その昔、ある村を化け物達が襲った。
何故、その村が襲われたのか…。
余りに古い話の為、その理由は定かでは無い。
だが、その村が化け物達に襲われた事は事実であった。
村を襲った化け物は一体や二体では無かった。
又、その種族も様々で、幽霊と呼ばれるモノから妖怪の類い、果ては異国の悪魔と呼ばれるモノさえ居たと言う。
そんなモノに襲われた村人はひとたまりも無かった。
人口、二百程の村人が、僅か2日でその半分近くになり、全滅も時間の問題と思われた。
太陽が沈み始め、直に化け物達がやってくる。
村人には為す術は無く、ただ陽が沈むのを恐怖した。
そんな時、一人の青年が村を訪れる。
青年は「響」と名乗り、この村の窮地を聞きつけ、力になろうと思い、この村へやって来た事を明かした。
しかし、村人は響の言葉を嬉しく思う処か「こんな若造に何が出来る!自分達を笑いに来たに違いない!」と響に掴みかかる者までいたそうだ。
だが、そんな村人を静かに制し、響は話し始めた。
響の話が進むにつれて村人の表情が先程にも増して強い嫌悪感を抱いていく。
そして話が終わった途端、響を残し村人は全員その場を去ってしまった。
誰一人、響の話を信じようとはしなかったのだ。
だが、心身共に疲れきっていた村人に、響の話を信じろと言う方が無理があったのかもしれない。
それほどに響の話しは飛躍していた。
彼は村人に、自分は陰陽師「安◯晴明」の末裔だと言ったのだ。
そして式神を使い、化け物を全て退治すると…。
去って行く村人の背中を見ていた響は、それでも表情一つ変える事無く、皆が去った後、村の中心へと向かった。
響は村の中心に小さな祭壇の様な物を置き、その周りを注連縄で囲って行く。
そして周りを囲い終わった響は、村人達の元へ再び赴き、こう言った。
「私を信じるか信じないかはあなた方の自由です。
ですが一晩…。
一晩だけ、囲いの中に居て下さい。」
響にそう言われ、村人達は困惑したが、村一番の年長者である村長が「一晩だけ言う事を聞いてやれば、このうつけは村を去る。」と一晩だけ響の言うとおりにしてやる事を決めた。
そして村人が全員、縄の中に入ると、響は懐から三枚の紙人形を取りだし、自らの唇に軽くあてがうとブツブツと何かを唱え始めた。
村人達は響の様子を黙って見ていたが、その表情は明らかに響を馬鹿にしたものだった。
その状態が数分続き、おもむろに紙人形を放り投げる響。
ヒラヒラと宙を舞い地面へと落ちる紙人形。
ブルッ。
途端に辺りの空気が冷え込み、村人達は身震いをした。
見れば、地面に落ちた紙人形が霧の様な物に包まれ、その全貌が確認出来ない程になっている。
霧の様な物は益々、その濃さを増し辺りを包んで行く。
そして突然の突風によりその霧が晴れた時、村人達は悲鳴をあげた。
先程まで、紙人形が落ちていた場所。
そこには今にも食らいつかんとする表情を見せる三体の鬼の姿が。
恐怖の余り逃げ出す事さえ忘れ、その場で震える村人達。
そんな村人を優しい笑顔で、響が宥める。
「ご心配為さらずに。
あれは私の式。
あなた方を救う者です。」
響は村人達にそう言ったが、とてもそんな話を信じれる訳も無く、ただただ恐怖におののく村人達。
すると、三体の鬼がゆっくりと響の元へ歩み寄って来る。
いよいよ食われるか。
村人達が覚悟を決めた時、三体の鬼は静かに響の前に膝をついた。
その光景に村人達からどよめきが起こる。
響はそれを気にもせず、鬼達に語りかける。
「お前達に頼みたい事がある。
この村を襲う化け物達を退治してきて欲しい。
やってくれるか?」
響の問いかけに、漆黒の如き体色をした黒鬼が、地鳴りの如き野太い声で「御意」とだけ答えた。
そして三体の鬼は霧の様にその場から姿を消した。
「暫くこのまま待ちましょう。」
鬼が消えた後、響は村人達にそう言った。
「あなた様は本当に晴明様の末裔で?」
村長が響に問う。
「信じられないかも知れませんが事実です。」
響の答えに再び村人達がどよめく。
そして、鬼達が消えて一時間程が経った時、再び辺りの空気が冷え込み出した。
身震いをしながら辺りを見回す村人達。
気付くと、いつの間にか響の前に膝をつく三体の鬼の姿。
「終わったのですね?
