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既視感 ~後編~【A子シリーズ】

中編6
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既視感 ~後編~【A子シリーズ】

古めかしい杉板の廊下を私が歩く度に、微かにミシミシと軋む音が響きます。

 薄暗い廊下の突き当たりに浮かぶ、艶々に磨かれた欅の一枚板の壁に手を突いた瞬間、私の全身を衝撃が走りました。

 奥に何かある……。

 それは推測ではなく、確信でした。

 私は壁板を三、四回ノックすると、明らかに板の向こうに空間がある音がします。

 しかし、扉ではなく壁である以上、閉ざされた空間に行く術はありません。

 この先に行かなければならない……でも、欅の壁に阻まれ、それも叶わない。

 悔しさに似た感情が込み上げ、私は壁を強く殴るように一度叩きました。

 その場に崩れ落ち、私の目から溢れ出す涙の雫が、床板の上にポタポタと落ちます。

 私は何故、泣いているのだろう……。

 理由の分からない涙が、床を濡らしていきました。

 ただ床を見つめ、項垂れる私の頭に、柔らかな何かがフワリと乗る感触がありました。

 小さいけれど安心する不思議な感覚に、思わず顔を上げた私の目の前に、さっきの少女が立っていました。

 「待ってたよ、サァ」

 和紙のように白い肌に乗った鮮やかな紅色の唇が、緩やかなカーブを描いています。

 漆黒の髪がちょうど目の辺りを覆い隠し、瞳は見えませんでしたが、私には分かりました。

 黒目がちで真っ直ぐで無垢な瞳がそこにはあると。

 少女は私の手を引き、口を開けた壁の中へ入って行きます。

 少女に連れられて闇の中を進む私の周囲が、仄明るく照らし出され、四畳半くらいの室内だと認識できました。

 土壁に囲まれた殺風景な部屋の中に敷かれたせんべい布団の上に、少女はちょこんと座って、隣をパンパンします。

 促されるまま隣に座った私の方に少女はクルリと向き直って、着物の袂から数個のお手玉を取り出し、器用にジャグリングし始めました。

 宙を躍るお手玉に見蕩れた私が、その鮮やかな手さばきに心からの拍手を送ると、少女ははにかみながら手を止め、私にお手玉を手渡してきます。

 「サァもやってみて」

 見よう見まねで放り投げたお手玉を、私は見事に掴み損ね、布団の上に落ちたお手玉を見た少女が、プッと吹き出しつつ、お手玉を拾い上げました。

 「こうやるんだよ」

 リズミカルに宙を舞うお手玉を、私はワクワクしながら見ます。

 「お姉ちゃんがサァに教えたげるね」

 それから私は、少女にお手玉の手解きを受けました。

 楽しく教わり、どれくらい経ったのか、どんくさい私もそれなりに上手くなってきた頃、少女の手がふと止まります。

 「そろそろ時間だ」

 悲しげに呟く少女に、私は首を横に何度も振りました。

 帰りたくない……離れたくない……。

 そんな想いが胸を締め付けましたが、少女は私の心の内を見透かしたように、私を見つめ、頬を緩めます。

 「サァ……お姉ちゃんね。ずっとずぅっとこうしたかったんだよ?だから、ミィと来てくれた時、本当に嬉しかった」

 少女の言葉が染み入るように、私の中に響きました。

 「ミィがサァを連れて来てくれたんだね……ミィはちょっとワガママだけど、サァの方がお姉ちゃんなんだから、大丈夫だよね?」

 少女の優しく冷たい手が、私の頬に触れた途端、ポロポロと涙が零れ落ちました。

 「うん……私、お姉ちゃんだもん」

 私の頬を伝った涙が少女の掌を濡らし、少女は困ったように笑いながら、着物の袖で頬の涙を拭ってくれました。

 「また…いつか……」

 スゥッと少女の手が私の頬から離れ、私の目の前が少しずつブラックアウトしました。

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 「お姉ちゃんっ!!」

 私がカッと目を開くと、見飽きてしまったA子の顔がありました。

 私は宿泊部屋の布団の上に寝かされていました。

 「会えたみたいだね」

 不気味な笑みを浮かべるA子の言葉の意味を察した私は無言で頷きました。

 「どう?久しぶりの我が家の寝心地は」

 私の頭の中で、今までの一連の不可思議な出来事が繋がりました。

 「悪くないよ」

 私はそう言って布団に顔を埋めます。

 何だか恥ずかしかったんです。

 「昔々、この家に可愛い仲良し三姉妹がいました」

 唐突に始まったA子の昔話に、私は耳を傾けます。

 「とても面倒見が良い長女の弥生、頭でっかちな次女の早苗、天真爛漫な三女の美月の姉妹は、庄屋の娘として何不自由なく育っていました」

 「ちょっと待って!」

 今、聞き流せないワードがあったよね?

