初めは無視しようと思ったの。
路上で寝転んでいるのって、たいてい酔っ払いだもの。
あーあ。帰宅が深夜に近い時間帯は、ほんっとイヤ。
ああ、やだなあ。あの寝転んだ人の横通るの。
この前も寝込んでるから大丈夫だよねって思いながら横を通ったら、いきなり足首つかまれたし。きょうもなんだか嫌な予感する。
こういう直感って大事にしないとね。自衛本能っていうの?
ああー、お父さんに迎えに来てもらおうかしら。でも、もう一杯飲んで寝てるだろうな。娘の帰宅が遅いときは自重しろっていうのよね。
ああ、やっぱ怖い。別の道行こうかな。でも、ここまで来て迂回するのも面倒臭い。
って、あれこれ考えてるうちに目の前まで来ちゃったじゃん。
ん? でも、この人なんか変じゃない? 酔っぱらって寝てるにしては様子がおかしいような。具合が悪いのかしら。
ううん、違う。これって死んでる?
だってほら、こんなにまっすぐ仰向けで寝転んだ酔っ払いってある? ないよね? 具合が悪い人だとしてもこんなまっすぐ倒れないでしょ。
じゃあ道で死んでる人がぴんとまっすぐなのかって言われても、わかんないけど――
とにかく様子は変よね。
ほらもう、無視できなくなっちゃったじゃない。
落ち着いて。落ち着くのよ。
とりあえず、救急車ね。それとも警察? いや、もし死んでるんじゃなければ、先に救急車よね。意識あるかどうか確かめなきゃ。
って、か弱い女子がなんでこんな怖いことしなけりゃいけないのよっ!
やだよ、もう。先に警察呼ぶよ。お巡りさんならなんとかしてくれるんでしょ。
でもそんなことしてる間に死んじゃったりしたらどうしよ。
それってわたしの責任?
ええーっ、違うよね。ふざけんじゃないわよ。
うわーん。どうすればいいのよ。
ううっ、わかった、わかったわよ。先に生きてるか確かめればいいんでしょ。確かめればっ。
もうおかしくなりそう。
いくよ。えいっ。
――――
だよねー。足で突いたくらいじゃ確かめたことにならないよね。テヘ。
って言ってる場合か。息してるかを調べないと。ああっ、まじイヤ――
うわあ、近くで見たら結構イケメン。この人にいったい何があったんだろ。
息してるかな? っと。あっだめだ。見ただけじゃわかんない。もっと顔近づけないと。
うっ、ううーっ。怖いぃぃぃ。気持ち悪いぃぃ。
あっ、やっぱり息してないや。
でも、何? なんか臭い。うそっ、この人のにおい? 口臭? マジすか。こんなにおいの持ち主なんて、どんなイケメンでもお断りよね。
きゃっ。いきなり口が開いた。し、死んでないの?
なになになになに、口からなんか、で、出てきたあぁ。
くっさっ。えっ、ウソでしょ。何、なんなのぉ、イ、イカ? タコ? 何それ、くねくねしてるぅぅいやあぁぁぁぁぁ、く、くさっ、おげぇぇぇぇぇっ。
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うんうん、わかった。あんた宇宙人なんだね。で、地球の近くで宇宙船が壊れたんだ。
そっか、うんうん。日本に不時着して、お迎えが来るまでここで待ってなきゃいけないのね。
うん。わかったって。泣かなくていいよ。仕方ないことだから。頭の中で泣きわめかれたらうるさいよ。落ち着いてって。そうそう。
うんうん。そうか、地球人に寄生しなければ生きていけないのね。わかったよ、あんたがそれを悪いと思って気を遣ってるの。
わかった、わかったって。
でもね、あんたが口から入ってきた時、死ぬかと思ったよ。
うん? 今、胃の中? ああ、それであんまりお腹空かないのか。別に謝んなくていいよ。逆にダイエットになって嬉しいし。
でも胃液で消化しないの? へえ、大丈夫なんだ。
えっ、それが栄養源? ふーん。なんか複雑。
うんうん。ああ、わかってるよ。わたしの頭の中に直接話しかけてるって。現にいま話してるじゃん。
んで、あんたは地球のアルコール類がだめなんだね。
彼に寄生させてもらってて、うんうん。あ、なるほど。彼、酒好きだったんだ。で、彼がビール飲みかけたとき、これはヤバいってわかったんだ。
死ぬかと思ったって。ははは。
ごめん。笑い事じゃないね。
うんうん。それで彼に禁酒してもらって――いい人だったんだね。
顔もいいのに性格もいいって、サイコーだね。死んじゃってもったいない。
あっ、これはこっちの話。うんうん。そっかすごく我慢してくれてたんだ。ほんと、いい人だねえ。
でも? ああ、ねえ。ストレスが溜まって、酒を飲まずにいられなかったと。
うーん。わかるなあ。わたしもストレス溜まるとスイーツすんごく食べたくなるもん。
なるほど、上司に嫌味言われて。わかるう。いるいる、そんな上司。
ええっ、口が臭いって言われたって。ああ、そうよねぇ。あんたのせいだねぇ。わたしも今自分でにおってんの分かるもん。それで?
そっか。上司に嫌われただけじゃなく、においのせいで彼女にもふられたのか――可哀想に――
で、酒に逃げたんだ。あーあ。
へえ、アルコールはあんたを通じて宿主の命もだめにしてしまうんだ。
だから必死で止めたのに――聞き入れなくて死んでしまったわけなんだね。
仕方ないよ。あんたのせいじゃないよ、たぶん。
んで、あの時、わたしが通りかかってなかったら、あんたももう少しで死んでたってわけだ。
わかったよ、もう。そんな大げさに感謝しなくてもいいよ。
うんうん。わかった。迎えが来るまでいさせてあげる。
そうだね。わたしはアルコール類まったくだめだから、安心よね。
うんうん。他の誰かに寄生して彼みたいなことになったらかわいそうだもんね。
うんうん。わかったよ。地球人を気遣う良い奴だよ、あんたって。
えっ、わたしこそ良い地球人だって。いやあ、照れるなあ。
ねえ、アルコールのせいで具合が悪いんでしょ。もういいから少し休みなよ。
うん。おやすみ。
――――
あーあ。安請け合いしちゃったけど、明日からつらいな。このにおい。
恋人いないのがせめてもの救いだよ。こんな口じゃ、キスもできやしない。
ま、家族には迷惑かけるだろうけど、とにかく宇宙からお迎えが来るまでなんとか乗り切ろう。
がんばれ、わたし。
作者shibro
注・怖くないです。