蝉の声が聞こえる。
静まり返った事務所に反して、相変わらず外は騒がしい。硝子越しにぼーっと外を眺めていても、人っ子一人通らない。太陽に熱されたコンクリートは、誰かとの思い出のように揺らいでいる。あの日も、今日と同じように陽炎の立ち揺らめく真夏日だった。赤い目の少女は、赤いランドセルを背負いながらたった一人で歩いていた。俺は彼女に声を掛けて近寄り、頭を撫でる。彼女は俺を見ると、儚げに微笑んだ。俺は、彼女に何と言ったのだったか。遠い夏のことのように、はっきりと思い出せない。僅かに開いた記憶の引き出しから出てきたその言葉は、陽炎のように揺れていた。
「ひなは人間だよ。その能力は、ひなの個性だから」
妹のひなが殺されてから、俺は変わってしまったのだろうか。今の俺は、誰なのだろうか。俺は・・・
ふと、ソファに座り本を読んでいる少女の方に目をやる。彼女も俺の視線に気が付いたようで互いに目が合った。
「何か?」
「いや、何読んでるのかなと思って」
少女は微笑みを浮かべながら本に栞を挟み、表紙をこちらに向けた。
「サガンの小説です。兄から借りてて」
「そっか、そういえばゼロも読んでたなぁ。琴羽ちゃんもそういうの読むんだ」
「はい。私、けっこう好きなんです」
中学二年生でサガンを読むとは、なかなかいいセンスかもしれない。愛・・・サガンと聞いてその言葉が脳裏に浮かんだ。俺は、愛せているのだろうか。彼女を、鈴那のことを。
そんなことを考えていると、事務所の戸が開く音がした。
「ただいま~。琴羽、しぐるさん、留守番ありがとうございます」
「おかえり、ゼロ」
「おかえりなさい」
帰宅した事務所の所長、神原零を二人で迎える。と、不意に俺のスマホが振動した。画面を見ると、鈴那からだ。トーク画面を開くと「デートしよー」と書かれたメッセージがある。断る理由などない。暇すぎて干からびそうだ。
○
不思議なことだ。これほど暑いというのに、駅近くの街には人が多い。いや、俺達の住んでいる場所が田舎だから、そう感じるだけか。本当の都会は、こんなものではないだろう。
「ねぇねぇ、アイス食べにいこーよー」
隣を歩いていた鈴那が俺の一歩前に出て言った。
「いいけど、どこにする?」
「ここだっ!」
彼女はそう言ってデパートを指さした。そちらに目を向けると、視界の端に何かが動いているのが見えた。魚だった。
「なぁ、魚がいる」
俺は宙を優雅に泳ぐ赤い魚を見ながら鈴那に言った。
「あ、ほんとだ!でも、昔に比べて少なくなっちゃったみたいね」
「そうなのか?」
「うん、なんか、あたしらが生まれる前はもっと頻繁に見られたらしいんだけど、最近はこうして稀に見る程度でしょ。なんでかな~って、日向子ちゃんが言ってた」
俺達にしか見ることの出来ないこの美しい魚。夏祭りの時に見た以来か。ちょうどその時に鈴那から聞いたのだ。この魚は死者の霊魂が姿を変えたものなのだと。
「死者の魂がなぁ・・・不思議だ」
「不思議だらけよ。ほんと・・・ね」
彼女はそう言うと俺の手を取った。
「へへっ、はやくアイス~」
「あ、おぉ、そうだな」
○
店内は涼しい。俺達はデパートの二階にあるカフェで取り留めのない会話をしながら涼んでいた。鈴那はアイスが乗っかった夏限定のパフェを嬉しそうに食べている。俺はというとアイスコーヒー、パフェを食べられるほど腹は減ってない。
ふと、俺の視線は鈴那の左手首へいった。見えない怪物の一件があってから、少し気にしてしまう。鈴那は俺の目線に気付くと、僅かに困ったような表情を浮かべた。
「やっぱり、気になるよね~・・・」
そう言って彼女は苦笑した。左手首の傷痕は、苦しみから生まれたものなのだろう。
