俺は「祓い屋」なんていう怪しい仕事をしている。
別に好き好んでやってる訳じゃない。
会社員なんて面倒臭そうなのが嫌いなだけだ。
まぁ…人には無い力があるのは事実だが。
怪しい仕事って言ったが、こんな怪しい仕事をしている怪しい男の元へ依頼に来るヤツも怪しいヤツばっかりで…。
この仕事をしていて分かった事は「人間」が一番こえぇって事ぐらいだ。
そして今日も俺の元へ怪しいヤツが依頼を持ってくる。
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コンコン。
「失礼します。」
事務所のドアを開けて、四十歳そこそこの男が入って来る。
…ったく。また厄介なヤツが来やがった。
しかもこいつ…。
人を殺してやがる…。
三人も…。
男「あの…。すみませんが、こちらは祓い屋の匠様の事務所で宜しいでしょうか?」
匠「あぁ。間違いないね。」
男「私、渡辺…」
匠「自己紹介は後でいいよ。それより誰の紹介で来た?」
男「あっ…◯◯町で薬屋をされているゴロウさんからの紹介で…。」
ったく…。依頼人は選べって何回言えば分かるんだよゴロウの奴!
俺は看板なんて掲げて商売などしていないので、依頼に来るヤツらは、もっぱら町中のあちこちにいる俺の友人、知人の紹介でやって来る。
男「あの…。依頼についてなんですが…。」
匠「その前に…あんた人を殺してるよな?」
男「?!なっ、何て事を?!」
匠「隠したって無駄だって。」
男「ひっ、人なんて殺してませんよ!あなた失礼ですよ!」
殺してない?
ったく…。
じゃあお前の後ろで、お前を睨み付けてるソイツらはなんなんだってぇの。
誰もてめえの手で。何て言ってねぇよ。
何があったかは知らねぇが、結果的にお前のせいで三人死んでんだよ…。
匠「まぁ、人殺しについてはもういいや。
で?俺に何をして欲しいんだ?」
男「あの…。私の姪の事でして…。」
おいおい!お前の後ろにいるヤツらの事じゃねぇのかよ?!
男「私には十歳になる姪がおりまして…。」
男の依頼内容はこんな感じだ。
男の姪は、産まれた時は至って普通の、強いて言えば良く笑う可愛い子だった。
それが、言葉を話し始める頃になると不可思議な事が起こり出した。
一番最初は姪がまだ保育園に通っていた頃。
いつもの様に母親に連れられて保育園へ向かう途中、不意に歩くのを止めたかと思えば空を見上げ「ちゅごい雨だねぇ〜」と言ったらしい。
因みにその日は快晴で、予報もゼロ%、洗濯指数も何とかって言ってた位らしい。
それでもまぁ、子供の言った事だから。と母親は気にも止めなかった。
が、それから僅か十分足らずで突如降りだした雨。
滝の様な強烈な雨が降ったらしい。
それでも偶然だと母親は気にしなかった。
だが、数日後、また不可思議な事が起こる。
その日、母親は娘を連れて買い物に行く途中だった。
目的の店の前で近所のおばさんと遭遇し、そのまま立ち話をしていたらしい。
暫くすると娘が母親の袖を引っ張り
「おばしゃんぐしゃぐしゃこわいねぇ」
と言ったらしい。
これには流石に母親も娘をしかり、おばさんに謝ったそうだ。
子供の言う事だから。とおばさんは苦笑い。
が、その日の夕方。
おばさんは居眠り運転のトラックに轢かれ即死。
轢かれた後、後輪に巻き込まれ、原型を留めていなかったらしい。
この辺りから母親は娘に不気味な物を感じる様になった。
この後も娘は「どこどこの家が燃えてるよ?」
「誰々のおばあちゃんが死んじゃうよ?」等、これから起こる事を言い当てた。
それは娘が大きくなるに連れ、範囲を拡げ、小学生になる頃には、何百キロも離れた土地の工場火災や河川の増水、果ては、動物の死に至るまでピタリと言い当てた。
父親はそんな娘を気味悪がり、二人を捨てて家を出た。
母親はその頃から精神を病み、遂には若くして亡くなってしまった。
その頃には、娘の奇行は親戚中に伝わっており、両親を失った娘を誰一人引き取ろうとはしなかった。
そして娘は施設へ預けられた。
男の依頼は、姪に本当に不思議な力があるのか調べて欲しい。との事だった。
匠「あんた、それを知ってどうしたいんだ?
