私は母と二人暮らし。
父は随分前に他界した。
私が大学を卒業し、就職が決まった頃、今まで私を一生懸命育ててくれた母が病に倒れた。
それからは、私が仕事と母の介護を両立させ、何とか生活している。
仕事と介護の両立は思っている以上に大変で、仕事に行く以外の外出はおろか、同年代の子達の様なオシャレなど夢の様な話しだった。
明るく振る舞っている積もりでも、日々の疲れが蓄積され、私は段々と無口になり、暗い人生を歩む様になっていた。
勿論、こんな私には素敵な男性との出会いなどあろうはずも無かった。
ある日、日用品をきらした私は、母に買い物に出掛ける旨を伝え、近所の店へと向かった。
横断歩道が青信号になったのを確認し、渡りだす私。
パパァ〜ン!!
横断歩道を渡る私に、信号無視の車が突っ込んできた。
咄嗟の事に動けず、その場に立ち尽くす私。
はねられる…。
そう思った時。
ドラマ…。
正にドラマの様に私を救ってくれた男性がいた。
男性に押し退けられ、歩道に倒れ込む私。
男性「大丈夫ですか?
お怪我はありませんか?」
その男性は私を気遣い、声を掛ける。
こんな時に!
そう思われるかもしれませんが、私は一瞬でこの男性を好きになってしまいました。
男性はとても優しく、膝を擦りむいた私を家まで送り届けてくれました。
もうじき彼は帰ってしまう…。
でも…こんな私じゃ…。
私がそんな事を考えていると
男性「あ、あの…。
あんな事があったすぐ後で、不謹慎だと思われるかもしれませんが、ご迷惑じゃ無かったら、今度食事でもご一緒して頂けませんか?」
?!
突然の彼からの誘いに私は嬉しくて嬉しくて。
でも…それと同時に彼の誘いを受けられない環境にいる自分が哀しくて哀しくて…。
気が付けば、涙が流れていた。
男性「す、すみません!
やっぱり不謹慎でしたよね?
本当にすみません!」
涙を流した私に男性は勘違いをし、何度も謝罪する。
私「違うんです…。」
私は誤解を解くため全てを彼に話した。
私の話しを聞いた彼が言った。
男性「そうでしたか…。
何も知らずに軽い事を言って、本当にすみませんでした。
もし、ご迷惑じゃ無かったら、あなたのお母様も一緒にあなたの家で食事はどうですか?
食事は僕が作ります!
こう見えて料理は得意なんです!」
彼は私の置かれている状況を知っても、先程と変わらない態度をとってくれた。
おまけに母にまで気を使ってくれた。
こんな優しい彼の誘いを断る理由は無かった。
その後、食事の日程を決め、彼と別れた私は、家へ入るなりすぐに母に報告に行った。
母はまるで自分事の様に嬉しそうに私の話しを聞いてくれた。
そして彼との食事の日。
私にとって、その時間は正に夢の様だった。
それからも彼は何度も家を訪れ、私達は自然と付き合う様になっていた。
彼と付き合い出してからの私は、幸せの絶頂だった。
母も、毎日を楽しそうに過ごす私を見て、本当に嬉しそうだった。
そんな日々が続いたある日。
私は日用品を買うため、店へと向かっていた。
あの横断歩道に差し掛かった時、向こう側を歩く彼を見つけた。
偶然、彼に出会えた事が嬉しかった私は、彼の名前を呼ぼうとした。
呼ぼうとした…が、止めた。
彼の横に見知らぬ女性。
誰?あの女性は誰なの?
私の胸は不安でいっぱいだった。
気付けば、二人の後を尾行していた。
二人は暫く歩くと、一件のカフェへと入って行った。
私もバレない様にすぐに店へ入り、少し離れた席へ腰をおろし、二人の会話に耳をむけた。
女性「で?いつ別れるの?」
男性「いや…その…」
女性「地味な何の取り柄もない女なんでしょ?
おまけに母親の介護付きって、そんなのどこがいいのよ?」
男性「彼女はとても優しいんだ。
僕は彼女を本当に…」
女性「そんなのどうだっていいのよ!
早く別れなさいよ!
でないとパパに言うわよ?
いいの?
そうなったら会社にいられなくなるわよ?」
あの女性はどうやら彼の会社の上層部の令嬢らしい。
でも、どうして私と別れろなんて…?
女性「私があなたと結婚するって決めたんだからさっさと別れればいいのよ!
いいわね?今日中よ?
今日中に別れなさいよ!」
男性「わ…分かりました…」
?!
嘘?嘘よね?
