急遽、葵さんに呼び出された紫水さん。
それに同行する僕。
辿り着いた僕達に、葵さんが話し始めた。
呪いを生業とする二人の術者が消息を絶った事。
その二人が消息を絶つ前に何かを調べていた事。
そして…。
紫水さんの顔色を変えた、S峠、N峠という二つの峠。
これらがどう繋がり、そしてどの様な結末を迎えるのか…。
僕には知るよしもなかった。
separator
葵さんが二つの峠の名前を出した時、隣に座る紫水さんの顔色は明らかに変わった。
紫水さんはこの峠を知っているのだろうか?
葵「あくまでも、噂に過ぎませんが…。
この二つの峠には、人智の及ばぬ力が潜む。と伝え聞いております。
それは幽霊や怪の類いでは無く、自然のモノ…。
いつの頃からか、または遥か昔からなのかいつの間にかそういった場所。であったそうです。
その詳細は誰も知らず、ただ一つ言える事は、そこは善くない場所。であるという事だけ…。
今回、消息を絶った二人が調べていたのがこの峠なのです…。
元々、狂気に満ちた二人。
峠の噂を信じ、あわよくばその力を我が物に。とでも思ったのでしょう…。
本当に愚かな事です…。」
紫水さんは黙ったまま何も言わない。
葵「?!
も、申し訳ありません!
この様な噂話を長々と…。
お気を悪くなさらないで下さい。
私も信じている訳ではないのですが、何か少し気になったもので…。
申し訳ありません。
私の考え過ぎの様です。」
紫水さんはまだ何も言わない。
葵「今の話はお忘れ下さい。
消えた二人は恐らく消されたのでしょう。
恐らく…。」
葵さんは口ではそう言っているが、やはり何かが引っ掛かっている様だ。
しかし…この紫水さんの態度…。
明らかにおかしい…。
僕「あ、あの…。
今回のその峠じゃ無くても、他にそんな力を持った場所って本当にあるモノなんですか?」
葵「あります。
神聖な場所やそれとは逆の善くない場所。
意外とそういった場所は数多く存在しております。
ですが、その場所を神聖かそうで無いかと決めているのは人間なのです。
自分達の都合の良いように決めているだけなのですよ。」
僕「都合の良いように決めている?
どういう事ですか?」
葵「元々そういった場所は表裏一体。
善い事も起これば、善くない事も起きます。
そういうモノなのです。
ですが、人間はそれを素直に受け取る事が出来ません。
結果、自分達にとって何が善くて、何が善くないか
それらを判断し、勝手に決めてしまうのですよ。」
僕「人間が勝手に…。
なら、その二つの峠もそうなんじゃ無いんですか?
他のそういった場所と同じ様に、人間が勝手に決めただけの。」
葵「そうであったらいいのですが…。
確かに、私も長きに渡り呪いを生業とし、あらゆる地へ赴き様々な経験を積んで参りましたが、その二つの峠の様な場所に出会った事はありません。
やはり噂は噂…。
という事でしょうか…。」
紫水「…ありません…。」
ずっと黙り込んでいた紫水さんが何かを呟いた。
僕「紫水さん?
今、何か言いました?」
紫水「噂では…ありませんよ…」
?!
沈黙を破って紫水さんの口から出た言葉に僕は驚愕した。
それは葵さんも同じ様で、驚いた表情を見せながら紫水さんに問いかけた。
葵「紫水さんはその峠をご存知なのですか?
それに噂では無いとは?
その真意をお聞かせ下さい!」
葵さんに問いかけられた紫水さんは天井を見上げ、ゆっくりと息を吐いた。
紫水「その峠…。
私は知っています…。
そしてその峠の持つ力も…。
それは紛れもない真実…。」
葵「やはりあの峠をご存知でしたか。
それに峠の力の事まで…。
私ですら、噂にしか聞いた事が無いと言うのに…。
一体あなたは今までどれ程の…。」
紫水「ふぅ…。」
再び大きく息を吐いた紫水さん。
そしてその直後、紫水さんの目が変わった。
紫水「葵さん。
先程申し上げた通り、峠の噂は全て真実です。
そしてその力は絶大。
もし、その二人の術者が峠の力を利用しようと企てたとしても、とても扱いきれるモノではありませんよ。
十中八九、峠の持つ力によって消滅している事でしょう。
それに…。
峠が力を持っていたのは過去の話し…。
今は至って普通の峠ですよ。
………………。
私が何故、ここまで峠について詳しいかと言うと、私…いや、私と両親があの峠によって亡き者にされかけた事があるからです…。」
覚悟を決めたかの様に一連の話を淡々とする紫水さん。
しかし、僕にはこのあまりに飛躍し過ぎた話がにわかには信じられなかった。
僕「亡き者にって…峠そのものに殺されかけたって事ですか?!
