えだまめ 【A子シリーズ】

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えだまめ 【A子シリーズ】

大学きってのQueen of KYこと、A子がまだ麗若き少女だった頃のお話です。

 A子が人智を超えた不思議な力に気付いたのは、小学3年生の時だったそうです。

 それなりに歴史のある造り酒屋の末っ子長女として生を受けたA子は、それはそれは可愛がられ、それこそ、蝶よ花よと育てられました。

 A子のKYは、天性のものではなく、長年に渡り培われたもののようです。

 そんな生まれながらのお嬢様A子の遊び相手は、A子のお祖母ちゃんから近所の野良猫までと幅広く、A子は毎日楽しく過ごしていました。

 その中に種族の垣根を超越した親友のような存在の近所の飼い犬、柴犬のえだまめがいました。

 えだまめはとても利口な犬で、恐らく、当時のA子よりもIQが高かったのではないかと思えるほど聞き分けもよく、よく躾られたインテリジェントわんわんだったそうです。

 A子9歳、えだまめ8歳の姉さんカップルでした。

 A子の故郷は大らかな人達が住む片田舎で、「玄関に鍵?何ソレ?美味しいの?」と、いうくらい平和な地域だったそうです。

 夢見る少女だったA子はいつものように他人様の愛犬えだまめを勝手に引き連れ、見知った町中を我が物顔で闊歩していました。

 勿論、リードなんて上等な物はしません。

 ノーリード、放し飼い状態だったのです。

 A子は近所の行きつけの駄菓子屋でツケで買い物する悪癖を既に身に付けており、地元の名士のお嬢様の威光をフルに使っていました。

 何一つ先のことは考えないスタイルは、この時代に確立されたのでしょう。

 駄菓子屋で沢山の駄菓子を買い付け、神社の階段で貪るライフサイクルを満喫するA子はまさに今のまんまです。

 えだまめはピンと立った耳がとても凛々しいイケメンドッグだったそうで、いつもA子の側で寄り添い、鼻をピクピクさせてSPさながらに見守ってくれていました。

 そんな、彼氏にしたい犬ナンバーワンのえだまめと過ごした時間を、A子は感慨深げに語っていました。

 その日も相棒えだまめと我が町パトロールしていたA子は、河原の葦の繁る草むらで紫色のゴムまりを拾い、縄張りの神社の階段の下でえだまめを従えながらまりつきをしていました。

 拾った物にしては状態の良いゴムまりで、それはよく跳ねたそうです。

 A子はバスケのドリブルよろしく、テンテンと舗装もされてない道でまりつきをしていると、思いのほか勢いのついたゴムまりをスカってしまい、顔面に直撃したゴムまりは道の反対側へと飛んでいってしまいました。

 慌ててゴムまりを追いかけたA子は、迫り来る暴走軽トラに気付かず、アッと思った時には目前に迫っていたそうです。

 その時です。

 「ワンワンッ!!」

 普段は無口なクールガイのえだまめがイケボでけたたましく吠え、A子を後ろから突き飛ばしました。

 道の反対の草むらにヘッドスライディングで飛び込んだA子は、大したケガもせずに済みました。

 大急ぎで体を起こし、えだまめの下へ駆け寄るA子を運転手の爺さまが土色の顔で心配します。

 地元の名士のお嬢様にケガなどさせたら、村八分です。

 いや、一家全員が次の祭の人身御供にされてしまうかも知れません。

 必死で謝り倒す爺さまなどガン無視し、A子はえだまめを探しますが、何処にも姿が見当たりません。

 「えだまめ!!えだまめ!!」

 もはや泣きそうなA子に、爺さまも首を傾げながら一緒にえだまめを探します。

 「えだまめは?!えだまめは何処に行ったの?!」

 爺さまに掴みかかるA子の剣幕に、爺さまは怯えたように首を横に振るだけでした。

 こんなジジイじゃ話にならないと、A子は爺さまを振り切って駆け出しました。

 いつものパトロールコースを何度も巡って、えだまめを探しました。

 幾度となく転び、膝を擦りむいて血が流れようとも、A子はえだまめを探します。

 涙も声も渇れるほど泣き叫びながら、えだまめの名前を呼び続けました。

 夕暮れになり、疲れ果てたA子はえだまめの家に行きました。

 えだまめが帰っていることを祈りながら……。

 えだまめの家の庭には車が1台止まっていましたが、えだまめの姿はありません。

 A子はえだまめの家の玄関を開けて、家人を呼びました。

 人の良さそうなおじさんが出てきて、A子を見るなり血相を変えてA子に駆け寄りました。

 「お嬢ちゃん!どうしたんだい?そんなにケガして!!」

 おじさんの優しい言葉に、A子の渇れていたはずの涙が再び溢れ出します。

 「えだまめが……えだまめがいなくなっちゃった!!」

 泣きじゃくりながら、えだまめのことを詫びるA子におじさんはビックリして言いました。

 「えだまめは8年も前に死んじゃったんだよ……生きていれば16歳だった」

 おじさんの言葉に、A子は言葉を失いました。

 えだまめと過ごしていた、あの楽しい日々は何だったのだろう……。

 雨上がりの泥の水溜まりで、はっちゃけ過ぎて靴を汚して怒られたこと、他人様の家の使ってない納屋に侵入して埃にまみれて怒られたこと、神社の神殿の下に潜り込み、服を破いて怒られたこと。

 えだまめと共に過ごした、あのスイートメモリー達は、全てA子の見た白昼夢だったのでしょうか?

 いいえ、A子の中には鮮明に刻まれたえだまめの温もりやちょっぴり硬めの毛の感触があったのですから。

 「本当にありがとうね……お嬢ちゃんはえだまめのことを可愛がってくれてたんだね……」

 大きな温かい手でA子の頭を優しく撫でてくれたおじさんに、嗚咽しながら何度も頷くA子。

 ひとしきり泣いてからA子が屋敷へ戻ると、A子の母はA子の痛々しい膝小僧を見るなり、すぐに傷の手当てをしてくれました。

 その後、A子を轢きかけた爺さまが平身低頭で、大量の枝豆を屋敷の玄関に置いてったそうです。

 「そんなことがあったんだ……」

 居酒屋の個室でその話を聴いた私は、目頭を熱くしながらウーロン茶のグラスを傾けました。

 「それからアタシはあの世とこの世の存在が、個々別々にあることを知ったんだ……しばらくは混乱してたけど、慣れちゃえば見分けくらいは簡単につくようになった」

 A子にはA子なりの苦労があったんだね。

 人に歴史あり。

 そんな言葉がふと、私の頭を過りました。

 かつての親友、えだまめの話をしみじみ語りながら枝豆をモリモリ食べるA子を、ほんの少しだけ好きになったのは、また別の話です。

Concrete
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えぇ話なんだけど、ろっこめ殿のお話は読みながらどうもニヤニヤしてしまいますな(´ー∀ー`)
創りや語りが上手いのでしょうな(๑¯ω¯๑)
これからも楽しみにさせて頂きますぞ♪

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素敵なお話でした。私自身も犬も猫もいる家庭で育ったので色々と思い出してしんみり、ほっこりしました。次回作も楽しみにしています。

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