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現代妖怪茶番劇「子泣き爺」

中編7
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現代妖怪茶番劇「子泣き爺」

救急車のサイレンが近い。

大通りを真っ直ぐ、どうやらこの交差点に入ってくるようだ。

信号を待ちながら、由美は昨日の「お迎え」で、ママ友のひとりに投げ付けられた言葉を思い返していた。

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『うちの愛梨から聞いたんだけど、菜々ちゃん、毎朝遅れて来るんですって?いいわねぇ、専業主婦だと融通が利いて』

愛梨ちゃんのおうちは共働きだ。

保育園に娘を送ったその足で仕事に行っているらしく、朝はいつでも慌ただしい。

…と言うか、菜々と花菜が大人しく家を出てくれた時でないと、すれ違いすらしない。

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『羨ましいわぁ。うちは愛梨に遅刻なんてさせてたら、自分まで仕事に間に合わないもの』

愛梨ちゃんママは溜め息をついたフリで、由美を見下して嘲笑った。

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曲がりなりにも認可保育園に通わせているのだから、由美だって一応審査は通っている。

書類上では自営業の実家を手伝っていることになっているのだが、毎日人手が必要な訳でもなく、結果、こうやって「いいご身分」だなんて言われてしまう現状だ。

(でも、仕事だけが全てじゃない。私はお義母さんの介護だってやってるし…)

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月に数回は、義母の介護のため家を空ける。

普段面倒を見ている義姉さんの代理とは言え、介護は介護。十分「保育に欠ける」、つまり家での保育が困難な場合に含まれると、由美は思っていた。

実際、家の手伝いと介護の日数を合わせると、とても保育園なしではやっていけそうにない。

そんな家庭の事情も考慮に入れず、ただただ嫌みを連発してくるママ友には腹が立ったが、そうは言っても遅刻が多いのは事実である。

登園時間どころか、『遅くともこのくらいには来て欲しい』と園側から申し渡された9時半を過ぎてしまうこともしばしばあった。

さっと起きられず支度まで遅い菜々にも、頻繁に発熱する花菜にも、最近は苛ついてしまう。

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「ママー。おしっこー」

電動自転車の後ろ座席で、菜々が足をばたばたさせた。

「もー、なんでおうちでしてこなかったの?保育園までもうちょっと我慢して」

前座席の花菜は、泣き喚きこそしないけれど涙目でぐずっている。

昨日も発熱で早引きしたし、まだあまり調子がよくないのかもしれない。

歩行者信号が、ようやく青に変わった。

携帯の表示時刻は9時18分。

この分だと今日はなんとかリミットまでに着けそうだ。

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救急車のサイレンは、すぐ左前に迫っていた。

隣の歩行者も、道の向こうの自転車も、誰も動き出さない。

(青なのに、バカじゃないの。救急車なんてどうせノロノロしか走らないんだし)

由美は強くペダルを踏み込み、自転車をこぎ出した。

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ゆっくりと横断歩道に侵入しようとしていた救急車が、子どもを乗せた自転車を見留めて更に速度を落とす。

(大したことないくせに救急車呼んでんじゃないわよ。朝はみんな忙しいんだから)

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「ママおしっこってばー」

菜々が騒いでいる。

花菜も泣いている。

知らない。

サイレンが煩くて聞こえないわ。

もうちょっとで保育園なんだから、着いてからにしてーー

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1台の自転車が悠々と道路を横切ったその後を、救急車は慎重に走り抜けていった。

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娘ふたりを保育園へ送り届ける。

帰宅したら、軽く部屋を片付けて掃除機をかける。

お化粧を直した後、再び外出してカフェでゆったり昼食。

夕飯の買い物をして帰り、下準備を済ませる。

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すると、それだけでもうお迎えの時間が来てしまう。

由美はエプロンを外して電動自転車に跨がると、保育園に向かった。

今日は菜々も花菜も、体調不良含め大したトラブルは起こさなかったらしい。

先生からの連絡事項もなく、すんなりと帰されるなんて久々だ。

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(毎日こうなら楽なのにな…)

そんなことを考えながら、花菜を自転車の前に、菜々を後ろに乗せて走り出す。

大通りの交差点に差し掛かると、今朝と同じようにまた、救急車のサイレンが近付いて来ようとしていた。

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歩行者信号は青だ。

由美はそのまま横断歩道を渡ろうとして、ふと微かな違和感に襲われた。

背後が静かなのだ。

いつもなら、菜々のマシンガントークが始まっていてもおかしくない頃なのに…。

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「ほいくえんでね」「あいりちゃんがね」「あのね」「それでね」

矢継ぎ早に浴びせ掛けられるはずの言葉の数々が、娘の口から何ひとつ出てこない。

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……なんだか変ね。

そう思った瞬間、ペダルがぐっと重くなった。

(えっ…?充電、切れた…?)

