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中編6
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馴染みの店 【奇告蒐集】

こんなメールが届いた───。

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メールの主のMさんが高校生の頃の話だ。

N県の県立高校に通っていたMさんには密かな趣味があった。

それは食べ歩きで、電車通学のMさんは地元から離れたこの場所で自分好みの店を見つけようと、学校近く在住のクラスメイトなどから情報収集をしながら、放課後にあちこち食べ回っていた。

ノートに店に行った日付と場所を記録し、店の雰囲気、味、サービスを星で評価を付け、自分なりのミシュランガイドのようなものを作っていたそうだ。

Mさんは数々の店に行ったものの何だかしっくり来ず、ここと言う店をまだ見つけられなかった。

高校入学から一年が過ぎていたMさんは、学校の最寄り駅から毎朝の通学路の道中、玄関先を掃き掃除しているお婆さんに気付いた。

「おはようございます」

背中が丸めた小さなお婆さんが、Mさんに笑顔で挨拶をしてくれた。

反射的に挨拶を返したMさんは、ふと目線を上げて見ると、お婆さんの掃除している玄関の戸の向こうに、小さく『ラーメン』と書かれた紺色の暖簾が見えた。

一年間も通っていた道なのに、今日まで全く気が付かなかった自分に情けなさを感じたのと同時に、学校が終わったら食べに来ようと強く思った。

その日の放課後、授業を終えたMさんは早速あの店へ向かった。

しかし、店に暖簾は出ておらず休業だった。

これでますますこの店の味が気になったMさんは、是が非でもこの店のラーメンを食べてやると意気込んだ。

毎日、放課後になると店へ向かい、時に時間をずらしたり、また昼休みに学校を抜け出したりもしたそうだが、店の入口には一度も暖簾が出ていることはなかった。

半ば諦めかけたある日の土曜、ついにあの店の入口に暖簾がはためいているのが見えた。

喜び勇んで店に入ったMさんは、誰もいない店内のカウンター席に着くと、いつぞやの小さいお婆さんが人懐っこい笑顔で、Mさんに「いらっしゃい」と声を掛けてきた。

店内は狭いながらも小綺麗で、メニューはラーメン一品のみで、他は飲み物だけ。

所謂、こだわりの一品勝負の店だと思った。

Mさんは唯一の品であるラーメンを注文すると、お婆さんはニコニコしながら「ちょっと待っててね」と優しく返事をした。

年のせいか、動きがスローなお婆さん店主にイライラすることもなく、沈黙のままで待つMさんにお婆さんが冷えた烏龍茶の瓶とビールメーカーのロゴが入ったグラスを出してくれた。

頼んでもいない飲み物に、Mさんが面食らっていると、お婆さんは顔を綻ばせて言った。

「私はお婆ちゃんだから、作るのに時間がかかってしまうの。これは待たせてしまうお詫びだから、飲んで待っててね」

人の良いお婆さんの心遣いに、Mさんは有り難く烏龍茶を頂いた。

それから出来上がったラーメンを、お婆さんがカウンターの向こうから差し出すのを受け取り、Mさんはラーメンを目の前に置いた。

うっすらと醤油の色がついた透き通るスープに、具材もチャーシューにメンマ、ネギ、ナルト、彩りのほうれん草。

何処か懐かしさを感じる中華そばだった。

Mさんには初めての店での食べ方があり、ラーメンなら最初にスープから味わうのが決まりらしい。

その店のベースはここで分かるのだそうだ。

Mさんはスープを一口飲んで驚愕した。

スッキリとした鶏ガラベースの出汁に、キリッと効いた醤油ダレ、鼻に抜ける香味野菜の甘味と香りは、後味もサッパリでいるのに余韻が残る。

それはMさんが今まで食べたことのない味だった。

Mさんは麺にも注目した。

割り箸を割り、麺を持ち上げて見ると、やや中太の縮れ麺を使っていて、固さもMさん好みのやや固めで、麺にスープが良く絡み、あっさりスープでも十分パンチのある中華そばだった。

