勧善懲悪 【A子シリーズ】

中編6
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勧善懲悪 【A子シリーズ】

大学二回生の冬がヒタヒタと忍び寄る頃のこと。

 ゼミを終えた私が、アルバイトに行くために校内の廊下を急ぎ足で歩いていると、向こうから見知らぬ女性と知り過ぎている女が歩いて来ました。

 「うぇーい♪」

 私に向けて高々と右手を上げる女、A子を私は目を伏せて通り過ぎようとしましたが、あえなく捕まりました。

 「ちょっと!連れないじゃない……友達紹介しようと思ったのに」

 「あ、大丈夫です」

 あくまで他人のふりをしようとする私を見て、隣の女性が呆れた声でA子に言います。。

 「A子、ホンマに貴女の友達なん?めちゃくちゃ避けられてるやん」

 ネイティブな関西弁を初めて聴いた私は、驚いて顔を見上げました。

 利発そうでクールな整った顔立ちに、私の持つ関西人=愉快のイメージは見事に覆りました。

 「雪ちゃんだよ」

 クールビューティーを指差し、そう言ったA子に、雪ちゃんは付け加えます。

 「まぁ、雪、言うても常温じゃ溶けへんで?」

 私の中の関西人≠愉快は、覆り返りました。

 「ウチは医学部やから、会うのは初めてやね?よろしゅうね」

 「あ、はい」

 恐縮している私に、雪ちゃんは気さくに私の肩を抱いて言います。

 「あ、はい……やて♪ホンマ可愛いわぁ」

 「雪ちゃんが医者になったら病院代タダになるから、アンタも仲良くしときなよ?」

 さらりと無躾なA子に、気を悪くすることなく、雪ちゃんが返します。

 「医者言うてもウチは法医学やけどな!死んだらウチがキレイにかっさばいたるわ」

 ウィットに富んだ関西人を目の当たりにした私は、何一つリアクションが取れませんでした。

 「せやせや!A子、この子も連れてくんやろ?」

 「そそ♪アンタも一緒に来なさい!!」

 「私、アルバイトが……」

 二人のノリに辟易している私を余所に、雪ちゃんが真顔で言いました。

 「あんなぁ……バイトは逃げへんで?でも、ウチと遊ぶチャンスはもうあらへんかも知れんやん?アンタは賢い子やから分かるやろ?」

 「分かるやろ?」

 A子より圧しが強い……。

 この日、初めてアルバイトをズル休みしました。

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 連れていかれたのは、占いの館。

 占いなんて信じない派の代表である私は、入るのを躊躇いましたが、A子と雪ちゃんはズカズカと入って行きます。

 薄暗い部屋の中には、頭にヴェールをかぶった胡散臭いオバサマが、神妙な顔して待ち構えていました。

 「ようこそ、何を占って欲しいのかしら?」

 マダム(多分)が私達三人を見据えていると、雪ちゃんが一歩前に出て言いました。

 「最近、彼氏が冷たいんです……」

 哀しげに眉をひそめる雪ちゃんを、向かいの席に座らせると、マダムが水晶玉に手をかざしながらボソボソと呟いています。

 「……彼には他の女がいるわね……既に貴女に気持ちは無いわ」

 「そんなぁ……」

 打ち拉がれる雪ちゃんに追い討ちをかけるように、マダムは続けます。

 「彼はその女と結婚まで考えているようね……」

 「ひどい……私とはアソビだったんだ……」

 わっと顔を覆う雪ちゃんに、マダムは優しく語りかけます。

 「大丈夫よ?彼の気持ちを取り返すために、イイモノがあるわ」

 マダムがそう言って取り出したのは、安っぽいクリスタルのブレスレットでした。

 「これをしていれば、彼は必ず帰ってくるわよ?今なら三万円で譲れるけど……」

 絶対怪しい!!

 「あの……雪さ」

 私が止めようとすると、雪ちゃんは鬼気迫る勢いで「買います!!」と叫びました。

 嘘でしょ!?