「・・・いや、自傷ってさ、心に傷を負ったからするものだろう。なら、鈴那の心はそれだけ傷ついてるってことだ。だからいいんだ。その傷は、もうお前の一部なんだから。鈴那は何があっても鈴那、そういうものだと思うんだ」
途中から何を言っているのか自分でもよくわからないが、彼女の痛みは彼女のものであって、俺が下手に触れることはできない。その代わりに、彼女に何があっても受け入れようと、そう思った。
「うん・・・なんか、そんなこと言われたの初めてだ。ヒャハハッ、やっぱりしぐは面白いなぁ」
そう言って照れ臭そうに笑う彼女は、どこか楽しそうだった。いつもの、あの怪異を語るときの皮肉めいた表情とは程遠い、楽しそうな彼女。
「お、面白いか?まぁいいや。なぁ、この後どうする?」
「う~ん。あ、鬼灯堂行こうよ!日向子ちゃんに魚見たこと言おう!」
俺もそれに賛成した。なんだか今日は平和だ。いや、今年の夏が忙しないだけだろうか。
○
鬼灯堂に着く頃、空からは雨が降ってきた。夕立だ。急いで店内へ入ると、十六夜さんの他に俺の見知った顔の人物がもう一人いた。
「あら、二人ともいらっしゃい。雨降ってきたわね」
十六夜日向子さん。薄暗い路地で鬼灯堂という駄菓子屋を営んでいる見た目少女の妖怪だ。
「こんにちは。で、長坂さん!?なんで居るんですか?」
「おお、しぐるか。ちょうど日向子とお前の話をしていたところだ。噂をすれば影というものだな」
もう一人居たのは、俺の知り合いで神主をやっている長坂さんという中年の男性だった。
「あっ!この人が長坂さん?初めまして鈴那でーす!」
鈴那はそう言って右腕を挙げた。
「そうか~君がしぐるの彼女の鈴那ちゃんか。日向子から聞いてるぞ」
長坂さんは笑顔で言った。
「というか、お二人はどういったご関係で・・・?」
俺がそう訊くと、十六夜さんはニコニコと笑いながら答えた。
「なぁに、昔からのちょっとした知り合いよ~。ね~」
「うむ、そんなもんだ。ところで二人とも、何の用だ?」
そう言って長坂さんが俺達を見やった。その問いに、鈴那が思い出したかのように身を乗りでして答える。
「あっ、そうそう日向子ちゃん!さっきね、魚見たんだよ!デパートの前の宙を泳いでた!」
すると十六夜さんは「あら~」と言ってにこやかな笑みを浮かべた。
「そうなのね~、まだいたのね・・・ウフフ、なーんか懐かしいわねぇ」
十六夜さんはそう言って長坂さんを見た。長坂さんも「ああ」と言いながら十六夜さんに目線を合わせるように腰を屈ませ、丸椅子に腰かけた。
「そうだなぁ。今から、ちょうど20年くらい前だったか。日向子、いい機会だから、この子達に話してみないか?」
「ええ、そのつもりだったわ」
十六夜さんは少し苦笑しながら言った。
「え、なに?何のこと?」
鈴那が興味深そうに二人へ訊いた。十六夜さんはそれにウフフと笑いながら、長坂さんとの昔話を、懐かしそうに語り出したのだった。
○
十六夜さんから聞いた話。
強い日差しが照り付ける。蝉たちの奏でる音色は、お世辞にも綺麗だとは言えない。そんな中、一人ぼっちの私はいつもと同じ道を歩いていた。昼下がりの散歩だ。
相変わらずの町に、ずっと住み続けている。そのせいか、町の地図はほぼ頭の中に入っているし、気付けば、人間としてそれなりの地位にも立っていた。元々、人ではないのに。こうして人の姿をして生活している妖怪は他にもいる。それで、悪さをしている妖怪も。けれど私は・・・私の心は、もう人に近いものになってしまっているのかもしれない。
饒舌なのは昔からで、頭もよかった。私は高貴な存在だということもしっかり自覚していた。それでも、決して威張るようなことはしなかった。誰かに言われたからではない。自然とそんな考え方になっていたのだ。悪者になりたくないから。それが一番の理由かもしれない。
