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中編5
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シークレット

遠足のたび、リュックを開いて僕は溜息をついた。

僕の周りの同級生は、色鮮やかなチョコレートや、フルーツのにおいのする毒々しい色のお菓子を美味そうにほうばっていた。

僕は一人、その輪から外れてこっそりと、リュックの中からおやつを取り出す。おやつは300円までという規則で、皆それぞれ思い思いに限られた予算の中で自分の好きなものを買ってきたのだろう。

「わー、何それ。だっせー。」

僕のすぐ後ろで声がした。ヤバイ、見られた。

僕は、すぐに母さんが手作りしてくれたおやつを隠す。

えーなになに見せてと、あっという間に人だかりが出来てしまったので、仕方なく僕はおずおずとその物体を取り出した。

「母ちゃんの手作りかよ!」

男子がはやしたてると、僕は恥ずかしさで耳が真っ赤になってしまった。

母さんは、買ったお菓子は添加物がたくさん含まれていて体に悪いといつも手作りでおやつを作ってくれた。

「何よ、美味しそうジャン!」

女子はそう言って僕を庇ってくれた。

「タクヤくんはいいなあ。いつもお母さんが手作りお菓子を作ってくれて。」

そう優しく語り掛ける女の子は僕の憧れのマユカさん。

マユカさんは、誰に対しても優しい。

遠くで、わあっという声がした。

「すっげー、テツヤ、それシークレットじゃん!」

テツヤというのは、このクラスでは、やんちゃでワイルドで女子に人気のある男子だ。

テツヤは平気でクラスで決めた決まりを破る。その日もおやつは300円までの決まりを破って、高価なチョコエッグというお菓子を買ってきており、お菓子とは名ばかりで、その中のおまけが欲しくて、皆それを買う。

チョコレートで出来た殻の中に、カプセルに入った玩具が入っているのだ。

「わあっ、私にも見せて!」

あっという間に、テツヤは女子に囲まれた。その中にはマユカさんも含まれていて、僕は一瞬にして一人ぼっちになった。

いつも決まりを破って先生に逆らってばかりのテツヤが何でそんなにモテはやされるのだろう。

僕は俯いて唇を噛むだけだった。

 僕は、今、スーパーのお菓子コーナーでそんなほろ苦い思い出を思い出しながら、色褪せたチョコエッグの箱を見ていた。折りしも、マユカさんの葬儀の帰りに立ち寄った、スーパーに何故か当時のパッケージのデザインそのままの色褪せたチョコエッグの箱を見つけたのだ。誰かが悪戯で混入させたのだろうか。いつの間にか僕はその箱を手に取ると、レジに並んでいた。

 その訃報は僕の心に決定的な打撃を与えた。毎日習い事や塾に明け暮れて、クラスにいまひとつ馴染めない僕に彼女は一番優しかった。幼馴染だというだけの優しさだったのかもしれないが、僕にはそれが全てだった。彼女のためなら、どんなに辛い仕打ちも堪えられる。その彼女が、若くして急死した。原因は心不全。元々不整脈はあったらしかったが、普段のはつらつとした彼女の命がこんな形であっけなく奪われるなんて思いもしなかった。

 棺桶に眠る彼女の顔は、本当に今にも起きてきて、どうしたのタクヤくん、と話しかけてきそうだった。不思議とほんとうに悲しい時ってその場では涙が出ないものだ。僕は、そっと彼女の手を握ると、彼女の皮膚に爪を立てた。抉られた彼女の手の甲からはもう血は滲まない。ああ、本当に彼女は死んでしまったんだな。僕は彼女につけた傷をそっと白い花を手向けて隠した。

 僕は自宅に帰ると、母が優しげな微笑で迎えてくれた。母は完璧な人だ。きっと僕の心を察して、何も言わずに背中をさすってくれた。いつまでも、変わらない。美しい母。

 僕は自室にこもると、チョコエッグの箱を開けた。外側のチョコレート菓子は砂糖を固めて作った菓子の周りをチョコレートでコーティングされており、中の玩具の入ったカプセルを汚さないように上手く考えてある。チョコレート部分を半分に割ると、中から薄桃色のカプセルが出てきた。さらにそのカプセルを開けると、ザラザラとプラスチック片が出てきた。どうやら、女の子の人形らしい。顔のパーツを見ると、何だかマユカさんに似ている。僕は、一人、黙々とその人形の関節の部分を繋ぎ、組み立てた。

「これは、僕のシークレットだな。」

今まで決して母には買って貰えなかった市販の菓子。大人になった今となっては、自由に買えるが、あの時に買うからこそ意味があったのだと思う。

マユカさんに似た、その女の子のプラスチック人形を、机の隅に座らせてぼんやりと眺め、僕は彼女との思い出を辿っていた。

 あれから数年が経ち、桜の花もつぼみを膨らませた頃には、僕の部屋にはマユカさんが居た。あれは本当のシークレットだった。チョコエッグから生まれた彼女は僕だけのマユカさんになった。いわゆる刷り込みってやつかもしれない。マユカさんは、僕にしか興味を示さないし、一日僕の帰りをずっと部屋で待っている。母も、疑問一つ持たずに、ずっと彼女の世話をしてくれている。僕は、幸せだ。

 僕はいつものように、母とマユカさんに見送られて、研究所へと向かう。

あいかわらず、実験の結果を聞かれる毎日に、僕は渋い返事を返す。そう簡単には行きませんよと。

僕は、遺伝子編集技術の研究に携わっている。主な目的は世界から病気を失くすことだが、考え方によれば、野菜の遺伝子組み換えはすでに周知であり、それを人間に応用することもできる。すなわち、デザインされた人間を作り出すこともできるということだ。

 今研究しているのは、人工子宮を使って、絶滅危惧種の動物を復活させる研究である。実験というものは失敗に失敗を重ねて、成功にたどり着くものだ。よほどの信念と根気を持って挑まなければならないのだ。

 そう、この僕のようにね。

 シャーレには、マユカさんの培養したいくつもの細胞があり、保存されている。そして、母さんのも。

母さんは、完璧主義であるがゆえ、僕にも完璧を求め過ぎた。大人になってこっそりと買った、チョコエッグを僕の許可もなく捨ててしまったのだ。

 タクヤ、こんな添加物が含まれたお菓子を食べてはいけません。僕は、もう大人だよ、母さん。もう僕を放っておいてくれ。年老いてしわくちゃになって、眉間の皺は余計に深くなり、僕を責め立てた。許せなかったのは、チョコエッグを捨てたことではない。シークレットをくだらないと捨ててしまったことだ。頭に血が上った。今まで抑圧されたものが全て爆発した。気付いた時には、母は廊下に倒れており、息をしていなかった。人間ってこんなにあっさりと死んでしまうんだ。そう思うと悲しくて仕方なかった。

 すぐに母の細胞をナイフで切り取り、残りの死体は、今もこの家の床下深くに埋まっている。母さんを驚異的な速さで培養する必要があった。だから、早く成長する動物の遺伝子を使用した。マユカさんにも、この遺伝子を使用して、葬儀の際に採取した細胞を培養してここまで成長させた。人工子宮、僕の究極のチョコエッグだ。

とっくに実験は成功していたが、僕はこの技術を自分だけのために使うことを決めた。

永遠に、僕の母さんと僕のマユカさんは、朽ち果てない。

そう、僕と共に、永遠を生きるために。

Concrete
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