 そう思っている私の目の前で、雪ちゃんは財布を出してマダムに訊きました。

 「そのブレスレットの材質は何ですか?」

 「ネパールの水晶よ。これには強い力が宿っているの」

 雪ちゃんはそれを聞いて安心したのか、財布から諭吉三名を取り出し、マダムに渡しました。

 「じゃあ、コレ」

 雪ちゃんは受け取ったブレスレットをA子に渡すと、マダムに向き直りました。

 「さぁて、オバハン……ウチには彼氏居らんねんけど、何処のドイツが結婚や言うてんの?」

 しおらしかった雪ちゃんが、一転して凄みます。

 「あ~こりゃ、タダのガラス玉だ」

 ブレスレットを見ていたA子が、ニヤニヤしながら言いました。

 「水晶に気泡なんてある訳ないじゃん?オバチャンさぁ……商売下手だねぇ」

 「法学部のアンタ!これってどうなるの?」

 雪ちゃんが私を振り返って訊いてきます。

 「こ、この場合……水晶と偽ってガラス玉を売りつけてるから、刑法246条の詐欺罪に当たります……懲役10年以下です」

 「やて?」

 鋭い眼光でマダムを射抜く雪ちゃんに、マダムが慌ててお金を突き返しました。

 「それはたまたまガラス玉のが混じっただけよ!!料金はお返しするわ!!」

 マダムからお金を奪い返した雪ちゃんは、さらに数セットの同じブレスレットをテーブルの上に並べて言います。

 「ほな、これは何やねん?ウチの大学生数人から預かってきたモンや!!ウチで鑑定したら、全部ガラス玉やったで?」

 科捜研みたい……。

 雪ちゃんの静かな威圧でガクブルするマダムに、雪ちゃんがさらにプレッシャーをかけます。

 「合理的に説明できるモンならやってみぃ!!」

 もはや声も出ないマダムを睨み付けながら、雪ちゃんが私に訊いてきます。

 「証拠もこの数あったら、どないなるん?」

 雪ちゃんの質問に、私がたどたどしく答えます。

 「えっ……と、被害者の証言と今のこと、あとはこの物的証拠も合わせて5件の詐欺罪に問われます。これが五年以内の再犯であれば、さらに累犯加重されると思います」

 それを聞いて、雪ちゃんがレコーダーをチラつかせてながら、ニンマリと笑いました。

 「恋する乙女ナメんなよ!?オバハン!!」

 私が雪ちゃんの手際の良さに感嘆していると、A子がトドメの一言をぶつけます。

 「オバチャン、二ヶ月前にオツトメ終わったばっかりだったのに、またヤッちゃったね♪今度のは長いぞぉ?」

 二人がマダムを追い詰めるのをただ放心で見つめていると、もう雪ちゃんは最新のスマホで通報していました。

 似非占い師が連行されていくのを見送りながら、雪ちゃんが私の肩を抱いて言いました。

 「ゴメンな。めんどくさいことに巻き込んでしもて」

 「いいんだよ」

 私の台詞をA子が代わって答えます。

 何でA子が言うんだよ!!

 「実はな、A子にウチが相談してん。A子には何やら訳分からん力がある言うて聞いてたし……ほんで、今回の茶番を計画したんよ。オバハンをギャフン言わしたりたかったから」

 「私、関係なかったんだね……」

 肩を落とす私に、雪ちゃんが言います。

 「いやいや、アン時にA子がな。これからアンタとすれ違うから、絶対に連れてく言うてん」

 私を巻き込むなし!!

 「だって、アタシ法律のこと、よく知らないし……」

 法学部辞めちまえ!!

 ふつふつと煮えたぎる怒りを圧し殺し、黙って俯いていると、雪ちゃんが今日のお礼と称して、行きつけの焼き肉屋さんへ連れて行ってくれました。

 私、お魚の方が良かったけど……。

 これを機に、新たに法医学者の卵と仲良くなれたのだけは良かったけれど、A子の奔放さに振り回され続けるのは、また別の話です。

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