あの後、いさ美さんは大学内の病院に運ばれましたが、処置が早かったこともあり、無事に一命を取り留めました。
でも、衰弱が激しかったので、少しの間は入院とのことです。
その連絡を雪さんからもらった私は、すぐにお見舞いに向かいました。
病室のベッドに横たわり、酸素マスクを着けたいさ美さんの姿を見て、私の胸はギュッと締め付けられます。
「いさ美さん……」
私は静かに眠っているいさ美さんの手を握って、祈るように額を当てました。
そうしていると、病室のドアがガラッと開いて、白衣姿の雪さんが入って来るなり、いさ美さんの傍らにいた私に声をかけます。
「おぅ……来てたんか」
初めて見る白衣姿の雪さんに、私は改めて雪さんは医者になるんだなぁ……と思いながら見つめていると、雪さんが重々しい口調で、話してくれました。
今のところ、いさ美さんの容態は安定しているから問題はないだろうとの見解ですが、CT、MRIも共に異状なし、血液検査の結果も問題なし。
つまり、理由は一切不明とのことで、逆に気が抜けない状況だそうです。
「こんなこと、普通あり得へんねんけどな……」
雪さんが溜め息を吐きながら、いさ美さんを心配そうに見つめ、いら立ったように頭をガリガリ掻きました。
沈黙が支配する病室に、新たに月舟さんがコッソリ入って来て、私を見るなり申し訳なさそうに会釈します。
「せんぱい……」
声を震わせる月舟さんに、私は笑顔を見せて言いました。
「月舟さん、あの時はありがとうね」
私の言葉で、月舟さんは堰を切ったように泣き出します。
「せんぱい!!ワタシ、バカだから、何の役にも立てなくて……ごめんなさい!ごめんなさい!!」
私にすがりつき、泣きじゃくる月舟さんの頭を、私は優しく撫でてあげました。
「そんなことないよ……ツッキーも頑張ったもんね」
親友を案じる月舟さんの気持ちは、私にも分かるので、気に病まないようにと出来るだけ優しい声で話しました。
「雪ちゃん!何があったの?」
勢い良く病室に入ってきたのは、A子でした。
「実はなぁ……」
雪さんはA子に事情を話すと、理解したのか、してないのかは分かりませんが、いさ美さんを見るなり一言呟きました。
「生気が弱まってるね……今ならなんとかなるかも」
A子はそう言うと、両手をいさ美さんの左胸に重ね、目を閉じます。
その近くにいた私にも、何だか温かな空気のようなものが、A子の方からジワジワと感じます。
部屋全体が暖房がかかったような温かさに包まれた頃、いさ美さんがうっすらと目を開けました。
「……ここは」
マスク越しの曇った声でしたが、ハッキリと聴こえたいさ美さんの声に、月舟さんが安堵のあまり号泣しながら抱きつきます。
「安心しぃ、ここは病院や」
「いさちゃん、急に倒れたんだよ!」
二人の言葉にピンとこない顔で、いさ美さんが答えます。
「そうでしたか……わたし、皆さんにご迷惑を」
「そんなこといいんだよ。それより、身体は大丈夫なの?」
申し訳なさそうないさ美さんに、私が身体の具合を訊くと、いさ美さんは笑顔で答えました。
「それが、すこぶる快調な感じがします……恥ずかしながら、少しお腹も減りました」
「アタシの生気を分けてあげたからね。後は肉でも食えば大丈夫だよ」
いや、病み上がりに肉はダメでしょ?