「今日も散歩か?」
不意に背後から男の声がした。振り向くと、見知った顔がある。
「なによ、またいじめに来たの?」
「滅相もない。たまたま見かけたから声を掛けただけだ」
男はそう言って微笑を浮かべた。この長坂という男は、地元の神社で神主をしている。というのは表の顔で、本性はちょっと危ない人間だ。
「あんまりしつこいと警察呼ぶわよこのロリコン」
「おいおい、お前自分の外見がそれだからって調子に乗るなよ。中身はバケモンじゃないか」
彼の言葉に少しカチンときた私は攻撃をしようとも考えたが、人を傷付けるのは好きではない。
「これだから人は好かないの」
そう吐き捨てるのがやっとだった。瞼から何かが頬を伝ってくるのがわかる。
「お、おい。ちょっと言い過ぎた。悪かったよ。警察は呼ぶな」
「女の子泣かせた」
「女の子ってお前・・・まぁ、言い過ぎたことは謝罪しよう。飴ちゃん食べるか?」
彼はそう言って着物の袖から飴を取り出した。
「・・・うわ」
「うわとは何だ!飴で釣れんのでは仕方ないなぁ・・・」
何だかんだ言い合いながらも、気が付けば二人で河川沿いのベンチに腰かけていた。
彼と出会ったのは、この時から二年ほど前のこと。確かその時も散歩中だった。たまたま怪しい気を放つ男を見かけて追跡してみると、松林の中で猫を捕えて殺そうとしていたのだ。見ていられなくなった私は男に声を掛け、猫を逃がすように言った。男は私の正体が妖だと見抜いたようで、猫を逃がすと次は私を捕えようと術を使ってきた。その時はすぐ逃げたが、それからというものの、兎に角この男は私にしつこいのだ。
「なぁ、お前は人が嫌いでは無いのか?」
河の流れをぼーっと見つめながら飴玉を食べる私に、隣の男はそう問いかけた。
「人は・・・好きなのかも。でも、アンタは嫌いよ」
「ふん、そんなこと言って結局は俺と居るではないか」
彼はそう言うとこちらを横目で見た。
「アンタがしつこいからでしょ!というか、作戦変更ってわけ?術で捕まえられないから手名づけようっての?」
「全く、お前のような勘のいいガキは嫌いだ」
「ガキじゃないわよ」
なぜあの時、この男を追ってしまったのかを今でも後悔している。本当に気味の悪い、嫌な男だ。
「ねぇ」
そう言って私は彼を見上げた。
「なんだ」
「どうして、私に執着するのよ」
彼は少し考えてから答えた。
「なんだろうな、面白いんだ。俺とは真逆のようで、それでもどこか似ている。そんな気がするんだよ」
「どこが似てるのよ」
私が嫌そうに言うと、彼は苦笑した。
「傷つくなぁ。お前は、妖怪のくせに人間みたいなやつで面白いんだ。でも俺は・・・人のくせに、闇を深く覗きすぎてしまった」
そう言った彼の顔を覗き込むと、どこか悲壮感に苛まれているような表情を浮かべているのが見受けられた。
「神主さんが何を言ってるのよ。もっとほら、神様と関わる人なんだからしっかりしなさいよ」
「ハハハ、そうだなぁ。俺は神主だった」
彼は苦笑した。
不意に、視界の端に何かが動いているのが見えた。
「魚だな」
そう言ったのは彼だった。私もその魚に目をやった。宙を優雅に泳いでいる魚に。
「あっちにもいるわ」
二匹、三匹、四匹・・・と、無数の美しい魚たちが宙を踊るように遊泳していた。ポツリと、何かが頬に落ちてきたような感覚があった。雨だ。
「夕立か」
彼がボソリと呟く。私たちは近くの橋の下へと避難した。それからはずっと、夕立雨の中を優雅に泳ぐ無数の魚たちを眺めながら、何を話すでもなく、二人で雨が止むのを待っていた。
○