今まで引き取ろうとはしなかったんだろ?
それを今更。」
男「べ、別にどうもしませんよ。
ただ、今まで何人もの有名な霊能力者に見て貰ったんですが、皆答えは同じ「至って普通の女の子」
ですが、やっぱり姪の事が心配で。」
匠「ふ〜ん…。心配ねぇ。」
大方、娘の力が本物ならばそれを利用したいだけだろが…。
男「ど、どうでしょう?引き受けて頂けますか?」
俺は、この男の依頼に興味は無かったが、その少女には会ってみたかったので、依頼を引き受ける事にした。
匠「調査期間は一ヶ月。報酬は全額先払いで三百万。明日中に振り込んでくれ。」
男「さ、三百万?!」
匠「どれか一つでも条件が呑めないのなら帰って貰っても結構だぜ?」
男「わっ、分かりました!必ず明日中に振り込みますので宜しくお願いします!」
男はそういうと、少女の居る施設の住所を残して帰って行った。
次の日、俺は金が振り込まれたのを確認した後、その足で少女の居る施設へと向かった。
電車に揺られる事、数時間。
都会に建てられたビル群の人工的な森から、木々が生い茂る自然の森へと景色が変わって行く。
…ったく。これが旅行なら言う事ねぇんだけどなぁ。
駅に到着し、改札を出る。
まじか…。
こんな所に人が住めんのか…?
そう思う程に町全体が澱んでいる。
それは施設に近づくに連れ、一層強くなった。
おいおい…。名のある霊能力者さん達は何をやってたんだ?
ったく…。
施設に到着すると玄関口に一人の女性。
女性はこの施設の施設長だと名乗った。
女「匠様ですか?渡辺様からお話は伺っております。どうぞこちらへ。少女は別室で待たせてありますので。」
いったい今まで何人の霊能力者と呼ばれる奴等を迎え入れたんだ?
そう思える程に、その対応は自然で慣れたものだった。
女性に案内され、部屋の前に立つ。
俺は今からこの扉を開けるのか?
俺の全神経がこの場所にいる事を拒んでいるようだ。
だが、そこは俺もプロだ。
なに食わぬ顔でドアを開けた。
おいおい…。
こりゃあすげぇな…。
部屋の真ん中に置かれた椅子。
その椅子に少女が座っていた。
椅子に座る少女の周りの空間が歪んでいる…。
これをずっと一人で?
この少女が??
匠「辛かったろ?」
俺がそういうと、少女は俺を見つめたまま涙を流した。
少女には間違いなく何かが憑いている。
だがソイツの姿はぼやけてはっきり見えない。
理由は、少女の霊体がソイツに覆い被さる様に抑え込んでいるからだ。
この少女は自分に何かが憑いている事を知っていた。
恐らく、家族がバラバラになったのも全て自分の責任だと思い込んでいる。
だからこれ以上、他の人に迷惑を掛けない様に、ずっと一人でソイツを抑え込んで来た…。
親戚にも見離され、施設に預けられて尚、他人を守る為に…。
たった十歳の女の子が…。
ずっと一人で…。
自分の命を削ってまで…。
俺は泣いていた。
目の前の少女が、ただただ健気で…。
匠「ずっと一人で辛かったろ?
全部一人で背負い込んでよぉ…。」
俺がそういうと、少女は涙を流しながら微笑んだ。
匠「もう大丈夫だ。それ以上、頑張らなくていい。」
俺はこの時、ある覚悟を決めた。
少女に暫く待っている様に伝えると一度部屋を後にした。
少し離れた場所で携帯を取り出し電話をする。
??「はい、もしもし?」
匠「俺だ。」
??「あっ!匠様ですか?」
電話の相手は少女の叔父さんに当たる「渡辺」だ。
匠「たった一日だが調査は終わったよ。」
渡辺「そ、そうですか。で?どうでした?」
匠「全く何の問題も無い、普通の子だよ。」
渡辺「そっ、そんな!少しでも何か無かったですか?その…不思議な力があるとか。」
匠「あんた耳悪いのか?