「なぁ、A子……この子に何があったん?」
雪さんがA子に状況説明を求めると、A子はニヘラといつもの締まらない顔で答えました。
「生気を吸われたみたいだね。生気は気合いや根性みたいに自分の意思で、ある程度は出せるけど、ここまで吸われちゃうと自分じゃどうにもならないからね……」
「病は気からみたいなもんか?」
雪さんがさらに突っ込むと、A子は首を横に振って言います。
「生気の源は魂だから、似てるっちゃあ似てるかな」
A子のお陰か、いさ美さんは元気そうですが、雪さんは医師の観点から退院を許可せず、数日は様子を観ることになりました。
月舟さんも私もそれがいいと、いさ美さんをなだめると、いさ美さんは素直に従います。
「わたし……六介に会いました」
前置きもなく唐突に、いさ美さんが話し出しました。
六介くんのことは、私とA子しか知らない秘密だったのに、いさ美さんは雪さんと月舟さんがいるにもかかわらず、ゆっくりと話します。
「気がついたら、何処かの河原に立っていました……そこにはたくさんの子供達がいて、泣いてる子も、ただ座っている子も、歯を食いしばって対岸を見つめている子もいました」
賽の河原のことだろうか……。
私はそう思いながら、口を挟むこともなく黙って聞いていました。
「その中に、六介がいました……河原の石を握ったまま、泣いている四歳くらいの男の子………それが六介だと、わたしにはすぐに分かりました………我が子を間違えるはずがありません」
いさ美さんの言葉に、雪さんも月舟さんも、一瞬声を詰まらせるのが分かりましたが、いさ美さんは構わず話を続けます。
「わたしはすぐに六介に駆け寄って、抱き締めました……強く、強く……もう離さないように、離れないように……」
いさ美さんは遠くを見つめるように天井を見上げたまま、静かに噛み締めるように話しました。
「そしたら、六介がわたしに言ったんです……ママって……六介には一度も、わたしが母親だと名乗ったことはありませんでした……でも、あの子はわたしをママと呼んでくれたんです」
病室内には、いさ美さんの声以外の音はありません。
誰一人、いさ美さんの言葉を遮ろうとはしませんでした。
「六介はわたしに言いました……『ママ、ここに来るの早いよ?ボク、まだママのところに行く時間じゃないよ?』って……」
その言葉が、私の心に沁みました。
いさ美さんと六介くんとの絆の鎖は、まだ切れてなかったんだ……そう思いました。
「六介がわたしを突き放して言いました……もう少ししたら、今度はちゃんとママと一緒に暮らせるって!ママをママって呼べる日が来るって、黒目が小さいお姉ちゃんが約束したから、ママは来ちゃダメなんだ……そう言われました……その途端、わたしは暖かい光に包まれて、気がついたらここに寝ていました……」
いさ美さんの目尻から涙の筋が伝いました。
そこにいる誰も、何も話せませんでした。
私もグッと涙をこらえて、いさ美さんの手を強く握りました。
「さやちゃん……黙っててごめんなさい……軽蔑されたくなくて、ずっと言えずにいたの」
「軽蔑なんてする訳ないじゃん!!ワタシ、いさちゃんのこと大好きだし、尊敬する!!いさちゃんが友達だってこと、誇りに思うよ!!」
月舟さんも私の手の上から、いさ美さんの手をギュッと握ります。
雪さんは無言で天井を見上げたまま、鼻をすすりました。
「そしたら、早う元気にならなダメやな……」
精一杯我慢しているけれど、雪さんの声は震えていました。
「はいっ!!」
いさ美さんは、雪さんの言葉に力強く頷いて見せます。
いさ美さんの気丈なその姿に、私は身につまされる想いがしました。
母親の愛情とは、こんなにも深く、大きなものなんだと、いさ美さんの強さを見て、心から尊敬しました。
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いさ美さんのお見舞いから帰ると、部屋の中に違和感を感じました。
人の気配です。
独り暮らしを三年もやっていると、微妙な違いが分かるようになるものです。
特に、私くらい警戒心の強い人ならドアを開けた瞬間から分かります。
私は靴も脱がず、ジッと息を殺していると、奥のリビングから、トタトタと足音がしました。
「誰?」
私が逃げる体制を整えながら声をかけると、ピタリと音が止みました。
無音で待機していると、小さな人影がスッと横切りました。
まさか……。
私はそぅっと靴を脱いで、くノ一さながらの忍び足でリビングへ近寄ります。
我が家なのに何で私が、コソコソしなきゃならないんだ……と思いながらリビングを覗くと、ローテーブルの前に小さな背中を丸めた子が、何かをしていました。
「はとちゃん?」
私が声をかけると、キラキラの笑顔で振り返ったはとちゃんが、体をこちらに向けて言います。
「おかいり」
お帰りってことね……。
何かを隠すようにモジモジしているはとちゃんに近寄り、ローテーブルの上の物を見て、私は思わず笑ってしまいました。
ローテーブルに並べられたケーキ、クッキー、シュークリームなどのお菓子、カップに入ったコーヒーやオレンジジュースの絵が、所狭しと並んでいます。
「はとちゃん、コレって喫茶店?」
私が訊ねると、はとちゃんはニパッと笑って答えました。
「お姉ちゃんのカフェだよ!あたしもカフェやりたい」
なんと愛らしい……。
「じゃあ、お姉ちゃんがお客さんやるから、はとちゃん、お店の人してくれる?」
「べつにいいよ!」
いや、はとちゃんに合わせてるんだけど……。
そこでしばらく、二人でカフェごっこを楽しんでから、私は本物の紅茶を淹れて出してあげました。
「いい~にお~い♪」
はとちゃんはローテーブルに両手をつけて、ピョンピョン跳ねています。
Oh……私をキュン死にさせる気か?