雨の音が聞こえている。雨がアスファルトの地面に落ちる音、雨が屋根に落ちる音、雨が街を濡らす音・・・その音を聞いていると、不思議と過去の記憶が蘇ってしまうようだ。十六夜さんが聞かせてくれた話は、この街で過去にあった小さな出来事。俺達が生まれる前、この街で十六夜さんと長坂さんが互いにほんの少しだけ心を許した瞬間の物語。
「日向子ちゃん、今も昔も可愛いねぇ~」
鈴那がそう言いながら十六夜さんの頭を撫でる。
「イヤン、すずちゃんったらもう~」
満更でもなさそうな十六夜さん、確かに可愛らしい。
「長坂さんって、長いこと神職をされてるんですね。それに、良くない噂があるとは聞いたことがありましたけど、まさか本当だったとは・・・」
俺が苦笑しながら言うと、長坂さんは少し真面目な表情になった。
「ほう、噂程度はお前にも知られておったか。まあ、もう隠す必要も無いだろう」
長坂さんは俺の目をじっと見つめてから話を続けた。いや、俺の目の奥に潜むもの。それを見据えているのかもしれない。
「俺はなぁ、お前たち呪術師連盟が要注意人物としている者だよ。御影という名に聞き覚えがあるだろう」
御影・・・その名前なら何度も聞いた。まさか・・・それを察した俺の顔から笑顔は消えていたのだと思う。
「俺がその御影だ」
今まで信頼していた人の、突然の告白。それを、俺はどう受け止めればいいのだろう。と、初めはそう思った。だけど・・・
「そうだったんですか。でも、俺にとって長坂さんは長坂さんですよ」
「ありがとう。お前ならそう言ってくれると思っていた」
そう思うしかなかった。それに、この人が御影なら訊きたいことが山ほどある。
「長坂さん、訊いてもいいですか?」
長坂さんは無言で頷いた。
「蛛螺を呪詛で暴走させたのも、龍臥島に霊を喰う怪物を放ったのも、貴方なんですか?」
今まで御影という男が関連してきたかもしれないことを、ここではっきりさせておきたい。そして、その目的も。
「T支部に北上昴という青年が居るだろう。彼がスパイとして俺の家の守衛に成りすまして来たことがあるよ」
昴が御影のところにスパイとして行っていたのはゼロから聞いていた。
「成りすますって、どうやってですか?」
俺が訊くと長坂さんは少し笑みを浮かべながら答えた。
「あれは幽体離脱だな。守衛の男の精神を乗っ取っていた」
幽体離脱、昴はそんなこともできたのか。長坂さんは話を続けた。
「彼は有能だ。結界師が本職らしいが、幽体術も使えるとは。まぁそれはそれでいい。彼には全て話した。だから、蛛螺が彼を襲おうとしたと聞いて驚いたのだ」
「と言うことは・・・」
「蛛螺に呪詛をかけたのは俺ではない。あの後、昴が直接俺の所へ来て訊いてきたのだ。蛛螺に何かしたのかと。呪術まで俺のモノそっくりだったと言っていた。」
聞いた。確かに覚えている。夜祭後に行われた封じの儀式、それを終えた後、昴は御影がしたことかもしれないと言っていた。
「だが、俺は蛛螺にそんなことをした覚えは無い。昴はその後も何度か家に来て、色々話をしたよ。龍臥島のこともな」
彼は湯呑のお茶を一口飲むと話を続けた。
「確かに龍臥島の件は俺が関わった。黄昏時以外は姿を現さない妖怪だ。閉園後なら、人は居らんと思ってなぁ。霊を喰わせるために放ったんだが、ヤツは意外と小食で無駄なことをしたと後悔しておる。龍臥島、悪霊の数が異常だっただろう」
「はい。あれだけじゃなくて、ここ最近色々起こりすぎじゃないですか?」
俺の問いに長坂さんが頷く。と、不意に鈴那が話に入ってきた。
「ねえ長坂さん、しぐの二重人格について何か知らないの?」
長坂さんは曖昧に頷いた。
「もう目覚めておるだろう。ちょっと出てこい」
彼がそう言うと、俺の身体の主導権が切り替わった。
「俺様のことか?」
