大学二年目の春から夏に変わる頃のことでした。
あのA子が、初めてアルバイトを始めるということで、A子と過ごす時間が減り、緩やかな時間を部屋でまったり満喫していました。
A子が何の仕事をしているか、多少は気になっていましたが、特に確かめるような野暮なことはせず、貴重な一人の時間を謳歌していると、携帯が鳴ります。
A子からの着信でした。
いつもならシカトするところですが、何だか気になってしまい、電話に出てみます。
「ちょっ……ガガッ………今す…き………ザザー…たす……ブツンッ!!」
急にブツ切りされた電話は、ノイズがスゴすぎて、ほとんど聞き取れなかったですが、ただならぬことは分かりました。
胸騒ぎが止まらない私は、居ても立ってもいられず、部屋を飛び出しました。
エレベーターを降り、駆け足でエントランスを抜けた私の前に、6歳くらいの女の子がいます。
その女の子の顔を見た瞬間、私は全然知らない子だけれど、何処かで会ったような……そんな不思議な感覚を覚えました。
女の子は私の方に寄って来て、無言で紙を差し出します。
何の気なしにそれを受け取り、紙を開いて見ると、漢字が並んでいました。
『句旧久休急後』
『苦楽究及倶宮』
『園紅給求窮救』
整然と並ぶ漢字を見ても、何のことだか、さっぱり分かりませんでした。
私が顔を上げると、女の子は上目遣いで私を見上げながら言います。
「わたしは、はと。お姉ちゃんはそこにいるの」
「はと?はとって鳥の?」
私が訊くと、自称はとちゃんは、コクンと首を縦に振りました。
「お姉ちゃんは、そこにいるの」
潤んだ瞳で私を見上げる、はとちゃんを可愛いと思いながら、もう一度紙に目を落とします。
漢文なのかな……でも、こんな漢文見たことないよ……。
「ねぇ、はとちゃん」
私が視線を戻すと、そこにはもう、はとちゃんの姿はありませんでした。
「あれっ!?」
私は辺りを見渡しましたが、はとちゃんの姿は何処にもありません。
それよりも一刻も早く、この暗号を解かなければと、漢文に目を戻します。
私は漢字の羅列を、ジッと眺めてみたり、分解してみたり、逆から読んだりしましたが、全く見当もつきません。
私の中に焦りばかりが募っていきます。
落ち着かなきゃ……。
私は自分に言い聞かせ、羅列から一度、離れました。
それにしても、はとちゃんは何者なんだろう。
はと、ハト、鳩……ピジョン?
しばらく考え込んでいたその時、私に文殊菩薩が降りてきました。
ありがとう!文殊!
私は最寄駅に走り、電車に飛び乗りました。
nextpage
目的の駅から徒歩一分くらいのその場所に着くと、A子が待っていました。
「遅かったね……どうだった?アタシからのバースデープレゼントは」
は?私、冬生まれなんだけど。
「実はね……アタシ、ここのスタッフのバイトやっててさ。ほら!アンタ、ジジ臭い落語が好きだって言ってたじゃん?」
ジジ臭いは余計だよ。
「今日、ここで笑点の公開放送があるんだよ。でも、ただ呼ぶのはつまんないから暗号で呼び出したって訳よ」
また、めんどくさいことを……。
「まぁでも、アタシが昨日考えた暗号だけあって、アンタが解くのにこんなに時間がかかったんだから、アタシの勝ちだね!」
いや、解いたんだから私の勝ちでしょ?
「確かに解き応えはあったよ。A子が考えた割には……それにしても、あの女の子は誰なの?親戚の子?」
私の問いに、A子が首を傾げます。
「は?女の子って誰よ」
「暗号を持ってきた子だよ。6歳くらいの女の子で……はとちゃんって言ってたけど」
私はA子に話しながら、血の気が引いていくのを感じました。
「知らないよ?そんな子……第一、アタシは暗号をメールで送ったんだから」
ちょっと待ってよ……。
私は携帯を取り出してメールを確認して見ると、A子からのメールが未読の状態でありました。
『title バックで向かえ
本文 「るーほんえくらうこ」』
A子……私のこと、ナメてんの?
私は沸き上がる怒りを抑えながら、あの紙をポケットから出そうとしましたが、何処にもありません。
「あれっ?確かにここに」
あちこちポケットをまさぐる私の腕を掴んで、A子が走り出しました。
「ほら!早くしないと、始まっちゃうよ?小遊三!!」
小遊三師匠はどうでもいいよ。私は歌丸師匠のファンだから。
そのまま、A子の勢いに流されるように会場入りし、大好きな歌丸師匠を肉眼で見れたことは嬉しかったんですが、あの謎の女の子、はとちゃんのことを考えると、ちょっとだけ背筋が寒くなるのは、また別の話です。
作者ろっこめ
第一回『あなたのお名前貸してください』企画も、今回でラストです。
(第二回はあるのか?)
ラストを飾ってくださるのは、『はと』様でございます。
はと様は、読み専でいらっしゃるそうで、怖話史上最大の問題作である、このA子シリーズも読んでくださってまして、コメントもちょこちょこしていただけております。
さらに、わたしを ちゃん付けで呼んでくださる仲になってくれました。
(//∀//)
本当にありがたい限りです。
そんな読み専マスターな、はと様に読んでいただけるだけでも光栄なのに、A子シリーズに出たいとおっしゃっていただいた時は、本当に大丈夫ですか?と確認させていただきましたが、本気だと言ってくださったので、テンションが上がり、数時間で書き上げてしまったという、わたしの新記録を塗り替えた作品になりました。
ありがたや、ありがたや。
最後に、わたしのワガママな思い付き企画にご協力くださいました4名の方々、そして、このA子シリーズを読んでくださっている皆様に、敬意と感謝を込めまして……。
『本当にありがとうございます‼』
下記リンクから過去作品に飛べます。
第15話 『ファンタスマゴリー』(SPゲスト出演回)
http://kowabana.jp/stories/28214
第17話 『鬼ごっこ』
http://kowabana.jp/stories/28232#comment_80664