はとちゃんはカップに入った琥珀色の紅茶をふぅふぅしてから一口飲むと、眉を寄せて微妙な顔をしました。
どうやら渋かったみたいです。
「お砂糖入れる?」
私がシュガーポットを差し出すと、はとちゃんは首を横に振りました。
「いらない!おとなのあじがいい!」
意地らしく虚勢を張るはとちゃんが可愛くて、私はシュガーポットから砂糖を二つ、カップに入れて飲みました。
「私も大人だけど、お砂糖入れるんだけどなぁ……」
私が砂糖を入れたのを見て、はとちゃんも砂糖を二つ、カップにポチョンと落としてかき混ぜると、上手にスプーンを使って紅茶を飲みます。
「うん!こっちの方が美味しいかも!」
ニッコリ笑うはとちゃんを見て、私は思わずプッと吹き出してしまいました。
急に笑い出した私を、はとちゃんは不思議そうに見つめています。
「どうしたの?」
そんなはとちゃんが可愛すぎて、私は「何でもない」と言いながら、ギュッと抱き締めました。
この日から、はとちゃんと私の生活が始まりました。
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朝、起きて、はとちゃんの朝ごはんを作り、学校へ行き、帰ると、はとちゃんと遊び、晩ごはんを一緒に食べる……。
今までになかった生活リズムに、少し戸惑いつつも、すぐに慣れてしまいました。
はとちゃんとの生活も一週間経つと、はとちゃんを小学校へ行かせようかどうかまで真剣に考えている始末です。
私の中でもはや、はとちゃんは娘になっていました。
気持ちのいいほどに、よく晴れた日曜日。
ずっと部屋に閉じ籠りきりのはとちゃんも、つまらないだろうと、近くの公園に連れ出しました。
ちらほらと子供の姿もあり、はとちゃんもご機嫌です。
はとちゃんは、ジャングルジムに登ったり、ブランコを立ち漕ぎでとんでもない勢いで揺らしたりと、ハラハラさせてくれましたが、当然、周りの子供達には見えていないようです。
「せんぱ~い!!」
公園の外から月舟さんが恥ずかしいくらい大きな声で私を呼び、両手を激しく振っていました。
遭難してるんじゃないだから、そんなに大袈裟にしなくても良くない?
私が控え目に月舟さんに手を振り返すと、月舟さんが全速力で駆け寄って来ます。
「せんぱい、いさちゃんのお見舞い行きませんか?」
私は三日に一度くらいのペースでお見舞いに行ってましたが、月舟さんは毎日のように顔を出していました。
容態は日に日に良くなっているとは聞いていましたし、元気そうな顔も見たい気持ちもありますが、今ははとちゃんがいます。
「そうだねぇ」
私が考えてあぐねていると、私と月舟さんに気づいたはとちゃんが寄ってきて、私の手を取りました。
一緒に行きたいと、はとちゃんの瞳が言っていました。
「じゃあ、行こうか」
私の言葉を聞いて、月舟さんがパチンと指を鳴らします。
「そうこなくっちゃあ!!」
ノリがA子に似てきたね……月舟さん。
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いさ美さんの病室に入ると、いさ美さんは体を起こして勉強していました。
「さやちゃん!先輩も!!わざわざ来ていただいてすみません……」
「水くさいこと言いっこなしだよ!いさちゃん!」
ホントにA子に近づいてるよ……月舟さん。
いさ美さんはテキストを閉じて脇に片付けると、元気そうな笑顔を見せてくれました。
その顔に安心した私達は、互いの近況や最近あったことなどを話し、雑談に興じていると、いさ美さんの表情が徐々に曇っていきます。
「いさちゃん?大丈夫?」
月舟さんがいち早く異変に気付き、ナースコールに手を伸ばしますが、いさ美さんがそれを制しました。
「大丈夫だよ……少し眩暈がするだけだから」
大丈夫じゃないじゃん!!