さすがにそれは無いんじゃ無いですか?
だって峠ですよね??
そこに潜む化け物に。って言うのなら理解も出来ますけど…。」
紫水「カイさんが疑うのも無理はありません。
私もそんな馬鹿げた話し信じられませんでしたよ。
ですが…真実なのです。
それに…あの場所には何者も住まう事は出来ません。
そういった場所なのですよ…。」
紫水さんの表情や口調から、嘘を言っているとは思わなかったが、それでも僕は信じられずにいた。
葵「あの峠にはもう力は無い…。
?!
まさか?!
紫水さん!
あの峠についてはもう一つの噂があるのです。
その人智を越えた峠の力を消し去ったモノがいる。と言う噂が!
それについても、もしや何かご存知なのでは?!」
峠の力を消し去る?
またとんでもなく怪しい噂話が飛び出して来た。
僕はまるで物語を読んでいる様な気分になって来た。
紫水「峠の力を消し去ったモノ…ですか…。
確かに…居ましたねぇ…。
居た。なのか、居る。なのか…私にも分かりませんが…。」
葵「それも真実だったのですか?!
しかし…そんな事をどうやって?
とても人の所業とは思えません。
疑うわけではありませんが、本当にその様な人間が存在していたのでしょうか?」
紫水「化け物…。
彼は自分の事をそう呼んでいました…。
私も初めはそう思いましたよ…。
異形のモノ…と。
でも彼は紛れもなく人間です。
まぁ…普通の…では無いですが…。
彼風に言うと、この世で一番優しい化け物ですかね?(笑)」
紫水さんがずっと探して来た化け物は恐らくこの男性の事だろう。
男性の話をする紫水さんは嬉しそうでいて、処か悲しそうでもあった。
葵「まさかそんな事が現実にあったとは…。
しかし…峠に力が無くなった今、ヤツラが消息を絶った理由とは…。
益々分からなくなって来ました…。
二人は一体何処へ…。」
?!
突然紫水さんが立ち上がった。
あまりの慌てように椅子が倒れている。
紫水「葵さん!
その二人は峠について調べていたのですね?!
その者達の術者としての技量は?!」
急に捲し立てる紫水さん。
葵「は、はい!
明確な理由は分かりませんが、二人が峠について調べていたのは間違いありません。
二人の技量は、上級者と言ったところですが、何分、狂気に満ちておりましたので、呪殺に関しては私にも劣らないかと…。
それが何か?」
紫水「まさか…。
いや、十分考えられる…。」
独り言の様に呟いく紫水さんの顔がみるみる青ざめて行く。
紫水「葵さん!
二人が消えてどれくらい経ちますか?」
葵「もう半月は経ちますか…。」
紫水「間に合わないか…。
葵さん!すぐに出掛けましょう!」
葵「は、はい!
でもどちらへ?」
紫水「訳は後で!
とにかく時間がありません!
私の考えている通りなら、大変な事になります!」
突然何処かへ出掛けると騒ぎ出した紫水さん。
そこにはいつもの穏やかで凛とした紫水さんはおらず、変わりに、慌てふためき何かに動揺する紫水さんがいた。
初めてみる紫水さんに僕は言い知れぬ不安を感じていた。
急いで支度を済ませた葵さんを連れ、紫水さんは電車に乗り込む。
車内では一言も発せず、俯いたままの紫水さん。
顔色は益々悪くなっている…。
電車を降り、バスに乗りそこから更に歩いた先に見えて来たのは、廃村だった。
今はもう誰も住んでいないその村は荒れ放題で、僕にとってはそれだけで十分、恐怖の対象だった。
紫水さんは黙って村の中を歩いて行き、ある一軒家の前で立ち止まった。
大分、朽ちてはいるが至って普通の一軒家。
こんな所まで来て、この一軒家がどうしたと言うのだろうか?
僕の横に立つ二人は家を見つめたまま、何も言わない。
痺れを切らせた僕が、紫水さんに対し口を開こうとした時、ずっと口を閉ざしていた紫水さんがその口を開いた。
紫水「やはり…遅かった…。」
そう呟いた紫水さんの体が震えている?
