私には高校3年生の娘と、中学2年生の息子がいます。
名前はそれぞれ玖埜霧御影(クノギリミカゲ)、玖埜霧欧介(クノギリオウスケ)と言います。母親である私が言うのも気が引けるのですが。なかなか人と被らない苗字のせいか、真顔で「偽名とかじゃなく、本名なんだよね?」とよく言われたりします。因みに私の名前は葵(アオイ)ですがね。欧介はともかく、御影という名前はーーーあまり聞かないですよね。
ぶっちゃけ御影というのは偽名です。そもそも御影は、わけあって玖埜霧家の養子となった子なのです。つまり、私や夫、そして欧介からしたら血の繋がりはありません。あの子が何故、私達夫妻の養子になったかといえば、私の知人がキッカケとなったのです。
知人は児童養護施設で働いているのですが。彼女と久し振りに会って食事をした時に、実に興味深い話をしてくれたのでした。
「最近、うちの施設に引き取られた子がいるんだけれど……その子の実家っていうの?何か……ちょっとヤバイのよね」
そう聞いて、私はてっきり小学校低学年くらいの子どもを想像していたんですが、蓋を開ければ、15歳の少女でした。その少女の実家は名のある旧家らしいんですが、外界との関わりを一切絶ち切っているんだそうです。孤立無援の離れ小島を想像して貰えれば分かりやすいでしょうか。血筋以外の人間は穢れと称し、婚姻も血縁者同士で繰り返し、自給自足を行い、家の敷地より外へは出ないのだとか。邪神崇拝というか、おかしな宗教にのめり込んでる一族だと、近隣の住民からは専らの噂だとか。
少女はその家の1人娘であるようでした。待望の嫡子ーーーだったそうで。というのは、その一族は昔から死産が多く、無事に生まれてきても、3歳までには死んでしまう子がほとんどだったそうです。それもそのはず、血が濃過ぎたのですよ。血縁者同士の婚姻と、その嫡子ですしね。その少女もきっと血縁者同士から生まれたのだとは思いますが、幸いにも(或いは不幸かも)健康に問題はなかったのでした。残酷な物言いになりますが、少女にしてみれば、この世に生を受けたことは、地獄の始まりを垣間見ただけに過ぎなかったかもしれません。
少女は生まれてから15年という長い期間、少女は周囲の人間から様付けされて呼ばれていたにも関わらず、およそ人間扱いをされてはいませんでした。穢れを落とすという意味合いで、1日に何度も禊を行い、殴られ、蹴られ、疎まれ、精進料理と僅かな水のみ与えられ、ただただ呼吸を繰り返すのみの虚ろな生き方を強いられてきたのでした。
知人からその少女の話を聞いた私は、その時に既に心を決めていました。本来であれば、夫婦できちんと話し合ってから決めるべきことなのでしょうけれど。その時間さえも惜しかった。グズグズしていたら、別の善良でお人好しな人間が少女を救うと言い出しかねない。少女を救うのは私でありたいと、強くそう思ったんです。あの頃はまだ若かったですし、勢いもあったし、エゴでもあったのでしょう。同情や憐れみといった感情があったのは事実ですし。
私はそもそも、取り立てて子どもが好きなわけではありません。根っからの仕事人間ですし、正直結婚はしましたけど、子どもはいらないとさえ考えていました。まあ、欧介を授かることが出来たことは幸運なのですけれど。欧介に兄弟、或いは姉妹を作ってあげようとは、考えもしませんでしたし。まさか、生まずして女の子を授かるとは夢にも思いませんでしたよ。
少女を養子として迎え入れるという藪から棒な申し入れは、夫にしてみれば寝耳に水だったようで。面と向かって強く反対はされませんでしたけど、戸惑いはあったようです。当たり前ですが。夫は物分かりがいいというか、諦めがいい(笑)ほうなので、最終的には首を縦に振りました。ひいては人助けですしね、下衆な言い方をすれば。
ただーーー養子として迎え入れるにあたり、改名させるという条件は出しました。
御影の本来の名前は、違ったものでした。異質であり、異名であり、悪意であり、おぞましく、疎ましい名。正常な思考回路を持つ人間が付けたとはとても思えぬ、非凡で非常な名前でありました。あの子はーーーあの子の実の母親から、そんな名前を付けられたのです。名前は一生ものですし、一生涯ついて回るものです。新しい人生を歩き出す少女に対し、相応しい名前を考えなければ。名付けは親が我が子に贈る最初の愛情ですしね。
可愛らしい響きを持つ名前、それとも画数にこだわるべきかとも思いました。何度も何度も試行錯誤し、寝る間を惜しんで決めた名前は、【御影】でした。敢えて「影」という明るい響きやおおらかな音とは無縁の字を入れることにしました。これはある古い呪法からきています。名前そのものを影武者にし、当人を魔や邪から守るためのもの。名で縛る呪法で、とても強い効力があるのです。このような呪法を用いなければ、あの子は生まれ持った忌まれた血筋に身をやつしてしまい兼ねません。改名こそすれ、生まれ持った血筋を消せるというわけではないのですから。
