友人から聞いたお話です。
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洋平君のお父さんが失踪したのは、彼が小学生のときです。
工場の技師さんでしたが、朝に家を出たまま職場にあらわれず、
みんなで手分けして、いろいろなところを探したのですが結局、見つかりませんでした。
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お父さんっ子だった洋平君は、さびしくて毎晩泣きました。
(父ちゃん、どこにおるの、
みんな心配してるよ、はやく帰ってきて、おねがいだから、さびしいよ、父ちゃん)
けれども、お父さんは見つかりませんでした。
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ある日のこと。
真夜中、ひどい寒気で彼が目ざめると、ナツメ灯の下にたたずむ背中がありました。
くたびれた作業着と、どこか見覚えのあるなで肩に、洋平君はおもわず呼びかけます。
父ちゃん?
それはふりむくことなく、
――すまない。
と言い、だんだん遠ざかっていき、暗闇に沈んで消えました。
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その後もくりかえし、それは現れました。
父ちゃん、ねえ、父ちゃんなんでしょ。
それはホログラムのように浮かんでいるだけで、
いつも最期に、
――すまない。
と言い残して、すうっと消えるのでした。
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何回目かのとき、洋平君は、うなだれた首をめぐる細いあざに気付きました。
そこで、なぜお父さんが帰ってこないのか、どうなったのか、すべてを悟ったのだそうです。
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お母さんは洋平君の頭をなでながら、うんうんとうなずいて話を聴いていましたが、
おもむろに立ち上がり、部屋から出て行くと、アルバムを持って戻ってきました。
そこには、彼を背中にのせて、四つん這いになったお父さんの姿がありました。
――お父さんね、とても親ばかだったでしょ、どこに行っても、かわいい洋平、かわいい洋平って、お母さん、傍で見ていて顔から火が出そうだった。
洋ちゃんが保育園で熱を出したっていうと、飛んで帰ってきてねえ。
わたしが看るからいいと言ってるのに。
洋ちゃんがそこの通りで車にはねられて先生から危ないって言われたときもさ、神社にいってお祈りしてたんだよー。
じぶんは代わりに死んでもいいから、どうか、子どもをすくって下さいって。
きっと洋ちゃんがさびしくないように、そばにいたんだね。
写真の中のお父さんは、洋平君に耳をつかまれて、どこか困ったような顔で笑っていました。
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洋平君はそれ以来、さびしいといって泣くのを止めました。
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*****
年月はめぐります。
高校生になった洋平君は、推薦に合格して、春から東京の大学に通うことになりました。
そのことを墓前に報告した、実家で過ごす最後の夜のこと。
まだ雪の溶けきらない、寒い晩でした。
父ちゃん。
ふたたび現れたそれは、首は亀のように伸び、服はすっかりぼろぼろになっていました。
父ちゃん、明日、いってくるね。
影は何も言わず、うつむいたまま。
服の破れたところから、赤黒い肉がのぞいていました。
むこうに行っても、がんばるから。
――すまない。
もう大丈夫だから、さびしくないから。
――すまない。
もう謝らないで。
そのとき、うなだれた背中が、かすかに震えたように見えたといいます。
――と、
いままでずっと後ろ向きだった影が、ゆっくり、こちらを振り向いたのでした。
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*****
ぜんぜん知らない人だったそうです。
青白い顔をした男は、作業着のお腹にどす黒い汚れをべったりつけていて、
――すまない。
そう言い残して、消えました。
いまもお父さんは見つかっていません。
【了】
作者Glue
たはー、みなさまこんにちはー。
毎日さむいですね-。
このままラクトアイスになっちゃいそう。なはは。
春まで、あと少しです。