葵「こ、これは…」
?!
紫水さんだけでは無く、葵さんまで震えている?
僕にはこの二人の震えの原因が全く分からない。
何処をどう見ても普通の一軒家。
これの何処に異常を感じるんだ?
そう考えながら僕は家へと近付く。
近付くに連れ、先程よりもはっきりとその存在を現す一軒家。
だが、特におかしな点はない。
そして僕は門を抜け、玄関まで続く道に足を踏み入れた。
踏み入れた?
踏み…………
「さ…」
「さん!」
「カイさん!!」
僕は名前を呼ばれ目を開けた。
そこには心配そうに僕を覗き込む二人の姿が。
僕「あ、あれ?
僕は何を?」
紫水「申し訳ありません。
少し動揺してしまっていて…あなたがあの家に近づいている事に気付けませんでした。」
葵「私も同じです…。
何と情けない…。」
そうだ!
僕はあの家に近づいた。
近づいて……で?
駄目だ門を越えた所までしか覚えていない。
僕「あの、僕は一体…。」
紫水「あなたはあの家の門を越え、敷地内へ入った。
そしてそのまま意識を失ったのですよ。」
気絶した?
家の中では無く、敷地内に入っただけで?!
あの家がそれ程までの場所だと言うのか?
ゆっくりと立ち上がり辺りを見回すと、まだ僕達はあの家の前にいた。
どうやら二人が僕を敷地外へ引っ張り出してくれたみたいだ。
二人を見ると、また家を見つめたまま震えている。
葵「紫水さん…。
間違いなく消えた二人はこの家で…。」
紫水「えぇ…。
間違いありません。
そして既に二人はこの世にはおりません…。」
葵「そもそもこの家とあの峠とどの様な関係が?」
葵さんの問いかけに、過去にこの家で起こった事の一部始終を紫水さんは語った。
葵「そんな惨い事が…。」
紫水「えぇ…。
その二人は何処で知ったか、峠だけではなく、この家の噂まで知っていた。
そして峠に力が無いと分かった二人はこの家を訪れ…。」
葵「そうですね…。」
この家を訪れ?何だ?
二人はこの家で何をしたんだ?
僕「あの…二人はこの家で何をしたんです?
それに二人はもうこの世にはいないって…。」
紫水「二人はこの家に眠る力を呼び覚まし、己が力に変えようと何らかの術を施した筈です。
そして力を呼び覚ます事には成功した。
しかし…。
その予想もしなかった強大な力の前に、二人はさぞかし驚愕したでしょうねぇ…。
何も出来ないまま呑み込まれた…。」
そ、そんなに凄い場所なのか?!
そこに知らなかったとは言え、僕は足を踏み入れたのか…。
今更ながら自分のとった軽率な行動を反省した。
だが、僕はここで少し疑問を感じた。
あくまでも素人の考えだが、先の術者二人組みは上級者クラスだと葵さんが言っていた。
しかし、上級者クラス二人では、その力に対抗出来なかった。
だがそれは、術者達の予想を遥かに越える力に突然襲われた為。
もし、その二人が予めその力を認識していれば、その力に対抗出来たのだろうか?
仮に上級者クラス二人でダメだとしても、今僕の横にいるこの二人…。
葵さんはその世界で名前を知らない者は居ない程の実力者。
その葵さんですら、凄い方だと称える紫水さんもかなりの実力者の筈…。
その二人が手を組めば…。
僕はそんな事を考えていると、不謹慎ながら、戦隊シリーズを見る子供の様にワクワクし、笑顔がこぼれてしまっていた。
紫水「一度退散しましょう…。」
え?退散?
逃げるって事か?
戦隊ヒ―ロ―が??
僕は突然の紫水さんの退散発言に頭が混乱し、勝手に高めたテンションを一気に落とした。
僕「退散って…逃げるって事ですか?」
僕のこの問いかけに対しての紫水さんの言葉が、僕を一気に現実へと引き戻し、絶望の淵に叩き落とした。
紫水「これは私達ごときの力ではどうする事も出来ません。」
葵「残念ですが…。
その様です…。
ここは…この世では無い場所…。
いいえ…この世でもあの世でもない…。」
この世でもあの世でもない??
葵さんは何を言っているんだ?
現にこの家は僕達の目の前にあるじゃないか?