電池が空になると、丁度こんな風に前へ進まなくなる。

しかし、バッテリー残量は80%の表示だ。

それなのにどうして?故障だろうか…。

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焦っている内に自転車はどんどん重さを増して、由美は危うく倒れそうになった。

モーターのアシストなしで坂道でも登っているかのような重量だ。

その上ペダルは更に重たくなって……駄目だ、もうこいでいられない。

由美は仕方なく足をついた。

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自転車から降り、腕の力に全体重をかけて、押す。

それでも車体はゆるゆるとしか動かなかった。

充電の切れた電動自転車は、確かに普通の自転車より余程重いが、そんなレベルではないように感じた。

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「菜々、自転車ね、調子悪いみたい。ちょっと、降りて、歩いて…」

切らせた息の下、助けを求めて後ろ座席の娘を窺う。

まだ幼い瞳は由美を見ず…

小さな口が、かぱっと開いた。

shake

「ああああああああ!ぅあああああああ!」

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迸る絶叫。いや…、泣き声。

菜々に呼応して、前座席では花菜が喚き始めた。

そしてその合唱に重なり、サイレンが響き渡る。

そうだ。救急車。

大通りのど真ん中に立ち尽くしていることを思い出す。

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早く、早く退かないと…。

由美がどれだけ必死に力を込めても、もう自転車はびくともしなかった。

泣き声に似たサイレン。くるくる回る警光灯。

母娘が立ち往生する横断歩道に、速度を増した救急車が突っ込んできた。

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サイレンが遠離ってゆく。

はっと気が付くと、由美は自転車に跨がり信号待ちをしているところだった。

強い西陽が射している。

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(菜々と花菜は…!?)

場所はいつもの交差点。娘の姿は何処にもない。

前後の座席にも、見える限りの道路にも、歩道にも。

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深呼吸して、もう一度辺りに視線を巡らせる。

よくよく見れば、自転車の前輪が向いているのは先程までの認識とは逆で、保育園の方角だ。

園を目指す自転車、娘のいないチャイルドシート、夕暮れ刻。

まさに今からお迎えにいくところーーそんな様子だった。

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(私たち…救急車にひかれたんじゃなかったの…?)

体験したばかりの恐怖が、まざまざと蘇る。

衝撃も、痛みも、しっかりと感じたはずだったのに、身体を確認しても外傷どころか汚れひとつ見つからない。自転車も無傷だ。

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大通りは常と変わらず流れていて、事故の痕跡など何もないように見える。

考えてみれば、救急車がスピードも落とさず横断歩道に進入してくるというのも妙な話だった。

それに、あの菜々の様子…。

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(白昼夢…?嫌ね…)

すっきりしないながらそう結論付けるも、やはり娘の顔を見るまでは落ち着かない。

由美は急いで保育園に向かった。

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菜々と花菜は当然のように無事だった。

胸を撫で下ろすと同時に、由美の世界に現実感が戻ってくる。

最近、娘たちの扱いが少し雑になっていたかもしれない。

悪夢に戦いて、再確認した。この子たちが大切だと。

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ふたりをぎゅっと抱き締め、由美はそっと涙を零した。

菜々が息苦しげに身を捩り、腕の中から逃げ出す。

「ママもカナも へんー!」

憎まれ口を叩きつつ通園鞄を取りに行く菜々を、由美は微笑ましい気持ちで見送った。

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保育士の先生から、菜々が外遊び中に転けて膝を擦り剥いた報告だけ受けて、3人で家路につく。

帰りは救急車とすれ違うようなこともなかった。

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結局、あの白昼夢はなんだったのだろう。

パパに相談しても、「疲れてるんだよ。休みな?」と労られて終わってしまった。

数ヵ月は気にかかり、不安に駆られていた由美だったが、娘たちが無事に大きくなるにつれ少しずつ忘れていった。

恐ろしい幻のお蔭で娘たちにより注意を払うようになったからだろうか、花菜はあの日以来熱を出さなくなり、手のかからない子になった。

菜々もなんだか少し落ち着いて、特に、妹にちょっかいをかけて泣かせるようなことがなくなった。

恐ろしかったはずの幻は、由美に母親としての自覚を促すための契機に過ぎなかったのかもしれないーー。

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それにしても、最近花菜は本当にぐんと重たくなった。

成長するのは喜ばしいことだが、そろそろ抱き上げるのも一苦労だ。

「菜々、花菜に体重抜かれちゃったんじゃないの?好き嫌いばっかりしてるから」

さっきも人参を皿の隅に寄せていた菜々を横目に、由美は腕の中の花菜へ「ねーっ」と喋り掛ける。

偏食だなんて思わぬ火の粉が飛んできた菜々は、おませに長めの溜め息をついた。

「カナはおっきくならないよ?あそこからうごけないし、ごはんたべないもん。ずーっとちっちゃいまま」

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「え…菜々ちゃん?何言ってるの?」

由美は瞬きをした。

娘の言葉が上手く理解できなかった。

なんだかやけに、花菜の重みを感じる。

不思議と、徐々に重たくなっているような気すらした。

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菜々がもう一度言葉を紡ぐ。

母親に抱かれる自分の妹を、静かな瞳で見つめながら。

「そのこは、しらないけど」

弾かれるように、

由美は花菜に視線を向けた。

小さな口が、かぱっと開いた。

Concrete
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むぅ様、コメントありがとうございます´▽`*
出したい怖さが表現できたかどうか不安でしたので、怖いと思って頂けたならとてもよかったです…!>ω<*

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ろっこめ様、コメントありがとうございます´▽`*
妖怪はたくさんいますから、次々とスポットを当てていくと楽しそうですよね^皿^ まあ、次はふわっとしか考えてないので、どうなるかは未定です(笑)

さて、創作は創作だったとしても、創作として作り上げたものと人々の感情や想像が自然と形になったものとでは、全く意味あいが違ってくると思うんですよね。まあ、最初がひとりによる創作だったとしても、人々が信じ込み、創作としてではない『それ』が世間に蔓延すれば、似たような形にはなってくるかもしれませんが…。
ま、私はどちらかというと『妖怪はいたorいる』派なんですけどね´▽`* どういう状態を『いる』と定義するかは…うーん、保留にしておきましょう。
人の持つイマジネィション(ネイティブに)の素晴らしさについては同感です!!こんなに色々なものを創り出す生物って、実は結構すごいよなあ…。

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何コレ、めっさ怖いやん…:(´;Д;`):

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