聲を聞く【A子シリーズ】

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聲を聞く【A子シリーズ】

大学入学当初のGWのことやった。

都会の喧騒を離れ、自然に癒してもらおうということで、仲良し女三人組でキャンプに出掛けた。

ウチらは山の中を散策し、辿り着いた川の傍でテントを張り、一泊する準備をした。

一人は川原の石でかまどを造り、一人は食材調達、ウチは芝刈り……やなくて、薪集め。

それぞれが得意なことをして、キャッキャウフフしとった。

無事に食材も集まり、早めの夕食を取ったウチらが緩やかに流れる川を見ながらまったりしてると、川上から何やピンク色の塊が流れて来た。

「ちょ、何アレ?」

「リュックかな?」

「リュックにしては大きくない?」

そうこうしてる内に、ピンク色の何かがウチらの近くまで流れて来た時やった。

「雪!アレっ!!子供だよ!!」

仲間の一人が悲鳴に近い声で、アレを指差した。

「アカン!!」

ウチは濡れるのも構わず、脊髄反射的に川に入った。

腰までの深さのところで、それが五歳くらいの女の子やと分かった。

「しっかりしぃ!」

ウチは夢中でその子を引き寄せると、岸まで運んだ。

女の子は真っ青な顔で、生きてへんことはすぐに分かった。

その頃、ウチは小児科医を目指しとったから、どうしても子供を助けたいと思った。

「死んだらアカン!!戻って来いっ!!頼む!!」

氷のように冷たい女の子の唇に人工呼吸と、小さな胸に心臓マッサージを施した。

ウチも分かってた……。

それが無駄やってこと……でも、せずにはおれんかった。

「雪!もうダメだよ……その子はもう……」

「雪!!」

「医者が諦めたら、助かるもんも助からへんやん!!ウチは医者や!!」

仲間らがウチを止めるのも聞かずに、ウチは足掻いた。

あと5分、あと1分続けたら、この子は息を吹き返すかも知れへん。

そんな微かな希望を持って、ウチは蘇生処置を続けたんや。

「何してんの?」

不意に掛けられた声に、ウチらが振り向くと、両手にワラビの束を持った三白眼の女が、いつの間にか立っとった。

「今、川上から女の子が流れて来て……」

仲間の一人がソイツに説明すると、ソイツは興味なさげに「ふーん」って鼻から息を抜くと、ウチに近づいて来た。

そして、ソイツは女の子を見るなり、ウチの肩に手を置いて呟いた。

「医者でも助けられないことはあるよ……お疲れさん」

ソイツの穏やかな声を聞いた途端、ウチは力が抜けてしもて、自分の力の無さに悔し涙を流した。

「もっと早くに見つけてたら……」

そう呟いた仲間の一人に、三白眼の女が言うた。

「この子、溺れて死んだんじゃないよ?殺されてから運ばれて、川に棄てられたんだ」

ウチらはソイツの言葉に息が止まった。

「何でそんなこと分かんねん!!適当なこと言うなや!!」

「じゃあ、聞くけどさ。アタシが適当かましてるって何で言えるの?」

生意気に反論するソイツに、ウチは腹が立った。

「この子が殺された根拠がないからや!お前は何を根拠にそんなこと言うねん!!」

ウチの質問に、ソイツは悪びれもなく答えた。

「この子に訊いたんだよ……」

「「「はぁ?!」」」

ソイツの言葉に、医者の卵のウチらは呆気に取られた。

「でも、この子は死んでるんだよ?見た感じ、死後数時間は経ってる……それでもあなたは、この子の言葉を聞いたって言うの?」

外科志望の仲間がソイツに訊くと、ソイツは平然と言いよった。

「そうだよ。アタシは死んだ人間の言葉を聞けるんだ」

「アホくさ……中二病かいな」

ソイツを完全にバカにしたウチに、ソイツはため息混じりに言うた。

「これだから医者は……ちょっと待ってなよ」