僕は二人の言葉の意味が全く理解出来ず、じっと家を見つめていた。
紫水「カイさん?
行きますよ?」
紫水さんに呼ばれ振り向くと二人はもう歩き出していた。
そのまま家に帰るのかと思っていたが、二人は駅の近くの宿に泊まると言い出した。
僕も受付を済まそうとフロントへ着いていく。
紫水「カイさん。
あなたは此処までです。
これ以上はあまりにも危険過ぎる。
此処でお帰り下さい。」
?!
最後まで行動を共にする積もりだった僕は、紫水さんの言葉に戸惑い、何故かその戸惑いが怒りに変わった。
僕「此処まで来て帰れ?
それはないですよ!
危険なのは分かっています!
紫水さんや葵さんに助けてくれとは言いません!
もし、何かあっても全て自己責任です!
だから僕も着いて行きます!
帰れと言われても帰りません!」
そう言うと僕は携帯を取り出し電話をする。
僕「もしもし?
俺だ。あぁカイだよ。
悪いけど明日から有給使って会社休むから上司に上手く言っといてくれないか?」
後輩「ちょっと先輩!
今プロジェクトの真っ最中ですよ?
そんな時に有給だなんて…。
どれだけ大切な用事なんですか!
それに上司に何て言えば…。」
僕「悪い…。
だが、時間が無いんだ。
上司と言い合ってる時間が惜しいからお前に電話した。
今、紫水さんと葵さんといる…。」
後輩「紫水さんに葵さん?!
そうですか…。余程の事情があるんですね…。
分かりました!!
有給の件は僕に任せて下さい!」
僕「あぁ…。
迷惑かけるけど、宜しく頼むわ。」
そう言って電話をきった僕。
僕「さぁ!有給も取りましたし、これで僕も自由に行動できますよ!」
紫水「あなたという人は…。
物好きもここまで来ると馬鹿としか思えませんねぇ(笑)」
紫水さんはそう言って笑った。
どうやら着いていく事に許可が降りた様だ。
葵「確かに。
物好きと言うよりは馬鹿に近い(笑)」
葵さんまで?!
何とか許可が降りた僕はホッと胸を撫で下ろした。
その夜、紫水さんの部屋に集まり、あの家について話し合っていた。
葵「あの家をあのまま放って置けば、あの異質なモノは徐々に拡がり、いずれあの辺りを呑み込むでしょうね…。」
紫水「えぇ…。
間違いありません。
どちらにせよ時間がありません。」
この二人はあの家を放って置く訳では無い様だ。
一度退散とは、策を練るという事だったのか。
僕は少し安心していた。
葵「私はいつでも構いません。
身内や特に親しい友人などもおりませんので。
それより、紫水さんはどうなされます?」
紫水「私ですか?
私も各地を転々として来したので、友人と呼べる者はおりません。
両親はおりますが、半ば家出の様に飛び出し、何の連絡もしておりませんので(笑)」
二人は一体何の話をしているのだろう?
葵「そうですか…。
ならば…明日。
明日あの家へ行きましょうか。」
紫水「そうですね…。
早い方が良い。
しかし葵さん?
本当に宜しいのですね?」
葵「いえ、こちらこそ…。
巻き込んでしまい、申し訳ありません。」
二人は特に策を練るという事はせず、ただ互いを気遣っている様に見えた。
紫水「さて…。
それでは今日はもう遅い。
ゆっくりと休みましょう。」
そのまま解散となり、各自部屋へ戻る。
部屋へ戻る時、出発の際に声を掛けるので今日はゆっくり休む様に葵さんに言われた。
次の日。
カ―テンの隙間から差し込む朝日で目を覚ました僕は時計を確認する。
7時か…。
まだ寝惚ける頭を覚ます為、冷水で顔を洗い身支度を整え、紫水さんの部屋へ向かう。
コンコン。
何の反応もない。
僕は再び部屋をノックするが反応はない。
次に葵さんの部屋に行きノックする僕。
葵さんも反応がない…。
?!
まさか?!
僕は慌ててフロントへ行き、紫水さんと葵さんの宿泊確認をして貰った。
返ってきた答えはチェックアウト済み…。
あの二人は僕を置いてあの家へ向かったのだ!
僕はすぐにタクシーを捕まえ、目的地を告げた。
運転手は、僕が指示した行き先は廃村で何も無いと何度も確認して来たがそんな事はお構いなしに目的地へと急がせた。
村に入る手前で、運転手が此処までにしてくれというので、僕はあの家まで走っていった。
遠くにあの家が見えた時、その家の前に立つ二人の背中が見えた。
僕「紫水さん!葵さん!」
?!