いさ美さんのナースコールを持っている手を掴んで、私はナースコールを押しました。
「どうしました?」
ナースの声が天井のスピーカーからすると、いさ美さんがすぐに「何でもありません……間違えました」と返事をします。
ナースが「そうでしたか」とマイクを切る音の後、私と月舟さんがいさ美さんを問い詰めます。
「そんなに青い顔して大丈夫な訳じゃないじゃん!!」
「そうだよ!それじゃ返って心配だよ」
病人相手に怒鳴って申し訳ないけど、これもいさ美さんのためです。
「何や?騒がしい!病室では静かにせなダメやろ?」
ちょうどいいタイミングで、雪さんが病室に入って来ました。
私達が雪さんに事の次第を話すと、雪さんは私達を押し退けていさ美さんを診ます。
「こないだと一緒やな……せっかく落ち着いて来とったのに」
悔しげに呟く雪さんを見て、私も月舟さんもオロオロするばかりでした。
弱々しく呼吸するいさ美さんが、うっすら汗ばんだ顔でニコリと笑います。
「大丈夫ですよ……ちょっと疲れただけですから……」
力なく笑ういさ美さんを見て、私は何だか悲しくなりました。
その時、病室の入口を乱暴に開けて入って来たA子が、仁王立ちして言いました。
「やっと見つけた……まさか、アンタが匿ってたとはね」
誰に向けてか分からないけれど、A子は強い口調で言い、こちらへつかつかと歩み寄って来ます。
怒ったような顔で近寄るA子が怖いのか、さっきまで大人しくしていたはとちゃんが、私の後ろに隠れて震えています。
「その子をこっちに渡しな!」
どうやらA子は、はとちゃんのことを言っていたようです。
でも、私ははとちゃんを庇い、A子に言い返しました。
「A子!いきなり何?ビックリするじゃない」
「そやで、A子!病室では静かにしてくれな、ウチかて怒るで?」
「A子せんぱい!何かいるんですか?」
軽いパニックの中、いさ美さんだけは落ち着いていました。
「やっぱり……子供がいたんですね」
いさ美さんが私を見て言います。
「わたし、見えてはいなかったけれど、先輩の後ろに女の子の気配がしてたんです……年長さんくらいの子かな?」
いさ美さんは見えていないにも関わらず、ズバリとはとちゃんのことを言い当てました。
「その子の居場所はアンタの所じゃないんだよ?アンタ、分かってるでしょ?」
A子の言葉に、私の胸がズキンと痛みます。
いさ美さんの件で、私もそのことは重々知ってはいました。
頭では分かっているのに、それじゃいけないことは分かっているのに、心がそれを拒んでいました。
私ははとちゃんを抱き締め、A子に言います。
「この子のことなら私が何とかする!!だから、放っておいて!!」
「アンタに何が出来る!!」
A子の怒号が病室内に響き渡りました。
はとちゃんはブルブルと震えて、私にしがみついています。
「大きな声出さないでよ!!はとちゃんが怖がってるじゃない!!」
私ははとちゃんを強く抱き締め、頭を撫でて安心させようとします。
「お姉ちゃん……怖いよぅ」
はとちゃんは私の袖をギュッと握って呟きました。
「大丈夫だよ。お姉ちゃんが守ってあげるからね」
私がそう言っても、はとちゃんの震えは止まりません。
「アンタの身勝手で、その子が死にそうになってるのがまだ分からないの?」
A子はいさ美さんを指差して言いました。
はとちゃんのせいで?