御影自身、そのことは痛いほどに分かっていたのでしょう。私達夫妻の養子となり、ようやく人並みの人間らしい生活をおくることが約束されたにも関わらず、自分自身を蔑み、毛嫌いすることを止めませんでした。また、あの子にしていれば、自身を取り巻く周囲の人間すら、異質で異様なものにしか見えなかったのでしょう。生い立ちが生い立ちだけに、温かい家庭の雰囲気とは無縁だっただろうし、そのこと自体を責めるつもりは毛頭ありません。しかし、私自身が焦っていたことも事実です。
なかなか心を開こうとせず、必要最低限の会話しかせず、視線を合わせず、事に私や夫のことを1度として「お母さん」「お父さん」と呼ばない御影に対し、焦りや苛立ちを覚えていました。私達夫婦はあの子に歩み寄ろうとしているにも関わらず、どうしてそんな風に敵意を剥き出しにするのだろう、と。身勝手にもそう感じていました。あの子にしてみれば、生活環境や周囲の顔触れが一変しただけで、根本的なものは何1つ変わっていないのですから。
ギクシャクとした気まずい雰囲気も、呆気なく終焉を迎えることとなります。何がどうなったのか、詳しいことは分かりません。しかし、ある時を境に、ほんの少しずつですがーーー御影が欧介と会話するようになったんです。犬がある日突然喋り出したような衝撃を受けましたよ。私達大人に出来なかったことを、ほんの子どもである欧介(当時小学生5年生)がやってのけたのですから。
欧介と会話するようになったことを皮切りに、2人は急速に仲良くなりました。私や夫とも会話をするようになり、打ち解けてきました。前述した通り、私は根っからの仕事人間であり、夫も私に負けず劣らずの仕事人間なので、家を空ける機会が多いのですが、そこはそれ。姉弟で逞しく生活しているようです。私は子育てに関してはあまり干渉しないほうですので、家は無法地帯と化しつつありますが。だからこそ伸び伸び育ってくれることを期待していますよ。
……まあ。あんまり伸び伸び育ち過ぎるのも困るんですけどね。
◎◎◎
クラスメートのショコラの長期欠席が続いている。ショコラというのは勿論渾名で、本名は日野翔子という。チョコレート菓子類に目がないことから、クラスの連中が彼女をしう呼ぶようになった。猫のように細い目、華奢で撫で肩な体躯。人当たりの良く、人受けのいいショコラは、クラスのムードメーカーである。その反面、トラブルメーカーでもあるんだけれど。
ショコラは普段は滅多に体調を崩したりしない、元気印の女の子なのだが。先月からずっと学校に来ていない。担任から聞いた話によると、重い皮膚疾患にかかったらしいのだが。かなり重篤らしく、入院するくらいだったというから相当なものだ。ショコラと仲のいい友人数名がお見舞いに行きたいと申し出たのだが、面会は一切出来ないというらしく、そのことがまた不安を呼んだ。今学期は学校に来られないのでは、という声もあったが。今日のホームルームで聞いたところによると、どうやら退院したという。
ただ、絶対安静なのは変わらず、今は何故か知人の家でお世話になっているとか。学校に出て来られるのはまだ先になりそうだけれども、とりあえずは大丈夫だという。無論、安堵したことには変わりないのだが。その担任からそのお達しを聞いた時は少々驚いた。
「日野にプリントを届けて貰ってもいいか」
授業参観や来年の受験に関するプリント類を、ショコラが今いる知人の家に届けてほしいのだそうだ。本来であれば、担任がショコラの様子を見るついでに行く予定だったのだが、知人宅に事前に電話を入れたところ、何とショコラが出たらしい。いつもよりは覇気のない声だったらしいが、今日はそれでも調子がいいそうで、留守を任されているという。知人は少し間、外出しているらしい。
ショコラの体調を聞きつつ、訪問の許可を問うと、
「玖埜霧君にお願いしたいです」
そう言い切った。担任は勿論面食らったらしいが、ショコラがどうしても俺がいいのだと言って譲らないため、一応聞くだけ聞いてみると言い、知人宅の住所を聞いて電話を切った。それが事のあらましだという。
担任は別に強要はしないとは言っていたが、何となく断り辛かった。というのも、ショコラが今現在かかっているという皮膚疾患は、俺のせいであるのかもしれないからだ。先月、忍冬神社で行われる秘祭が開催されるからと、ショコラと2人で行ってきたのだが。その秘祭というのがとんでもないものだった。参加者に、蟲毒という呪法に用いられる蟲を提供するというコンセプトだった。蟲は人間の粘膜から入り込み、内蔵を食い散らかし、血液を飲み干し、脳まで達すると発狂するという。
俺の見解からすると、もしかしたらショコラもその蟲とやらに感染しているーーーのかもしれない。確信はないし、確証もない。ただ、ショコラは蟲の1件で、うちの姉さんを酷く怒らせているので……その報復により皮膚疾患にかかったのではないだろうか。ショコラの病状というのも、「皮膚の下を無数の虫が這いずり回っているかのよう」らしいので。
