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必ず、前編からお読み下さい。
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朝靄も未だ晴れない早朝、千脇家の強制捜索は開始された。
戸や窓などに一切の施錠は成されておらず、数分の呼びかけの後、捜査員たちは玄関と裏口から同時に屋敷内へと足を踏み入れた。
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間も無く、捜査員たちは事前の予想を遥かに超える悲惨な光景を目にする。
長い長い廊下の先、台所と屋敷最奥部の座敷には大量の、大量という言葉では足りない程の血痕が発見された。
鑑識の意見では人間十人以上の血液を全て絞りとったとしてもこうはならないだろうということだった。
場所によっては土足ですら近付けない赤黒い泥濘が侵入者を阻んだ。急遽人数分の長靴が手配される。
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血痕には砕けた歯や剥がれた爪、絡み合いスチールウールの塊のようになった毛髪なども混じっていた。
また、血や皮膚・肉片が付着したロープが天井の梁から部屋を埋めつくすように下がり、室内はまだ午前中だというのに薄暗かったという。
床には鉈やノコギリといった工具だけでなく、室内にはけしてふさわしいものではない農具の類も点々と転がっていた。用途は不明だが椀、大皿等の食器も数点発見されている。
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閉めきった部屋の中はむせかえる程の瘴気に満ちていた。たまらず誰かが窓が開け放つまで、感情に関係なく涙を流す者が続出した。
毟られた雑草のような青臭さ、蛋白質の腐敗臭、黴、鼻を指す酸性の刺激臭、混じり合い、それはこの世の地獄。
しかし、本当の地獄はヌケ場にこそあったのである。
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村の西、深い山を跨ぎ、延々と続く薮を掻き分け数時間(足場は悪く、満足な道もない)その奥の盆地にヌケ場はあった。
夏の陽が中天に達するころ、掌や顔に無数の切り傷を作りながら、捜査員と地元の案内人は「地獄」へと到着した。
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もしその日が悪天候だったなら、たとえば土砂降りの雨、そこまででなくてもいい。せめて、少し暗いなと思えるくらいに曇っていてくれたなら、そこを訪れた者たちが受ける衝撃は軽減されていたかもしれない。けれどその日はこれ以上ない晴天だった。
白い陽光は9月の山並みをどこまでも眩しく照らしていた。
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最初に「それ」を見たのは村の消防団の青年だった。
彼は終生、自室から一歩も出ることが出来なかったという。
人の心を一撃で殺すものが、そこにあった。
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粗末な材木や鉄パイプで作られたみすぼらしい神楽の舞台。
青空の下、その天井から縄で吊り下がる死体、死体、死体、死体、死体、死体の一部、人間の部品。
そよ風に揺れ、ぶつかり合い湿った音を立てる。
クチャア、ニピャア、ズチャ…
虫の声、鳥の囀り、湧き水の滴りがそれに重なっている。
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死体の顔は様々で先ずは顔全面を石膏で覆われ乱雑に墨で目鼻が書かれたもの、(数行略)。
いくつかの死体には何本もの釘で目を潰された子供の死体がしがみついていた。みな大きく口を開けている。
そして舞台の前には無数の人骨。間間にまだ形が残る死骸。人為的に、整然と並ぶ。まるで観客のように。いや、観客そのものだ。
叫びをこらえられる者は一人もいなかった。
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以上が聞いた話だ。調べてみたところ、その地方で行方不明者が続出したという話は事実だったのだが、未だ解決はしていないようだ。
ヌケ場云々の話は確認できず、千脇鎮雄の名前も見付けられなかった。
なので、この話はいわゆる都市伝説の類だと思われる。
ただ、匂神楽自体は××県に実在している。
縁起は全く別のものだったので関係は無いと思うが、もしこの話に従うなら匂神楽の匂とは死体が発する臭いを指すのだと推測できる。
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作者退会会員