これがたったの500円……。

Mさんはとんでもない名店を見つけてしまったと、興奮しながらあっという間に完食し、お代わりまでしたのは、この店だけだった。

お婆さんは美味しそうにMさんがラーメンを啜るのをニコニコして見ていたそうだ。

Mさんのグルメノート史上、初めて満点を付けた店が、ここだった。

この日から、Mさんはお婆さんの店に通うようになったのは言うまでもない。

なかなか開かないこの店も、お婆さんと朝に会った時に行くことを告げると、お婆さんはMさんのために店を開けてくれた。

たまに、仲の良い友達らを連れて行ったりすることもしばしばあった。

Mさんにとって、お婆さんのラーメン屋さんは寛げる第二の家のようになった。

Mさんが店に足しげく通うようになってから、一ヶ月が経とうとした頃、ふと気付いたことがあった。

Mさん以外にお客さんを見たことがないのだ。

こんなに旨いラーメンがあるのに、誰一人としてお客さんの姿がない。

舌に絶対の自信があるMさんは、近所には味の分からない奴しかいないのかと思った。

その頃にはすっかり常連客を越えて、孫のようになっていたMさんは、お婆さんにそのことを話してみた。

すると、お婆さんは笑いながら答えた。

「私はお婆ちゃんだから、たくさんのお客さんに来られても困るだけだから良いんだよ。こうして僕が美味しいって食べてくれるのを見ているだけで私は幸せ、それでいいの」

お婆さんの笑顔に、Mさんもつられるように笑った。

お婆さんはいろいろなことを、時折照れながら話してくれた。

お婆さんが店を始めたのは僅か一年前、趣味で何となく始めたらしい。

味の秘密はMさんから教えてもらえなかったので割愛するが、材料自体は至ってシンプルだからこそ、とても繊細かつ絶妙なバランスが必要で、Mさんでも再現に失敗することもあるそうだ。

Mさんにとっても、お婆さんは何でも話せる本当のお祖母ちゃんのような存在になっていた。

店に通うようになってから、半年過ぎた頃には、Mさんも『あの店は俺の店』のような気持ちになっていて、朝にお婆さんに会うのを楽しみにしていた。

しかし、ある日を境に週に二、三度は見かけていたお婆さんと会えなくなる日が続いた。

Mさんもお婆さんの身を心配していたが、どうすることも出来なかった。

お婆さんと会えなくなって二週間が過ぎた頃、店の前にお婆さんの姿があった。

安堵と嬉しさでお婆さんに駆け寄ったMさんは、お婆さんに心配していたことを話しつつ、店に行きたいことを伝えた。

お婆さんは嬉しそうに笑いながら「待ってるよ」と言った。

授業を終えた放課後、Mさんが急いで店に行くと、お婆さんはいつもの割烹着でMさんを待っていた。

いつものように、いつもの味を、いつもの二人で過ごしたMさんとお婆さん。

学校でのことを面白おかしく話すMさんを、優しく、いとおしそうな笑顔で見つめるお婆さん、全てがいつも通りだと思ったMさんだったが、その日は違っていた。

お婆さんがお代を受け取らなかったのだ。

それは違うとMさんが言っても、お婆さんは待たせたお詫びだからと代金を受け取ってくれない。

頑なに固辞するお婆さんに根負けし、今日のところはお婆さんに従うことにし、代わりに修学旅行のお土産でも買って来ようと思った。

翌朝、店の前が何だか派手になっていることに気付いたMさんは、それを近くで見て愕然とした。

店を飾り付けていたのは、葬式の花輪だった。

半年間も通いつめ、あんなに仲良くしていたお婆さんの名前を、Mさんはこの時初めて知った。

あまりに突然のこと過ぎて、Mさんは頭の中が真っ白になったそうだ。

数日後、Mさんは同じ駅前通りのプラモデル屋さんに行き、お婆さんのことを訊いた。

プラモデル屋さんも、良く見かけるMさんに猜疑心なく話してくれた。

お婆さんは体が弱く、これまでもちょくちょく入院することがあり、亡くなる前も入院していた。

しかし、今回は治療の甲斐なく病院で息を引き取ったそうだ。

それを聞いたMさんは目頭が熱くなった。

お婆さんは最期の最期に、自分のために店を開け、あの一杯を作ってくれたのか……。

そう思うと、不思議なこともちっとも怖くなかった。

それからMさんは、高校卒業まで主のいないラーメン屋の前を通る度に「行ってきます」と「ただいま」の言葉を掛け、月命日には欠かさず、店先にラーメン一杯分の金額の花束を供えた。

Mさんの趣味は今でも続いているが、あのお婆さんのラーメンを超える味には、未だ出会っていないらしい。

Concrete
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いいですね…何だか切ないけど、心が暖かくなるいいお話しです(*´ω`*)

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目から鶏ガラベースの出汁が…

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良いお話です。

心に何かグッと来るものが有ります。

良か話だけん、怖ポチ!

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