うちの姉さんは怖いからな。特にキレると、何をしでかすか分からない。ショコラに対して何らかの呪いをかけたとしても、不思議ではない。まあ……姉さんがキレるのは、大抵俺に関することだけなのだが。
危険なことだと分かってるにも関わらず、足を突っ込むという悪癖。これはもう墓場に片足を突っ込んでいるのと同じだ。いずれ、取り返しのつかないことが起きるかもしれない。姉さんはそんな俺のことが心配らしく、俺の首に首輪を付けるだのリードを付けて散歩させるだの、わけのわからんことを言ってるし。心配してくれることはありがたいが、トイレにまで入ってくることは流石に勘弁してほしい。
だからこそ。今回のショコラからのお誘いも、断ることが筋なのだと思う。俺が行かなくとも、担任が暇を見つけて行くだろうし。ショコラに関わると、百発百中で怪異絡みの事件が勃発するし、警戒するに越したことはない。ショコラが関わるから怪異が表れるのか、怪異が表れる所にショコラがいるのか。どちらにしろ、あまり歓迎したくない。
だけれど。姉さんを怒らせたせいでショコラが病気にかかったのだとすれば、それは俺のせいでもある。そんな負い目があるため、俺は担任からの申し入れに気乗りはしないものの頷いていた。
◎◎◎
担任から聞いた知人宅の住所を、スマホの地図アプリで検索すると、電車を利用しなければならないことが分かった。電車と、そしてバスを利用しなければならない。少ないお小遣いから電車賃及びバス代を出すことは非常に心苦しいが、ケチケチしてもいられない。駅に行き、切符を買い、電車に乗り込む。うちは田舎町なので、都会のように分刻みで電車が来るはずもなく、30分に1本なのだ。1本逃すと、アニメ1話分待ちぼうけである。
最寄り駅に着き、電車を降りる。この駅で降りたのは俺だけだった。無人駅らしく、駅員はいない。殺風景なホームには、自動販売機すらない。俺はホームを出てバス乗り場を探した。
駅を出てすぐのロータリーにバス乗り場はあった。一応、運転手さんに行き先を聞いて確認を取ってから乗り込む。運転手さんは、かなりのご年配だと思われるおじいちゃんだった。痩せた風貌に目ばかり目立つ人で、態度は横柄だった。しげしげと俺を見ながら、運転手さんは「……こん土地の者じゃなかろうに」とぼそりと呟いた。
運転手さんそれだけ言うと、また前を向いてしまった。バスに揺られること数十分。最寄りのバス停に着き、降りる。俺が住んでいる町も田舎だから、コンビニやファーストフード店なんかは、駅前くらいにしかないのだけれど。この辺りの町並みも似たか寄ったかだ。閑静と言えばその通りなのだが。まだ日のあるうちだというのに、人通りは疎らだ。すれ違う人がお年寄りが多いせいか、若い人がこの町に存在していないかのような錯覚を覚える。
地図アプリによると、大通りを抜けた先の旧道を右に折れるとあるが……何分、土地勘がないので、大通りに出ることさえ迷ってしまった。歩いていて思ったのだが、この辺りは区画整理がされていないのだろうか。行った先が行き止まりだったり、手付かずのまま放置されている空き地もある。右往左往して迷いながら、ようやく目的の旧道が見えてきた。
「ここか」
ここを真っ直ぐ行った先らしいが、詳細はショコラに電話して聞けばいい。車1台が通れるくらいの細く狭い道だ。道の両脇には民家が立ち並んではいるが、どことなく閑散としている。下校途中の小学生や買い物帰りの主婦すら通らない。人通りのない道を歩くというのは、何だか薄気味悪いものがある。
旧道を少し進んだ時だ。ふと視線を感じて振り替えるが、誰もいない。気のせいかとも思ったが、ジトリとした陰湿な視線がこちらを窺っている気配がする。
数々の修羅場をくぐってきた欧ちゃんを舐めるなよ。気配くらいなら読めるのだ。
「……誰?」
返事はない。気配の出所を探るが、背後には誰もいない。では、と右を向く。一軒家があるだけだ。今度は左を向くーーーこちらも普通の一軒家。古い家で、外壁がところどころ剥げている。ふと、2階の窓を見た。カーテンは閉まっていたが、僅かに見える隙間から、こちらをじっと見つめる片目と目が合った。
「わっ、」
思わず声を上げる。視線の主はそこだったのか。たまたま外を眺めていただけかもしれないが、だったらカーテンくらい開けるだろう。カーテンの影に隠れるようにして、こそこそと覗き見るような真似をしなくてもいいだろうに。
バクバク鳴る心臓を押さえ、足早にその家を通り過ぎる。だが、またしてもどこからか視線を感じた。今度はわりとすぐ分かった。さきほどの家を2件通り過ぎた矢先のこと。右側に位置する小さな平屋。そこの郵便受けから、両の目が覗いていた。
「っ、……こ、こんにちは」
