やあロビンミッシェルだ。
これはまだ俺が実家に住んでいた頃の話なんだが、夕方からのバイト時間が迫っていたので慌てて着替えをしていると、一階から賑やかな声がした。
降りてみるとリビングには知らない中年女性と小学生くらいの女の子が二人いた。髪型は違うが顔がそっくりなので双子なんだとすぐに解った。
「あらロビンちゃん久しぶり、おばちゃんの事おぼえてるかしら? 暫く見ない間に大人になっちゃって。うふふ、中々のイケメンじゃないの」
どうやらこの人は母親の友達で、今日は娘達を連れて遊びに来たらしい。俺がまだガキの頃に一度会っているらしいが、全く記憶にない。
遥々遠方からだという事で、今日は泊まっていくとのことだ。
軽い挨拶を交わし、バイトへ行くために玄関で靴を履いていると、磨りガラスの向こうから此方を覗く人影が見えた。背の高さ、目鼻立ちからそれがまだ幼い少年だという事が解る。
どうも少年はガラス戸に顔を近づけて中の様子を伺っているようだ。
なんだもう一人子供がいたのかと思い戸を開けてやると、たった今しがたいたはずの少年の姿が一瞬にして消えてしまっていた。
「兄貴、はやく行かないとバイト遅刻しちゃうよ?」
玄関口でキョロキョロしている俺に向けて、ちょうど学校から帰宅した妹の夏美が声をかけてきた。
「お、おう!」
すれ違い様に夏美は小さな声で「後は任せて」みたいな事を言っていた、
…
三時間のバイトを終えて帰宅すると、人ん家の玄関前に、上半身裸に半ズボン姿の男の子が三角座りをしていた。
なんとなく夕方見た少年だと感じた。色白でオカッパ頭、それはまるで某ホラー映画に出てくる俊雄君そっくりだった。
俺に気づいた俊雄君はすっくと立ち上がり、かすれた声で「これ、お母さんに渡して欲しいんだけど」と言った。
差し出された三つ折りの紙切れを受け取ると、俊雄君は満足したような笑みを浮かべてペタペタと足早に走り去っていった。そう言えばどこからか猫の声が聞こえたような気もする。にゃー
家へ上がり、酒盛り真っ最中の大人達の中へ割って入ると、件の中年女性が赤い顔で俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「男前のおかえりだーい、ロビンちゃんもおばちゃん達と一緒に飲もう!」女性は甲高い声を上げながら芋臭い息を俺の顔に浴びせ掛けてきた。
「ちょ、ちょっと待って下さい、俺一応未成年なんすけど!」
「けっ!なーにを生臭い事言ってんだい不良のくせに!あんたのお母さんから聞いたよ、小5からグレ初めて散々警察のご厄介になってるんだって?」
女性は目を釣り上げ台所にいる母と夏美をひと睨みした後、空いたグラスに芋焼酎をドバドバと注いで俺の方へ差し出してきた。
「さあ、のめ!!」
こうなったら俺も男だ。
アルコールは苦手だが、売られた喧嘩は全て買うのがポリシーである。小さな頃からヒップホップ育ちで、悪そな奴は大体友達なのだ。噛まれるのは好きだが、舐められるのは好きではない。
俺がクビっとそれを豪快に飲み干すと、女性は「良くやった!」と俺の肩をバンバン叩いてきた。痛い。酔っているからなのか力加減を知らないようだ。
女性はガハハと大きく笑うと、一転、気が抜けたようにソファに腰を落とした。
「実はさ、おばちゃんにも息子がいたんだよ。娘達の三つ上にね。生きてたらもう中学生だよ」
女性は点いてないテレビを見つめながら、ボンヤリとそんな事を言った。
「生きてたら?」
「ええ、あの子が5歳の時だった。おばちゃんのちょっとした不注意で事故で死なせちゃったんだよ。もし生きてたらロビンちゃんみたいに男前になってただろうに、私のせいで…」
後ろから見る女性の肩はいつの間にか震えていた。
「おばさま」
その時、今まで黙っていた夏美が女性に声を掛けた。
「さっきも話したように、俊雄君は貴女を怨んでなんかいませんよ。今でも貴女を愛しています。その証拠に…」
夏美の鋭い視線が俺に向けられた。
「兄貴、俊雄君から預かった物があるでしょ?」
「え?ああ!」
心の声『俊雄?ああ、さっきの気持ち悪いガキの事か。ババアの迫力のせいですっかり忘れていたよ。
てか、俊雄ってw
まんまじゃねーかw 』
俺は笑いを堪えながら、内ポケットに入れていた紙切れを取り出した。
「おばさん、これ」
しかし紙切れを手渡した瞬間、それはボロボロになって女性の手のひらに散らばった。よく見るとそれはビスケットのようなお菓子のクズだった。
女性はそれを見た途端、ワッと泣き出し、うずくまってしまった。
「ね、おばさま分かったでしょ?俊雄君は時々お供えしてくれる大好きなビスケットがとっても嬉しいって言ってるの」
夏美は女性の肩に手を回しながら、諭すように言い、女性はウンウンと頷きながら夏美の手をギュッと握り返していた。
その時、俺はふとソファの裏に落ちていた三つ折りの紙切れに気づいて、それを開いてみた。
シ ネ シ ネ ミンナ シ ネ
紙には可愛い丸文字でそう書かれていた。
その時、音もなくカーテンが揺らぎ、一瞬、窓の外にべったりと張り付いている俊雄君らしき姿が見えた。
俺の目が確かなら、俊雄君は夏美を見ながらケラケラと笑っていた。
【了】
作者ロビンⓂ︎
全国七万人の夏美ファンの皆様、大変お待たせ致しました!!そして今年もよろしくお願い致します!…ひひ…