二人は驚いた顔で此方を振り向いた。
紫水「おや…。
追い付かれてしまいましたか…。」
僕「置いて行くなんて酷いじゃないですか!」
葵「カイさん…。
あなたは此処へ来るべきではありません。
あなたはすぐに此処から離れ、普通の生活にお戻りなさい。」
僕「普通の生活?
普通って何ですか?
今でも十分普通ですよ!」
紫水「カイさん?
私はあなたに出会えて本当に良かったと思っています。
あなたの様な物好きには滅多にお目に掛かれませんからね(笑)
あなたが私に興味を抱いた様に、私もあなたに興味を抱きました。
あの屋敷にあなたを連れて行ったのも私という人間をもっと知って欲しかったからですよ。
そのおかげであなたには少し怖い思いをさせてしまいましたが(笑)
申し訳ありませんでした。
あなたとのお付き合いはそう長くはありませんが、少しは私の事を分かって頂けたでしょう?
私はそれだけで十分です(笑)
葵さんが仰った様に、この場から離れ、私と出会う前の普通の暮らしにお戻り下さい。」
僕「何ですかそれ?
まるでお別れじゃないですか!」
紫水「お別れなのですよ…。」
?!
僕「お別れって…。
一体何をするつもり何ですか?!」
葵「………。」
紫水「分かりました…。
全てお話し致します。
今から私達はこの家へ入り、異質なナニカを鎮めます。
しかし…それには私達の命を賭けるしか方法はありません。
命を賭けたとしても、そのナニカを鎮める事が出来るかどうかの保証はありません。
むしろ、鎮められない確率の方が遥かに高い。
もし、失敗した場合、そのナニカは私達の力をも吸収し、一気にこの辺りを埋め尽くすでしょう。
そうなった時、あなたがこの場にいては…。
……………。
昨日、私には友人と呼べる者はいないと言いました。
しかし、それは嘘です。
私には…私にはカイと言うたった一人の友人がおります。
その友人だけはどうしても助けたいのです!」
僕は泣いていた。
死ぬ?
この二人が?
そんな事信じられない…。
こんなに力を持った二人の事だ。
何気ない顔であの家から出てくる筈だ。
僕はそう信じている。
信じているが何故か涙が止まらない…。
僕「ぼ、僕はこの場を離れません!
二人が出てくるまで…。」
葵「カイさん…。」
紫水「最後の最後まで…。
本当に面白い人です…。
何を言っても聞かないのでしょうね…?
分かりました…。
しかし、10分…10分経っても私達が出て来なければすぐにこの場を離れて下さい。
それだけは約束して下さい。」
僕「わ、分かりました…。」
二人は僕に微笑みかけると家へ向かって歩き出した。
二人が門を越えて行く。
僕は黙って二人の背中を見つめていた。
何の問題もなく、玄関まで辿り着いた二人。
そして葵さんが扉に手を掛け、開いた。
葵「くっ!!」
紫水「葵さん!!」
葵さんが小さく声を上げ、葵さんの名前を叫ぶ紫水さん。
僕には何が起こっているのかすぐには分からなかったが、扉に掛けられた葵さんの手を見た時に目を見開き言葉を失った。
扉に掛けられた葵さんの右手…。
その右手の肘から下が、ドス黒く変色していた。
苦しそうな表情の葵さん。
葵「だ、大丈夫です…
先を急ぎましょう。」
葵さんは右腕を抑えながら紫水さんに言った。
紫水「そうですね…。
行きましょう。」
僕はまた涙が溢れていた。
10分…10分経って出て来なければ…。
まるで、口を開けて待っているかの様に見える扉の中へ入って行く二人。
それをただ黙って見守る僕。
風の音も鳥の鳴く声も全く聞こえない静寂。
その静寂が余計にその家を不気味に見せる。
二人が家の中へ入って、僅か数十秒。
その静寂を破り、叫び声が響き渡る。
紫水「カイさん!
お逃げなさい!