驚きのあまり、場違いな挨拶をしてしまう。当然だが、郵便受けから見える両目の主から返答があるはずもなく。凍りついた愛想笑いを顔に張り付けたまま、そそくさとその場を立ち去った。
こんなことが何度か続いた。あるお宅では、ブロック塀に手をかけ、こちらを伺う誰かさん。1階の窓から、複数で覗いている誰かさん達もいた。不気味だったのが、こちらをじっと窺う視線ーーーとりわけ眼球の動きだ。右から左へとゆっくりスライドしていく。俺の歩くペースと合わせているかのようで、気味が悪くて仕方なかった。
何なんだ、この地域の連中は。町全体からストーカー行為を受けているようで落ち着かない。ともかくショコラが療養中である知人宅へ急ごうとした時、ポケットに入れていたスマホに着信があった。ショコラからである。
「もしもし、ショコラか?」
「あいあーい……ショコラちゃんです……」
確かにいつもよりは元気がない。やはりまだ体調が悪いのだろうか。
「当たり前でしょ……。本当はまだ入院してなきゃならないんだけど、無理言って自宅療法にして貰ったんだもん。熱が下がらないわ食欲ないわ身体中痛いわ痒いわで最悪だよ。で、何してんの。今日、プリント届けに来るっつう話だろうが。遅えんだよこの薄ら馬鹿」
「言葉遣いが乱れてるぞ。それも熱のせいか?いや、今まさにお前の家に向かってる最中だよ。ちょうど良かった。電話しようと思ってたんだ。今、旧道を歩いているんだが、あとはどう行けばいいんだ?」
「ったく……来るなら来るでさっさと来てよね。女を待たせていいのは、長身、イケメン、お金持ちの3点セットだって問屋が決まってんの。欧ちゃんなんて、どれにも当てはまらないでしょう」
「長身でイケメンのお金持ちは、遅刻が許されるのかよ」
どの問屋が決めたんだよ。殴り込みに行ってやるわ。
そんなやり取りも挟みつつ。ショコラが口案内で説明してくれると言うので、通話中のまま、言われるがままに歩いていく。すると、1件の家に突き当たった。
「あの……ごめん、やっぱり道を間違えたかな。すげーボロい、今にも崩れ落ちそうな家に出くわしたんだけど、ここってどう見ても空き家だし。壁に穴空いてるし。屋根傾いてるし。悪いけど、もう1回案内してくれるか」
「すげーボロい、今にも崩れ落ちそうな家でしょ。空き家みたいだし、壁に穴空いてるし、屋根は傾いてるでしょ。合ってるよ」
「………」
合っていたようだ。その家こそ、ショコラが療養中の知人宅であるらしかった。
◎◎◎
家の中は、予想通り外観を裏切らなかった。廊下はいやに軋んでおり、冗談抜きで足をぶち抜いてしまった。人様の家を破壊してしまったことに、多大なショックを受けたのだが。ショコラ曰く「床が抜けるのは日常茶飯事」らしいので、気にするなと言われた。
窓はあちこち欠けていて、そこから容赦なく冷気が入ってくる。一応、欠けた部分にはガムテープで補強されてあるが、改善されたとは言えないし。こう言っては何だが、貧乏臭さを際立たせている。部屋と部屋とを区切る壁や襖はなく、トイレや浴室にすらドアがないのも、また異様だった。ついでに言うなら電気も切れているらしく、そこそこ暗くなってきたというのに、ショコラは電気をつけなかった。
あばら家というか、空き家そのもの。こんな場所をどうして療養の場に選んだのかが分からない。正直、こんな場所に寝泊まりしていたら、治るものも治らない。普通の健康体であっても、病気になりそうだ。
「ま、そんなことは口が裂けても言わないけどな」
「じゃあ、口を割いてあげようか?そうすれば正直に言えるんじゃない?この家にいると病気になりそうだって」
そう話すショコラは怠そうにベットに腰掛ける。顔から首から腕から足からーーーあとはパジャマで隠れていて見えないが、恐らく服の下もそうなのだろう。包帯でグルグル巻かれたその姿は、ミイラのようである。顔を1番気にしているらしく、目と鼻、それから口元だけを出して他は包帯をきっちり巻き付けて肌の露出がないようにしてあった。聞こうとは思わないが、皮膚疾患は顔から体から、全身隈無く広がっているようだ。
「てか、お前、本当に大丈夫なのか?寝ていたほうがいいんじゃないか?」
「お気遣いありがとさん。うん、そうだね……また怠くなってきたから横になるね。欧ちゃんの顔を見たからかな……熱出たかも。寒気と吐き気もする」
「軽口叩ける元気があるなら、大丈夫だろうな。じゃあ、俺帰るよ。プリント、ここに置くから」
鞄から出したプリントを、ベットの脇にあるスタンドに置き、ショコラに背を向ける。すると間髪いれずにショコラから待ったがかかった。
「ねえ、欧ちゃん。私が何でわざわざ欧ちゃんを家に招いたか分かる?招いたって言っても、ここは知り合いの家なんだけどね。宿敵に潜伏先を教えるほど、私もイカれてはないし」
「お前、俺に殴られたいの?」
病人相手に、そんなこと本気ではしないけどさ。でも、呼びつけておいて、その言い方は酷いんじゃない?