 「頭でっかちって誰?」

 「まぁまぁ……」

 私は解せないながらも続きを聞くことにしました。

 「幸せだった娘たちでしたが、突然、長女の弥生が病にかかりました。特に仲の良かった早苗は、隔離された姉と壁越しに話すことも許されず、まだ小さい妹の世話も任されることになりました」

 A子の話を聞きながら、私の頭の中にぼんやりと光景が浮かびます。

 「両親は弥生の病を治そうと、医者や祈祷師を訪ね歩きましたが、病は悪くなる一方です。それどころか、高額な金を要求され、両親は田畑を売るなどして金を工面し、財産は日に日に減る毎日でした」

 私は目を閉じてA子の話に聞き入ります。

 「弥生は自分のせいで家が大変になっていることに心を痛め、早苗は弱みにつけ込む汚い大人たちを見て、人間不信になっていきました」

 A子はお茶を一口啜り、話を続けます。

 「弥生は心身共に衰弱していたために、ある日、部屋で亡くなっていました。いつも遊んでいたお手玉を握りしめて……」

 私はあの少女のお手玉を思い出しました。

 「病がうつらないように、弥生は荼毘に伏され、部屋は堅く閉じられました。遺された姉妹は、姉の最期はおろか、死に顔すら見せてもらえませんでした」

 私の目頭が熱く滲んできました。

 「それから早苗は医者を目指し、未婚ながらも立派な医者として生涯を終え、美月は家を継ぎ、そこそこ幸せな人生を過ごしましたとさ……おしまい」

 何か最後がざっくりしてたのが気になりましたが、概ね納得しました。

 「A子はいつから知ってたの?」

 「あん?」

 私の素朴な疑問に、A子が間の抜けた返事をして答えます。

 「大分前から知ってたよ。ここには何年か前に泊ったことあったし、その時に約束したんだ……いつかアンタを連れてくるって」

 「何で私って分かったの?A子には私と出会うことが分かってたの?」

 矢継ぎ早な私の問いにも、A子は表情一つ変えずに答えました。

 「お姉ちゃんが教えてくれたんだよ……いつかアンタに必ず会えるから、その時は自分にも会わせて欲しい……最期にもう一度だけアンタと遊びたいからって」

 「そんな……」

 私は顔を両手で覆い、声を詰まらせました。

 「もう、お姉ちゃんは逝くべき所に逝ったよ……」

 そう言って、A子は私の布団の上に何かを投げて寄越しました。

 僅かな音に反応した私が、それを見て思わず息を呑みます。

 あのお手玉でした。

 「アンタが廊下に倒れてた時に大事そうに握りしめてたんだよ。お姉ちゃんの形見分けみたいな物だろうね」

 私はお手玉を愛おしく両手で握りしめました。

 「既視感は遠い過去に体験したことを思い出すってことも少なからずあるんだよ……それは記憶にはないけれど、魂にはちゃんと刻まれてる」

 「じゃあ……あの子は本当に私のお姉ちゃんだったんだね」

 そう言った私に、A子は頷きました。

 「ちょっと待って!」

 私は大変なことに気づいてしまいました。

 「あの子がお姉ちゃんなら……妹って……」

 私の悲痛な呟きに、A子はニンマリして自分の鼻を指差して言いました。

 「これからもヨロシクね!お・ね・え・ちゃん♪」

 ガーン!!!!

 私の中で二度目のガーンが響きました。

 全くもって可愛くない妹の存在を知ってしまった私でしたが、時空を超えたお姉ちゃんとの約束だけは守ろうと心に決めたのは、A子には内緒です。

 何だかんだありましたが、今回の旅行から私のA子に対する気持ちがちょっぴり縮まったのは、また別の話です。

Concrete
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そ、そんな展開に…!?

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