【私は忘れっぽい】
今日この日を待ちに待っていた。
私は、初めて恋をした。今まで異性に対して、こんな説明のつかない気持ちになったことがなかったが、これが恋だとすれば、見ているだけで気持ちがそわそわしたり、側に居たいと思ったりすることに説明がつく。
今日は女の子の一大イベント、バレンタインデーである。
女の子から男の子にチョコレートをプレゼントして、告白できる日。
私は朝から張り切って、彼にプレゼントするためにチョコを手作りした。
ハート型の型に湯煎したチョコレートを流し込み、固まったところで、愛の言葉と共に彼の名前をデコペンで書いた。完璧。はじめてにしては上手く出来たと思う。
鞄にそっと忍ばせて、放課後を待つ。
そして、彼を校庭の隅に呼び出したのだ。
「これっ!チョコレート、あげるっ!」
私は緊張して、肝心の告白を忘れてしまった。
彼は一瞬びっくりしたけど、ニッコリと笑うと受け取ってこう言ったのだ。
「ありがとう、ユイ。」
ああ、私は、いつも大事なことを忘れてしまう。
ユイは私の名前ではない。
双子の姉は、私と好みが似ていることをすっかり忘れていた。
食べ物や洋服の趣味が同じであれば、きっと男の子の趣味も同じなのだ。
私の中で激しく嫉妬の気持ちが湧き上がった。
ユイと私は一心同体のようなもので、今までこんな感情は持ったことがなかったのだ。
「いだだだだだだだ!いっだあああああい!いぎゃあああああああ!」
突然うずくまる私を見て驚き、彼が私を支えた。
「ど、どうしたんだ?大丈夫か?」
「おな、おなかがあああああ!いっだあああああい!」
おなかを抱えて転がりまわる私を見て、彼は慌てて回りの大人を呼んできて、救急車を呼んだ。
救急車で病院に運ばれると、すぐに両親がかけつけた。
玉のような汗をかきながら激痛に襲われても、私がユイを恨む気持ちはおさまらなかった。
「虫垂炎ですね。」
心配する両親に医師が告げ、すぐに手術をしなくてはならないと言う。
私は狂喜した。
これで私は、晴れて堂々と彼にチョコレートを渡して告白ができるんだ。
生まれた時からずっとユイと一緒のことに何も疑問を持たなかったし、ずっと私はユイの中で共に暮してきたのだ。恋を知るまでは、ユイの中から出ることなど、想像もしていなかった。でも、ユイには彼を渡したくないの。
執刀した医師は言葉を失った。
「これは大変珍しい。寄生性双生児ですね。」
私が強く望んだことによって、ユイの体に激痛をもたらし、望みどおりに私は、ユイの外に出ることができた。
でも、私は大切なことを忘れていたよ。私はユイの体の中でしか生きられないということ。
そう、私には名前はないの。ユイの体の中でずっと一緒に時を過ごしてきた。
私はずっとユイと共に生きてきて幸せだったから、ユイに干渉することは一度も無かった。
でも、コウ君だけは、ユイに渡したくなかったの。
盲腸と一緒に切り出された、私の体だった脳の一部と歯と髪の毛はゴミのように捨てられてしまった。
「ユイ、大丈夫か?」
「うん、もう大丈夫だよ。盲腸だったんだって。」
「そっか。でも、すぐ退院できるんだろ?」
「一週間だって。」
「よかったな。」
「うん、でも、私の体の中から、変なものが出てきたらしいの。」
「変なもの?」
「うん、寄生性双生児っていうの。」
「キセイセイソウセイジ?」
「うん、なんか卵子の突然変異だとか。よくわかんないけど。」
「大丈夫なのか?」
「うん、もう取り除いたから平気。」
それから1年後のバレンタインデー。
「なあ、俺たち、あれから付き合って1年になるな。」
「バレンタインデーが記念日なんて、ロマンチック!」
「記念に写真撮るか。」
「うん!」
二人は肩を寄せ合って、スマホを片手に自分達の写真を撮った。
スマホを覗き込んだユイは異変に気付き、きゃっと叫んでスマホを放り投げた。
「どうしたんだ、ユイ。」
「こ、これ・・・。」
ユイの口元の横にもう一つ口が開き、中から乱杭歯が飛び出ていて、べっとりと濡れた髪の毛が顔に張り付いていた。
ユイ、私は体は失ってしまったけど、自由に空を飛べるようになったんだよ。
コウ君は絶対に渡さないって言ったでしょ?
私はたぶんなんにでもなれるんだよ。
たぶんユイにもね。
作者よもつひらさか
もうすぐバレンタインですね。
怪談を書きましょうw