呆然とする私。
店を出ていく二人。
私はあの話しが嘘だと思いながらも、重い足取りで帰宅した。
その日の夜…。
彼からの連絡。
「別れよう。」
たったこれだけだった…。
私はショックのあまり何も言えなかった。
涙すら流れない。
私はゆっくりと母の元へ向かい、彼との破局を告げた。
母は私の分まで泣き崩れた。
最後には、介護が必要な自分がいたからだ。と自分を責めながら泣き叫んでいた。
私がいけなかったんだ…。
恋愛なんて夢を見た私が…。
これからは母と二人、慎ましくともしっかり生きて行こう。
泣き崩れる母を見ていると私は冷静にこう考えられた。
だが…。
不幸は続いた…。
翌日、母の容態が急変し、お医者様の治療の甲斐もなく母は還らぬ人となった…。
私は信じていた彼を失った事、何より最愛の母を失った事で、哀しみのドン底に叩き落とされた。
ここから私は私で無くなっていく…。
深い哀しみは、いつしか強い憎しみに形を変えた。
あの女性…。にでは無く、私を捨て、母を哀しませたあの男性を憎みに憎んだ。
あの女性の誘いを断り、私を選んでくれると信じていた。
でも…彼は私を裏切った…。
それからの私は時間が許す限り、人を呪う方法を探し始める。
雑誌やネット、果ては古文書まで引っ張り出し、調べに調べた。
しかし、どれも神秘性に欠ける物ばかり…。
そんな時、ネットの古い掲示板にひっそりと書いてあった文字に目がいった。
「人を呪うのはお止めなさい。
人が人では無くなります。
それでも尚、呪いたいならご相談下さい。」
そう書かれ、下には連絡先も書かれている。
私は不思議とその言葉に惹かれ、すぐに連絡をしてみた。
「はい。」
繋がった!
電話に出たのは男性。
私は呪いの依頼である事を告げ、日程を確認し電話をきった。
電話の相手と会う当日。
電車とバスを乗り継ぎ、私は指定された場所へと向かった。
周りに建物など無く、森に囲まれたそこに一件の家があった。
私は覚悟を決め、扉を叩く。
「開いておりますのでどうぞ。」
中から男性の声がした。
私はゆっくり扉を開け、中に入る。
部屋の中央にテ―ブルが置かれ、その横に佇む男性。
少し長めの髪を後ろで縛り、全身を黒で統一した服装。
にこやかな表情だが、全てを見透かす様な冷ややかな目。
何よりも、その若さに私は驚かされた。
間違いなく、私よりも年下よね?
20代前半?
少し幼さの残るその男性は、私をテ―ブル横に置かれた椅子へ座る様、促した。
私「あの…。呪いの…」
話しを切り出そうとした私に、掌を向け話しを制する男性。
男性「まぁ、そう慌てないで下さい。
まず、こちらから確認させて頂きたい事があります。」
男性は静かに私を見つめ、話し出した。
男性「あなたがどういった経緯で私に辿り着いたかは分かりません。
ただ、此処へ来た以上、人を辞める覚悟は出来ている。という事で宜しいですね?
人を呪えば、対象者は勿論、呪った本人にも必ず禍が降りかかります。
謂わば諸刃の剣なのですよ。
それでもあなたは人を呪いますか?」
私に禍が?
だって…人を呪うのはあなたじゃない…。
私は依頼するだけ。
それに人を辞める覚悟?
ちょっと大袈裟よね?
私「はい。問題ありません。
呪って下さい。」
男性「そうですか…。
ではとりあえず、契約成立と言うことで。
あなたのお話をお聞かせ下さい。」
私は、彼との出会いや別れ、そして母の死に至るまで全てを男性に打ち明けた。
男性「そうですか…。
あなたの心中お察し致します。
ならば、最後にもう一度だけ確認致します。
あなたは人を呪いますか?」
私「はい!この気持ちは変わりません。
お願いします。」
男性「分かりました…。
私は葵と申します。
あなたの依頼、確かに承りました。」
やった!
やっと私の願いが叶う!
葵「2日…。2日後にその男性の様子を伺って見て下さい。
呪いの影響が出ている筈です。」
私「分かりました。2日後ですね?」
私はもう待ち遠しくて仕方がない。
葵「それでは、今日はお引き取り下さい。」
私「え?
あ、あの…、呪う為の儀式みたいな事は…。
それにお代の方は?」
葵「儀式ですか?
勿論、行います。
ただ、それは人に見せる様なものではありません。
お代の方は、その男性が亡き者となった後でお願い致します。」
亡き者?
呪いで人が死ぬって言うの?