ショコラは包帯を越しにくぐもった笑いを漏らす。そして病人らしく怠そうな声で呟いた。
「……欧ちゃんに意地悪を言うために来て貰ったんだよー」
「それは是非とも聞きたくないな」
「まあまあ。意地悪は意地悪でも、いずれ欧ちゃんも真剣に向き合わなきゃならない話だから、黙って聞いて。余計な口は挟まないで。話終わったら、幾らでも苦情は受け付けるからさ。
「早速だけど。欧ちゃんはお姉さんのこと、どう思ってる?
「いや、お姉ちゃんだと思ってはいるだろうけどさ。そうじゃなくて、1人の人間としてどう思ってるかって話。好きか嫌いかで言えば、勿論好きなんでしょう?それって、家族として?それとも、1人の女性として?
「いやいや。誤解して貰っちゃ困るんだけど、私は何も欧ちゃんのことをからかってるわけじゃないんだよ。羨ましいとさえ思う。私は1人っ子だから、兄弟も姉妹もいないしね。いたらいたで、退屈しないんだろうなー、くらいには思うよ。
「でもーーー欧ちゃんとお姉さん、血は繋がってないんでしょう?義理の姉弟なんでしょう?こう言っちゃアレだけど、お姉さんが欧ちゃんに対する態度は、弟に対するというよりもーーー好きな異性に対する態度だよね。
「欧ちゃんだって気付いてるでしょうに。あれだけあからさまだしね。お姉さんが欧ちゃんに依存しまくってるのは、欧ちゃんのことが好きだから。家族以上に大切だと思っているからこそのことだと思うの。まあ、それは本人同士の問題だし。私には関係ない話なんだけどさ。
「でもーーーお父さん、お母さんのこと考えたことある?
「強いて言えば、お母さんのことかな。欧ちゃんの両親は、出張が多くて、実質ほとんど家に家にいないって言ってたよね。その間、家の中はお姉さんと2人だけなんでしょ。お姉さんと2人で暮らしてるって言っても過言じゃないよね。
「私から見たらーーー善し悪しはともかくとして、やっぱり異常だと思う。欧ちゃんとお姉さんの関係は。
「一緒にお風呂に入ってお互いに流しっこするんでしょ。夜は同じベットで、手を繋いで眠るんでしょ。休日はデートとか言って、2人で映画観たり、ゲーセンに行くんでしょ。お姉さんの裸ーーーしょっちゅう見てるんでしょ。裸で迫られることなんて、ザラなんでしょ。
「それが健全な姉弟のすることかな。欧ちゃんやお姉さんは、それが普通のことになってきているんだろうけど。日常生活の一環なんだろうけど。それ、一般論じゃないからね。日常jならぬ非日常であり、通常ではなく異常だよ。普通の姉と弟は、絶対そんなことしないもん。欧ちゃんとお姉さんは、仲睦まじいっていうより、単に気持ち悪い。
「気持ち悪いんだよ。私から見ても相当気持ち悪いんだから、お父さんやお母さんからしても、やっぱり気持ち悪いんだと思う。
「お父さんお母さんが、今の欧ちゃんとお姉さんの関係を知ったらどうするだろう。お母さんなんて、ショックのあまりノイローゼになるかもよ。だってそうでしょ。自分のお腹を痛めて生んだ息子と、養子として迎え入れた娘がだよ。その2人が実は恋人同士だなんてショック受けるよ。ガガガガーンだよ。手塩にかけて大切に育ててきたのに、この裏切りは何だって嘆くに決まってるね。
「ね。欧ちゃんはどうしていきたいの?これからのお姉さんとどんな関係でありたいの?
