中編7
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言霊 【A子シリーズ】

大学三回生の春のことでした。

 新入生達が我が学舎に期待と不安で胸を弾ませてわらわら入って来る今日この頃、ある新入生の女の子のことをと、A子の下に相談が舞い込んで来ました。

 何か退っ引きならない相談があるとのことです。

 いろいろと目立つA子は、この頃にはちょっとした有名人になっていて、不思議な力を持つことも周知の事実になっていました。

 肉で釣れることも。

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 同じゼミの子の後輩という女の子に会って欲しい。

 そんな頼みに応じることになったA子が、何故か私を同席者として指名しました。

 断固として拒否していた私に何度も頭を下げてくる同ゼミの子に根負けし、渋々ながら了承した私。

 A子のお陰で、私はA子の相方という大変不名誉なキャラに認定されてしまったみたいです……本当にありがとうございました。

 A子with私は、待ち合わせ場所の大学校内のカフェ的な場所に赴くと、同ゼミの子が手招きしています。

 その傍らには、近づき難いドス黒いオーラを噴き出しながら俯いている女性の姿がいます。

 まるで、テレビから這い出して来たようなポピュラーな出で立ちで。

 ついにハッキリ見えるようになったかと、私は膝が震えてしまいました。

 同じゼミの子達の席に対峙するように座るA子と愉快な仲間へと成り下がった私に、同じゼミの子が口火を切りました。

 「A子ちゃん……この子のことなんだけど……」

 何?呪いのビデオテープでも見たの?

 そう言いかけた私の前に、A子がニヘラと笑って前のめりにテーブルに手を付きました。

 「分かってる……取り憑かれてるんでしょ?この子」

 見た目悪霊な女の子を指差してA子が言うと、同じゼミの子は無言で頷きました。

 「先輩!!助けてください!!このままだと死んでしまうんです!!」

 急にガバッと顔を上げ、目をカッと見開いて、A子の手をしっかりと掴むその子に、私は寿命が三年は縮まった気がしました。

 「大丈夫だよ……アタシがついてるから」

 心強い言葉を力なく呟くA子に、藁にもすがる想いでいるその子は、安堵の涙を流しながら精一杯の笑顔を返しました。

 「話してごらん」

 穏やかなトーンで話しかけるA子を信用したのか、その子はゆっくりと話し始めました。

 中学生だったその子(以下、園子)は、友達数人と『コックリさん』なるモノをやったそうで、そのコックリさんが言うには、予言の対価として、園子は二十歳までに死ぬ……と物騒なことを言われた……二十歳の誕生日が近くなるにつれ、不幸があからさまに増え、お迎えが近い、どうしよう……との話でした。

 園子の話にウンウンと相槌を打ちながら聞いていたA子が、園子を見据えて言いました。

 「バカなことしたねぇ……でも、アタシが何とかしてあげるから安心しなよ」

 頼りになるイケメンのような台詞を吐くA子に、園子は何度もお礼を言いました。

 いや、まだ終わってないでしょ?

 この場の空気を破壊しかねない言葉を呑み込んだ私は、ふとA子を見ると、いつものA子の表情ながら、目だけは違っていたA子に体が強ばるのを禁じ得ませんでした。

 ガチA子……とでも言いましょうか、いつも一緒にいる私には、違いが分かります。

 ガチ子……じゃなかった、A子は園子にいくつかの注文を出しました。

 自然の塩、天然の水、ロウソク数本、そして、叙々苑の食事券……。

 そのどれか一つでも欠けたら失敗する。

 そう念押しするA子に、園子はメモを取りながら何度も復唱して、確約しました。

 最後のは関係なくない?

 そんな私の疑問符を吹き飛ばすほどの威圧感を放つA子を、園子はしっかりと見つめ返しています。

 数日中には儀式をするが、それまで「これを肌身離さず持っているように」と、A子は怪しさが半端ない紙で何かを包んでいる小さな何かを、園子に渡しました。

 園子は大事そうに両手でそれを受け取ると、すぐにポシェットに仕舞いました。

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 数日経った儀式当日、またもや巻き込まれてしまった私は、足取りも重く約束の場所へ向かいました。