早く!早く!!!」
突然、紫水さんの叫び声。
僕に逃げろと言う。
まだ家に入って数十秒だと言うのに…。
間違いなく二人に何かが起こっている…。
それもとてつもなくヤバい事が…。
にも、関わらず紫水さんは僕を逃がそうと…。
次の瞬間、僕は自分でも思いもよらぬ行動に出ていた。
紫水さんに逃げろと言われた僕はあろうことか、家へ向かい走り出していた。
門へ近付く僕の脳裏に昨日の記憶が甦る。
昨日は門を越えただけで気を失った…。
葵「ぐあぁぁ…」
?!
葵さん?!
僕は葵さんの悲鳴に我を忘れ無我夢中で走った。
気付けば門を越え、玄関へと辿り着いていた。
紫水さん?葵さん?
玄関から中を覗くが暗くてよく見えない。
中に入るのか?
僕が?
あの二人が命を賭けなければならない程のこの家に…僕が…?
トン。
?!
何かが背中に当たった様な感覚があり、その拍子に僕は家の中へと入ってしまった。
一歩中に入ると、途端に息苦しくなり、立っていられない…。
床に膝をつき、倒れまいとする僕の視界に二人の姿が飛び込んで来た。
僕「し、紫水…さん…あお…いさん…」
僕の呼び掛けに反応する二人。
紫水「か…カイさ…ん…な…ぜ…」
葵「ど…どうや…って…こ…こへ…」
良かった…。
二人はまだ生きている。
だが僕はこの時既に膝をついている事すら出来ず、床に倒れ込んでいた。
床に倒れ込み、目に写った左腕。
黒紫色に変色している。
あぁ…ここで死ぬのか…。
僕の意識はそこで途切れた。
………………………………………………。
ん?
生きているのか?
僕はゆっくりと目を開ける。
真っ暗だ…。
まだあの家の中にいるんだな…。
??
それにしては何となく落ち着く感じがする…。
僕はゆっくりと体を起こした。
ヒッ!!
体を起こした僕の正面にナニカがいた。
そのナニカはじっと一点を見つめている様だが暗くて良く見えない…。
僕はそのナニカが見つめているであろう方向へ首を動かした。
?!
僕「紫水さん!」
そこには横たわる紫水さんの姿。
そしてその横には葵さんもいる。
良かった!無事だったんだ!
そう思うと同時に、しまった!と僕は後悔した。
ここはまだあの家のなか…。
そして僕の正面に座るナニカ。
僕達は助かってなど無かった…。
これから更なる恐怖と苦痛が僕達を襲うのだろうか…。
ナニカは僕に気付いた様子で此方に向き直った。
?!
目…目が…片目がない?!
そのナニカは風貌こそ人の様であったが、その片目は無く、残る片方の目が爛々と怪しく輝き僕を見据えた。
??「気が付いたかい?(笑)」
??
ナニカが僕に話し掛けて来た。
しかも、とても優しい口調で…。
「ん…」
僕が状況を理解出来ないでいると、葵さんが目を覚ました。
葵「カイさん?
どうなっているんです?
ここは?ここはどこですか?」
葵さんも状況が飲み込めない様だ。
??「ここかい?
ここは僕の家だよ?(笑)」
葵「?!
お前は誰だ!!」
キ―ン!!
?!
空気が張り詰めた!
葵さんがナニカに術を施す積もりだ!
それにしても何て威圧感何だ…。
葵さん本気なのかな…。
駄目だ…息が出来ない…また意識が……。
??「大人しくして無いと駄目だよ?(笑)」
葵「えっ?」
??
さっきまでの緊張が一気に和らいだ。
葵さんが僕に気付き、力を抑えてくれたのだろう。
葵「な、何をした?!」
葵さんが震えている…。
??「何もしていないよ?
ほんの少し撫でただけだよ(笑)」
撫でた?
コイツが葵さんの力を抑えたのか?
葵さんはナニカを見つめたまま、震えている。
一瞬で力の差に気付いたのだろうか?
??「やっと目覚めた様だね?(笑)」
気が付くと紫水さんが体を起こしていた。
??「おはよう僕君(笑)
いや、今は紫水君だったかな?(笑)」
紫水「お…叔父さん…?」
叔父さん?!
僕の目の前にいるナニカが紫水さんの叔父さん?
もしかして、紫水さんがずっと探していた化け物って?!
叔父「大きくなったね(笑)」
紫水「どうして…今までずっと探して…」
紫水さんの目が潤んでいる。
紫水「ずっと…ずっと叔父さんを探して…」
叔父「すまない…。
君達家族を救う為にあの峠を無に帰したんだけど、峠の持つ力も物凄くてね…。
僕は自我を失っていたんだよ。
もう全て知っているんだろ?