「お姉さんも、もう高校3年生でしょう。受験するのかな。それとも就職するの?専門学校に行くっていう選択肢もあるね。どの道を選択するにしろ、いつまでも子どもじみた馬鹿なことをしてられないんじゃない?あと2年で二十歳ーーーつまり、大人になるんだから。大人になっても、義理の弟に依存しているようじゃあ、世の中は渡っていけないでしょう。愛は伊達や酔狂じゃないからね。
「お姉さんとの今後の関係性を考えてみる時期がきたのかもよ。
「お父さんを、お母さんを、傷つけたくないと思うならーーーお姉さんから少し距離を置くのもアリかもね。
「はー、言いたいこと言ったらスッキリした。今日はわざわざ来てくれてありがとう。お見送りは出来ないけど、気をつけて帰ってね」
◎◎◎
実に言いたい放題言ってくれたショコラに別れを告げて家を出た。
ショコラのズバズバとした不躾な物言いには、確かに気分を害したのだけれど。あながち間違ったことを言っているわけではないようだ。正しいことを、言ったのだろう。
「姉さんとの関係を、ね……」
そりゃまあ。わざわざショコラに言われるまでもなく、分かってはいるつもりではいたけれど。分かっているようで分かっていなかったのかもしれない。両親からの視点で、俺達がどう見えているかなんてーーーそんなこと考えもしなかったしな。
やっぱりショックを受けるかねえ。あの人達は仕事中毒者だから、あんまり家庭を顧みないのだけれど。それでも父親として、母親としての自覚はあるだろうし。まさか、自分達の子ども達がイチャイチャしているなんて夢にも思わんだろうし。
そういえば、姉さんの高校卒業後の進路はどうするんだろう。多分、あの人のことだから、進学はするのだろうが。地元の大学か、或いは地方の大学か、それとも専門学校なのかーーーそれは知らない。聞いたこともなかったし。
地元ならともかく、地方に出ると言うのなら、家を出ることも視野に入れているだろう。姉さんは一切合切の家事が不得手(特に料理)なので、1人暮らしは難しいと思うのだが……これを機に、姉さんに聞いてみるのもいいかもしれない。
と、そんなことを考えていた時だった。
ざわざわと人の声がする。1人や2人じゃない。もっとたくさんの声が聞こえてきた。はっきりとは聞こえなかったけれど。「カコメカコメ」みたいな言葉も聞こえる。近所の子ども達が遊んでいるのかな、とも思ったが、声の感じからして子どもではなく大人の声だと思う。何だか気になり、声のするほうへと歩いていく。
そこは来た時に通ってきた空き地だった。そこにわらわらと人が集まってぐるりと輪になっている。何かのイベントだろうか。それにしては、物々しい雰囲気でちっとも楽しそうじゃない。皆、真剣な面持ちでしきりに「カコメカコメ」と呟いていた。それも声を合わせているわけではなく、それぞれが思い思いに呟いているので、不気味な輪唱のようだった。
「ん……?」
目を凝らして見ると、輪になっている人達の髪型や服装がいやに古臭いように思えた。昭和とか大正時代を思わせる出で立ちだ。更によく見れば、輪の中心に子どもとおぼしき人影もある。その子は両目に赤い布を巻かれており、子どもにしては行儀よくきちんと正座している。両手は膝の上で重ね、身動ぎ1つしない。
「カコメ」「カコメ」「カコメ」「カコメ」「カコメ」「カコメ」「カコメ」「カコメ」
大人達はしきりにそう呟きながら、今度は子どもの周りをぐるぐると廻り出した。ゆっくりとした緩慢な動きで、片時も子どもから視線を外さずーーーまるで逃がすまいと思っているのかは分からないが。
「カコメ」「カコメ」「カコメ」「カコメ」「カコメ」「カコメ」「カコメ」「カコメ」
子どもに変化が表れた。しきりに体を震わせ、ガチガチと歯が鳴っている。粟立つ心を必死に押さえようとしているのか、両手の爪をかじり出した。嗚咽にも似た声も漏れているが、大人達は我関せずである。それまではゆっくり廻っていたのだが、突如として動きを速めた。
「カコメ」「カコメ」「カコメ」「カコメ」「カコメ」「カコメ」「カコメ」「カコメ」
いよいよ子どものほうは限界が近いようだ。噛んだ爪が剥がれても飽きたらず、ガリガリと指先をかじり出した。しかも、本気で噛んでいる。身1つの人間が使える、最も硬い強度を持つ武器となるのが歯なのだそうだ。本気で噛めば、骨まで到達することもあるらしい。だが、まさか自分自身を本気で噛み砕こうとする人間は、そうそういないだろう。まして年端もいかない子どもが、そんな行為に出るとは思えない。
「カコメ」「カコメ」「カコメ」「カコメ」「カコメ」「カコメ」「カコメ」「カコメ」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