私は記憶を辿り、いさ美の不調を思い返してみました。
雪さんの部屋でタコパした時も……ライブ後の楽屋にも、はとちゃんはいました。
「思い当たる節があるでしょ?その子は人の生気を吸い取るんだよ……そうしないと形を維持できないんだ……」
嘘だ……だって、私には何も起こっていないじゃないか。
「その子は今、波長の合う人間の生気しか吸えない……でも、その内に、より多くの生気を必要とするようになったら、アンタも近くにいる全ての人から生気を吸い取り始める……その子自身、無意識の内に人を苦しめていくんだ」
「そんな訳ない!!はとちゃんはそんな子じゃないもん!!」
「じゃあ、アンタの横で寝たきりになってる子は何?」
A子に言われて、いさ美さんを見ると、大きく胸を上下させながら息をしていて、苦しそうにしているのが分かります。
「違う!!違う!!はとちゃんじゃない!!!!」
見当違いな言い分なことは自分でも分かっていました。
それでも、私ははとちゃんを離したくなかったんです。
「……よく聞きな。アタシならその子を救えるんだよ……このままじゃダメなことくらい、アンタならもう分かってるでしょ?」
A子の言葉を背中に聴きながら、私ははとちゃんの顔を見ました。
カフェごっこしたこと、お絵描き対決で私が惨敗したこと、私が作ったナポリタンを口いっぱいにケチャップをつけながら美味しそう食べてくれたこと……。
はとちゃんとの思い出が頭の中に溢れて、零れ落ちる涙が止まりませんでした。
はとちゃんは、グシャグシャに濡れた私の頬をスッと拭って、ニパッと笑いました。
「お姉ちゃん……泣かないで?」
はとちゃんはそう言うと、私から体を離してA子の方に歩いて行きました。
「はとちゃん!!行っちゃダメ!!」
私ははとちゃんを止めようと体を反転させましたが、バランスを崩してよろめき、膝をついてしまいました。
はとちゃんはクルリと私の方を向き、小さな手を振って言います。
「ばいばい……またね?かぁちゃん……」
その言葉を言い終えたのを待って、A子がはとちゃんの頭に右手を乗せて、何やらブツブツと唱え始めました。
「はとちゃん!!」
A子が乗せた手の辺りが光り出し、はとちゃんの体が薄くなっていきます。
その光景は、私とA子以外には見えてはいなかっただろうけど、いさ美さんも雪さんも月舟さんも悲しげにA子の方を見ていました。
はとちゃんの姿が完全に見えなくなってしまった時、私は人前にもかかわらず、大声で泣きました。
そんな私に、A子は声をかけることもなく、黙って頭を撫でてくれました。
私とはとちゃんの短い家族ごっこは、こうして終わりを迎えました。
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誰もいない部屋に帰ると、はとちゃんとの思い出の品がそこかしこに残っていました。
それを見て、また私は泣いてしまいました。
幼く拙い字で『おねえちやん』と書かれた私の似顔絵……。
黒ぶちメガネで笑う私の顔の横には、少し小さく描かれたはとちゃんの顔が幸せそうに笑っています。
はとちゃんが描いた絵は、リビングの一番目立つ所に額に入れて飾りました。
その絵を見る度、はとちゃんのニパッと笑った顔が思い出されます。
そんな感慨に耽っていると、インターホンが鳴りました。
A子です。
A子は部屋に来るなり、はとちゃんの絵を見て一言言います。
「割りと似てる」
はとちゃんが描いたんだもん……当たり前じゃん。
A子はリビングのいつもの場所にドッカリ座って私に言います。
「アンタの紅茶が飲みたい」
A子がアルコール以外を所望するなんて初めてのことで、私はビックリしながらも紅茶を淹れてあげました。
すると、A子は砂糖を二つポチョンと入れて、スプーンで味見して言います。
「う~ん……やっぱ、砂糖入れないと渋くて飲めないや」
その仕草がはとちゃんにあまりにも似ていたので、私はクスッと笑ってしまいました。
「ねぇ、A子。はとちゃんは還るべき場所に還ったんだよね?」
私の問いにA子が紅茶を啜りながら答えます。
「まぁ……あの子、死んでないからね?」
はぁ?
「どういうこと?」
私の頭の中が混乱しすぎて訳が分からない状態です。
「実はさ……あの子、アタシの双子の妹なんだよね……生まれる前にアタシと合体しちゃったんだけどさ」
バニシングツイン……噂には聞いていたけど、その本人を見るのは初めてでした。
「だからさ、アタシを可愛がるともれなく、はとちゃんも可愛がることになるんだよ!かぁちゃん!!」
「あんたが呼ぶな!!」
ふざけ半分で甘えてくるA子をいつにも増して鬱陶しく思いつつ、何だか可愛くも思えていたのは、また別の話です。
作者ろっこめ
ついにゲスト総出演最後のエピソードです。
過去作品のネタが入ってますので、ある程度、シリーズを読んでいた方が、より楽しんでいただけると思います。
読んでなくても大丈夫ですけど。
今回のエピソードはA子シリーズの中でも異色の作品になっています。
どうした!?ろっこめ!!
と、思われるかも知れませんが、ラストくらいは真面目に書こうと思いました。
次回からは、いつも通りに書きますので、今回だけはお許しください。
ちょっとA子シリーズはお休みして、三題怪談でも書こうかなと思います。
そこで、よろしかったらどなたかご一緒しませんか?
なんて言ってみたりして。
下記リンクから過去作品などに飛べます。
第22話 『ライブ』(ゲスト総出演エピソード4)
http://kowabana.jp/stories/28292
第24話 『追憶の君へ』(三題怪談企画作品)
http://kowabana.jp/stories/28393