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中編7
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デッドライン

「俺さぁ、彼女できちゃった。」

 そう目じりを下げる同僚を、俺は驚いた顔で見上げた。体重100kgはゆうに超え、顔も眼鏡が埋まるくらいには肉が盛り上がっているこいつが?

「嘘だろ、お前?嘘はよくないぞ、嘘は!」

俺が食い下がると、

「ちっちっちっ!見た目だけで人を判断するのはよくないぞ、お前。実はさあ、ある女の子とSNSで気が合っちゃってさ。趣味とか好きな音楽とか、もうビッタシなの。で、会いたいって言われて。最初は美人局かなとか警戒しちゃったんだけど。」

と指をキザにふりながら片手につまんだ、枝豆を器用にサヤから吸い出すと、殻を皿に入れ、ぐいっとビールをジョッキで流し込む。

「大丈夫なのかよ。見知らぬ女と会うなんて、正気か?」

警戒心の強い俺には、とても信じられない話だ。

「彼女、自分の全てをさらけ出して、俺と会いたいっていうからさ、がっかりされるのも傷つくから、俺も自分の写真を送ったわけ。ああ、これでゲンメツされちゃうかなと思いつつ。そしたらさ、彼女、熊さんみたいでかわいい!なんつって。」

だらしなく緩んだ頬がかすかに優越感をたたえていて、腹立たしいような気分になった。

「で?いくら取られたんだよ。」

悔し紛れに、俺はつくねに食いつきながら、胡坐をかいた足を組み替えた。

「思ったとおりの人でよかったって言われた。その日から付き合い始めた。」

今度は俺が、ビールを煽る番だ。正直悔しいが、友人の初彼女を祝ってやらなければ。

「そうか、良かったなあ。先を越されて悔しいけど、おめでとう。いいなあ。」

 俺が素直に、そう言うと、同僚は俺にそのSNSを勧めてきた。

「あそこは、大丈夫だよ。なんなら素性を全て隠して始めたらいい。俺なんて、女の子と楽しくお話できるだけでもいいって軽い気持ちで登録したら、思いもよらず、彼女が出来たんだからさ。な、やろうよ?」

その場では、やらないと断ったが、気になった俺は、その同僚の言う通りに、偽名で、登録情報も全て嘘の情報を入れて登録した。

 やってみると、意外と楽しかった。商売目的の輩も集まってきたが、趣味嗜好の合う人たちと、文章だけで気軽にやりとりするのは楽だし、自分と同じ考えを持った人たちや、また別の世界の人たちとの交流は、大いに自分の世界を広げてくれた。中でも、特に気になる女性が居た。あちらからフォローしてきて、おそらく世代的にも同じくらいではないかと思われる。控えめでかつ、意見を言うときには言うし、何より人を良い気分にしてくれる。

 嬉しかったことや、達成したことを話すと、心から共感してくれて、いつの間にか、その女性との交流が毎日のモチベーションになっていった。疲れていても、パソコンやスマホを開けば、その人に会えるのだ。一日の疲れなど吹き飛ぶ感じだ。いろいろ交流するうちに、ある日、彼女から書き込みではなく、ダイレクトメールが届いた。

「違ってたらごめんなさい。もしかして、あなたは、木戸小学校出身の、佐原君じゃないですか?」

俺は、ドキッとして、額から嫌な汗が出た。何故、身元がバレたんだ。

黙って、無視していると、もう一通メールが来た。

「私、木戸小学校出身の、三波 裕子と言います。覚えていませんか?佐原君は、確かあの時、6年3組でしたよね?」

まったく覚えていない。同じクラスなら、きっと覚えているはずだが。返事をしようかどうか、悩んだ。

「滝沢君、元気かなあ。懐かしい。」

もう一通メールが来た。間違いない。たぶん、この女性はクラスメイトだ。滝沢は、俺の同僚のあの巨漢のことであり、小学から社会人までの腐れ縁だ。俺は、ますますヤバイと思った。

「違うよ、俺はそんな名前ではないよ。」

俺は嘘をついた。

「えー、絶対に佐原君だと思ったんだけどなあ。話をしてて。」

またダイレクトメールが来たので、

「人違いだよ。」

ととぼけておいた。

 その後も、SNSで彼女と交流を続けるも、彼女がやはり同じ小学校出身で、しかも同時期に在籍していて、クラスメイトだった確率は高くなった。これは、まずい。

身バレしてしまう。俺は防衛本能が働き、徐々に彼女と交流するのを控えて行った。

それを察したのか、彼女も俺にあまり関わらなくなってきて、とうとうSNSを辞めてしまった。

 俺は、ほっとすると同時に、寂しさを覚えていた。彼女の顔は見たことは無いが、淡い恋心を抱いていたのだ。文章で交流するだけなのに、おかしいことは百も承知だ。本当は、ずっと交流を続けたかった。