至って普通の女の子だって言ってんだろ?」
渡辺「三百万も払ったのに!とんだ大損だ!」
やっと本性を現しやがった…。
俺はこの後、渡辺に対し、ある条件を持ち掛けた。
匠「この少女、俺に引き取らせてくれねぇか?」
渡辺「はっ?」
匠「俺に引き取らせてくれたら、今回の報酬分の三百万は全額あんたに返してやるよ。」
渡辺「ほっ、本当ですか?それなら喜んで!」
姪より金かよ…。
ったく。ヘドが出るぜ。
俺との電話を切った後、渡辺はすぐに施設に連絡を入れ、俺が少女を引き取る旨を伝えた。
少女の引き取りについて、施設長との話を終えた俺は再び少女の待つ部屋へと戻った。
ドアを開けると、先程のまま少女は椅子に座っていた。
俺はゆっくりと少女の前に行き、しゃがみこむ。
匠「お前は今日から俺と暮らす。
もう、今までの様に自分を抑えつける必要はねぇ。
これからはお前のままでお前らしく生きろ。」
俺はそっと少女を抱き締めた。
ずっと我慢して来たんだろう…。
一人で戦い続け、孤独に耐え…。
ずっと静かだった少女が、俺の腕の中で声を上げ泣いた。
それから暫くし、落ち着きを取り戻した少女。
匠「俺の名前は「匠」だ。
お前、名前は?」
「蛍!」
蛍と名乗った少女は屈託の無い笑顔で笑った。
匠「蛍か。いい名前じゃねえか(笑)
よし!蛍!お前の好きな食い物は?」
蛍「ん〜。ハンバーグ!」
匠「おっ!ハンバーグかぁ。いいねぇ(笑)
よし!じゃあ今日の晩飯はハンバーグで決まりだな!」
蛍「うん!」
その日の夜。
匠「蛍?ちょっと話ししようか?」
蛍「うん…。」
すぐに何かを察知した。
頭のいい子だ。
匠「結論から言う。
お前に憑いているソレは祓えねぇ。」
蛍は黙って聞いている。
匠「今、ソイツはお前の霊体と重なっちまってる。
無理に祓えば、お前も危ねぇんだ。」
蛍の表情が少し曇った。
匠「だが、ソイツをお前の中に封じ込める事は出来る。封じ込めたソイツの力がお前に流れ込む様、術式を施す。
勿論、並の人間なら耐えられねぇ。
でも蛍?お前自分の力に気付いてんだろ?」
うん…。
蛍はそう呟いた。
匠「でもな、お前はまだ自分の力を上手く使えてねぇ。
お前が持つ力はそんなもんじゃねぇ。
で、無かったらソイツを抑え込む何て事は出来ねぇ。
だからソイツの力をお前に流して、自然とソイツを消す。
何となく分かるか?」
蛍「うん…。分かる。」
そっか(笑)。
そう言って俺は、蛍の頭をポンっと叩いた。
蛍を家へ連れ帰った次の日。
はぁ…。気が乗らねぇなぁ…。
蛍は窓の外を眺めはしゃいでいる。
こいつ…。俺の気も知らねぇで。
今、俺達はある場所に向かう為、飛行機に乗っていた。
あぁ〜。やっぱ止めときゃ良かったか?
今から向かう先で人に会うんだが、俺はどうしようも無く、そいつが苦手だ…。
空港に到着し、そこから電車で移動。
更にフェリーに乗り、辿り着いたのは周りを海で囲まれた漁師町。
ここにお目当てのやつがいる。
因みにここは、俺の生まれ故郷だ。
前髪を揺らして行く懐かしい潮風さえも今の俺の心境を心地のいいものにはしてくれない。
相変わらず蛍ははしゃいでいる。
あちこちをうろうろし、今は海を覗きこんでいる。
匠「蛍?この辺りの海は鮫がうじゃうじゃいやがるから、あんまり覗きこんでると喰われちまうぞ?」
俺がそういうと、蛍は肩をビクっと震わせ俺の元へ駆け寄って来た。
身体の中にあんなものを宿しているこいつでも、鮫は怖いらしい(笑)
二人は暫く町中を歩く。
路地を曲がった先に一件の店。
漬け物屋「サクラ」
そう書かれた看板。
店の前に老女が一人。
俺が今回、会いに来たのがこのババア。
俺の実祖母であり、祓い屋の師匠だ。
匠「ばあさん、久し…」
婆「蛍ちゃん?あんたが蛍ちゃんだね?
可愛い子だねぇ。良く来た、良く来たねぇ。」
ったく…。自分の孫は全力で無視かよババア!
