「お兄ちゃん!
早く!早く!」
「あんまり走ったら危ないだろ?
そんなに慌てなくても大丈夫だよ(笑)」
幼い兄弟が嬉しそうに網とカゴを持ち、山を登って行く。
この辺りは最近開発が進み、まだまばらだが家も建ち始め、これから更に住民が増えて行くであろう、程よく自然の残る土地。
この兄弟も最近こちらへ引っ越し、やっと荷物が片付いたので両親から家の裏にある小高い山への虫取を許可されたのだ。
「あっ!お兄ちゃん!
見て!カブトムシだ!」
「ほんとだ!すげぇな!」
二人は夢中になって周りの木々を見上げる。
そして、思い思いの木々へと移動し、競い合うように虫を集めた。
二人のそんな楽しい時間はあっと言う間に過ぎていき、気が付けば太陽が沈みかけていた。
「あっ!あんなところにクワガタがいる!
あれを取ったらお兄ちゃん驚く…」
バサッ…。
「もうこんなに暗くなって来ちゃった。
早く帰らないとママに怒られちゃうよ。」
兄は陽が沈んでいる事にようやく気付き、家に帰ろうと弟を探す。
「お〜い!暗くなって来たからおウチに帰るよ〜!!」
兄は弟を呼ぶが、返事がない。
「おかしいなぁ〜?
何処に行ったんだろう?」
兄は辺りを見回しながらゆっくりと歩く。
「何処にいるの〜?
早く帰らないとママに怒られ…」
バサッ…。
二人の兄弟から少し離れた藪の中。
「ガキは見つかったか?」
「いや、まだ見つからねぇ。
確かこの辺りで声がした筈なんだがなぁ?」
「顔を見られてちゃまずい。
早く見つけるぞ。」
兄弟を捜して、藪の中から現れた二人の男性。
ここから少し離れた民家を襲い、強盗を働いた上に鉢合わせた家主を殺し、この山へ逃走して来た殺人犯。
身を隠している所で、兄弟の声を聞きつけ、素性がバレてはまずいと必死に兄弟を捜していた。
「くそが!
ガキ共どこへ行きやがった!
見つけたら殺してやる!」
「おい!
ここに網とカゴが落ちてるぞ!
やっぱりガキ共はこの辺りにいやがる!
俺は向こうを捜してくる。」
二人は手分けし、尚も兄弟を捜していた。
「くっそ―!
何処だ!何処行きやがったクソガキ!
殺してやるから出てきやが…」
メキっ…。
「おい!見つかったか?
おい!返事をしやがれ!
聞こえてんのか?
お…」
バキっ…。
時刻はもう7時を回ろうとしていた。
両親は兄弟の帰りが余りにも遅いので気が気では無く、時刻が7時30分に差し掛かった時、遂に警察へ捜索の一報を入れた。
すぐに捜索隊が組まれ、総勢五十人体制での捜索となった。
一班、五名編成で十班が組まれ、各班が与えられた範囲を捜索した。
この頃にはマスコミも話を聞きつけ、山の周辺はマスコミや冷やかしの野次馬達でごった返していた。
そんな中、第二班が兄弟の物と思われる網とカゴを発見する。
すぐに両親に確認して貰い、それが兄弟の物だと分かると途端に現場に緊張が走る。
捜索前は、この一件は事故による物だと誰もが思っていた。
だが、網やカゴの周りに兄弟の姿は無い。
そうなると事故では無く、何らかの事件に巻き込まれた可能性が急浮上してくる。
重苦しい空気のまま、捜索は続行された。
すると二班に続き、第五班が声を荒げ指揮官を呼ぶ。
声のする方へすぐに向かった指揮官。
その目に飛び込んで来た物は、夥しい程の血溜まりだった。
「なっ…なんだこれは…」
まだ渇いてはいない血溜まりの中、指揮官が発見した物は人間の指であった。
「すぐに本部に連絡を入れろ!
応援を要請するんだ!
我々はもう一度作戦を練り直す。
各班、一度戻れ!」
指揮官は隊員達にそう指示を出した。
続々と下山して来る隊員達。
しかし、指示から20分は経つと言うのに、三班、六班、八班の三班がいっこうに戻って来ない。
指揮官は無線で各班に何度も呼び掛ける。
「おい!
指示が分からないのか?
すぐに戻れ!