 待ち合わせ場所に先に着いていた同じゼミの子が、私に手を振っています。

 「A子は?」

 「まだみたい」

 待ち合わせ時間までに来たことなど一度たりともないA子が、私より先に来ている訳もなかったのです。

 A子には行動パターンから逆算して2時間ずらして伝えてあるにもかかわらず、30分以上遅刻してやって来たA子を見て、私は言葉を失いました。

 「どうしたの?その格好」

 A子は白い着物に白い袴を穿いていました。

 まさか、その格好で家から来たのか……。

 まるで巫女さんのようなコスチュームに身を包み、髪の毛を後ろで束ねた凛々しいA子が、恥ずかしげもなくヘラヘラと笑いながら頭を掻いています。

 「じゃあ、行こうか」

 遅れたことの謝罪はなく、遅刻自体なかったことのようなA子に腹が立ちましたが、機嫌を損ねると面倒なので、スルーしました。

 巫女さんと私は同じゼミの子の案内で、園子の家へ行きました。

 部屋へ通された巫女さん御一行は、青白い顔の園子を見て、改めて迫力があるなぁと思いました。

 「チャッチャと始めるよ」

 A子の号令で、私達は準備に取り掛かります。

 園子を正座させ、その四方にロウソクを灯し、水と塩を園子の前に並べます。

 準備が終わると、私は園子の後ろに控えるように言われてしまい、仕方なく言われた通りに座りました。

 巫女姿のA子が、園子の側に立ち、何やらゴニョゴニョと言いながら、園子の頭を掴みました。

 プロレス技みたいに顔をガッチリ掴み、フラフラと園子を揺すります。

 されるがままの園子に、私は若干引きましたが、得体の知れない空気に包まれた室内は、誰一人口を開く者はいませんでした。

 「えいっ!!やーっ!!」

 威勢の良い掛け声と共に、A子は空中に何やら書いて、園子の頭にフワリと乗せると言うか、かけると言うか、そんなアクションをしました。

 ここまで来ると、恐怖すら感じました。

 私はドン引きの向こう側で園子を凝視していました。

 A子は園子の前に並んだ水と塩に、またもや何か書いてから塩を摘まむと、水にINして、かき混ぜるようにコップをクルクルしました。

 その間も何やらブツブツ呟いています。

 「はい、飲んで」

 A子にコップを手渡された園子は、塩水をグイッと一気に飲みました。

 その瞬間、A子は右手で園子の頭の上の宙を抑え、素早く園子のうなじまでスッと押し込むように下げて、首の後ろを掌でグリグリしました。

 「はい、おしまい」

 やりきった感を出しながらA子がニヘラと笑うと、園子の表情は一変して、あどけない少女のような顔でA子に振り向きました。

 「ありがとうございます!!何だか体が軽くなった気がします!!」

 園子は満足気に微笑み、A子に何度もお礼を述べて、叙々苑の食事券を渡しました。

 園子と同じゼミの子に見送られ、A子と私は家を後にしました。

 「さぁ!!叙々苑行くよ!!肉がアタシを待っている!!」

 そのまま行く気?

 あっけらかんとしているA子に、私は軽く引きながら訊ねました。

 「ねぇ、コックリさんってあんなに簡単に取れちゃうモノなの?」

 すると、A子は意外な答えを返しました。

 「は?アタシ、コックリさんなんて知らないよ」

 何……だ…と?

 じゃあ、今しがたの茶番は何だったのか……。

 「あの子は確かに取り憑かれてた……でも、コックリさんじゃないよ」

 「じゃあ、何だったの?」

 私の問いにA子がニヤケながら答えました。

 「自分にだよ……あの子は自分自身に取り憑かれてたんだ」

 A子が空を見上げて続けて言います。

 「そもそも、コックリさんなんて子供が簡単に喚べるモノじゃないんだよ?きちんとした手順を踏まなきゃ」

 「でも、彼女は取り憑かれてるって言ってたよ?」

 納得いかない私が食い下がると、A子は溜め息を一つ吐いて言いました。

 「言霊だよ……二十歳までに死ぬ……そんな言葉があの子を縛り付けたんだ。呪われたって暗示にかかっていただけ」

 「暗示?」

 私が首を傾げると、A子は私を見ながら笑います。

 「そう、コックリさんには代償を払わなければならない……そんな思い込みがあの子に取り憑いてた。

だから、アタシは抜けかけてたあの子の魂の一部を元に戻したんだ」

 「あっ……」

 私はA子の怪しげなアクションを思い出し、溜飲が下がりました。

 「ああいう子は危ないんだよ……何でも簡単に信じて、思い込むから」

 「だから、その格好?」

 私がA子を指差すと、A子は照れもせずに頷きました。

 「そう、似合うでしょ?ハバラで買ったんだ」

 「アキバをそう略す人、初めて見たよ」

 呆れた返事をした私の腕を掴み、A子は駆け出しました。

 結局、巫女姿のまま叙々苑に行ったA子と私。

 その後、除霊師A子の噂が拡がり、園子の友人達の除霊もやる羽目になった他にも、あちこちで叙々苑の食事券を荒稼ぎしていたのは、また別の話です。

Concrete
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