これはまだA子が自分の不思議な力に気づく前の話です。
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A子が小学校就学を控えていた頃、近所には同世代の女の子がいなかったため、A子は、おままごと や お人形遊びなど、女の子らしい遊びを知らずに過ごしていました。
A子の遊び相手と言えば、四つ上の兄の友達か野良猫、近所の犬くらいのものでした。
ヤンチャ盛りのA子は、兄の友達らに混じって、鬼ごっこ やら 隠れんぼ をしましたが、A子は類人猿並の身体能力と強すぎる勘で、年上相手にも無敗を誇っていました。
年上と言っても子供は子供ですから、年下の、しかも女の子に負けるのは面白くありません。
いつしか、兄の友達らは、A子と遊ぶのを断るようになり、露骨に避けられるという地味に辛い日々を送ることになりました。
しかし、そこはA子です。
A子は自分が避けられていることなど毛ほども気にせず(気づかず)、一人で入ってはいけないと言われているA子家の持ち山や、その辺にいた野良猫、近所の犬を勝手に連れ歩いたりして、退屈をまぎらわせていました。
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その日も外に出かけようと、玄関で靴を履いていると、家の廊下を小さな影がトタトタと音を立てて走るのを見たA子は、首を傾げます。
A子の家にいる子供は、自分と兄だけ……他には家族と使用人しかいません。
「ドロボウだな!」
血気盛んなA子は、履きかけの靴を放り出し、家の廊下を戻ります。
音のした方へと忍び足で近寄るA子が、廊下の角からこっそり覗くと、同い年くらいの女の子が、A子の部屋に入って行くのが見えました。
「アタシのお宝が目当てとは、バカなヤツめ……捕まえて、とっちめてやる!!」
くノ一の如き身のこなしで部屋へ近づいたA子は、勢いよく部屋の障子戸を開け広げて言います。
「こんにゃろぅ!!アタシの部屋に何しに来た!!」
突然、障子戸が開き、現れた鬼の形相のA子に、女の子は一瞬、ビクンと身を跳ねさせましたが、すぐに表情を平静に戻して言いました。
「ちょっと!!部屋に入る時はノックくらいしてよ!!」
A子を上回る覇気を全身から噴き出して、女の子が立ち上がります。
「やり直し!!一回閉めて!!」
「はい……」
自分の部屋なのに、何故か知らない子の言いなりになり、静かに障子戸を閉めるA子。
しかし、すぐに顔半分だけ開けて、中の子に訊ねます。
「障子戸もノックするの?」
「口で『コンコン』って言えばいいじゃない!!」
「わ…分かりました……」
自分の部屋に侵入した見ず知らずの子に、全力でキレられるという理不尽さを、A子は初めて経験しました。
「こんこん」
「どうぞ」
「失礼します」
就活面接のようなやり取りの後、A子はやっと、自分の部屋に入ることを許されました。
「はじめまして、だね?」
「そうだけど……アンタ誰?」
A子の当然の疑問に、女の子は答えます。
「アタシはアタシ、他の誰でもないわ」
哲学者みたいなことをサラッと言う女の子に、A子は「は?」と声を漏らします。
「そんなことよりA子ちゃん、アタシと遊ぼう?」
「お…おぅ……」
謎めいた女の子のペースにガッチリ呑まれたA子は、他に宛もなかったこともあり、女の子と遊ぶことにしました。
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今までは男の子とばかり遊んでいたA子は、女の子からいろいろなことを教わりました。
女の子らしい淑やかさ、礼儀、整理整頓、etc……。
女の子はA子のことを上手に乗せながら、少しずつですが、A子をサルから女の子へと進化させていきます。
その変貌ぶりに、家族は軽いパニックでしたが、A子の祖母だけは涙を流して喜んだそうです。
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ある日、A子がいつものように女の子と遊んでいると、A子がふと女の子に訊ねます。
「いい加減、名前くらい教えてよ!呼び辛いから」
A子の言葉に、女の子は顔を曇らせて返しました。
「A子ちゃんがつけてよ!アタシの名前!!」
女の子の提案に、A子は「そうだなぁ」と辺りを見回すと、道端で一羽の鳩がクルックーと鳴いていました。
「んじゃあ……はと」
「はと かぁ……じゃあ、これからはアタシのことを はとって呼んでね?」
「お…おぅ……」
適当につけた名前をこんなに喜んでくれると思わなかったA子は、拍子抜けしてしまいました。
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A子が女の子と知り合って約一年、小学校に入学したA子は、はとちゃんと小学校で会うのを楽しみにしていました。
A子が通った小学校はとても小さく、各学年に1クラスか2クラスしかなかったそうで、A子と同じ新一年生は2クラスでした。
入学式の間中、A子はワクワクとウキウキを抱きながら、これから6年間を共に過ごす面々をキョロキョロ見回して、一人一人の顔を確認しました。
でも、その中に はとちゃんはいませんでした。
入学式を終えたA子がダッシュで帰宅すると、部屋で はとちゃんがちょこんと座って待っていました。
「おかいり、A子ちゃん」
屈託なく笑うはとちゃんに、驚いたA子は訊きます。
「アンタ!学校は?」
A子の質問に女の子がニパッと笑って答えました。
「行ってない……アタシは行かなくてもいいんだ」
その言葉を聞いたA子は、顔を赤くして言います。
「ズルいっ!じゃあ、アタシも行かない!!」
「何で?!」
女の子がA子の剣幕に驚いて、反射的に問うと、A子はキッパリと言い放ちました。
「勉強めんどいから!!」
ガーン!!