 そんな失意の中、ある日、俺のスマホの無料通話アプリの友達欄の「知り合いかも」に、三波 裕子の名前があった。偶然というよりは、運命だと思った。俺はすぐに、友達に追加して、連絡を取った。やはり、あのSNSで知り合った、三波裕子そのものだった。彼女が言うには、自分はあなたに嫌われてしまったのだと思い、SNSをやめたというのだ。実は、小学生の頃からずっと好きだったと告白された。記憶には無いが、もう彼女に対する想いが止められなくなり、もうこれは会うしかないと思った。

 俺は最寄の駅で会う約束をした。しかし、その日、とうとう彼女は現れなかった。何度電話してもつながらないし、無料通話アプリでメッセージを送っても、まったく既読にもならなかった。すっぽかされたのだ。俺はからかわれた。結局、2時間待っても現れなかったので、仕方なく俺は帰宅した。

 家に着いてすぐに、無料通話アプリの着信音がし、俺は慌てて、スマホを開いたが彼女ではなく、それは同僚からだった。小学の時の同級生が地元に帰ってくるので、一緒に飲もうという誘いだった。このタイミングでの、飲みの誘い。もしかして、この一連のことは、こいつらに仕組まれたことではないだろうか?そんな疑いが俺の頭をよぎった。だとすれば、許せない。俺を笑いものにするつもりか?俺は真相を確かめるべく、その誘いに乗ることにした。笑いものにしやがったらぶっ飛ばしてやる。

 居酒屋の暖簾をくぐると、早めに来てすでに出来上がっている友人数名が、おーこっちこっち~!と手招きをした。生ビールを注文して、座敷に座ると、皆が懐かしいと言い合いながらも、近況を口々に話はじめた。同窓会とまではいかないが、来れるやつだけの7~8人の集まりだった。俺をからかうつもりなら、恋人の話を振ってくるかと思ったが、いたって真面目に、仕事や家族、誰が結婚したなどの話題しか出てこないので、痺れを切らして、自ら口を開いた。

「なあ、俺たちのクラスに、三波裕子っていたよな?今、彼女どうなってんのかな?」

俺はしれっと彼女のことを、ふと思い出したように切り出してみた。

「ええ?そんな女子、いたっけえ?」

友人達は顔を見合わせて、口々に知らないと言い合った。

一番奥に座っていた、香川が、もしかして、と口を開いた。

「一時期、ちらっと三波 公平ってやつ、居なかったっけ?ほら、転校してきて、すぐにまた転校していったやつ。」

すると、皆の記憶が繋がった。

「おお~、そう言えば、居た居た!」

「確か、あいつの妹が裕子って名前だったよ。転校してすぐに、妹が行方不明になったんだっけ?」

「そうそう、行方不明になったって噂で聞いたよ。」

そうか、あの子は三波の妹で裕子という名前だったのか。

会はお開きになり、二次会に誘われたがとてもそんな気分にはなれなくて、俺は一人家路を急ぐ。

しばらく歩くと、スマホが鳴った。無料通話アプリの着信音だ。

「やっと思い出してくれた?」

三波裕子。

ああ、思い出したよ。君は、今もあそこに居るのだろう?

「そうよ、あそこに居るわ。会いにきてくれる?」

着信音がピロリンと鳴る。

随分とまどろっこしい真似をしてくれるものだ。何がしたい。

ピロリン。

「死んで欲しいの。」

偶然、襲った女の子が、まさか三波の妹だとはね。地元ではヤバイから、わざわざ電車で他所の土地に行って、女の子を物色した。かわいい子だった。あとをつけて、廃屋に引きずり込んだ。そして、乱暴した。だが気が強い女で、事が終わったあと泣きながらも警察を呼ぶと騒いだから、この手で。

若気の至りってやつだ。

ピロリン。

「会いに来てくれないの?」

俺はスマホの電源を切ろうとした。すると、手に電流が走った。

「いってぇ!」

思わず、俺はスマホを取り落とす。

ピロリン。

「じゃあこちらから会いに行くね。」

「白線の内側まで、お下がりください。電車がまいります。」

今度こそ、俺は、電源を切ろうとスマホを拾おうと手を伸ばす。

お前が悪いんだよ、お前が。あんな夜中に、軽装で歩くお前が悪い。

言えば俺は誘われたんだよ。お前に。

せいぜいスマホに悪戯するくらいしかできないくせに。

俺は現実から逃避しようと、そう自分で自分に言い訳をした。

霊に何ができる。お前はもう死んでいる。

ドン!

突然後ろから強い衝撃があり、スマホを拾おうと前かがみになっていた俺の体は、白線から前へ押し出された。

パァーンという、電車の警笛。

俺の体は白線を越え、線路にダイブした。

ピロリン。

「デッドラインを超えたやつには、死あるのみ。」

足で蹴飛ばされたその無機質なメッセージは、俺の体と共に線路で切り裂かれた。

Concrete
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ま、まさかそんな結末になるとは…

怖い!

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