右手の人差し指と中指、左手の親指をそれぞれ食い千切った子どもは一声上げた。顎が外れるのではないかと思うくらいにあんぐり口を開け、天を仰いだまま。口の中やその周辺は、血と細かな肉片とで汚れている。その光景をはたから見ている俺もまた失神直前だったが、残念なことに意識は薄れても失うまではいかなかった。
大人達はようやく足を止めた。そして、その子の後ろの正面に立っている男が何やら呟きながら、子どもの両目に巻かれている赤い布を外した。
「っ‼」
両目と言ったのは間違いだ。その子は片目だった。元々、両目があったとは思えない。事故や病気で片目を失ったというわけではなく、生まれた当初から片目だったのだろうということは、何となく分かった。何故かと言えば、目の位置である。
その子の目は鼻の真上にあったからだ。恐らくは奇形なのだろう。単目症という、元々目が1つしかないまま生まれてくる子どもがいるとは聞いたことがあったが、そんな感じだった。
布を外した男が単目症の子どもに囁いた。
「今年は何が起きる。災禍の年か。それとも……」
「災禍の年。不況が続き、人々は貧困に喘ぐ。労働者は職を失う。疫病が流行る。通り魔が出る」
子どもが答えた。だが、それは子どもの外観をしているだけで、中身は別物のようだ。声には張りがなく、嗄れた老人のような声である。子どものお告げ?を聞いた男は明らかに落胆したようだ。だが、子どもへとまた質問する。
「災禍が降りかからぬようにするにはどうしたらいい」
「災禍を招くのは北の方角から。道祖神や地蔵を造り、北の方角へ置け。そうすれば災禍が降りかかることを免れる」
「分かった。道祖神や地蔵だな。しかと聞いたな、皆の衆」
周囲の大人達は一斉に頷く。そして一気に子どもとの間合いを詰めたかと思うと、殴る蹴るの集団暴行を加え出した。か弱い子どもは地面に付せたが、泣き声1つ上げない。抵抗もせず、逃げ出そうともせず、ただされるがままだった。大人達は黒い塊となって、子どもにのしかかる。もはや、子どもがどこにいるかも分からない。暴行を加えている大人達の中には、女性もいた。鬼のような、般若のような凄まじい顔をして、男達に混ざって子どもを殴りつける。
信じられないことはそれだけではない。大人達は子どもの腕や足、眼球、鼻、唇、舌先、顎、脳味噌、脳髄、骨、内蔵の類を引き摺り出すと、ガツガツと食べ出した。咀嚼し、飲み干す。人間の肉体を、その血を、骨までもむしゃぶり尽くす。
旨いのか不味いのかは想像すらしたくもないが。誰もが一心不乱に、脇目も振らずに貪り食うのを目の当たりにし、ようやく俺は気を失うことが出来た。
◎◎◎
気が付いた時は、自宅だった。見慣れたリビングのソファーの上に寝かされていた。ついでに言うなら、姉さんに膝枕されていた。
「あ……、姉さん……」
「まだ寝ておきな。大分魘されてたから」
「あー、うん。ちょっと……厭な白昼夢を見たというか……」
「どうしてあんな場所に行くかねえ」
姉さんが低い声で呟く。下からそっと様子を窺う。姉さんは口元は笑っているけれど、目が全く笑っていない。むしろ据わっている。これはつまり、怒っていますよという意思表示だ。しかも、かなりご立腹なご様子。
「いや、そのう……クラスメートの女の子が病気で療養中でありまして……」
「ショコラちゃんでしょ。元気にしてた?」
「うーん……そうでもないかも……」
「そう。それは御愁傷様」
姉さんは言葉とは裏腹に、人の悪い笑みを浮かべた。こういうところは本当に容赦ないと思う。病人に対しての気遣いとか同情がまるでない。こうなったのは全てあなたの落ち度なのだから仕方ないでしょうとさえ言いそうな顔をしている。
基本的に姉さんは厳しいのだ。他人に対して、どこまでも卑屈に、冷徹であり続ける。慈悲の心など、持ち合わせぬまま生まれてきたのかと疑うくらいに。
「あ、あの……」
「あの町ーーーあの地域はね、ある部落が住み着いている。何百年も前からあの地に深く根付いている。あの部落の人間はーーー人間皮を被った化け物だよ」
以下は姉さんから聞いた話。その部落は、江戸時代に外国から移住した人達だという。日本人と夫婦になり、子どもももうけたが、所詮は余所者だというレッテルを貼られ、迫害され続けてきた。まともな職就かせて貰えず、疫病で亡くなった人間を埋葬したり、病気で死んだ家畜後始末を任され、それで貰える雀の涙ほどの安い賃金で生活していた。
当時は「死」=「穢れ」だという考え方がされていた。死体に触れるということは穢れを呼び込むことであり、平民より下の身分の者がその嫌な役回りを押し付けられていた。昭和の半ば頃まで、この部落に対する迫害や差別は続いたそうだ。
不幸だったのが、昭和の時代を迎えても結婚の自由が認められなかったことだ。部落の人間は、部落の中でしか結婚をしてはいけないという御触れがあった。その御触れがなくとも、迫害の憂き目に遭っている部落出身の人間と結婚しようという人はいないに等しかった。それほどまでに部落の人達が厳しい目に晒されて生きてきたということだろう。
