21××年。
今や、汎用ハイブリッド人類、ヤマモトヒロシが人口の10パーセントを占めるようになった。そして出生率は劇的に減り、逆にもはや、出生率のほうが10パーセント台に陥ったこの世の中を誰も不思議に思わないのは、あり得ない話である。世の中のほとんどの女性が不妊なのである。そんなおかしな話はない。
しかし、誰一人として、この問題に触れないのである。何故ならば、それは、ヤマモトヒロシが首相であるからである。実際に首相など、誰がやっても同じなのだ。それならば、危険回避率の高い、ヤマモトヒロシが首相になれば、世の中は安泰であろう。
首相のヤマモトヒロシだけが知っていた。
実際は、第三次大戦を免れることができなかったことを。
そして、世界は実に10パーセントに満たない人間しか生き残れなかったことを。
核戦争により、この星のほとんどが汚染されてしまったにも関わらず、残された人類も次々と被爆で倒れていく中、生き抜いてきた者、それがヤマモトヒロシであった。
ヤマモトヒロシは、生きてこのアルザルにたどり着いた人類である。
愚かにも戦争により滅びた人類は知らなかった。この星に裏の世界があることを。
それが、この星の中にある別世界、アルザルである。
そして、ヤマモトヒロシは特別な人間であった。不滅細胞を持った人類である。
不滅細胞は、ほとんどの場合、安定しないのが常であったが、ヤマモトヒロシの細胞は永遠に若返りを繰り返し、不死である。不老不死の夢のような細胞は存在した。
アルザルの人は、ヤマモトヒロシの細胞を培養し、ヤマモトヒロシを量産した。
しかしながら、培養したヤマモトヒロシには、欠点があった。体だけは、若返りを繰り返すのだが、脳だけは若返ることはなかった。そこで、アルザルの人は、脳を人工知能へと挿げ替えたのだ。
ヤマモトヒロシをもとに作ったハイブリッド人類は、アルザルの人にとってかけがえの無い物になるだろう。
恐ろしいことに、知能を授けずに、ヤマモトヒロシの細胞を秘密裏に手に入れて、食用としての人間を製造しているという噂も聞いたことがある。
首相のヤマモトヒロシは、第一号ヤマモトヒロシである。
一号であるヤマモトヒロシ首相は、見た目はほぼ人間と変わらないが、爬虫類のような舌と、おそるべき再生能力を持っていた。初期型であるがゆえの、思わぬ副産物である。
培養を繰り返すたびに、再生能力は衰えていく。もっと、不滅細胞を研究し、ヤマモトヒロシをこの世に送り出し、ヤマモトヒロシの王国を作ることが目的である。
アルザルの人は、自分達が本当の地球人だと信じてやまない。
ヤマモトヒロシを利用しているのは自分達であるということを信じてやまない。
「行ってらっしゃい。パパ。」
「ああ、行ってくるよ、恵美理。」
「あなた、忘れ物よ。」
「おお、お弁当忘れる所だった。いつもありがとう、恵美子。じゃあ行ってくるよ。」
この世界は素晴らしい。わずかに残ったお母さんの細胞から、お母さんを培養することができた。
一昔前なら考えられないことだ。お母さんは、死体の不便な体を維持するために、エンバーミングなんて原始的な保持の方法をとらなくても済んだのだ。早くこの技術があれば、お母さんはあんな目に合わなかったのだ。
恵美理は、母親に見送られ、父親のヤマモトヒロシとともに、家を出た。
恵美理を迎えに来た、ヤマモトヒロシは全く別人だったが、ニセモノの家族でも、恵美理は幸せだった。
恵美子は二人を見送って、自宅の居間のソファーに腰掛け、テレビをつけた。
ニュースでは、偽造ヤマモトヒロシの事件がまた世の中を騒がせている。
「本当に趣味悪い人が居るものね。ヤマモトヒロシを食用として食べちゃうなんて。」
恵美子は、不快になり、リモコンでテレビを消した。
今日は、私達が家族になった記念日か。
今日はカレーにしよう。
作者よもつひらさか