僕という人間が存在していない事も。
無の存在である僕が、どういう訳か自我を持っていた。
だから君の前に現れる事が出来ていたんだよ。
でも、峠の件で僕は完全に自我を失った…。
それでずっとあの家に…僕という無が生まれたあの家に縛り付けられていたんだよ。」
紫水「良かった…。
ほんまに良かった…。」
葵「あの…先程は大変失礼致しました…。」
叔父「?そんな事、気にしなくてもいいよ(笑)
それにしても君、凄い力を持っているね(笑)」
葵「と、とんでもありません!」
叔父「何も謙遜しなくても(笑)
でも…その力…間違った事に使ってはいけないよ?」
葵「は、はい!
今回の件では助けて頂き、本当にありがとうございます。
同じ術者として、先の二人を恥ずかしく思います。」
叔父「あぁ…あの二人…。
一瞬でアイツに呑み込まれたなぁ…。
でもそのお陰で僕は自我を取り戻せた…。」
そう言うと紫水さんの叔父さんはゆっくりと立ち上がった。
紫水「叔父さん?
何処行くん?」
叔父「何処だって?
決まっているじゃないか?
あの家だよ(笑)」
あの家??
あの家の決着はまだ付いていなかったのか。
僕「あの…あの家にはまだ何かあるんですか?」
叔父「何かって?
君達も行っただろ?
あの時のまま何も変わっていないさ。」
僕はあの家の事を思い出し身震いがした。
叔父「ハハっ(笑)
君達はもう大丈夫だよ?
まぁ助けるのにはちょっと苦労したけどね。
家の中と外に別れられると中々大変でね。
だから君にも中に入って貰った(笑)」
入って貰った?
入って貰ったとはどういう事だ?
僕「あの…家まで行ったのは僕の意志なので…。」
叔父「確かに。
でも玄関まで何ともなく辿り着けただろ?(笑)」
そうか!
僕が気を失う事なく辿り着けたのは叔父さんが守ってくれていたからか!
叔父「なのに君は玄関で立ち止まったまま、中へ入ろうとはしなかった。
だから…ね?(笑)」
そういうと、叔父さんは何かを押す素振りを見せた。
あの時、背中を押したのは叔父さんか…。
叔父「まぁ…。
あの家をこのまま放って置く訳にはいかないからね。」
そう言って叔父さんは家を出ようとする。
紫水「叔父さん!
私も着いていきます。」
葵「私も同行させて下さい。」
叔父「やれやれ…。
せっかく助かった命を君達は無駄にする積もりですか?」
紫水「次は…次は絶対に失敗しません。」
葵「同じく。
必ず鎮めてみせます。」
叔父「………………。
分かりました…。
二人共、外へ…。」
僕は二度とあの家へいく積もりは無かったが三人につられるように外へ出た。
日の当たる場所で見た叔父さんの姿は、正に異形の者だった。
こんな体で立っていられる筈がない…。
やっぱり人間ではない…。
叔父「カイ君?だったね?
もっと遠くへ離れてくれないか?
出来ればこの村が見えなくなる位、遠くがいいんだけどね(笑)」
僕は叔父さんの真意が分からず、とりあえず三人から10m程離れた所へ移動した。
叔父「確かに君達の力は凄まじい。
もしかすると君達に勝てる術者など存在しない程に。
だが…それはあくまでも人間という小さな枠の中での話し。
さっき無惨にも敗れさったあの場所へまた赴くというのは君達の傲りでしかない。
なら、その傲り…僕がとってあげますよ(笑)」
葵「紫水さん…。
この方はあの峠の力を封じ込めた本人なのですよね?」
紫水「はい…。
紛れもなくあの人が。」
葵「その様な方とお手合わせ願えるとは…。
紫水さん!申し訳ありませんが、本気でやらせて頂きます。
あの方を殺す積もりで。」
紫水「勿論ですよ。
私も全力で潰しにいきます。」
そういうと葵さんは、胸の前で手を組み、紫水さんは両手を拡げ、舞う様に動かした。
ビシッ!!
?!
途端に空気が張り詰めて行く。
体中に空気が纏わりつき重い…。
僕は必死に体を動かし、更に10m程距離をとる。
ここまでくれば体は大分マシになっていた。
やっぱりあの二人は凄い…。
これがあの二人の本気か…。
僕はこの戦いがどうなるのか楽しみで、目を凝らし様子をじっと見守った。
叔父「二人共…。
流石としか言いようがないね(笑)
なら、僕も(笑)」
叔父さんがそう言った時、ある筈のない片目が怪しい光を放った。
……………………………………………………………………………………。
音がない…?