部落内のみでの結婚は、厄介な問題を生んだ。時に兄妹同士、姉弟同士での結婚を余儀なくされたらしい。もっと酷いと、親子間で結婚して子どもを為したという史実もある。血縁者同士の結婚及び出産の影響は、生まれてきた子ども達に及んだ。血が濃すぎた故のことなのだろうかーーーたくさんの奇形児が生まれるようになったのだ。
中には、どんな姿で生まれてきても愛しい我が子には違いないと慈しんで育てる親もいたそうだが。大抵は人買いや見せ物小屋に売られたりした。更には、「神おろし」という呪術に人身御供として差し出されていたというのだ。
「神おろし」というのは、神様の託宣を聞くために、人間に神霊をとり憑かせることだそうだ。この神霊をとり憑かせる役目なのだが、これを奇形児の役目とした。毎年、選ばれた奇形児が1人、この呪術のために尊い命を落とすのである。その代わりに、奇形児の親には多額の報償金が賄賂として渡されていた。
神おろしでは、子どもに憑いた神霊に今年1年の運勢を聞き出す。もし、幸先が暗いお告げでだったとしても、その対処法などを聞き出して事に備えるのだ。そして残忍なことに、神おろしで利用した奇形児を部落の人間全員で食らうのである。神に通じた人間を食らうことで、神通力を身につけるという考えからきているらしいが……姉さん曰く、証拠隠滅のためではないかということだった。
神おろしで利用された子どもは、必ずと言っていいほど気が触れるのだそうだ。それも一時的にではなく、一生そのままだというのだから恐ろしい。呪術という行為そのものと、子ども1人を狂わせたという事実を隠蔽するために、子どもを食らい、全てを闇に葬り去る。何代にも渡って、このようなことが繰り返されてきたのだ。
どこの家の子がその年の犠牲者となるのかは、部落の最年長者同士が話し合って決める。そして選ばれた子どもの家には、赤い布が玄関先に置かれる。これは神おろしの最中に、子どもの目を塞ぐためのものである。神様を直接見ると目が潰れるとか何とかーーーそういった理由から、神おろしの最中は子どもの目を塞ぐようにと言われたからであるらしい。
親達は毎年、呪術が行われる季節になると、こぞって家の中から外を窺っていたそうだ。愛する我が子が選ばれたりしないかと、恐怖におののきながら外を窺っていたのか。或いは我が子が選ばれたら、多額の報償金が懐に入るという姑息な思いから、期待に胸を膨らませていたのかは分からない。そういえば、俺がショコラの知人宅に行く途中の旧道で、やたらとこちらの様子を窺ってくる住民の姿を目撃したが……いや、これ以上考えるのはよそう。それこそ気が触れそうだ。
姉さんはそこまで話終えると、嘆息した。いつものように文句の嵐が吹き荒ぶのかと思いきや。少し寂しそうに笑いながら、俺の頭を撫でた。
「大丈夫だよ。大丈夫だから安心して」
ーーーお父さんとお母さんから、欧介を奪ったりはしないから。
その言い方があまりにも寂しそうで。今にも泣き出しそうな、でもそれを俺に悟られまいとしている顔だった。何だか急に不安になり、思わず飛び起きる。そして勢いのままに姉さんを抱き締めた。無我夢中で、かなり強く。年下といえど、男の俺に思い切り抱き締められることは、多少なりにも痛かっただろう。でも、抱き締められずにはいられなかった。そうしないと、今にも姉さんが崩れ落ちてしまいそうで、それが怖かった。
抱き締めているようで、単にすがりついていただけかもしれない。
「大丈夫だよ」
全然大丈夫そうじゃないのに、姉さんは繰り返す。
「お父さんとお母さんから、欧介を奪ったりはしないから」
◎◎◎
私と御影は、毎日のように連絡を取り合っています。私も夫も、仕事柄、長期間の出張が多くて。なかなか家に戻れなかったりするので、御影からの連絡は助かります。あの子は結構マメな性格で、その日あった出来事や欧介のことなど、詳しく教えてくれるので、本当にありがたいです。
いい子なんですよ、あの子はーーー本当に。少し不器用で、人付き合いは下手だけれども。あの子は欧介と同様、大切な我が子です。女の子って、いつまでも母親を慕ってくれるって言いますしね。男の子は思春期になれば離れていってしまいますけれど、女の子はいつも寄り添っていてくれるような気がします。
あの時、御影を養子として迎え入れた私の選択肢は、間違いではなかった。あの子が私達家族と出逢ってくれて、本当に良かった。あの子の母親になれた私は、世界一幸せなママかもしれません。
そんな御影から、今日もまたメールが届きました。出張先のホテルでメールを読み返しています。
「お母さん、たまには欧介の顔を見に帰ってきて下さい」
「それと。男の子受けのする料理を教えて下さい」
……はて。あの子、恋でもしたのですかね?
作者まめのすけ。