「本場フランスのパン職人が丹精込めて焼き上げました」
今、いわゆる「お取り寄せ」で、とあるパン屋が人気を集めていた。
高温の焼き釜で一気に焼き上げられたパンは、ふっくらモチモチで、一度食べたら病み付きになる…という評判だった。
そのパン屋は店舗を構えず、通信販売のみで商品を取り扱うスタイルで、ほんの数ヵ月前に開業したばかりだった。
初めは口コミで評判が広まり、グルメ雑誌に紹介されたことがきっかけで、一気にブームに火がついたのだった。
都内の大学に通う、仲良し5人組の女子大生グループも、このパン屋の大ファン。
「私はフランスパンが一番好き」
「クロワッサンも忘れちゃいけないよね」
「君たちまだまだ甘いよ。通ならやっぱり食パンよね」
陽気な彼女たちのおしゃべりには、いつもこのパン屋の話題が上がっていた。
そして当然のごとく、いつしか話題は「小旅行がてら、このパン屋さん、見に行ってみない?」という流れに…。
ちょうど5人の予定が合い、次の週末に、その小旅行が決行されることとなった。
パン屋の詳しい住所は、いくら調べても分からず、車で5時間はかかる距離だったが、だいたいの場所は見当がついたため、楽天的な彼女たちは「行けばなんとかなるさ」と、車に乗り込んだ。
「本当にフランス人が作ってるのかしら?」
「江頭2:50みたいなオッサンだったらマジひくよねぇ~」
「ちょっとぉ~!私の大切なエガちゃんを馬鹿にしないでよねぇ~!」
「ひぇ~!アンタ、ファンだったの!?」
そんな他愛のない話題で車中は盛り上がり、長いはずの道のりも、目的地のそばまで来ていた。
「だいたいこの辺だと思うんだけど…」
周囲を見回すと、遥か昔は人が住んでいた集落の様だったが、今では全くその気配はない。
「こんな場所に本当にあるのかな?」
「今流行りのスローライフってやつ?」
「ここまで人っ気がないと、不気味なだけでしょ…」
嫌な予感を感じ始めた彼女たち…。
しかし、そんな彼女たちの鼻を、かぐわしい香りが、かすかにくすぐった。
「お!この香りはもしかして…」
香りが漂って来る方向へ、車を走らせる。
「あったぁ!!あれ、そうじゃない?」
目的のパン屋は、そこにあった。
ちょうどそのとき、仕事がひと区切りついたのか、建物の中から、パン職人らしき男性が姿を見せ、陽の光を全身で受け止めるように、大きく背伸びをしていた。
その姿は、いかにも本場フランスのパン職人という雰囲気を醸し出していた。
カーネルおじさんとジャムおじさんを足して2で割ったような風貌とでも言おうか。
決して、江頭的な要素はない。
パン職人は、彼女たちの視線に気づくと、いかにも優しそうな笑みを満面に浮かべた。
その表情に、彼女たちの不安や緊張も、一気にほどけた。
皆、お返しと言わんばかりに、若さ弾けるような笑顔で、パン職人のもとへ近づこうとした…。
が、次の瞬間、彼女たちの最高の笑みは、一瞬にして凍りつくこととなった。
なぜなら、パン職人が出てきた建物はどこからどうみても…
古ぼけた火葬場だったから…。
そして彼女たちは、車を降りることなく、来た道へ車をUターンさせた。
帰りの車中は、誰一人として口を開くことはなく、行きの何倍にも移動時間が長く感じられた。
作者とっつ
行きと帰りの、彼女たちのギャップが、上手く伝われば嬉しいのですが。