ソイツは気味の悪い笑みを浮かべると、携帯で何処かに電話し始めよった。

「あのさ、アンタにワラビ採ってたら、死体見つけた」

『は?何言ってんのA子』

「だから、死体見つけたんだよ」

『だったら早く警察と消防に電話しなよ!!』

「そうなんだけど、先に見つけた人達が、アタシの言葉を信用しないんだよ。ちょっと見てよ」

『ちょっ……A子!!待っ』

困惑する電話の向こうを無視して、ソイツはテレビ電話に切り替えて、女の子の亡骸に携帯を向けた。

『うわぁ……ホンモノじゃない……早く警察に連絡しな…よ……ん?』

電話の向こうから何かに気づいたような声がした。

『A子、頭のトコ見せて』

「はいよ」

電話を女の子の頭の方に向けると、電話の向こうの声は、少し間を空けてから言った。

『この傷は、川で出来たモノじゃないね……』

その声を聞いて、外科志望の子が電話を引ったくって話を始めた。

「はじめまして、医学部の福島と言います。頭部の傷が川で出来たモノじゃない理由を教えていただけませんか?」

医学部でも花形である外科を目指すフクちゃんは、めっちゃ勉強熱心やから、気になったんやろうな……ウチも気にはなるけど。

『遺体の発見状況を見ると、川原の石から見て、そこは山の中腹より下ですよね?』

「えぇ、そうです」

『その頭部の外傷は、やや丸い形状をしているように見えますが、どうですか?』

「はい……確かに丸みがあるように見えます」

『山の上、しかも川の上流に、そんな丸い石があるとは思えません……川の石は流れで削られて川下に行くほど丸みを帯びていきます……でも、そこは川の中流……つまり、山で負った傷である可能性は低いと思います……それと』

電話の向こうの声が続けて言った。

『どなたか蘇生を試みたようですが、遺体に微細泡沫の痕跡は無いように見えます……誰かが拭き取ってないのであれば、少なくとも溺死ではありません』

何やねんコイツ……。

ウチは電話の向こうで検視してみせた声の主に驚愕した。

法医学の授業を受けてへんとは言え、医学部のウチらより詳しく所見を述べる声の主に興味が湧いた。

『取り敢えず、そこの薄気味悪い人に伝えてください。あとは警察に任せて早く帰ってこいと……では』

ウチが電話を代わってもらう前に、電話は切られてもうた。

それから、ウチらは謎の女に言われるまま、警察に連絡して、事情聴取も受けた。

たまたまウチの大学の法医学教室の教授が、その女の子の検視をすることになったんやけど、結果は他殺の可能性が高いっちゅうことやった。

外部所見だけで他殺と判断した電話の子もやけど、ウチは あの死人の声が聞けるって言う女の方が気になった。

聴取の時、あの女が同じ大学におることが分かったから、ウチはキャンパス内を探した。

いろいろ聞き回ったら、意外に簡単に見つかった。

ソイツの名前はA子っちゅう法学部の子らしい。

いつもネクラなメガネっ子とつるんでるらしいことも分かった。

ウチは法学部のあるキャンパスに行くと、ちょうどA子がおった。

「なぁ、ちょぉ付きおうてくれへん?」

A子に声をかけると、すんなりA子はOKした。

大学内のカフェ的な所へ着くと、A子はカツサンドのパン抜きを注文した。

それはもう、サンドちゃうやん……。

ウチはツッコミたかったけど、グッと堪えた。

「何?話があるんでしょ?医学部の雪ちゃん」

A子は自己紹介する前にウチの名前を呼んだ。

「何でウチの名前、アンタが知ってるん?」

ウチの質問に、A子はニヤリと笑って言うた。

「そんなこと訊きに来たの?」

見透かしたような目でウチを見るA子に、少しだけ背筋が寒くなった。

「それはちゃうけど……」

話を切り出すタイミングを空かされたウチが俯いていると、A子は頬杖を突いてニンマリした。

「……聲を聴いたんだよ。女の子の聲を」

えっ?

