手にお取りになって、玉のような白蓮の間から、遥か下にある地獄の底へ、まっすぐにそれをお下ろしなさいました――。

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shake

「やった!ついにサンタ閻魔を倒したぞ!俺たちの勝利だ!」

俺は亡者の軍勢に宣言した。歓声が響く。

「このまま、現世のクリスマスに浮かれるカップルたちに鉄槌を下しに行く!

今宵、地獄の窯の蓋は開かれたのだ!

俺たち『シングルベル軍』が、正しきクリスマスの姿を世に取り戻すのだ!」

オオーーーー!

鬨の声が上がる。

さあ、征くぞ――!

と、

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その時、俺の眼の前に、光る美しい糸が現れた。

見上げると、それははるか地獄の空の上の上から、俺に向かって垂らされているようだ。

その糸の先には、俺の携帯電話が浮かんでおり、今まさにそれは着信を告げていた。

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「なんだこれ?誰からだ?」

俺は、亡者の軍勢に『ちょっと待って』と待ったをかけておいて、電話に出る。

「もしもし?」

「……あ、もしもし?神田さん……ですか?」

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若い女性の声だった。どこかで聞いたことのある声だ。誰だっただろうか。

「あの……、私、このあいだの飲み会でご一緒した、雲野ハル子です。

あのとき、私すごく酔っぱらっちゃって……。気分が悪くなったところを、神田さんに介抱していただいたって聞きました。

ごめんなさい、私、あの夜の記憶がなくて。

今日、あのとき一緒に参加した友人に、実は神田さんが私を介抱してくれたんだよって教えてもらって。

それで、遅ればせながらなんですけど、お詫びと、お礼をさせていただけたらって思って……」

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雲野ハル子!思い出した!

このあいだの合コンの時に、俺が介抱した女の子だ。

引っ込み思案で、あまり会話は弾まなかったけど、けっこうかわいいなって思ってた。

あの後なんの連絡もなくて、酔ってるところを見られて気まずいかなとも思って、俺も連絡をしていなかったが。

でも、お礼って――。

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「神田さん、今日、お時間ありますか?

もし、神田さんがよろしければ、一緒にご飯とかいかがかなって思って……」

「え……、でも今日クリスマスだし、雲野さん、一緒に過ごす人がいるんじゃ……」

ハル子は少しむくれた声を出して言った。

「もー、つきあってる人がいたら、合コンなんて行きませんよ。

それに私、神田さんとふたりだけで、ゆっくり話してみたいなって思ってて……」

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それを聞いて、俺は一気に興奮した。

雲野さんが?俺に?今日これから、クリスマスに俺と?

不意に携帯電話が俺の手を離れ、ゆっくりと空へと浮かび始めた。

俺は慌てて垂れ下がった糸に飛びつき、携帯を追ってそれを登り始めた。

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「あ、でも、神田さんの方がクリスマスに急にお誘いしたんじゃ、無理ですよね……?

一緒に過ごす彼女さんがいたりしたら……」

「いません!そんな人いません!ひとりです!」

俺は大声で否定する。糸を登りながら、上昇を続ける携帯に向かって叫ぶ。

見上げると、地獄の空を覆う厚い雲に切れ間が出来て、その先まで糸が伸びている。

ひょっとして、俺はこのまま、この地獄を抜けられるんじゃないか?

ひょっとして、俺も恋人と一緒のクリスマスが過ごせるんじゃないか?

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俺の胸が期待で膨らむ。

彼女とデート、素敵なディナー、とっておきのプレゼント、そして夜は……ムフフ。

糸を手繰る俺の手が早くなる。

と、

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ふと下を見ると、眼下に広がる赤茶けた地獄の景色。

そして、今登ってきた糸の先に、蟻のように取りつく亡者の群れ。

「カンダター。俺たち、ひとりのクリスマスを取り戻すんじゃなかったのかー」

「恋人と過ごすクリスマスなんて、ふざけた幻想をうち壊すんじゃなかったのかー」

「お前だけ、やっぱり恋人と過ごすクリスマスなんて、今更そんなこと言うんじゃないだろうなカンダター」

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俺の体重を支えているのが不思議なほどの、細い頼りなげな蜘蛛の糸だ。

それをあんな大人数が下から登ってきたら、切れてしまうに違いない。

俺の蜘蛛の糸。

俺だけの雲野糸。

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shake

「馬鹿!離せ!これは俺の糸だ!俺だけの蜘蛛の糸だ!お前たちは手を離――」

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その瞬間だった。

今までなんともなかった蜘蛛の糸が、俺のぶら下がっているところから、ぷつりと音を立てて切れた。

俺はあっという間に、独楽(こま)のようにクルクルまわりながら、地獄の底へ、真っ逆さまに堕ちて――。

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後にはただ極楽の蜘蛛の糸が、きらきらと細く光りながら、月も星もない空の中途に、短く垂れているばかりでございます。

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こちらに登録して初めて感想書かせていただきます。
綿貫氏の作品が一番好きです。
このお話も、大変楽しく拝読しました。

クリスマス一人だっていいじゃない!

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メッチャ面白かったです(^^)
「カンダター…」耳に残ります(´-`)

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クリスマス一人で悪いかー!と強がりを言ってみたりして(lll-ω-)

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連続投下ですみません。
どうやら、間違っていたようです。
芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の元ネタ話は、ドイツ生まれのアメリカ作家のホール・ケーラスという人が書いた『カルマ』の翻訳『因果の小車』が正しいようです。この方は、宗教研究家でもあったようですね。
私は随分長い間、てっきり、ドストエフスキーの小説『カラマーゾフの兄弟』の中に出てくる「1本の葱」のお話が原典かと思っていました。どうやら、詳しく調べてみますと、今の定説は違うらしいですね。
私も年ですね。旧い説しか知らなくて。(笑)
イブの夜に失礼いたしました。

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メリークリスマスがベリークルシミマスになってしまいましたね。(笑)
「クリボッチ」だなんて嘆くことはないのに。男女のつながりは、「赤い糸」なんてロマンチックなものではなく、「蜘蛛の糸」のような、いつ切れてもおかしくない怖くて危険な綱渡り・・のようにも思われてしまいます。
一見脆く弱弱しい「蜘蛛の糸」ですが、その実、粘っこくて、狙った獲物は離さない!!もがけばもがくほど絡みつく・・・。芥川龍之介の蜘蛛の糸の原典は、ロシアに伝わる童話ともいわれています。たしか、ネギのしっぽだったかと。「蜘蛛の糸」の方が、ずっと説得力がありますよね。芥川龍之介は、実に、素晴らしい感性を持っていたんだなぁと改めて思います。

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