俺・・・いや、俺の中に憑依しているサキという蛇のバケモノがそう言った。
「おお、早速ご登場か。もう調子は良いみたいだな」
「おかげさんでなぁ。憑依先がこいつでよかったぜ」
長坂さんとサキは親しく話し始めた。どういうことだ?知り合いだったのだろうか。鈴那もそれに唖然としている。
「とりあえず、元気そうで何よりだ。出てきてもらって直ぐで悪いが、もうしぐると代わってくれるか?」
「おい早いなぁ、まあいいや。じゃあな」
サキがそう言うと俺の意識は自由を取り戻した。
「長坂さん、どういうことですか?」
「サキとは、前に少し話したことがあってな。まぁ、詳しい話は俺が話すよりそいつから聞いた方がいいだろう。その方がお前の妹さんのこともわかるだろう」
「サキがひなのことを知ってるんですか!?」
俺は思わず大声を上げてしまった。
「ああ、まぁ落ち着け。しぐる、さっきお前が言った通り、ここ最近は異常な怪異が多い。何かが起こっているんだ。俺もそれについて調べている」
「俺達にも何か出来ないんですか?」
「お前たちは呪術師連盟の人間として動け。昴が仲介してくれたおかげで、今度T支部の支部長と面会することになっている。その時に色々と話すつもりだ」
「ゼロの親父さんとですか」
「うむ」
呪術師連盟T支部の支部長、神原雅人さんはゼロの父親だ。俺の知らないところで、色々なことがぐるぐると回っている。どうやら俺はその渦の中に、知らず知らずのうちに巻き込まれていたらしい。
「長坂さん、ありがとう」
その言葉は、俺の口から自然と発せられた。
「お?うむ、どうした急に」
「いいえ、やっぱり長坂さんはいい人だ。あ、御影さんと呼んだ方がいいですか?」
俺が冗談交じりに訊くと長坂さんは苦笑した。
「今までどおりでいい。御影というのは仮の名だからな」
「了解、長坂さん!」
気付けば雨は止んでいた。鬼灯堂から見える薄暗い路地は更に暗さを増している。
「しぐ、そろそろ帰ろっか」
鈴那が俺を見て言う。その顔は笑っていた。
「そうだな」
何が正解でどれが間違いかなんて、そんなことはどうだっていい。長坂さんが裏でどんなことをしていようと、俺にとっては保護者とか師匠のような存在だ。だから、俺は俺の心のままに先へ進めばいい。その気持ちを心の中でそっと抱きながら、鬼灯堂を後にした。
○
雨上がりの星空、その下を二人並んで歩く俺達。
「俺さ、今まではひなを殺した犯人に復讐してやろうと思ってたんだ。でも、もうやめた」
「どうして?」
鈴那が俺の顔を覗き込む。優しい笑顔だ。
「なんか・・・なんとなくかな。俺がそう思ったから」
本当にそれしかない。他に理由なんて、何も無い。
「フフッ、そっか。いいと思う!」
彼女は笑っていた。その笑顔は俺の答えを肯定してくれていた。
「鈴那!」
「ふぁっ!?」
・・・
彼女の顔は見えない。どんな顔をしているのかわからない。でも、彼女の唇は柔らかかった。
「・・・ごめん鈴那、嬉しかったから」
自分からしておいて恥ずかしがっているなんて、俺もまだまだ小さい男だ。
「しぐ、ありがと」
彼女の顔を見る。優しい笑みを浮かべた彼女の顔を。
「鈴那、こちらこそだよ」
照れているせいか、真面な言葉が浮かばない。それでも、鈴那は微笑んでいた。彼女のこんな笑顔は初めて見た気がする。俺がいつもより緊張しているからそう見えるだけなのだろうか?それでも・・・もしそうだとしても、俺は嬉しかった。
「さ、帰ろ~」
鈴那は一歩踏み出してそう言った。
「ああ、帰ろう」
俺も彼女に並んで歩いた。明日は何が起こるのだろう。そんな期待と不安の入り混じる感情も、前に進むための動力へと変えながら。
作者mahiru
今回は怖くないです。すみません。