そんな馬鹿げた事をこの人は本気で言ってるの?
私は半信半疑のまま、葵と名乗る男性の元を去った。
2日後…。
私は彼の会社の近くで彼が出勤してくるのを待った。
9時になり、10時になっても彼は現れない。
いよいよ待ちきれなくなった私は直接、会社へ電話をいれた。
電話で彼の知人だと名乗り、彼に取り次ぐようお願いをしたが、彼は体調不良の為、出勤していないと返事が来た。
もしかして呪いの影響?
いや、たまたま体調不良を起こしただけかも知れない。
そう思った私は次の日も会社の近くで彼を待った。
でも、昨日と同じく彼は出勤して来ない。
私はまた会社へ電話を入れ、同じように知人を名乗り、彼に取り次ぐようお願いをした。
返って来た返事は昨日とは違っていた。
彼は体調不良が悪化し、今朝早くに入院したと言うのだ。
私はそれを聞いた時、間違いなく呪いの効果だと嬉しくなり、電話を切った後、思わず「やった!」と叫び声を上げた。
叫び声を上げた後、ふと我に返る…。
私が望んだ事だとは言え、人の不幸をこんなにも喜ぶなんて…。
これが葵さんの言っていた人で無くなると言う事…?
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僕は中堅会社に勤める平凡なサラリーマンだ。
それなりに仕事は忙しく、充実した日々を送っていた。
今度、大きなプロジェクトに携わる事になり、今はそれこそ猫の手も借りたい程に忙しくしていた。
なのに…。
何故こんな時にあいつは休んでやがる…。
同じプロジェクトチームの後輩が、体調不良とかで今日は出勤していない。
このクソ忙しい時に何やってやがんだアイツは!
僕は後輩に悪態をつきながら、仕事をこなしていた。
帰宅したのは23時を回った頃。
風呂とご飯を早々に済ませ、ベッドに横になる。
あいつ明日は来るんだろうな?
そんな事を考えながら僕は眠りについた。
次の日、会社に行くと後輩は出勤していなかった。
同じ部署の女性が僕に話しかけてくる。
女性「○○さん?聞きました?」
僕「え?何の話し?」
女性「後輩君、今朝がた入院したそうですよ?」
僕「え?入院?」
あいつそんなに重症だったのか?
僕はその日の仕事を何とか早いめに切り上げ、後輩のいる病院へお見舞いに行った。
病院に到着し、後輩のいる病室へ。
病室の前に着いた僕は、何とも言えない嫌な空気を感じていた。
意を決し病室のドアを開ける。
……。
病室の空気が澱んでいる…。
それも後輩を中心に…。
僕が部屋に入って来たことに気付き、力なく笑って見せる後輩。
僕「おい、お前大丈夫なのか?」
後輩「本当にすみません…。
かろうじて生きてます。」
僕「一体何があったんだ?」
そう聞く僕に後輩はゆっくりと語りだした。
会社を休んだ日の朝、突然の頭痛と吐き気に襲われ、立っている事さえも困難になったらしい。
何とか会社に連絡を入れ、その日は一日中寝て過ごした。
次の日の朝。
症状は軽くなるどころか益々ひどくなり、横になっていても視界が歪む程に激しい目眩にも襲われ、ヤバいと感じた後輩は自分で救急車を手配し病院へ運び込まれた。
一通りの検査を受け終わり、医師の診断結果は異常無し…。
全くの健康体であると言われたらしい。
しかし症状は収まらないので、様子を見るため入院となった。
後輩「この症状で健康体って言われても…。」
僕は後輩の話しを聞き、まさかとは思ったが、この病室で感じる事を後輩に伝えた。
僕「笑うなよ?
この病室…てかお前の周りなんだけど、空気が澱んでるって言うか…何か変なんだよ。」
後輩「何ですかそれ?」
僕「分からん…。分からないけど何て言うか…お前のそれって病気じゃなくて、霊障ってやつじゃないか?」
後輩「霊障?それって幽霊って事ですか??
またまた〜。」
……。
後輩「マジっすか…?」
後輩が涙目になっている。
僕「お前歩けるか?」
後輩「ゆっくりなら何とか…。
でも何処へ?」
僕「いいから!
肩貸してやるから、ほら行くぞ。」
僕は後輩に肩を貸してやり、病室を出る。
看護師にバレない様に病院を抜け出し、すぐにタクシーに乗り込む。
向かった先は一件の家。
僕はその家のインターフォンを押す。
暫く待つと、玄関のドアが開かれ、出てきた一人の男性。
僕「ご無沙汰してます。
紫水さん」
作者かい