A子の一言に、女の子は白目になりながら呆れます。
「バカなこと言ってないで勉強しなさい!!」
「バカだから勉強しないんだよ!」
二人は取っ組み合いのケンカを始め、ドッタンバッタンしていると、物音を聞きつけたA子の母が入って来ます。
「何してんの!!うるさいよ!!」
夜叉さながらの形相で仁王立つ母に怯えながら、A子は隣を指差して言いました。
「だって、コイツが勉強しろってうるさいから……」
A子の指差す方を見ながら、A子の母は首を傾げます。
「誰もいないじゃない」
A子は指の先を見て、憤慨しました。
「あんにゃろぅ!逃げやがった!!」
一人でフガフガする娘に、母は切ないため息を吐いて、A子を部屋から連れ出します。
「ちょっとおいで!」
A子は母の部屋に連れていかれ、正座させられると、母は一冊のアルバムを出してきました。
アルバムの中にはA子が生まれてからの写真がたくさん貼ってありました。
「A子……これを見なさい」
A子の母がアルバムから一枚の小さな写真を取り出して見せます。
それは、胎内のエコー写真でした。
「これがアンタだよ」
白黒の見づらい影の塊が自分だと言われても、A子にはピンときません。
「これがアタシ?」
「そう……その隣にいるのが妹か弟だよ」
は?
自分に妹か弟がいるなんて、A子には理解できませんでした。
それもそのはず、A子史上、家にはA子より下の子なんていたことがなかったんですから。
「この子はね……アンタが生まれる前に何処かへ行っちゃったんだよ……」
「何処に?」
A子の質問に、母は優しい声で答えます。
「さぁね……かぁちゃんにも分からない……でも、かぁちゃんは何処かで生きてる気がするんだよ……この家なのか、それは分からないけれど、かぁちゃんの子だもん、強い子に決まってる」
強く、優しく、怒ると怖い気丈な母が、A子に初めて見せた涙でした。
「かぁちゃん!!その子、アタシ知ってるよ!!名前は はとって言うんだ!アタシが考えた名前だけど」
A子は母を元気付けようと、その場に立ち上がって言いました。
「そう……はとって言うのかい……いい名前だね。鳩は平和の象徴だから……」
「そうなんだよ!へーわのしょーちょーだもんね」
たった今、仕入れた情報をあたかも知っていたように取り繕ったA子を、母はギュッと抱き締めました。
「じゃあ、A子は はとの分も頑張らなきゃね?お姉ちゃんなんだし」
「おぅ…ふ……」
唐突に頑張る理由ができてしまったA子は、困惑しながらも妹の分まで頑張ろうかなと思ったそうですが、その後はお察しの通りです。
一人っ子の私からしたら、妹がいることは羨ましい限りですが、何故か、A子が何かにつけて妹面するのは、また別の話です。
作者ろっこめ
予告通り、A子が初めて妹の存在を知ることになったエピソードになります。
なかなか筆が進まず、遅くなりましたが、なんとか形になったので投稿しました。
次は雪さんとA子の初対面のエピソードか、全くの新作か、どちらにしようか考え中です。