?!
呼吸…呼吸が出来ない…。
お、叔父さんが何かしたのか?
だが僕はあそこから20mは離れている…。
そう言えばこの村が見えなくなる位に離れて欲しいって言ってたなぁ…。
この時になって、叔父さんの言葉の真意と共に叔父さんの秘めたるその力を僕は知った。
だ、駄目だ…し…ぬ…
その時、不意に体が軽くなった。
呼吸も出来る。
音も聞こえる…。
僕は慌てて三人の方を見た。
?!
地面に倒れ込む二人…。
20m離れた僕でさえあの衝撃…。
それを間近で受けた二人は…。
叔父「カイ君!
いやぁすまなかったねぇ(笑)
君との距離を考えて、この程度なら。と思ったんだけど(笑)」
この程度?
この人はあれで本気を出していないのか?!
叔父「カイ君。
悪いんだけど少しの間、二人を頼めるかい?」
僕「あそこへ行かれるんですか?」
叔父「放ってはおけないからね。
大丈夫、すぐに帰ってくるから(笑)」
そういうと叔父さんはあそこへ向かって行った。
叔父さんがあそこへ向かってから30分程で二人は目覚めた。
葵さんは何故かスッキリとした表情をしていた。
紫水さんは複雑な表情だった。
それから程なくして、叔父さんが帰って来た。
叔父「もう大丈夫。
全部終わらせて来たから。」
紫水「叔父さん?
これからはずっとここに?」
叔父「あぁ。
僕君が望むなら、僕は何時でもここにいるよ?」
僕は二人の会話を邪魔しては悪いと思いつつ、気になる事を訪ねた。
僕「あの…結局あの家には何があったんですか?」
紫水「あの家には何も居ませんでした…。」
葵「えぇ…。
何者かの気配はありましたが、あそこには確かに何も居ませんでした…。」
叔父「おや?二人には見えて無かったのですか?
あそこには私と同じ、無の存在がいましたが?(笑)」
葵「あなたの他にもその様な存在が?!」
叔父「僕と同時にあそこで生まれたモノだよ(笑)
アイツもあそこでずっと縛られていたんだろうね。
それを彼らが目覚めさせてしまったんだ…。」
僕「それで、その無の存在ってヤツはどうなったんですか?」
叔父「元々が無だからねぇ。
殺す事は出来ないんだよ。
だからね?(笑)」
叔父さんはそういうと舌をペロリと出した。
く、喰ったのか…。
叔父「ハハっ(笑)
冗談だよ。
でも二度と出て来られない様にしてやった。
僕の大切な甥に手を出した罰さ…。」
そう語った叔父さんの目が先程までと違い、突き刺さる様な鋭さを見せたのを僕は見逃さ無かった。
叔父「それよりも、紫水君、葵君。
二人共、体に守護神を宿す一族を知っているかい?」
紫水「確か以前に何処かで耳にした事が…」
葵「私も聞いた事があります。」
葵「それが何か?」
叔父「大分衰退してはいるんだけど、まだ少数の術者が残っていてね。
その中の一人が今、凄く危険な状態なんだ。」
紫水「どうして叔父さんがそれを?」
叔父「僕は無の存在だよ?(笑)
この世で起こる全ての事は僕に伝わってくるんだよ。」
葵「それでその術者がどう危険なのです?」
叔父「その術者は体に陰と陽二つの神を宿していてね。
その均衡が破られ正に今、暴走しようとしている。
そんな力が二つだよ?
それが暴走したら…。」
紫水「それはとても危険だ…。」
叔父「そう…。
だから君達にその術者と会い、暴走を鎮めて来て欲しいんだ。」
紫水「その術者と…。」
葵「私は構いません。
今回のお礼も兼ねてぜひ行かせて下さい。」
紫水「分かった…。
やってみる…。」
叔父「ただ、絶対に無理はしないこと。
術者に宿る者は神…。
この意味がわかるね?」
紫水、葵「はい!」
叔父さんからの依頼で、体に神を宿すと言われる術者に会いに行く事になった僕達。
それが後悔に変わるとも知らず…。
作者かい
む、無茶苦茶や!(--;)