ありがとう。
もう戻っていいですよ。」
響がそう言うと、三体の鬼が一瞬にして紙人形へと姿を変えた。
「行きましょうか?」
目の前で起こる事に気持ちの整理が出来ないでいる村人に響は何処かへ行く様、促した。
響に連れられ、村の外れにある古い御堂へ辿り着いた村人達がそこで目にした物。
それは御堂の前に、山の様に無造作に積み上げられた化け物達だった。
「村を襲った化け物達はこの通り、全て退治されております。
これからは今までの様に平和にお暮らし下さい。」
響はそう言って村人達に頭を下げた。
「儂らあなた様をずっと疑っておった…。
本当に申し訳ねぇ…。
化け物達が死んだ今、儂らはもう一度、一からやり直せます。
本当にありがとうございます。」
村長が涙ながらに響にお礼を述べた。
他の村人達も口々に響にお礼の言葉を述べていく。
「いえいえ。
礼には及びません。
それに化け物達も死んではおりませんので。」
「なっ?!
死んでねぇ?!
それはどういう事ですか?!」
化け物達が生きている事を知り、明らかに村人達の表情が変わった。
「例え化け物でも、無駄に命を奪うものではありません。
私達は化け物では無く、人間なのですから。
それにこやつらも、今度の事に懲りて、もう悪さはしませんよ。」
「何をそんな甘い事を!」
村人達の雰囲気が変わる。
「儂らは家族や仲間を殺されたんじゃ!
こいつらも同じ目に合わさにゃ気が済まんわい!」
そう言って、各々に鎌や棒を構える村人達。
「お止めなさい!
それではあなた方も人で無くなります!」
必死に村人達を止めようとする響。
ガン!!
頭に強い衝撃を受け、その場に倒れ込む響。
朦朧とする意識の中、響の耳に入る村人達の声。
「こんな甘ったれに構うこたぁねえ!
化け物共は動けねぇでいる!
今の内に殺ってしまうぞ!」
「儂は嫁を殺された!
ただじゃ殺さねぇ!
こいつらの皮を剥ぎとってやる!」
響は哀しみのドン底に叩き落とされた。
幾ら家族や仲間を殺されたとはいえ、それでは余りにも惨すぎる。
それに、そんな事をしてしまえば、村人達は以前の様に平穏な暮らしを取り戻す事など到底叶わない。
響は良かれと思い、村人達に力を貸してしまった自分の浅はかさを呪った。
だが、村人達の心情を理解出来ない訳では無い。
響は心の中で、殺されて行く化け物達に謝罪の言葉を述べた。
そんな時。
「おい村長?
この陰陽師の末裔とか言う若造はどうするよ?」
「ふん!
確かに怪しい術は使いよるが、こいつは儂らの敵である化け物を救おうとしよった。
こいつもアイツらと同じ化け物の類いじゃろ!
化け物共を殺した後、こいつも埋めてしまえ!」
村長から出た言葉は正に非情な物だった。
仮にも自分達を救ってくれた響を、今度は化け物扱いし、殺せ。と命じた。
これにはさすがの響も失望した。
深く傷付き、哀しみ、そしてそれはいつしか憎しみに変わって行った。
「私は本当の化け物を見抜けなかった…。」
「おい!村長!
この若造、目から血の涙を流しておるぞ!」
村人の言う様に、響の目からは血の涙が流れていた。
「やはりこやつ化け物か!
はよう埋めてしまえ!」
村長の命令で、響は生きたまま穴へと放り込まれ、土をかけられた。
呼吸が出来なくなり、徐々に薄れいく意識の中で、響は自らの舌を噛みきり、溢れ出る血を飲みながら自分に呪いをかけた。
「時が幾年過ぎ様と我が怨みは果たされる事なん。
我が身が滅ぼうと我が魂を以て人を滅する。
百年…。
今より百年の後、我は再びこの世に現れようぞ…。」
声にならない声でそう呟き、響は力尽きた。
それから百年の後…。
作者かい