婆「さぁさぁ。家へ上がりなさいな。」
ババアは俺を無視し、蛍を家へ上げる。
婆「遠かったろ?可哀想に。あっ!お菓子食べるかい?ちょっと待ってな。」
そういってババアは奥からお菓子を持って来た。
おいおい…ババア…。
十歳の子供に羊羮と熱いお茶かよ…。
因みにこのババア、昔は「憑き物屋」ってやつをやってたんだが、もう歳だから。と今の店をやりだした。
特に漬け物に興味は無かったが、「漬け物屋」と「憑き物屋」をかけたらしい…。
看板にある、「サクラ」。
あたかも自分の名前の様だが、ババアの名前は「サクラ」ではなく「トメ」。
「サクラ」の方が可愛く聞こえるからだそうだ。
つくづくとんでもねぇババアだ。
羊羮を旨そうに頬張る蛍をニコニコと見ながらババアが言う。
婆「で?昨日電話で言ってた「封魔の法」と「連洙の法」えらく大層な術式じゃが、ヒヨっ子のお前に出来るのかえ?」
性格の悪いババアだぜ…ったく。
俺一人じゃ出来ねぇから、こんな所まで来たんだろうが。
祓う事と、封じる事は全く異なる。
まして今回の様に、対象者の中に宿したまま封じるとなるとそれこそ神技クラスだ。
だが、このババアならそれが出来る。
もしこの場に、俺の力を知る者が居たなら、俺がヒヨっ子呼ばわりされているのを聞いて驚愕するだろう。
自分で言うのも何だが、俺にはそれ位の力がある。
その俺をヒヨっ子呼ばわりするこのババア。
まぁ、俺とは桁違いって訳だ。
認めたくはねぇけどな。
匠「封魔は、ばあさんに任せるよ。」
婆「任せる??お願いしますの間違いじゃろ?」
匠「あぁ!お願いします!!」
ったく…。
婆「さっ。じゃあ蛍ちゃん?ちょっとお出掛けしようか?」
ババアはそう言うと、裏庭へ向かった。
ババアの家の裏庭には、小高い山へと直接続く道がある。
まぁババアの持ち山ってやつだ。
ババア以外の人間は入れなくなっている。
ババアは蛍の手を引き、ゆっくりと山を上がって行く。
山の中腹辺りに開けた場所があり、そこそこでかい池がある。
その池の真ん中に小さな祠。
ババアは池の淵に立つと、祠に向かい静かに頭を下げた。
その様子を見ていた蛍も、真似をして頭を下げる。
婆「まぁまぁ(笑)偉いねぇ。蛍ちゃんは。
じゃ、そのままそこに座って、水に足を浸けてくれるかい?」
蛍は言われた通り、池の淵に座り水に足を浸ける。
風も無く静かな山。
水面も穏やかで、まるで鏡を見ているかの様に水面に青い空を映し出している。
ババアはゆっくりと蛍の後ろに立ち、両手を拡げる。
パァ〜ン!!
ババアが手を打ち、渇いた音が響く。
その途端、静かだった水面に波紋が拡がった。
婆「次は連洙だよ。しっかりやるんだよヒヨっ子。」
流石としか言いようがねぇ…。
封魔の法をあっさりやっちまいやがった。
匠「蛍?ちょっとじっとしてろよ?」
俺は蛍の頭に手を乗せる。
婆「蛍ちゃん?心配いらないからねぇ。もしこのヒヨっ子が失敗しても、私がいるからねぇ。」
うるせぇよババア!集中してんだよ、黙ってろ!
俺は意識を蛍の中に集中させる。
何処だ?何処にある…?
?!あった!あれが蛍の核…。
次はアイツだ…。
何処にいやがる…?
?!これか?!
ババアのやつ、流石だぜ!
こんなに小さくコイツを封じてやがる。
後はコイツと蛍の核を繋げれば終わりだ。
俺は更に意識を集中させ、蛍の核とソイツを繋ぐ。
ビクッ。
蛍が身体を震わせた。
よし…成功だ…。
俺は意識を蛍の中から戻し、目を開ける。
?!こ、これは…。
婆「これは相当なもんだねぇ。」
俺の前に座る蛍。
艶やかで胸まである黒髪が印象的な、綺麗な顔立ちをした少女。
その髪色が、白身を帯びた透き通る様な青色に変わっていた。
蛍もその事に気付いたのだろう。
自分の髪を手に取り、ビックリした顔をしていたが、すぐにその美しい色にうっとりとした表情を見せた。
まんざらでも無いらしい。
婆「お前?覚悟は出きてんだろうね?
相当の覚悟がね。」
匠「あぁ…。分かってる。分かってるよ…。」
この日から、俺と蛍の生活が始まった。
それと同時に、俺達に訪れる最悪な結末も決定付けられた…。
作者かい