おい!応答しろ!」
指揮官の呼び掛けに未だ戻らぬ三班の誰一人として答える者は無かった。
これはただ事では無いと判断した指揮官は、本部と連絡を取り、現状を報告した上で大規模な捜索隊の要請をした。
戻らぬ三班の総勢十五名。
それなりの訓練を積んできた十五名もの隊員が一斉に消息を経つ事など有り得ようか…。
その後、大幅に捜索隊が増員され、兄弟、隊員合わせて十七名の捜索が行われたが、誰一人として発見される事は無かった。
この前代未聞の失踪事件をマスコミが放って置く筈は無く、どの局もこぞって特集を組み放送した。
事件発生から二日が経過し、連日捜索は行われたが何の手懸かりを見つける事も出来なかった。
しかし…。
事件から三日経った日、事態は急変する。
事件が発生してから兄弟の両親は毎日、早朝から深夜まで玄関前に佇み、我が子の帰りを待ち続けていた。
その日もいつもの様に我が子の帰りを待つべく玄関前へ向かう二人。
父親が扉を開け、先に外へ出る。
「お…おい!
おい!おい!早く!」
突然、取り乱した様子で父親が母親を呼ぶ。
その慌てように急いで外に飛び出す母親。
「あ…あぁ…」
そこには、帰りを待ち望んでいた我が子の姿が…。
二人はこの時、我が子が帰って来た理由の事など一切頭には浮かばず、ただただ嬉しくてしっかりと抱き締め、涙した。
兄弟は意識は失っているものの、目立った外傷は無く、まるで眠っているかの様に穏やかな表情を見せていた。
この事はすぐに捜索隊にも連絡が行き、どこで聞きつけたか大勢のマスコミが兄弟の入院する病院前に雪崩れ込んできた。
捜索隊の指揮官である男が、少しして意識を取り戻した兄弟にあの山で何が起こったのかを訪ねた。
「分からない…。
僕は家に帰ろうと弟を探していたんだ。
でも…突然真っ暗になって…。
気付いたらママやパパの顔が見えたんだ…。」
兄弟の兄はそう語った。
弟も同じ様な証言をしたが、一つだけ兄とは違う点があった。
それはとてもじゃないが、信じられる様なものではなく、ショックのせいで妄想を見たのだろうと大人達は片付けてしまった。
弟が言った証言はこの様なものであった。
「僕もお兄ちゃんと同じで突然目の前が真っ暗になったんだ。
でも、真っ暗になる前にほんのちょっとだけど、見えたんだ!
あれは絶対に鬼だったよ?
ママが絵本で良く読んでくれるから間違いないよ!」
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両親、指揮官が病院で兄弟の証言を聞いていたのとほぼ、同時刻。
失踪した隊員を捜索していた一つの班が、山の中腹にて、隊員の物と思われる衣服を発見する。
又、別の場所を捜索していた班からも衣服発見の報せが入って来た。
慌ただしく無線が飛び交う中、各発見場所にて統一されていたことは、夥しい量の血痕があったと言うこと。
この情報で、マスコミの報道は更に過熱する事となる。
番組にはあらゆる分野の専門家がゲストに呼ばれ、犯罪の可能性から、獣による獣害まで幅広く議論されている。
そんな報道をテレビの前で黙って見ている一人の老人。
「まっ…まさか…。」
震えた声で呟き、整理された本棚から古びた一冊の書物を引っ張り出し、慌ただしくページをめくって行く。
「やはり…。
しかし…そんな事が本当に…。」
この男性、昔悲劇が起こってしまったあの村で村長をしていた老人の末裔であった。
村長は愚かにも、あの時の出来事を、まるで武勇伝の様に書にしたためていたのだ。
男性は書物と報道を交互に見、問題となっている現場が当時の村があった場所だと確信した。
「こ…これが今回の事と関係しているとすれば…。
た…大変な事になる!」
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「何があったぁ!
説明せんか!」
男の激しい怒号が飛ぶ。
男の部下とおぼしき青年が震えながら言う。
「わ…わかりません!
じ、自分がここに来た時には既にこのじょ…状態で…」
青年はそこまで言うと、その場に嘔吐した。
「何を馬鹿な!
し…しかし信じられん…。」
ここは某刑務所。
極刑を言い渡された受刑者が入る独房。
いつもの様に朝になって看守が独房の鍵を開け扉を
開いた途端、鉄臭い匂いが鼻をついた。
窓から差し込む木漏れ日だけが頼りの独房で、看守は初め中の様子が分からなかったが、すぐに目が慣れ中が伺えた。
「あ…あ"ぁ〜」
所内に響き渡る絶叫。
それは無理も無い。
看守が見た物は、辺り一面血の海と化した房内。
そしてそこに居るはずの受刑者の姿は無かった。
この無関係と思われる各地での失踪事件が、後に一つの線として繋がって行くとは、この時点では誰も予想していなかった。
〜18〜
作者かい
序章終了〜!(笑)