ウチはA子の三白眼を見つめた。

「女の子がね……もういいよ、ありがとうって……ずっとアンタに言ってた……でも、アンタはそれでも諦めなかった……余計なことかと思ったけど、つい声をかけちゃった」

A子はニヤッと笑った。

「……ウチは……あの子を救えなかった……医者やのに……たった一人の子供の命も救えなかった」

ウチはあの時の悔しさを思い出して、拳を握った。

「それは違うね」

柄にもなく涙を流すウチに、A子が言うた。

「あの子はアンタに見つけてもらう前から死んでた……神様でも死人は助けられないよ?」

「でもっ!!」

あの時の後悔が忘れられないウチは、A子に反論しようとしたけど、言葉が見つからへんかった。

そんなウチにA子が穏やかな、包み込むような声で言うた。

「医者ってのは大変だね……助けられない命の責任まで負わされなきゃならないんだから……でも、医者にはこういう医者もいる」

A子はウチの手を握って、顎で席の隣を差した。

そっちに目をやると、ウチの席の隣に あの女の子が立ってた……。

『ありがとう……お姉ちゃん。とってもうれしかったよ』

そう言って、ウチに笑いかけた女の子は細かな光の粒にまぎれるように消えていった。

ウチは涙が止まらへんかった。

「死人の聲を聞く……確か、そんな医者もいたよね?……ほら、何つったっけ?」

「監察医やろ?」

「そう!それっ!!」

A子がウチを指差して言うた。

指を差すな!

「生きてる命を助けるだけが医者じゃないさ……まだ生きたかった命の聲に耳を傾ける医者は、遺された人の心を救えるんだ……」

「心を救う医者か……」

A子の言葉は、ウチの中で弾けた。

「あの子を殺した犯人、捕まったよ」

唐突にA子が言いよった。

「犯人は、あの子の叔父だった……車のサイドミラーが当たって死んだんだって……事故なのか故意だったのか……相方は故意だって言ってたけどね」

「あの電話の子か?」

ウチが言うと、A子は笑って言うた。

「そ!推理オタクで、独学で法医学の知識を身につけたらしいよ?暇なんだねぇ」

暇そうなアンタには言われたないと思うで?

「事故なら遺棄する理由ないしな……ウチも怪しいと思う」

ウチも相方の子の意見に同意すると、A子は届いたカツサンドのパン抜きを一口食べて言うた。

「正解!あの子はサイドミラーが当たって死んだんじゃない……あの子はサイドミラーで殴られたんだ…アンタんトコのセンセなら、きっと分かるはずさ」

A子は残りのカツを口に放り込んで、ニッと笑った。

その口からは、衣がはみ出しとった。

「ウチにも……ウチにも聞こえるやろか……」

「ん?」

ウチの問いにA子が答えた。

「聞こえるさ……アンタは聞こうとしてるじゃん?……耳を傾ける気持ちがあれば、向こうから語りかけてくれるはずだよ」

そう言って、一層笑ったA子の口の端っこには、ソースがベットリついてて、ウチは思わず噴き出してもうた。

「何、笑ってんの?人がイイコト言ってんのに!!」

「スマンスマン……エエこと言うてくれたその口にソースついてんで?」

ウチに言われてサッと口を拭ったA子は、しらばっくれて いけしゃあしゃあと言うてのけた。

「つつつ…ついてないよ?」

子供みたいに口を尖らせて恥ずかしがるA子が、あんまり可笑しゅうて、腹筋が割れた。

ホンマにオモロイ奴や。

このA子との出会いで、ウチの腹は決まった。

「ウチは生きてる命も、遺された人の心も救える医者になる」

偶然なんか運命なんか知らんけど、A子との出会いのお陰でウチの目指す道が見えた。

でも、このA子っちゅうのが、いろいろヤラカシてくれるモンやから、退屈せえへんキャンパスライフを送れたんやけど、まぁ……それはまた別の話や。

Concrete
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